気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと 地球環境ガバナンスの

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気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと
地球環境ガバナンスの交差
―グリーン気候基金の現状とゆくえを中心に―
(1)
上村 雄彦
はじめに―巨額の資金の不足とガバナンスの欠如
気候変動、森林破壊、水資源の汚染と枯渇など、地球環境破壊はますます
深刻度を増している。これらの原因として、これまで経済優先の経済社会、
環境コストの外部化、大量生産・大量消費・大量廃棄型ライフスタイルなど
多くの要因が考究されてきたが、
まだ十分には探求されていない分野がある。
それは、地球環境対策にかかる巨額の資金の不足、ならびに地球環境問題を
効果的に管理する地球環境ガバナンスの欠如の問題である(2)。
世界の約 500 の環境 NGO で構成される気候行動ネットワーク(CAN:
Climate Action Network)は、気候変動の適応には年間 500 億ドル、緩和に
は年間 600 億ドル、技術移転と普及には年間 500 億ドル、途上国の森林減少
対策には年間 350 億ドル、合計で年間 1950 億ドル(約 19 兆 5000 億円。1
ドル=100 円で計算。以下同様)が必要との試算を行っている(寺島委員会
2010:33-34)
。
また、
国際エネルギー機関
(IEA: International Energy Agency)
によると、2050 年までに世界の二酸化炭素排出総量を 2005 年レベルから半
減させるには、実に年間 1 兆 1000 億ドル(約 110 兆円)かかると試算して
いる(IEA 2008: 4)。2013 年度の世界の政府開発援助(ODA: Official
Development Assistance)の総額が 1348 億ドルであることに鑑みると
(OECD 2014)
、気候変動や森林破壊など地球環境対策に必要な費用を賄う
には程遠く、行うべき対策が取られない理由が浮かび上がる(上村・池田
46
2014: 246)
。
同時に、地球環境問題を解決するためには、公正で、効果的なグローバル・
ガバナンスが必要であるが、現在そのようなガバナンスは存在していないと
思われる。1972 年に設立された国連環境計画(UNEP: United Nations
Environment Programme)の創設時から 20 年間の予算総額は 10 億ドル以
下であり、職員数も 300~400 名で、各国の環境関係省庁の平均人数よりも
少ない(高木 2007: 2)
。1991 年に世界銀行、国連開発計画(UNDP: United
Nations Development Programme)
、UNEP が創設した地球環境ファシリ
ティ(GEF: Global Environment Facility)は、途上国及び市場経済移行国
が、地球規模の環境問題に対応した形でプロジェクトを実施する際に追加的
に負担する費用につき、原則として無償資金を提供しているが、1991 年から
2009 年の 18 年間で 88 億ドルが拠出されたのみである(3)。しかも、後述のと
おり、GEF はドナーである先進国の意向が強く反映されるガバナンスになっ
ているため、多くの途上国が反発している(寺島委員会 2010: 39)
。
したがって、
地球環境危機を乗り越えるために現在最も要請されることは、
まずは地球環境対策に必要な資金を創出することであり、次に十分な資金を
裏付けにした公正な地球環境ガバナンスを構築することにあると考えられる
(上村・池田 2014: 246)
。
そこで、本論では、まずいかにして必要な資金を創出するかという課題に
ついて、グローバル・タックスに着目し、その税収規模、ならびにグローバ
ル・ガバナンスに与える影響を考察する。次に、あるべき地球環境ガバナン
スを検討するために、気候資金分野でのガバナンスに焦点を絞り、その歴史
を辿った上で、2011 年 12 月に創設された「グリーン気候基金(GCF: Green
Climate Fund)
」について詳細に吟味する。
とりわけ、GCF は途上国の気候変動対策のために、年間 1000 億ドル(約
10 兆円)を調達することをめざしており、到底 ODA の増額で賄える域では
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 47
