世界の食料安全保障: - (FAO)日本事務所

世界の食料安全保障:
気候変動とバイオエネルギーの課題
◆
気候変動はすべての人々に影響を及ぼします。その影響は現時点でさえ弱い
立場にあり食料が十分に確保できない何億もの小規模農民や漁業者、森林に
依存して暮らす人々に対して、最も深刻なものとなるでしょう。土地や水あるい
は生物多様性への影響、食料価格、さらに食用作物を原料とするバイオ燃料需
要の拡大も、貧困層に打撃を与えます。
「世界食料デー」は、食料不足にさらされる8億6,200万人もの人々が直面し
ている状況の見直しに焦点を当てるよいチャンスです。これらの人々の大部分
は農村部に住み、農業セクターを主な収入源としています。2015年までにこ
れらの人々を半減させようという「世界食料サミット」の目標は、すでに足踏み
状態になっています。地球温暖化やバイオ燃料ブームは、世界の栄養不足人口
をこれからの数十年間にむしろ増加させることが危惧されています。このパン
フレットでは、これらの課題とその解決策について調べてみることとします。
バイオエネルギーと食料安全保障
何千年にもわたって、各家庭では樹木や有機物残渣など生命体由来
のエネルギーが使われてきました。これに対して液体バイオ燃料な
ど、近代的なバイオエネルギー開発への関心が高まりはじめたのは
1970年代に入ってからです。
この傾向は、食料安全保障をめぐって新たな機会とリスクの双方を
もたらします。つまり、農村部の安定的なエネルギー確保を少なから
ず改善することによって、農業セクターの再活性化を促し、農村開発
や貧困層の軽減に役立つ可能性がある一方、持続的な管理を怠れば弱
い立場の人々の食料安全保障を、さらに悪化させるかもしれないから
です。
バイオエネルギーは、気候変動の緩和に役立ちうるものですが、も
し森林や泥炭地がエネルギー原材料としてのサトウキビやヤシ油を得
る目的で切り払われれば、逆の結果につながります。バイオ燃料の生
産を作物や木材残渣によるのであれば、この問題は解決されるのです
が、採算性のとれる技術は今のところ確立されていません。政策立案
者たちはいま、農民に対する適正な食料供給量の生産あるいは購入を
守りしながら、一方でいかにしてバイオエネルギーの生産拡大を推し
進めるか、収支の見極めを迫られています。
価格高騰による食料安全保障へのリスクは、バイオエネルギーの生
産が食用作物による場合や、本来食料生産に供せられるべき土地・水
を使っている場合、甚大なものとなります。このような競合関係は、
熱源やエネルギー源としてバイオマス原料が使われる場合よりも、液
体バイオ燃料の形で生産される場合のほうが一層深刻なものとなりま
す。現時点の技術レベルで判断すれば、液体バイオ燃料生産の急激な
拡大が、食料価格の深刻な高騰をもたらしているといわざるを得ませ
ん。その結果、生産農家の販売益は増加しているものの、食料購入が
必要な都市消費者や農村部貧困層には被害を与えているのです。
生産性の低下した農地や限界農地を利用する技術が確立されれば、
持続的な生産強化や食料・エネルギー生産の一体的な関係、あるいは
適正な営農手段の採用などを通じて、食料供給へのプレッシャーを軽
減することは可能です。
また、原材料への需要増が農業投資を促し、小規模生産者に対する
新たな雇用や市場機会を生みだすことを通じて経済活動が活性化する
ような農村地域では、ローカルな単位での食料安全保障が改善される
かもしれません。このようなケースにおける効果は、地域の人口と所
得、地域分布、年齢と性別、そして大規模なプランテーション農業か
個人農業かなどの生産システムの違いによって異なるでしょう。
大規模なプランテーション農業は、労働者への就業機会を提供しま
すが、同時に小規模農民を排除してしまうかもしれません。このような
場合、規模拡大計画あるいは協業組織への支援や、零細農家の農地取
得を考慮にいれた適切なバイオエネルギー政策などが、負の影響を軽
減するのに役立つかもしれません。
気候変動への適応
ブラジル:小規模農民と巨大バイオ燃料企業との連携
貧 困 層がバイオ燃料ブームから恩恵を受けることは可能です。
たとえば、ブラジルの貧しい農民は「社会燃料証明計画(Selo
Combustivel Social)」を通じて、バイオ燃料生産から利益を得てい
ます。この計画によれば、バイオディーゼル生産企業が貧困地域の小
規模な家族経営農家から原材料を購入する場合、所得税の減免とブラ
ジル開発銀行からの財政支援が得られるからです。2007年末までに
制度に加わった小規模農民の数は、40万人に達しています。
この制度では、農民は協業組織に組み込まれ、普及員から研修を受
けます。国家石油公社が2007年12月に行なったバイオディーゼル
のオークションでは、売上量の99%がこの計画に加盟している企業
の製品でした。エタノールの生 産には多くの労 働力を要することか
ら、100万人分を超える仕事量が生みだされてきましたが、その大部
分は貧困農村地域におけるものとなっています。
複合的な要因による食料価格の高騰
食料価格指数
250
220
190
160
130
100
5
6
7
8
9
2007年
10
11
12
1
2
3
2008年
4
5 月
まるで気候変動やバイオ燃料ブームだけでは不十分だといわんばか
りに、2007年から2008年にかけては他要因もあずかった食料価格
