繰り返し配列遺伝子領域の追加・削除のための 遺伝子導入法

繰り返し配列遺伝子領域の追加・削除のための
遺伝子導入法:Helicobacter pylori の cagA
遺伝子における EPIYA モチーフのパラダイム
抄 訳
大﨑 敬子(杏林大学医学部感染症学)
A Mutagenesis Method for the Addition and Deletion of Highly Repetitive DNA
Regions: The Paradigm of EPIYA Motifs in the cagA Gene of Helicobacter pylori
Konstantinos S. Papadakos, Ioanna S. Sougleri, Andreas F. Mentis and Dionyssios N. Sgouras
Laboratory of Medical Microbiology, Hellenic Pasteur Institute, 127 Vas. Sofias Avenue, 11521, Athens, Greece
要 約
背景:Helicobacter pylori(H. pylori )の欧米型 CagA 蛋白質はその C 末端に EPIYA モチーフの繰り返し
配列をもち、配列に応じて階層的なチロシンのリン酸化を受ける。遺伝的背景が同じで、EPIYA-C モチー
フの数が異なる CagA 蛋白質を産生する変異株作製のために、メガプライマーによる特異的遺伝子導入法を
実施した。
対象と方法:2 コピーの EPIYA-C モチーフをもつ H. pylori P12 標準株を用いた。 cagA 遺伝子全長の後
に、Campylobacter jejuni カナマイシン耐性カセット(Kanr)、そして 1200-bp 領域(meta cagA 領域)とな
るようにプラスミドを作製した。また、cagA 遺伝子の EPIYA-C の 3 連続コピーをコードするメガプライマー
を作製し、2 番目の EPIYA-C モチーフの後に、cagA 遺伝子の 140-bp 領域をつないだ。これらの 2 つのプ
ロダクトを用いて QuikChange mutagenesis kit による特異的遺伝子導入を実施し、期待された数の
EPIYA-C のモチーフ、Kan r 、meta cagA 領域と続く配列を得ることができた。このコンストラクションを、
相同組み換えにより P12 株へ自然形質転換した。
結果:異なる個数の EPIYA-C モチーフ(AB、ABC、ABCCC)の CagA 蛋白質を発現する変異株を作製
し、それらと対応するリン酸化欠損株を作製した。変異株の増殖、胃の上皮細胞への付着能などの特徴は
野生株と同じで、CagA 蛋白質の細胞内移入が認められた。
結論:この実験方法は、繰り返し配列の構築に有効であった。
キーワード:CagA 蛋白質、EPIYA モチーフ、特異的遺伝子導入
対象と方法
変異株作製のための遺伝子操作
cagA 遺 伝 子 全 長、metacagA 領 域( 1194bp;
P12 株中の 589226–590419)は Vent ポリメラーゼ
全 ゲ ノ ム 配 列 の 明 ら か な Helicobacter pylori
を用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅
(H. pylori )P12 株(NC_011498)を用いた。プラス
した。cagA 全長 -Kan r -metacagA を保有する プラ
ミドベクター pBCSK +、pUC19 と Campylobacter
ス ミ ド、pCA2 を 構 築 し た( 図 1A、B)。 ま た、
jejuni 由来のカナマイシン耐性カセット(Kan r )を含
pUC19 には EPIYA-C の 3 連続コピーをコードする
む pJMK30 プラスミドを用いた。
102bp と P12 株ゲノム中の cagA 遺伝子部分配列
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Papadakos et al.
Generation of H. pylori Mutants with Polymorphic CagA
A
B
C
Figure
2 A)
(A) Maps
of ミ
plasmids
for 構
the築progressive
ofメ
pCA2
I. (B)
P12P12
reference
nucleotide
sequence (588404
図 1.(
プラス
ド pCA2
の 手 順 と construction
マ ッ プ(B)
ガ プplasmid,
ラ イ マat
ーstage
に含ま
れる
標 準strain
株の遺
伝 子 配 列(588404–
–588748588748 bp)
bp) involved in と制限酵素サイトの追加(C)
the production of the megaprimer
during
stage II.領域とメガプライマーがハイブリダイズする部位の模式図
The primers used to amplify fragments for the production of the
cagA
EPIYA-C
megaprimer and the corresponding enzyme restriction sites are depicted. (C) Graphic representation of megaprimer potential hybridization at the
EPIYA-C cagA region, during stage III mutagenesis assay.
used
lL) for transformation
of competent DH5a
140bp(10
( 588608-588748)
を組み込み、このプラス
E. coli strains. Clones were screened utilizing EPIYA
ミドを PCR で増幅することにより、メガプライマー
PCR as described earlier [17].
( 443bp)
を得た(
図 1C)
。pCA2 から得たフラグメ
To produce
phosphorylation-deficient
mutants by
substitution of tyrosine with phenylalanine in the
ント( 250ng)をテンプレートとし、メガプライマー
EPIYA-C coding motifs, we utilized the QuikChange II
(
75ng)を 加kitえand
て、QuikChange
II Site-Directed
mutagenesis
mutagenesis primers
EPIFA F and
EPIFA
R
(Table
1).