ない。そこで、登場するのが上述のグローバル・タックスである。グローバ
ル・タックスの導入によって、どの程度気候変動に要する資金需要が満たさ
れ、公正な気候資金ガバナンスが構築されるのか―これらを明らかにするこ
とが本論の目的である。
1.グローバル・タックスの可能性
2010 年 2 月、潘基文国連事務総長は、気候変動対策に必要な資金をいか
に調達するかという課題を検討するために、気候資金に関するハイレベル諮
問グループを創設した。諮問グループが出した最終報告書の主要な結論は、
2020 年まで毎年 1000 億ドル規模の資金調達は可能だが、ODA の増額や多
国間開発銀行の増資などの従来の資金だけでは達成できないので、新たな資
金創出のアプローチが不可欠であるというものであった(High-Level
Advisory Group 2010)
。そのアプローチの主柱がグローバル・タックスであ
る(上村・池田 2014: 254)
。
グローバル・タックスとは、
「グローバルな資産や活動にグローバルに課税
し、グローバルな活動の負の影響を抑制しつつ、グローバル公共財の供給や
グローバル公共善の実現ために、税収をグローバルに再分配する税のシステ
ムのこと」をいう(Uemura 2007: 114; 上村 2009: 177-178)
。
このグローバル・タックスには、3 つの潜在的可能性がある。それはグロ
ーバル・タックスを通じた、①資金創出であり、②政策効果であり、③グロ
ーバル・ガバナンスを変革する可能性である(上村 2009; 2012; 2013; 2014a;
2014b; 2014c; Uemura 2012)
。本論は、地球環境問題を解決するための資金
調達と公正なガバナンスの探求に焦点を当てているので、②を割愛し、以下
①と③について概観してみたい(4)。
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(1) グローバル・タックスの税収
諮問グループは、民間資本、炭素市場、多国間開発銀行を通じた資金供給
とともに、国際炭素税、国際航空税、国際船舶税、金融取引税などのグロー
バル・タックスもその資金源として提示し、分析を行っている。先進国が二
酸化炭素 1 トン当たり 20-25 ドルの炭素税を課し、税収の 10%を気候資金
に拠出すれば年間 300 億ドル、国際航空や船舶に課税し、税収の 25-50%
を気候資金にまわせば年間 100 億ドル、金融取引税の税収の 25-50%を気
候変動に充てるとすると、0.001%の税率で 20 億ドル、0.01%で 270 億ドル
の資金調達が可能となると論じている(High-Level Advisory Group 2010:
5-6, 25; 上村 2014a: 130; 上村・池田 2014: 254)
。
また、国連は、2012 年 7 月に『世界経済社会調査 2012』を発表し、気候
変動を含む地球規模課題の解決のために、年間 4000 億ドル規模の新たな資
金創出方法を提案している。それは以下の 4 つの柱からなる。第一の柱は、
先進国が 1 トン当たり 25 ドルの炭素税を実施し、税収を国際協力に用いる
ことである(税収見込みは年間 2500 億ドル)
。次に、税率 0.005%の通貨取
引税をドル、ユーロ、円、ポンド取引に課税することであり(年間 400 億ド
ル)
、第三に、現在実施に向けて検討されている欧州金融取引税(年間 710 億
ドル)の一部を地球公共財にまわすことである(5)。最後の柱は、国際通貨基金
(IMF: International Monetary Fund)の特別引出権を活用することである
(年間 1000 億ドル)
(United Nations 2012; 上村 2014a: 130; 上村・池田
2014: 254)
。
ここで注目されるのは、諮問グループも国連も、グローバル・タックスを
主要な資金源として正面から打ち出していること、そしてその税収規模であ
る。諮問グループでは 670 億ドル(金融取引税の税率を 0.01%とした場合)
、
国連では 2900 億ドル(+欧州金融取引税の一部)の規模となる。現在の世
界の ODA の合計が 1348 億ドルであることに比して、670-2900 億ドルは
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 49
相当な規模となる。さらに、オーストリア経済研究所のシュテファン・シュ