の高騰が起こりました。価格高騰にかかわる諸要因としては、人口増
や新興国の食肉消費増加による穀物需要の増加、かつてない低い食料
在庫、気候変動と連動する干ばつ・洪水被害、石油価格の高値、農産
物投機の増加、バイオ燃料の需要拡大などがあげられます。アフリカ
の低所得食料不足国では、国際穀物価格や輸送費、石油価格の急騰の
ため、2007-2008年の穀物輸入代金が74%に上昇する見通しとな
りました。食料をめぐる対立と災害が、37の国に食料危機をもたらし
たと言わざるをえない結末です。
2008年6月、食料危 機問題の方向づけと解決 へ のコンセンサス
について協議するため、多くの世界 の 指 導 者がローマに集まりまし
た。FAOが開催した「世界の食料安全保障に関するハイレベル会合-
気候変動とバイオエネルギーの課題」の場では、開発途上国と市場経
済移行国における農業および食料の生産拡大、そのための農業やアグ
リビジネス、農村開発への投資促進に関する合意が、参加各国間でな
されました。また、ハイレベル会 合の最終宣言には、現に食料価格高
騰の打撃をうけている諸国の食料ニーズに即応するため、食料援助枠
をただちに拡大し、セーフティーネット計画を立ち上げることが盛りこ
まれています。
世界の小規模農民の多くは、気候変動によって干
ばつの頻度や度合いがますます高まりそうな熱帯の
生産限界地で農業を営んでいます。彼らはわずかばか
りの農地から得られる収入の目減りに立ち向かう力が
弱く、状況変化に適応するための設備投資もままなら
ない人たちです。
気候変動は、それぞれの土地に適した作物、家畜、
魚種、牧草類などに影響を与えるだけでなく、森林の
健全性や生産性、病虫害の発生率、生物多様性、生
態系などにも影響します。
歴史的にみて、農林水産業にかかわる人々は気候
の変化に順応するすべを身につけ、新たな状況に適し
た作物や営農手段を適用してきました。しかしいま、
かつてなく深刻でハイペースな気候変動が、新たな問
題を引き起こしつつあります。気温や降水の変化、ま
すます頻発する異常気象は、作物や牧畜の生産不足
と資源の損失を招き、食料生産や生産資源へのアク
セスと安定性、利用方法などを脅かすことが懸念され
ています。地域によっては、変化の大きさは優に人々
の適応能力を上回るものとなるでしょう。
気候変動への適応は、持続可能で生態系に配慮し
た営農技術、早期警報システム、気候変動多発地域
の識別システム、災害危機管理体制など、すでに実践
されている多くの方法を一層強化することに焦点が当
てられるでしょう。また、短期的な気象の変動が長期
にわたって食料安全保障に影響を及ぼさないために
は、作物保険制度(「気象に関連した作物被害への
保険」の項を参照)や、農民が営農法や土地利用に対
して改善意欲を高めることができるような投資が必要
でしょう。
農業は、気候変動の被害者であるばかりでなく、温
室効果ガスの発生源でもあります。作物生産や牧畜
は、温室効果ガスを大気中に拡散するとともに、牛や
水田など湿地からのメタンガス、そして化学肥料の使
用による亜酸化チッソの排出という点でも大きな原因
者となっています。森林伐採や土壌劣化(非持続的農
業による2つの負の影響)といった土地利用状況の
変化は、大気中に大量の炭素を排出し、地球温暖化
をもたらしています。
このことから、農業セクターは森林伐採の抑制や
森林保全管理の改善、野火の抑制、食料とエネル
ギーのためのアグロフォレストリー、土壌中への炭素
固定、管理の行きとどいた放牧による荒廃農地の復
旧、牛などの反芻家畜に対する食餌改善、バイオガ
ス回収を含む家畜糞尿のより効果的な管理等々の諸
技術、ならびに土地・水資源の質と有効性、利用効
率の改善を通じて、温室効果ガスの排出削減に貢献
しなければなりません。
炭酸ガスの排出を削減し、化石燃料への依存から
脱却するためにバイオ燃料を用いることは、食料安
全保障、ならびに現在や将来の土地利用に重要な意
義をもっています(「バイオエネルギーと食料安全保
障」の項を参照)。
それでは、農業に関係する諸要素を一つ一つとりあ
げ、気候の温暖化にともなってどのような問題が生じ
てくるかを調べてみましょう。
土地 気候変動は、多くの農村社会の存続を危うくしか
ねない脅威にさらします。たとえば、海面上昇は開
発途上国の低位海浜部や河口デルタに位置する多く
の農村住民に、より高い土地への移住を余儀なくさせます。同様
に、気候変動によってますます頻発する干ばつ被害は、天水に依
存して農業や牧畜を営む人々を、土地や水に関係した紛争へと追
いやるでしょう。
気候変動にともなう移住は、移住民と既存農村住民の間に、土
地をめぐる競合関係を生みだしがちです。多岐にわたる土地保有
ニーズを調停することは、中央から出先まであらゆるレベルの政
府機関にとって、大変やっかいな仕事です。地権に法的裏付けが
なく、異なった慣習的土地保有形態が併存しているようなケース
では、政府機関には地域社会とのコンタクトを密にし、公正かつ
公平な土地保有システムの確立を図ることによって、紛争解決の
メカニズムを構築することが
求められています。それでも
なお、多くの移住民にとって
気候変動の結果として、農民は予測不能かつ不確かな水供
は、これまでどおりの農業や
給や、ますます増えていく干ばつと洪水にさらされることに
牧畜を維持することは難しく
