商店街組織におけるソーシャル・ビジネス

商店街組織におけるソーシャル・ビジネス
菅原 浩信(北海学園大学)
Keyword: 商店街組織,ソーシャル・ビジネス,地域コミュニティの活性化
【背景】
て,商店街組織は,自らが主体的な立場で,町内会・自治
ソーシャル・ビジネス(以下,SB)とは,
「社会的課題を
会,学校・PTA,行政,企業,NPO 法人・ボランティア組織
解決するために,ビジネスの手法を用いて取り組むもの」
等,地域コミュニティを構成する諸組織・団体の有する様々
であり,
「①社会性(現在,解決が求められる社会的課題に
な資源を活用しながら,SB を展開することにより,最終的
取り組むことを事業活動のミッションとすること)
,②事業
に地域コミュニティの活性化を図っていく必要がある。
性(①のミッションをビジネスの形に表し,継続的に事業
ところで,商店街組織には,そうした「地域貢献団体」
活動を進めていくこと)
,③革新性(新しい社会的商品・サ
としてだけではなく,従来からの「経済団体」としての役
ービスや,それを提供するための仕組みを開発したり,活
割を担い,地域経済活性化等に寄与していくことが求めら
用したりすること。また,その活動が社会に広がることを
れており,そのために活動の質的・量的な拡大を図ってい
通して,新しい社会的価値を創出すること)
」という 3 つの
くことも必要である。
要件を満たすものを指している(経済産業省(2008)p.3)
。
そこで,商店街組織は,地域の課題を解決する CB にとど
ここ数年,高齢者・障がい者の福祉,子育て支援をはじ
まらず,その垂直展開(他事業への拡大)および水平展開
め,様々な社会的課題が出現し,その解決が行政でも企業
(他地域への拡大)を図っていくことにより,他地域にも
でも難しくなっていることから,NPO 法人やベンチャー企
共通する社会的な課題の解決を目指す SB として展開する
業等によるソーシャル・ビジネスが増加しつつある。
必要がある。
SB に類似するものとして,コミュニティ・ビジネス(以
下,CB)があげられる。CB は,SB とともに,
「社会的課題
【先行研究】
の解決をミッションとしてもつものである」が,
「活動領域
SB に関する研究は,大室・NPO 法人大阪 NPO センター
や解決すべき社会的課題について一定の地理的範囲が存在
(2011)や平田(2012)をはじめ,SB の定義・概念に関す
する」ものである(以上,経済産業省(2008)p.4)
。
る考察(遠藤(2009)
,金川(2009)
,細川(2011)
,今井(2013)
一方,地域商店街活性化法において,商店街は「地域コ
等)
,SB の問題点・成功条件に関する考察(江橋(2010)
,
ミュニティの担い手」と位置づけられている。そのため,
奥村(2010)
)
,SB のビジネス・モデルに関する考察(土肥
商店街を運営する商店街組織には,地域コミュニティの疲
(2010)
,佐々木(2013)等)
,SB の事例分析(富澤(2011)
,
弊・縮小に伴う様々な問題(例えば,子育て中の親子の孤
西山(2013)
,波出石・福代(2014)等)等,数多く行われ
立,高齢者・障がい者の孤独死,治安悪化による事件・事
ている。しかし,商店街組織における SB に関する研究につ
故等)を解決し,地域に貢献する主体となることが,役割
いては,事例紹介等を含めても,皆無に等しい。
の 1 つとして求められている。こうした位置づけから,商
店街組織はソーシャル・ビジネスを展開すべき主体の 1 つ
としてとらえることができる。
【目的】
そこで,本報告では,(1)商店街組織は,どのような SB
神原(2010)は,
「ソーシャル・ビジネスは,地域の多様
を,
どのように展開しているのか,
(2)今後,
商店街組織は,
なコモンズを活用し,関係主体間のネットワーク,連携・
どのような SB を,どのように展開していくべきかの 2 点に
協同による相互依存の関係づくりを促す役割を果たしてい
ついて明らかにすることを目的とする。
る。これによって,最終的には健康・福祉,地域社会の関
係性(紐帯)
,生態系など,地域のコモンズの保全・再生・
活性化が進み,社会関係資本の再構築が進展すると考えら
れる」
(p.89)という指摘を行っている。
つまり,商店街組織が単独で SB を展開していくことは,
人的・資金的制約等から必ずしも容易ではない。したがっ
【研究方法・内容】
本報告では,商店街組織による SB の領域を,さしあたり
(1)障がい者支援,(2)高齢者福祉,(3)まちづくり(中心市
街地活性化)の 3 つとし,それぞれの領域で SB を展開して
いると考えられる商店街組織を事例として取り上げ,その
背景・目的,内容,手法,成果,課題等について分析を行
かわらず,まだ認知度が低いこと,②来店客のほとんどは