ルマイスター(Stephan Schulmeister)は、仮に金融取引税を欧州に加えて、
主要な国々で実施した場合、0.01%で 2860 億ドル(約 28 兆 6000 億円)
、
0.05%で 6550 億ドル(約 65 兆 5000 億円)という巨額の税収が得られると
試算している(Schulmeister 2009: 12-15; 上村 2013: 250; 2014a: 130;
2014b: 71; 上村・池田 2014: 255)(6)。
グローバル・タックスによる税収は、IEA のいう年間 1 兆 1000 億ドルに
は及ばないが、CAN の提示する年間 1950 億ドルや GCF が目標とする年間
1000 億ドルという気候変動に対処するために必要な資金を十分に満たすこ
とがわかる。ここに、グローバル・タックスの資金創出の可能性が明確に浮
かび上がる(上村・池田 2014: 255)
。
(2) グローバル・タックスとグローバル・ガヴァナンス
グローバル・タックスの真骨頂は、本節で展開するとおり、現状のグロー
バル・ガバナンスを変革する可能性にある。グローバル・ガバナンスについ
て統一した定義はないが、ここではさしあたり「グローバルなレベルにおけ
る多様なアクターによる課題設定、規範形成、政策形成・決定・実施を含め
た共治」としておこう(上村 2009: 45)
。
また、グローバル・ガバナンスはミクロレベルとマクロレベルにわけて考
えることもできる。ここでいうマクロレベルとは上記の定義そのものである
が、ミクロレベルとは、グローバル・ガバナンスの中でも国際機関における
意思決定のあり方を指す。特に各機関の理事会の構成(先進国と途上国理事
の比率や政府代表以外のステークホルダーの参加の度合いなど)と意思決定
方法(1国1票制か加重表決制かなど)が具体的な中身となる(7)。
以上の定義を踏まえて、現在のグローバル・ガバナンスを象徴的に表現す
れば、
「1%の、1%による、1%のためのガバナンス」
、すなわち、少数の
50
強国や強者が、大多数の小国や弱者を犠牲にして、自分たちに都合のよいル
ールを制定するなど、民主性も、透明性も、アカウンタビリティ(説明責任)
も欠いたガバナンスということができる(上村 2014c: 79)
。
具体的には、大多数の国々を蚊帳の外に置く G8(主要 8 カ国首脳会議)
や G20(20 カ国財務相・中央銀行総裁会議)であり、わずか 5 カ国が拒否権
を持つ国連安全保障理事会であり、出資金の大きさが意思決定に影響を及ぼ
す IMF や世界銀行の加重表決制である。気候変動の分野で言うと、気候資金
を扱う GEF は 1 国 1 票制と加重表決制の二重加重多数決制
(double majority)
を採用している。
いずれのガバナンスも多くの途上国に不利なばかりでなく、
市民社会など政府代表以外のステークホルダー(利害関係者)は意思決定の
中核から外されており、多様な声を反映させることができない。これでは、
あらゆる国家は言うまでもなく、国家以外のアクターも一致協力して強力に
取り組む必要のある地球環境対策は困難であろう(上村 2014a: 132)
。
しかし、もしグローバル・タックスが実施されれば、そのようなガバナン
スは変更を迫られることになる。なぜなら、グローバル・タックスを実施す
れば、納税者が桁違いに多数で多様になるからである。ミクロレベルでいう
と、そのような納税者に説明責任を果たすためには、グローバル・タックス
を財源とする国際機関は既存のガバナンスよりも透明で、民主的で、説明能
力と責任を有することが強く要請される(上村 2014b: 73-74)
。
このあたりについて、もう少し説明を加えておこう。一般に国際機関は各
国の拠出金によって運営されるため、大きな制約を受けている。まずは、意
思決定の面である。その中核となるのは理事会であるが、これは各国の政府
代表から構成される場合がほとんどである。各国代表の第一の関心事はまず
は国益であり、地球益は二の次になることが多い。次に、財源についても、
各国から拠出金が出されなくなれば、特に大口の拠出金を出す大国から資金
が来なくなれば、その機関は立ち行かなくなるので、財政面での自立性に乏
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 51
しい。実際に、国連は最大の拠出国であるアメリカが長期間にわたり拠出金
を滞納していたため、極めて苦しい財政運営を強いられた。また財政面での
各国、特に大国への依存は、政策面でもこれらの国々に配慮せざるを得ず、
十分な自律性を保つことができないということを意味している。