なるでしょう。しかも、それらのインパクトは場所によって
なるでしょう。
大きく異なるものです。科学者たちの予測によれば、1~3℃の気
水 また、移住を円滑に進める
ための土地保有に関する政策
では、移住者の生計を維持す
るために農外所得を含む幅広
いプログラム間の協力関係が
必要となります。
温上昇は高緯度地域の農業には恩恵をもたらしますが、多くの熱
帯乾燥・半乾燥地域では降水とそれにともなう流出の減少をもた
らし、これらの地域に位置する食料不安定諸国の状況をさらに悪
化させるでしょう。
最も深刻な影響を受けるのは天水農業です。天水農業が全耕
作地に占める割合は、サハラ以南アフリカで96%、南アメリカで
87%、アジアで61%にのぼります。乾期の期間が長びく傾向にあ
る半乾燥地域の生産限界地では、耕作が不可能となる危険性が増
していくでしょう。生産が不安定化する地域では、人々は移住を
強いられることになりそうです。サハラ以南アフリカでは、2080
年代までに気象や土壌、地形上の問題のため、天水農業に適さな
い農地が3,000~6,000万haにまで増えそうです。
一方、大河川の流域やデルタのかんがい農業もまた、河川流
出の減少、塩害(インダス河流域など)、洪水の頻発や海面上昇
(ナイル、ガンジス-ブラマプトラ、メコン、長江などの各河川
流域)、都市活動と工業に起因する水質汚濁などの複合的な問題
にさらされています。世界の主要な生産地域のいくつかに生じて
いるこれらの阻害要因は、農業生産高や生物多様性、自然の持つ
生態系復元能力を低下させ、食料生産と供給の減少という形で世
界中の何億もの農民と消費者に負のインパクトをもたらすことで
しょう。
気候変動の影響は、国や地域によって一様ではありません。気
候変動の結果として、たとえば1億4,000万人の栄養不足人口をか
かえる中国では、1億トンの穀物増産が得られるかもしれません
が、2億人の栄養不足人口をかかえるインドでは、3,000万トンの
減収が起こりそうです。
降水の減少が予測される地域では、水の貯留や管理、利用効率
の向上を図ることが必要です。大規模かんがい計画においては、
水供給に生じる変化への対応が迫られますし、小規模かつ圃場レ
ベルでの水制御施設を支援していくことも必要となるでしょう。
生物多様性 2005年の国連ミレニアム・
エコシステム評価は、今世紀
末までに生物多様性を損ねる
主要な原因は気候変動であろうと推計しています。気候変動が避けら
れないかぎり、食料と農業に対する生物多様性の意義は、ますます
重要なものとなっていくでしょう。遺伝資源は地域社会や研究者、繁
殖農家が新たなニーズに適合した農産物を生産するための生命物質
ですから、多様な遺伝資源の貯蔵を管理・利用していくことは、気候
変動に即応するための基本要件となるでしょう。
また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球の平
均気温が上昇するのにともない、多くの種が絶滅の危機に瀕する
だろうと報告しています。とくに、主要作物の野生種において影
響が大きいとしています。たとえば、国際農業研究協議グループ
(CGIAR)の研究は、野生種の分布モデルをベースに、貧困層に
とって重要な食料であるピー
ナッツ、ササゲ豆、ジャガ
イモをとりあげ、これら3種
の野生種が2055年までに16
~22%失われるだろうと予測
しています。
結論 農業による温室効果ガス排出量を削減するには多
くのことが可能であり、この目標に沿った戦略立案
とその実行が重要です。排出量の削減だけでは十分
とはいえず、また今世紀の後半までその実現は難しいかもしれま
せん。しかし、一方で地球温暖化はすでに進行しつつあり、とく
に温暖化の影響にさらされる大部分の貧困国にとって、適応戦略
は緊急を要するものです。
気象に関連した作物被害へ
の保険
水産業・
養殖漁業 気象指数作物保険は、降雨量や気温な
ど計測可能な事象に応じて保険金を支払
う比較的新しいリスク管理の手法です。
このような保険政策によって、農民はよ
り良いリスク管理ができ、より高価な初
期投資を必要とする営農にも積極的に取
り組めるようになります。作物被害の原
因が他の要因とは無関係に立証される
わけですから、虚偽の申告や政治的介入
の影響はきわめて低くなり、銀行や保険
会社は、貧困農村部に保険制度を導入し
やすくなります。ただし、保険金の支払
いは降雨量や気温の違いに比例しますか
ら、部分的な被害補てんにとどまります。
気象指数作物保険はまだ試行の段階で
すが、2005年にマラウイの小規模農民
を対象に実施された調査では、この制度
は農民が気候変動に対処するうえでの主
な手段となっていることが報告されてい
ます。
水産業従事者数は世界中で2億人
以上にのぼり、その98%は開発途上
国の人々です。多くの貧困層の食生
活において、魚介類は主要なたんぱく質補給源であり、2億8,000
万人以上の人々の食生活では、動物性たんぱく質の20%を魚介類
が占めています。気候変動は、貧困層にとっての収入源であり栄
養源であるこの重要な資源を脅かしています。
気候変動の水産業への影響として、水温上昇、海面上昇、氷河
の融解、海水塩分濃度と酸性度の変化、地域によってはサイクロ
ンの多発、逆に降水量の減少、漁業資源の変化(増加を含む)な
どがあげられます。気候変動は、経済や環境の鍵である資源の持