うことにより,商店街組織はどのような SB を展開している
常連客であるため,新規客の誘引が必要なこと等があげら
のかについて明らかにした。
れる。
(1)A 商店街
(2)B 商店街
A 商店街のある市には,7 ヶ所の障がい者施設が存在して
B 商店街のある地域は,高齢化率が市内で 2 番目に高い
いるが,それらは市内に広く分散して立地している。その
(50%を超えている)状況にある。B 商店街には,食堂が 1
ため,施設の利用者が作ったものを 1 ヶ所でまとめてみら
店のみ,惣菜を販売している店舗も 2 店しかない。また,B
れるところがなく,施設や利用者としては,ぜひ作品を見
商店街は。間口が狭いこと,空き店舗になっていても 2 階
て欲しいという思いがあった。また,障がい者同士が交流
に居住していること等から,コンビニエンスストアが出店
できる場がなく,まちなかにそうした場があればという思
することは難しくなっている。
いもあった。
そのため,特に最寄品の買物に困っている高齢者が多く
そこで,社会福祉協議会から A 商店街に対して,空き店
なっている。住民アンケート調査を実施したところ,やす
舗を活用して,そういった場ができないか打診があった。A
らぎ・憩いの場や,食べ物が買える場所がほしいという声
商店街としても,まちなかのにぎわいの創出や商店街の活
が多くあがったことから,高齢者の利便性の向上を図るこ
性化につながると考えられたことから,一緒に取り組むこ
ととなった。
ととなった。
そこで,2013 年,B 商店街の中心部にある空き店舗(元
そこで,2007 年,A 商店街内の空き店舗を活用し,障が
呉服店,間口が 5 間と広い)を活用し,弁当・パンの販売
い者の居場所や就労体験(喫茶コーナーを併設)の場,障
を中心に,手作り品の展示・販売や休憩スペースを設けた
がい者と市民との交流の場,利用者の作品の展示・販売の
拠点をオープンすることとなった。
場としてオープンすることとなった。
弁当は,市内で人気のある鮨屋に依頼し,週 1 回(土曜
当初は補助金の関係等から A 商店街が事業主体であった
日)弁当を販売するほか,他の鮨屋や弁当・惣菜店等から
が,オープン翌年からは社会福祉協議会が事業主体となり,
仕入れ,販売している。また,パンは,他の商店街のパン
A 商店街は運営主体となった。その後,2013 年からは,社
店等から仕入れ,販売している。以前は,近隣の高校と連
会福祉協議会や市内の障がい者施設で構成される運営委員
携し,高校生が開発した商品を高校生が販売したり,障が
会(A 商店街も,2012 年までは運営委員会の構成メンバー
い者の施設で作ったパンや淹れたてのコーヒー等を販売し
であった)が運営主体となっている。
たり,ということもあった。なお,手作り品については,
運営委員会は月 1 回開催され,そこで運営の方針等につ
いて決定されている。実際の運営は,ボランティアで構成
されるグループ(登録者 35 人)が,運営委員会から委託を
受けて行っている。
おおむね 1 日 30 人程度の来店があるが,そのほとんどは
45 人くらいのメンバーがそれぞれ個人で作ったものを出
品し,販売時に手数料(20%)を徴収している。
オープン時には,店長をおくとともにアルバイトを 2 人
雇用していたが,大きな赤字が発生したことから,パート
2 人をそれぞれ週 3 回雇用し,原則として 1 人で運営を行
高齢者である。毎日来店する高齢者もみられ,この場で知
うとともに,営業時間も短縮する(10~16 時⇒10~14 時)
り合いができた高齢者もいるようである。また,土・日に
こととした。なお,日常の管理は,B 商店街のメンバーの
は,平日に就労体験をしている障がい者が,顧客として来
中から選任された責任者・担当者が行っている。
店することもある。
1 日あたり 25~30 人程度の来店があり,その多くは 60
就労体験は週 4 回,1 日 4 人(午前・午後各 2 人)を受
~70 代の女性である。前述した市内で人気のある鮨屋の弁
け入れている。事前に各施設でトレーニングを行い,
「いら
当が毎週土曜日に販売されるということが定着したのか,
っしゃいませ」が言え,水を持っていき,注文が取れ,そ
それを目当てにした来店客が増加している。近隣の住民(来
れを持っていくことができた場合にのみ,就労体験を引き
店客の 7 割程度)は買物を済ませるとすぐ帰っていくが,
受けることになっている。就労体験から,一般就労につな
それ以外の来店客は世間話をしながらゆっくりしていくこ
がったケースもある。
とが多い。店内でゆっくりしている来店客を,その知人が
課題としては,①オープンから 7 年半が経過したにもか
外から見かけて来店し,話し込んでいくこともある。
オープンしてからまだ 2 年ほどではあるが,地域にはか