Clones
were
screened
by EPIYA
Mutagenesis Kit で、大腸菌 DH5α に形質転換し、
PCR [17], and mutations were confirmed by
PCR と シーク エ ン ス を 行 って 確 認 後、目 的 の
sequencing.
H. pylori P12 株に自然形質転換した。
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Natural Transformation of H. pylori
変異株の性状解析
We微好気条件下
utilized the protocol
for H. pylori natural transfor37℃で撹拌培養して液体培地中の
mation through homologous recombination kindly pro生菌数を測定し、菌株の増殖を比較した。細胞内
vided by Dr. Hilde de Reuse of Institut Pasteur, Paris.
への
CagA
蛋白質の移入を検出するため、AGS
細
Briefly,
patches
of H. pylori P12 strain (approximately
2
1 cm ) were preparedH. pylori
on CBA 各菌株を感染させた。
plates and were left to
胞を単層培養して、
grow for 4 hours. On each patch, approximately 10 lL
細
を 回 収 溶 解DNA
後 にwas
免疫
沈 降and
反 応the
を実
施 して
of 胞
corresponding
added
plates
were
left to 蛋白質を集め、免疫ブロット法で解析した。
incubate overnight. On the following day, each
CagA
さらに、胃上皮細胞への付着性状は CFDA-SE で
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繰り返し配列遺伝子領域の追加・削除のための遺伝子導入法: Helicobacter pylori の cagA 遺伝子における EPIYA モチーフのパラダイム
蛍 光 標 識 し た H. pylori 各 菌 株 を 30 分、37 ℃ で
では、P12 株と P12cagA 破壊株、その他の変異株
AGS 細胞に付着後、フローサイトメーターで定量解
に差を認めなかった。すべての H. pylori 菌株で、
析した。また、CagA 蛋白質の機能解析のために、
感染 30 分以内に 55%以上の細胞に付着していた。
AGS 細胞と各菌株を共培養後、パラホルムアルデ
ヒド固定と免疫蛍光染色を実施し、共焦点顕微鏡
4 型分泌機構(T4SS)の機能(CagA Translocation)
で観察した。
とチロシン・リン酸化
結 果
QuikChange 変異導入アッセイ
予 定 したすべての EPIYA-C の 組 合 わせ(AB、
CFDA-SE( 緑 色 蛍 光 )で 標 識 した 変 異 株 と、
T4SS によって細胞内に移入された CagA 蛋白質
(赤 ; 免疫蛍光染色)は共焦点顕微鏡で観察可能で
あった。細胞に付着した細菌に観察される特徴的
ABC と ABCC)をもつ、P12 cagA 遺伝子クローン
な黄色突起(CagA 蛋白質を移入するのに働く構造
プラスミド、AB(pCA0)
、ABC(pCA1)と ABCCC
物 )は、すべての CagA-EPIYA または EPIFA モ
(pCA3)が作製された。さらに pCA1-3 を用いて、
チーフをもつ変異株に観察された。一方、cagPAI
リン酸化部位を不活化した EPIFA-C と組み合わ
に欠損がある P12CagE 破壊株と P12CagA 破壊株
せたプラスミド[ABF(pCA1.1)、ABFF(pCA2.2)
では黄色突起が検出されなかった。CagA 蛋白質の
と ABFFF(pCA3.3)]を作製した。
リン酸化は免疫ブロット法によって検出された。
CagA 蛋白質の分子量( 図 2A)と一致して、リン
P12 株への自然形質転換
酸化を受けたチロシンのバンドが検出された。細
すべてのプラスミドの H. pylori P12 株への自然
胞のスキャッタリング現象は、EPIYA-C モチーフを
形質転換が成功した。それぞれ 8 クローンを使った
保有する CagA 蛋白質だけに観察された。スキャッ
解 析 の 結 果、RAPD-PCR に よっ て、 す べ て の
タ リ ン グ の 見 ら れ た 細 胞 の 比 率 は、リ ン 酸 化
H. pylori 変異株は野生株 P12 と遺伝的背景が同じ
EPIYA-C モチーフ数に比例していた(図 2B、C)。
であると確認された。
一方、EPIYA-C モチーフのない P12CagA 破壊株
と P12AB 株、リン酸化欠損株である P12ABF 株、
CagA 蛋白質発現に基づくクローンの選択
CagA 蛋白質の機能解析に用いる菌株を選択す
るため、全菌体破砕液を用いて免疫ブロット法で蛋
白質発現を比較した。変異株の CagA 蛋白質発現
P12ABFF 株、P12ABFFF 株では細胞の運動性や
細胞伸長を誘導しなかった。
考 察
は、 野 生 株 と 同 程 度 で あ る こ と が わ かっ た。
CagA 蛋白質 C 末端の EPIYA モチーフのタイプ
EPIYA-C モチーフの数の差による CagA 蛋白質の
と数は細胞への作用を決定すると考えられている。
サイズの違いは明らかであった。最も高い発現のみ
H. pylori ゲノムは多様性があるため、患者由来の
られた菌株を AGS 細胞との感染実験に用いた。
分離株は EPIYA モチーフの数とタイプにおいても
多様性があることが知られている。本研究の目的
細菌の増殖速度と胃上皮細胞への付着率
微好気環境下で液体撹拌培養し、H. pylori P12
株と変異株の増殖速度を比較した。対数増殖期の
は、比較的早く単純な方法を用いて、相同組み換
えと自然形質転換によって、EPIYA-C モチーフ数
の異なる変異株を作製することであった。
増殖速度および定常期の菌数に有意差を認めな
この方法が正しいことを示すためには、cagA 変
かった。さらに、AGS 細胞に対する付着性の比較
異の全プロセスと P12 菌株への導入が細菌のゲノ
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Generation of H. pylori Mutants with Polymorphic CagA
Papadakos et al.