続性や生産性を危うくしますが、一方では養殖漁業などにおいて
新たな機会を提供します。
気候変動は、水産業(養殖漁業を含む)で生計を立てる人々に
さまざまなインパクトを与えます。それらは、生産物および市場
価格の上昇、購買力や輸出の低下、気象悪化により発生する危険
な就業状況などです。零細な水産業地域のいくつかでは、水産物
の賦存量、アクセス、安定性、用途、供給量などが悪化し、就業
機会も減ることから、人々はより不安定な状況を強いられること
になりそうです。
現在、養殖漁業は世界の海産物消費量の45%を占めています
が、将来の需要増を満たすべく、その生産量はさらに増え続ける
ことでしょう。その意味で、気候変動によって養殖漁業には新た
なビジネスチャンスが生じます。気候温暖な地域では生長率や生
育期間の好転、さらに従来は低温であったために不適当であった
水域にも養殖のエリアが広がるなど、生産高も上がるでしょう。
これらのことから、今後はアフリカやラテンアメリカなど熱帯お
よび亜熱帯地域で、養殖漁業の可能性は高まっていくことが期待
されます。
人類は、気候変動のなかで生きていくことを学ばねばなりませ
ん。しかし、そのことが世界の飢餓問題をさらに悪化させ、富裕
国と貧困国のギャップをさらに拡大することは避けなければなり
ません。「世界食料デー」は、地球家族のなかで最も弱い立場の
人々が、気候変動に最も苦しめられていることを思い起こす機会
であるべきです。彼らのことをけっして忘れてはなりません。
土地 気候変動は、多くの農村社会の存続を危うくしか
ねない脅威にさらします。たとえば、海面上昇は開
発途上国の低位海浜部や河口デルタに位置する多く
の農村住民に、より高い土地への移住を余儀なくさせます。同様
に、気候変動によってますます頻発する干ばつ被害は、天水に依
存して農業や牧畜を営む人々を、土地や水に関係した紛争へと追
いやるでしょう。
気候変動にともなう移住は、移住民と既存農村住民の間に、土
地をめぐる競合関係を生みだしがちです。多岐にわたる土地保有
ニーズを調停することは、中央から出先まであらゆるレベルの政
府機関にとって、大変やっかいな仕事です。地権に法的裏付けが
なく、異なった慣習的土地保有形態が併存しているようなケース
では、政府機関には地域社会とのコンタクトを密にし、公正かつ
公平な土地保有システムの確立を図ることによって、紛争解決の
メカニズムを構築することが
求められています。それでも
なお、多くの移住民にとって
気候変動の結果として、農民は予測不能かつ不確かな水供
は、これまでどおりの農業や
給や、ますます増えていく干ばつと洪水にさらされることに
牧畜を維持することは難しく
なるでしょう。しかも、それらのインパクトは場所によって
なるでしょう。
大きく異なるものです。科学者たちの予測によれば、1~3℃の気
水 また、移住を円滑に進める
ための土地保有に関する政策
では、移住者の生計を維持す
るために農外所得を含む幅広
いプログラム間の協力関係が
必要となります。
温上昇は高緯度地域の農業には恩恵をもたらしますが、多くの熱
帯乾燥・半乾燥地域では降水とそれにともなう流出の減少をもた
らし、これらの地域に位置する食料不安定諸国の状況をさらに悪
化させるでしょう。
最も深刻な影響を受けるのは天水農業です。天水農業が全耕
作地に占める割合は、サハラ以南アフリカで96%、南アメリカで
87%、アジアで61%にのぼります。乾期の期間が長びく傾向にあ
る半乾燥地域の生産限界地では、耕作が不可能となる危険性が増
していくでしょう。生産が不安定化する地域では、人々は移住を
強いられることになりそうです。サハラ以南アフリカでは、2080
年代までに気象や土壌、地形上の問題のため、天水農業に適さな
い農地が3,000~6,000万haにまで増えそうです。
一方、大河川の流域やデルタのかんがい農業もまた、河川流
出の減少、塩害(インダス河流域など)、洪水の頻発や海面上昇
(ナイル、ガンジス-ブラマプトラ、メコン、長江などの各河川
流域)、都市活動と工業に起因する水質汚濁などの複合的な問題
にさらされています。世界の主要な生産地域のいくつかに生じて
いるこれらの阻害要因は、農業生産高や生物多様性、自然の持つ
生態系復元能力を低下させ、食料生産と供給の減少という形で世
界中の何億もの農民と消費者に負のインパクトをもたらすことで
しょう。
気候変動の影響は、国や地域によって一様ではありません。気
候変動の結果として、たとえば1億4,000万人の栄養不足人口をか
かえる中国では、1億トンの穀物増産が得られるかもしれません
が、2億人の栄養不足人口をかかえるインドでは、3,000万トンの
減収が起こりそうです。
降水の減少が予測される地域では、水の貯留や管理、利用効率
の向上を図ることが必要です。大規模かんがい計画においては、
水供給に生じる変化への対応が迫られますし、小規模かつ圃場レ
ベルでの水制御施設を支援していくことも必要となるでしょう。
生物多様性 2005年の国連ミレニアム・
エコシステム評価は、今世紀
末までに生物多様性を損ねる
主要な原因は気候変動であろうと推計しています。気候変動が避けら
れないかぎり、食料と農業に対する生物多様性の意義は、ますます
重要なものとなっていくでしょう。遺伝資源は地域社会や研究者、繁
殖農家が新たなニーズに適合した農産物を生産するための生命物質