ン(繁忙期,主として夏期)とオフシーズン(閑散期,夏
なり定着しているようである。商店街の中心部に位置し,
期以外)とでは大きな差があることから,今後は,オンシ
間口も広いという好条件を活かしながら,今後も存続を図
ーズンの運営体制の確立(スタッフの確保)と,オフシー
っていくことが課題としてあげられる。
ズンの来店促進が 課題となっている。また,C 商店街の来
街者の多くは高齢者となっているため,若年層の取り込み
(3)C 商店街
も課題となっている。
C 商店街は,市内中心部(いわゆる中心市街地)にあり,
専門店が多いため,用事がないとなかなか来店することが
なく,
「敷居が高い」というイメージをもたれがちである。
また,C 商店街は,縦(南北方向)に長くなっているため,
【分析結果】
以上の事例から,商店街組織はどのように SB を展開して
いるのかについて明らかにした。
歩いて買物をしてもらうことが難しくなっている。
そのため,まずは,商店街内に 1 ヶ所でもいいから,来
てもらいやすい場を作り,どんな店舗があるのか聞いても
(1)組織間の連携
A 商店街では,運営委員会を構成する社会福祉協議会や
らえるようにしたいということになった。そこで,2011 年,
市内の障がい者施設に加え,ボランティアで構成されるグ
C 商店街内の空き店舗を拠点として,
「コンシェルジュ」事
ループとの連携がなされている。また,B 商店街では,鮨
業(情報発信,観光案内,電動アシスト付自転車のレンタ
屋,弁当・惣菜店,パン店といった,他の商店街の店舗等
ル)を展開することになった。翌 2012 年には,無料休憩所
との連携がなされている。
さらに,
C 商店街では,
NPO 法人,
の機能を追加することとなった。
ボランティア団体,若年層の就労支援団体等との連携(運
当初は,市民全体を事業のターゲットとして想定してい
営協力)がなされている。
たが,事業を展開していくうちに,観光客のニーズが高い
つまり,いずれの商店街組織においても,地域コミュニ
(観光案内,自転車のレンタル)ことがわかってきた。そ
ティを構成する諸組織・団体と連携しながら,SB が展開さ
の後,中心部を歩いてまわる観光客から「休むところがな
れている。
い」という声があがり,2013 年,カフェ事業を追加するこ
ととなった。
(2)地域資源の活用
このカフェの運営主体は C 商店街であるが,運営協力と
A 商店街では,市内に点在している 7 ヶ所の障がい者施
いう形で,NPO 法人,ボランティア団体,若年層の就労支
設や,ボランティアで構成されるグループ等が活用されて
援団体等が,様々なイベントの場としての活用を図ってい
いる。また,B 商店街では,B 商店街の中心部にあって,B
る。また,C 商店街も,いわゆる「まちゼミ」やインスト
商店街には珍しく間口が 5 間と広い空き店舗が活用されて
アライブ等のイベントを随時開催している。
いる。一方,C 商店街では,専門店が多いことによる「敷
カフェには 1 日 20 人前後の来店客があり,主として近隣
居が高い」というイメージや,縦(南北方向)に長いとい
事業所のサラリーマン(多くは単身赴任者,常連客でもあ
う立地条件,つまり,商店街におけるネガティブな要素を
る)で占められている。そのため,手作り,地場産品の食
活用したものである。
材にこだわったメニューを提供するようになった。こうし
つまり,いずれの商店街組織においても,その地域資源
たメニューは観光客にも訴求しているようである。なお,
(プラス面だけではなく,マイナス面においても)を活用
これらの食材の多くは,C 商店街内の店舗から仕入れるよ
した SB の展開が行われている。
うにしている。
観光客の他にも,合宿や大会等で来訪する学生や,夏期
の長期滞在者が,自転車のレンタルや情報収集(出かけて
(3)商店街全体への波及効果の創出
A 商店街では,来店客のほとんどを高齢者が占めており,
いないスポット等はないか)等で来店するようになってい
毎日来店する高齢者や,この場で知り合いのできた高齢者
る。こうしたことから,C 商店街の取り組みは,C 商店街や
も存在している。少なくとも,A 商店街においては,来街
中心市街地に,相応のにぎわいをもたらしつつあると考え
者の増加がみられている。また,B 商店街では,近隣の住
られる。
民以外の来店客が世間話をしながらゆっくりしていくこと
中心市街地における観光客の入り込み数が,オンシーズ
が多く,店内でゆっくりしている来店客を,その知人が外
から見かけて来店し,
話し込んでいくこともある。
さらに,
細川淳(2011)
「ソーシャル・ビジネスのデュアル・ミッシ
C 商店街では,食材の多くを C 商店街内の店舗から仕入れ
ョン性-その概念と動態的発展過程」
,
『21 世紀社会デザ
るようにしている。
イン研究』10:181-191.