それに対し、航空券連帯税というグローバル・タックスを財源とする国際
機関である UNITAID(国際医薬品購入ファシリティ)の理事会は、創設国
(フランス、ブラジル、チリ、ノルウェー、イギリス)とスペインから 6 名、
アフリカ連合、アジアから各 1 名ずつ、 市民社会から 2 名、財団から 1 名、
世界保健機関(WHO: World Health Organization)から 1 名の合計 12 名の
理事で構成されている(上村 2009: 293-294; 2012: 163; 2013: 251; 2014a:
132; 2014b: 75; 2014c: 90)(8)。また、UNITAID は同機関の理事会に入って
いない国々、NGO、企業などのステークホルダーの意見を反映させるために、
2007 年 5 月に諮問フォーラムを創設し、民主的な運営を試みている(上村
2009: 299; 2012: 164; 2014b: 75; 2014c: 90; Taskforce 2010: 30)(9)。すなわ
ち、UNITAID の理事会は、政府代表だけでなく、市民社会、財団、国際機
関も理事になり、意思決定に市民社会や現場の想いなど、多様な意見を反映
させ、国益を超えた利益のための決定を試みているといえるだろう。
さらに、話をマクロレベルに拡大すると、グローバル・タックスを財源と
する国際機関は、従来のそれとは異なり、財政的に自立性を確立し、主権国
家、特に大国の「くびき」からもある程度解き放たれる可能性もある。すな
わち、財政的な自立性を確保することで、各国の国益に捉われず、純粋に地
球益の実現に向かって政策を策定し、活動を展開する可能性が開けるのであ
る。したがって、今後航空券連帯税に加えて、金融取引税、地球炭素税、武
器取引税などさまざまなグローバル・タックスが導入され、
それに伴って次々
と独自の財源と多様なステークホルダーによる意思決定を備えた超国家機関
が創設されれば、現在の強国・強者主導のグローバル・ガバナンスは、全体
52
として大きく変革を迫られることになるだろう(上村 2013: 251; 2014a:
133; 2014c: 92)
。
もちろん、そのようなガバナンスはすぐに実現されるわけではなく、理念
的には以下のような経路を辿ると考えられる。まずは、資金の拠出国である
先進国が加重表決制など自国に有利なガバナンスを構築する段階である
(IMF や世界銀行の例)
。しかし、それに対して途上国が批判し続けること
により、理事の構成が先進国と途上国とで対等(同数の理事)
、あるいは途上
国理事が過半数を占める段階に至る(後述する適応基金の例)
。さらに、グロ
ーバル・タックスが財源として導入されることにより、政府代表に加えて多
様なステークホルダーが理事会に参加する段階となる(UNITAID の例)
。最
後に、長期的な展望ではあるが、もし今後さまざまなグローバル・タックス
が実施され、それを管理する超国家機関が多数創設された場合、これらの機
関がどこかの時点で一つに収斂して「グローバル・タックス機関」とも呼べ
る機関ができ、それを民主的に統制する「グローバル議会」のような組織が
創設される段階に到達する可能性も考えられる(Patomäki 2001; 上村
2009: 333-337; 2014a: 133; 2014b: 79-80; 2014c: 92)
。
最後の段階は詳細な研究が求められるが、欧州連合がその執行機関である
欧州委員会に対して欧州議会を創設し、チェック・アンド・バランスを効か
せる仕組みを作り上げているという事実がその出発点になるだろう。この議
論は本論の主旨から離れるので別稿に譲ることとして、次節ではミクロレベ
ルでのガバナンス、とりわけ気候変動分野のガバナンスに焦点を当てて、具
体的にその変容を検討しよう。
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 53
2.地球環境ファシリティから適応基金へ
気候変動分野のガバナンスの中核は、国連気候変動枠組条約(UNFCCC:
United Nations Framework Convention on Climate Change)締約国会議
(COP: Conference of the Parties)と京都議定書締約国会合(CMP: Meeting
of the Parties)である。COP の下で 1997 年に京都議定書が締結され、先進
諸国は二酸化炭素の排出削減、ならびに途上国への資金提供と技術供与を法