ですから、多様な遺伝資源の貯蔵を管理・利用していくことは、気候
変動に即応するための基本要件となるでしょう。
また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球の平
均気温が上昇するのにともない、多くの種が絶滅の危機に瀕する
だろうと報告しています。とくに、主要作物の野生種において影
響が大きいとしています。たとえば、国際農業研究協議グループ
(CGIAR)の研究は、野生種の分布モデルをベースに、貧困層に
とって重要な食料であるピー
ナッツ、ササゲ豆、ジャガ
イモをとりあげ、これら3種
の野生種が2055年までに16
~22%失われるだろうと予測
しています。
水産業・
養殖漁業 水産業従事者数は世界中で2億人
以上にのぼり、その98%は開発途上
国の人々です。多くの貧困層の食生
活において、魚介類は主要なたんぱく質補給源であり、2億8,000
万人以上の人々の食生活では、動物性たんぱく質の20%を魚介類
が占めています。気候変動は、貧困層にとっての収入源であり栄
養源であるこの重要な資源を脅かしています。
気候変動の水産業への影響として、水温上昇、海面上昇、氷河
の融解、海水塩分濃度と酸性度の変化、地域によってはサイクロ
ンの多発、逆に降水量の減少、漁業資源の変化(増加を含む)な
どがあげられます。気候変動は、経済や環境の鍵である資源の持
続性や生産性を危うくしますが、一方では養殖漁業などにおいて
新たな機会を提供します。
気候変動は、水産業(養殖漁業を含む)で生計を立てる人々に
さまざまなインパクトを与えます。それらは、生産物および市場
価格の上昇、購買力や輸出の低下、気象悪化により発生する危険
な就業状況などです。零細な水産業地域のいくつかでは、水産物
の賦存量、アクセス、安定性、用途、供給量などが悪化し、就業
機会も減ることから、人々はより不安定な状況を強いられること
になりそうです。
現在、養殖漁業は世界の海産物消費量の45%を占めています
が、将来の需要増を満たすべく、その生産量はさらに増え続ける
ことでしょう。その意味で、気候変動によって養殖漁業には新た
なビジネスチャンスが生じます。気候温暖な地域では生長率や生
育期間の好転、さらに従来は低温であったために不適当であった
水域にも養殖のエリアが広がるなど、生産高も上がるでしょう。
これらのことから、今後はアフリカやラテンアメリカなど熱帯お
よび亜熱帯地域で、養殖漁業の可能性は高まっていくことが期待
されます。
気象に関連した作物被害へ
の保険
気象指数作物保険は、降雨量や気温な
ど計測可能な事象に応じて保険金を支払
う比較的新しいリスク管理の手法です。
このような保険政策によって、農民はよ
り良いリスク管理ができ、より高価な初
期投資を必要とする営農にも積極的に取
り組めるようになります。作物被害の原
因が他の要因とは無関係に立証される
わけですから、虚偽の申告や政治的介入
の影響はきわめて低くなり、銀行や保険
会社は、貧困農村部に保険制度を導入し
やすくなります。ただし、保険金の支払
いは降雨量や気温の違いに比例しますか
ら、部分的な被害補てんにとどまります。
気象指数作物保険はまだ試行の段階で
すが、2005年にマラウイの小規模農民
を対象に実施された調査では、この制度
は農民が気候変動に対処するうえでの主
な手段となっていることが報告されてい
ます。
国境を越えて
広がる病虫害 病虫害は、直接的に
作 物や家 畜の生 産を
減少させるほか、間接
的にも換金作物の歩止まりを低下させるなど、歴史的に食料生産
に影響を及ぼしてきました。とくに小規模農民の場合はほとんど
すべてを失ってしまうほどの被害をこうむってきたのです。現在
では、これらの被害が気候変動や増え続ける異常気象によって加
速化しつつあり、地球規模での食料安全保障や農村部の生活を脅
かしています。
リスク管理 気候変動によって家畜や作
物への病虫害の拡がりが変化
しつつあることは明らかです
が、その全容を予測すること
は困難です。気温や湿度、大
気中のガス成分の変化は、害
虫とその天敵や寄主との関係
に変化を生じさせ、作物や菌
類、虫類の生長と世代交代を
促進します。また、森林伐採
や砂漠化によって地表被覆に
変化が生じると、残っている
動植物は病虫害を受けやすく
なります。
種を病虫害の拡散から守る
ためには、新たな営農手段や
異なる作物種・家畜種、そし
て総合的な病虫害管理の原則
が開発されなければなりませ
ん。各国政府が、生物的防除
機関や病虫害に強い新たな作
物と家畜の導入を検討するこ
とが必要ですし、動植物安全
性のサービス強化をトッププ
ライオリティーに据えること
も求められます。
地球温暖化が土地、水、作物、家
畜、魚類、病虫害などに及ぼす影響
について、それぞれに対する新たな
危機管理手法があります。気候変動が及ぼす飢餓への影響を最小限にと
どめるには、国レベル、地域レベル、国際レベルによる多面的なアプロー
チが必要です。
また、気候変動に関して適正な将来予測ができる科学者と、災害危機
管理や食料安全保障の分野において現に活動しているグループの間の
緊密な連携が求められます。
気候変動がもたらすさまざまなリスクや食料安全保障に対処するた
め、新たな財政的努力も検討されなければなりません。検討には、地域
社会や各家庭に対する小規模融資、民間分野の役割拡大、各種財団によ