つまり,いずれの商店街組織においても,来街者の増加
今井久(2013)
「ソーシャルビジネスの可能性-グローバル
や食材の仕入れ等,商店街全体への直接的・間接的な波及
経済からローカル経済へ-」
,
『社会科学研究』33:1-18.
効果が創出されるような形で,SB が展開されている。
神原理(2010)
「ソーシャル・ビジネスによる社会関係資本
の再構築」
,
『社会関係資本研究論集』
(1)
:77-90.
【考察・今後の展開】
前述のように,A 商店街が展開している SB は,市内に点
金川幸司
(2009)
「ソーシャル・ビジネスの概念とその政策」
,
『岡山理科大学紀要』45B:83-89.
在している 7 ヶ所の障がい者施設等が活用されている。ま
経済産業省(2008)
『ソーシャルビジネス研究会報告書』.
た,B 商店街が展開している SB は,近隣の住民以外の来店
西山未真(2013)
「農村のコミュニティ再編におけるソーシ
客もターゲットになっている。C 商店街が展開している SB
ャルビジネスの意義-高知県四万十川流域を事例として
は,C 商店街を含む中心市街地を視野に入れたものである。
-」
,
『農林業問題研究』191:427-433.
つまり,いずれの商店街組織が展開している SB において
も,地域の課題にとどまらず,より広い範囲での課題の解
奥村昭博(2010)
「ソーシャル・ビジネスの成功条件」
,
『経
営と情報』22(2):3-12.
決を図ろうとしており,CB の範囲を超えたものであると考
大室悦賀・NPO 法人大阪 NPO センター編著(2011)
『ソーシ
えられる。しかし,これらの SB は,CB の垂直展開や水平
ャル・ビジネス 地域の課題をビジネスで解決する』
,中
展開が図られた結果として展開されているものではなく,
央経済社.
地域経済活性化等に寄与しうるものであるとはいいがたい。
したがって,今後,商店街組織は,①他世代交流の推進
(例えば,高齢者福祉と子育て支援の融合等)や,障がい
佐々木利廣(2013)
「ソーシャルビジネスモデルのスケール
アウト-ビジネスモデルの模倣と移転」
,
『経営教育研究』
16(1):17-28.
者以外の雇用弱者(例えば,フリーター・ニート,シング
富澤拓志(2011)
「鹿児島における新しいソーシャル・ビジ
ルマザー)の支援等,事業領域の深耕を図っていくととも
ネス:鹿児島天文館総合研究所 Ten-Lab」
,
『地域総合研
に,②近隣地域の商店街組織との連携により,活動範囲の
究』39(1・2):73-81.
拡大を図っていくことが必要である。
また,そのためには,(1)SB を支えるための収益事業の
構築(収益事業との組み合わせ)
,(2)連携相手の他組織と
の WIN-WIN 関係の明確化,(3)連携相手の他組織における事
業リスクの軽減,といった点を考慮する必要がある。
【主要参考文献】
土肥将敦(2010)
「ソーシャル・ビジネスの構造とビジネス
モデルの普及過程」
,
『社会・経済システム』31:37-44.
江橋崇(2010)
「グローバル・コンパクトとソーシャル・ビ
ジネス」
,
『法学志林』108(1):17-37.
遠藤ひとみ(2009)
「わが国におけるソーシャルビジネス発
展の一過程~パートナーシップの形成に向けて~」
,
『嘉
悦大学研究論集』51(3)
:59-77.
波出石誠・福代和宏(2014)
「地域活性化に資する廃校を活
用したソーシャル・ビジネスに関する研究」
,
『日本建築
学会技術報告集』20(44):299-304.
平田譲二編著(2012)
『ソーシャル・ビジネスの経営学 社
会を救う戦略と組織』
,中央経済社.