A
B
C
図 2. CagA のリン酸化と細胞伸長およびスキャッタリングの誘導。Helicobacter pylori の各菌株は MOI100 で AGS 細胞に感
Figure 7染した。
CagA phosphorylation
and induction of elongation and scattering
phenotype. AGS cells were infected (B)細胞伸長およびスキャッ
for 24 hours at MOI 100, with Heli(A)免疫沈降とウエスタンブロット法による
CagA タンパク質のリン酸化状態の確認。
cobacterタリングの誘導能の位相差顕微鏡による解析。
pylori mutants expressing CagA with phosphorylation-functional
EPIYA-C
or
phosphorylation-defective
(EPIFA-C) motifs. (A) Determination
(C)各菌株の感染 24 時間後に細胞伸長またはスキャッタリングの誘導された
of phosphorylation
status of expressed CagA
protein,
immunoprecipitation of tyrosine-phosphorylated
utilizing
anti-PY-20 株
antiAGS 細胞の割合。統計解析は
Student
の following
t 検定で行った(P12CagAKO
対 P12ABCC 株 proteins,
p = 0.001;
P12ABCC
body followed by Western blot with polyclonal anti-CagA antibody. (B) Representative phase-contrast microscopy images, depicting induction of
対 P12ABCCC 株 p = 0.002)。有意差のレベルはそれぞれ *<0.05、**<0.01、***<0.001
elongation and scattering phenotypes induced. (C) Percentage of AGS cells expressing elongation and scattering phenotypes following H. pylori
infection at 24 hours post-infection. Statistical analysis was performed by Student’s t-test (P12CagAKO vs P12ABCC p = .001; P12ABCC vs. P12ABCCC p = .002). Levels of significance depicted are *<0.05, **<0.01, ***<0.001.
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繰り返し配列遺伝子領域の追加・削除のための遺伝子導入法: Helicobacter pylori の cagA 遺伝子における EPIYA モチーフのパラダイム
ムに影響していないという証明が必要で、遺伝子の
に影響しなかったということが証明され、cagA 遺伝
連続性や、蛋白質の機能面など、細心の注意をは
子がモノシストロンで転写されるためと考えられ
らってスクリーニングをした。
た。CagA 蛋白質のリン酸化に関しては、細胞ス
変異株は cagA 遺伝子配列に応じて正しく作ら
キャッタリングの誘導が EPIYA-C モチーフをもつ
れ、野生株との比較解析では同じ増殖性と上皮細
菌株だけに認められ、しかもその数に比例していた。
胞への付着性を示し、タイプIV 分泌システムを発
したがって CagA 蛋白質の機能についてもこれまで
現した。細胞スキャッタリングとそれに伴う作用か
の報告と同じ結果を得て、本遺伝子導入法が繰り
ら、今回の遺伝子操作が cagPAI 遺伝子活性と個々
返し配列の構築に有効であることが確認された。
のモチーフ(例えば EPIYA-A と EPIYA-B)の能力
CagA 蛋白質の EPIYA モチーフの多様性について
この報告は、既知の CagA 蛋白質の機能を確認し
は、これまで多くの報告があるが、用いた菌株の遺伝
て、遺伝子導入技術の確実さを証明しているが、今後
的背景が異なる場合には、比較解析の結果を誤って解
は未知の機能の解析にも使用されるべきである。さら
釈することがある。本報告のように 1つの野生株から、
に、この遺伝子導入技術により、東アジア型菌株への
異なるモチーフをもつ CagA 蛋白質を発現する菌株を
EPIYA-C モチーフの導入や、欧米型に東アジア型の
作製すれば、他のファクターの影響を考えずに、正し
CagA EPIYA-D を導入するといった研究への発展が
い結果を得ることができる。
期待される。
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