る一層の役割分担や、農村部貧困層が温室効果ガスの排出量取引きに
参画できるような仕組みなどが含まれます。
現時点および今後数十年間に地
球温暖化による最悪の影響を減ら
すためには、次に示すような種々の
手段が考えられます。
⿎⿎ 地域レベルごとに、気候変動が
農業や森林にどのようなインパ
クトを与えるかの理解を深め、
対処するための気象および気象
インパクトモデルの開発
⿎⿎ 水管理改善、土壌保全、作物・
樹木の活性化などを通した生
活パターンと農林水産活動の多
様化
⿎⿎ 気象・気候予測システムの改良
と拡充
⿎⿎ モニタリングおよび早期警報シ
ステムの改良
⿎⿎ 災害危機管理システムの開発
また、気候変動インパクトへの
適応改善にむけて、
⿎⿎ 土地利用計画、食料安全保障
計画、水産業および林業政策な
ど相互間の包括的な調整
⿎⿎ かんがいや海岸保全事業にあ
たり、気候変動リスクを考慮に
いれた費用/便益分析
⿎⿎ 能力開発やネットワーク化を通
した農民活動の強化・促進
⿎⿎ 気候変動に関する国別適応行
動計画(NAPA)への支援
⿎⿎ 新たに発生しうる危機的シナリ
オに対処するための非常時対
応案
なども必要となります。
結論 農業による温室効果ガス排出量を削減するには多
くのことが可能であり、この目標に沿った戦略立案
とその実行が重要です。排出量の削減だけでは十分
とはいえず、また今世紀の後半までその実現は難しいかもしれま
せん。しかし、一方で地球温暖化はすでに進行しつつあり、とく
に温暖化の影響にさらされる大部分の貧困国にとって、適応戦略
は緊急を要するものです。
気象に関連した作物被害へ
の保険
気象指数作物保険は、降雨量や気温な
ど計測可能な事象に応じて保険金を支払
う比較的新しいリスク管理の手法です。
このような保険政策によって、農民はよ
り良いリスク管理ができ、より高価な初
期投資を必要とする営農にも積極的に取
り組めるようになります。作物被害の原
因が他の要因とは無関係に立証される
わけですから、虚偽の申告や政治的介入
の影響はきわめて低くなり、銀行や保険
会社は、貧困農村部に保険制度を導入し
やすくなります。ただし、保険金の支払
いは降雨量や気温の違いに比例しますか
ら、部分的な被害補てんにとどまります。
気象指数作物保険はまだ試行の段階で
すが、2005年にマラウイの小規模農民
を対象に実施された調査では、この制度
は農民が気候変動に対処するうえでの主
な手段となっていることが報告されてい
ます。
人類は、気候変動のなかで生きていくことを学ばねばなりませ
ん。しかし、そのことが世界の飢餓問題をさらに悪化させ、富裕
国と貧困国のギャップをさらに拡大することは避けなければなり
ません。「世界食料デー」は、地球家族のなかで最も弱い立場の
人々が、気候変動に最も苦しめられていることを思い起こす機会
であるべきです。彼らのことをけっして忘れてはなりません。
バイオエネルギーと食料安全保障
何千年にもわたって、各家庭では樹木や有機物残渣など生命体由来
のエネルギーが使われてきました。これに対して液体バイオ燃料な
ど、近代的なバイオエネルギー開発への関心が高まりはじめたのは
1970年代に入ってからです。
この傾向は、食料安全保障をめぐって新たな機会とリスクの双方を
もたらします。つまり、農村部の安定的なエネルギー確保を少なから
ず改善することによって、農業セクターの再活性化を促し、農村開発
や貧困層の軽減に役立つ可能性がある一方、持続的な管理を怠れば弱
い立場の人々の食料安全保障を、さらに悪化させるかもしれないから
です。
バイオエネルギーは、気候変動の緩和に役立ちうるものですが、も
し森林や泥炭地がエネルギー原材料としてのサトウキビやヤシ油を得
る目的で切り払われれば、逆の結果につながります。バイオ燃料の生
産を作物や木材残渣によるのであれば、この問題は解決されるのです
が、採算性のとれる技術は今のところ確立されていません。政策立案
者たちはいま、農民に対する適正な食料供給量の生産あるいは購入を
守りしながら、一方でいかにしてバイオエネルギーの生産拡大を推し
進めるか、収支の見極めを迫られています。
価格高騰による食料安全保障へのリスクは、バイオエネルギーの生
産が食用作物による場合や、本来食料生産に供せられるべき土地・水
を使っている場合、甚大なものとなります。このような競合関係は、
熱源やエネルギー源としてバイオマス原料が使われる場合よりも、液
体バイオ燃料の形で生産される場合のほうが一層深刻なものとなりま
す。現時点の技術レベルで判断すれば、液体バイオ燃料生産の急激な
拡大が、食料価格の深刻な高騰をもたらしているといわざるを得ませ
ん。その結果、生産農家の販売益は増加しているものの、食料購入が
必要な都市消費者や農村部貧困層には被害を与えているのです。
生産性の低下した農地や限界農地を利用する技術が確立されれば、
持続的な生産強化や食料・エネルギー生産の一体的な関係、あるいは
適正な営農手段の採用などを通じて、食料供給へのプレッシャーを軽
減することは可能です。
また、原材料への需要増が農業投資を促し、小規模生産者に対する
新たな雇用や市場機会を生みだすことを通じて経済活動が活性化する
ような農村地域では、ローカルな単位での食料安全保障が改善される
かもしれません。このようなケースにおける効果は、地域の人口と所
得、地域分布、年齢と性別、そして大規模なプランテーション農業か
個人農業かなどの生産システムの違いによって異なるでしょう。
大規模なプランテーション農業は、労働者への就業機会を提供しま
すが、同時に小規模農民を排除してしまうかもしれません。このような
場合、規模拡大計画あるいは協業組織への支援や、零細農家の農地取
得を考慮にいれた適切なバイオエネルギー政策などが、負の影響を軽
減するのに役立つかもしれません。
気候変動への適応
ブラジル:小規模農民と巨大バイオ燃料企業との連携
貧 困 層がバイオ燃料ブームから恩恵を受けることは可能です。
たとえば、ブラジルの貧しい農民は「社会燃料証明計画(Selo
Combustivel Social)」を通じて、バイオ燃料生産から利益を得てい
ます。この計画によれば、バイオディーゼル生産企業が貧困地域の小
規模な家族経営農家から原材料を購入する場合、所得税の減免とブラ
ジル開発銀行からの財政支援が得られるからです。2007年末までに
制度に加わった小規模農民の数は、40万人に達しています。
この制度では、農民は協業組織に組み込まれ、普及員から研修を受
けます。国家石油公社が2007年12月に行なったバイオディーゼル
のオークションでは、売上量の99%がこの計画に加盟している企業
の製品でした。エタノールの生 産には多くの労 働力を要することか
ら、100万人分を超える仕事量が生みだされてきましたが、その大部
分は貧困農村地域におけるものとなっています。
複合的な要因による食料価格の高騰
食料価格指数
250
220
190
160
130
100
5
6
7
8
9
2007年
10
11
12
1
2
3
2008年
4
5 月
まるで気候変動やバイオ燃料ブームだけでは不十分だといわんばか
りに、2007年から2008年にかけては他要因もあずかった食料価格
の高騰が起こりました。価格高騰にかかわる諸要因としては、人口増
や新興国の食肉消費増加による穀物需要の増加、かつてない低い食料
在庫、気候変動と連動する干ばつ・洪水被害、石油価格の高値、農産
物投機の増加、バイオ燃料の需要拡大などがあげられます。アフリカ
の低所得食料不足国では、国際穀物価格や輸送費、石油価格の急騰の
ため、2007-2008年の穀物輸入代金が74%に上昇する見通しとな
りました。食料をめぐる対立と災害が、37の国に食料危機をもたらし
たと言わざるをえない結末です。
2008年6月、食料危 機問題の方向づけと解決 へ のコンセンサス
について協議するため、多くの世界 の 指 導 者がローマに集まりまし
た。FAOが開催した「世界の食料安全保障に関するハイレベル会合-
気候変動とバイオエネルギーの課題」の場では、開発途上国と市場経
済移行国における農業および食料の生産拡大、そのための農業やアグ
リビジネス、農村開発への投資促進に関する合意が、参加各国間でな
されました。また、ハイレベル会 合の最終宣言には、現に食料価格高
騰の打撃をうけている諸国の食料ニーズに即応するため、食料援助枠
をただちに拡大し、セーフティーネット計画を立ち上げることが盛りこ
まれています。
世界の小規模農民の多くは、気候変動によって干
ばつの頻度や度合いがますます高まりそうな熱帯の
生産限界地で農業を営んでいます。彼らはわずかばか
りの農地から得られる収入の目減りに立ち向かう力が
弱く、状況変化に適応するための設備投資もままなら
ない人たちです。
気候変動は、それぞれの土地に適した作物、家畜、
魚種、牧草類などに影響を与えるだけでなく、森林の
健全性や生産性、病虫害の発生率、生物多様性、生
態系などにも影響します。
歴史的にみて、農林水産業にかかわる人々は気候
の変化に順応するすべを身につけ、新たな状況に適し
た作物や営農手段を適用してきました。しかしいま、
かつてなく深刻でハイペースな気候変動が、新たな問
題を引き起こしつつあります。気温や降水の変化、ま
すます頻発する異常気象は、作物や牧畜の生産不足
と資源の損失を招き、食料生産や生産資源へのアク
セスと安定性、利用方法などを脅かすことが懸念され
ています。地域によっては、変化の大きさは優に人々
の適応能力を上回るものとなるでしょう。
気候変動への適応は、持続可能で生態系に配慮し
た営農技術、早期警報システム、気候変動多発地域
の識別システム、災害危機管理体制など、すでに実践
されている多くの方法を一層強化することに焦点が当
てられるでしょう。また、短期的な気象の変動が長期
にわたって食料安全保障に影響を及ぼさないために
は、作物保険制度(「気象に関連した作物被害への
保険」の項を参照)や、農民が営農法や土地利用に対
して改善意欲を高めることができるような投資が必要
でしょう。
農業は、気候変動の被害者であるばかりでなく、温
室効果ガスの発生源でもあります。作物生産や牧畜
は、温室効果ガスを大気中に拡散するとともに、牛や
水田など湿地からのメタンガス、そして化学肥料の使
用による亜酸化チッソの排出という点でも大きな原因
者となっています。森林伐採や土壌劣化(非持続的農
業による2つの負の影響)といった土地利用状況の
変化は、大気中に大量の炭素を排出し、地球温暖化
をもたらしています。
このことから、農業セクターは森林伐採の抑制や
森林保全管理の改善、野火の抑制、食料とエネル
ギーのためのアグロフォレストリー、土壌中への炭素
固定、管理の行きとどいた放牧による荒廃農地の復
旧、牛などの反芻家畜に対する食餌改善、バイオガ
ス回収を含む家畜糞尿のより効果的な管理等々の諸
技術、ならびに土地・水資源の質と有効性、利用効
率の改善を通じて、温室効果ガスの排出削減に貢献
しなければなりません。
炭酸ガスの排出を削減し、化石燃料への依存から
脱却するためにバイオ燃料を用いることは、食料安
全保障、ならびに現在や将来の土地利用に重要な意
義をもっています(「バイオエネルギーと食料安全保
障」の項を参照)。
それでは、農業に関係する諸要素を一つ一つとりあ
げ、気候の温暖化にともなってどのような問題が生じ
てくるかを調べてみましょう。
気候変動への適応
世界の小規模農民の多くは、気候変動によって干
ばつの頻度や度合いがますます高まりそうな熱帯の
生産限界地で農業を営んでいます。彼らはわずかばか
りの農地から得られる収入の目減りに立ち向かう力が
弱く、状況変化に適応するための設備投資もままなら
ない人たちです。
気候変動は、それぞれの土地に適した作物、家畜、
魚種、牧草類などに影響を与えるだけでなく、森林の
健全性や生産性、病虫害の発生率、生物多様性、生
態系などにも影響します。
歴史的にみて、農林水産業にかかわる人々は気候
の変化に順応するすべを身につけ、新たな状況に適し
た作物や営農手段を適用してきました。しかしいま、
かつてなく深刻でハイペースな気候変動が、新たな問
題を引き起こしつつあります。気温や降水の変化、ま
すます頻発する異常気象は、作物や牧畜の生産不足
と資源の損失を招き、食料生産や生産資源へのアク
セスと安定性、利用方法などを脅かすことが懸念され
ています。地域によっては、変化の大きさは優に人々
の適応能力を上回るものとなるでしょう。
世界の食料安全保障:気候変動とバイオエネルギーの課題
さらに詳しい情報は下記へ:
Food and Agriculture Organization
of the United Nations (FAO)
Viale delle Terme di Caracalla
00153 Rome, Italy
www.fao.org
写真 表紙:©FAO/Olivier Thuillier; 中面 (左右、上下の順に):©FAO/Giulio Napolitano, ©AFP/Mark Ralston, ©AFP/Joel Nito,
©AFP/Tony Karumba; ©FAO/Alessandra Benedetti, ©NOTIMEX/Foto/Luis Moreno, ©FAO/Prakash Singh; ©FAO/Wafaa El Khoury,
©FAO/Hoang Dinh Nam; ©FAO/Giulio Napolitano, ©FAO/Giulio Napolitano; ©NOAA, ©AFP/Luis Acosta; ©REUTERS/Rick Wilking,
©REUTERS/Marcos Brindicci.
翻訳:真勢 徹/日本語版編集・発行:FAO日本事務所 www.fao.or.jp
LOJ/08.09/3000
World Food Day and Special Initiatives Branch
Telephones: +39 06 570 55361 / +39 06 570 52917
Fax: +39 06 570 53210 / +39 06 570 55249
E-mail:[email protected] / [email protected]
気候変動への適応は、持続可能で生態系に配慮し
た営農技術、早期警報システム、気候変動多発地域
の識別システム、災害危機管理体制など、すでに実践
されている多くの方法を一層強化することに焦点が当
てられるでしょう。また、短期的な気象の変動が長期
にわたって食料安全保障に影響を及ぼさないために
は、作物保険制度(「気象に関連した作物被害への
保険」の項を参照)や、農民が営農法や土地利用に対
して改善意欲を高めることができるような投資が必要
でしょう。
農業は、気候変動の被害者であるばかりでなく、温
室効果ガスの発生源でもあります。作物生産や牧畜
は、温室効果ガスを大気中に拡散するとともに、牛や
水田など湿地からのメタンガス、そして化学肥料の使
用による亜酸化チッソの排出という点でも大きな原因
者となっています。森林伐採や土壌劣化(非持続的農
業による2つの負の影響)といった土地利用状況の
変化は、大気中に大量の炭素を排出し、地球温暖化
をもたらしています。
このことから、農業セクターは森林伐採の抑制や
森林保全管理の改善、野火の抑制、食料とエネル
ギーのためのアグロフォレストリー、土壌中への炭素
固定、管理の行きとどいた放牧による荒廃農地の復
旧、牛などの反芻家畜に対する食餌改善、バイオガ
ス回収を含む家畜糞尿のより効果的な管理等々の諸
技術、ならびに土地・水資源の質と有効性、利用効
率の改善を通じて、温室効果ガスの排出削減に貢献
しなければなりません。
炭酸ガスの排出を削減し、化石燃料への依存から
脱却するためにバイオ燃料を用いることは、食料安
全保障、ならびに現在や将来の土地利用に重要な意
義をもっています(「バイオエネルギーと食料安全保
障」の項を参照)。
それでは、農業に関係する諸要素を一つ一つとりあ
げ、気候の温暖化にともなってどのような問題が生じ
てくるかを調べてみましょう。