的に義務づけられた。この COP と CMP が気候変動ガバナンスの中核であ
るが、その他にも多国間開発銀行によって設立された気候投資基金(CIF:
Climate Investment Funds)や気候変動に関わる二国間援助などが存在す
る。このような状況はレジーム複合体と表現され(Keohane & Victor 2010)
、
この大きな俯瞰図を射程に入れて、ガバナンスを論じる研究も多い(上村・
池田 2014: 247)
。
たとえば、亀山康子は「気候変動への対処のための国際枠組みが、
『多国間
中心』あるいは『自主的取り組み中心(二国間協力)
』のどちらに向かいそう
か」という問いを投げかけ(亀山・高村 2011: 13-14)
、フランク・ビールマ
ン(Frank Biermann)らは、二酸化炭素削減の対費用効果の観点から、分
散的なガバナンス(レジーム複合体)よりも統合的なガバナンスの方が、利
益が大きいと論じている(Biermann et al. 2010: 309)
。これに対して、ロバ
ート・コヘイン(Robert Keohane)とデイヴィッド・ヴィクター(David Victor)
は、
各国の関心が多様で、
関与する能力が異なる気候変動の分野においては、
レジーム複合体の方が統合的かつ包括的なレジームよりも政治的実現可能性
の観点から利点があると論じている(Keohane & Victor 2010; 上村・池田
2014: 247)
。
しかし、いずれの研究も、気候変動の分野にグローバル・タックスが導入
された場合、それが当該分野のグローバル・ガバナンスにどのような影響を
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与えるかという分析は行っていない。そこで、本節では主としてグローバル・
タックス導入の観点から気候資金に焦点を絞り、とりわけミクロレベルのガ
バナンスの変容の可能性を軸に据えて論を進めていくこととする。
(1) 地球環境ファシリティ(GEF)
気候資金ガバナンスの分野で、最初に設立された機関は、既述の GEF で
ある。1991 年 5 月に、GEF パイロットフェーズが 3 年間の期限で始まり、
1994 年に世界銀行、UNDP、UNEP の取り決めによって、正式に設立され
た。パイロットフェーズ中は、世界銀行幹部が GEF の責任者を務めるなど、
世界銀行の影響力が大きかっただけでなく、加重表決制を採用している世界
銀行を通じて、先進国も GEF の意思決定プロセスに大きな影響を与えた。
このような先進国優位の意思決定プロセスに反発して、途上国は GEF に替
わる新たな基金を国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の下に創設するか、ま
たは先進国と途上国が平等な意思決定権を持つ「グリーン基金」の創設を求
めた(田村・福田 2011: 116-117)
。
1994 年の正式発足までに、実質的な意思決定機関である GEF 評議会の構
成と意思決定方法について、
先進国と途上国の間で決裂含みの議論が行われ、
最終的に評議会は、先進国から 14 名、途上国から 16 名、旧ソ連・東欧から
2 名の合計 32 名の評議員で構成されること、意思決定方式はコンセンサス
方式を採用するが、コンセンサスを得られない場合は投票が行われ、1 国 1
票の基礎票と拠出比例票のそれぞれ 60%の獲得を必要とする、二重加重多数
決制を採用することで合意がなされた(田村・福田 2011: 117-118)
。
このように、気候資金の分野で最初に設立された GEF は、当初は先進国
や世界銀行の影響力が大きい意思決定が行われてきたが、途上国の反発によ
って、評議会において先進国(旧ソ連と東欧を含める)と途上国の評議員は
同数となった。しかしながら、意思決定方式はコンセンサスを基本としつつ
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 55
も、二重加重多数決制という先進国優位の方式が残され、多くの途上国に不
満を残すこととなった。
(2) 適応基金
その後、2001 年の COP7 で採択されたマラケシュ合意により、特別気候
変動基金(SCCF: Special Climate Change Fund)
、後発開発途上国気候基
金(LDCF: Least Developed Climate Fund)が創設されたが、いずれも先
進国の主張により GEF の運営主体の下に設立されることとなった。しかし
ながら、GEF のガバナンスに不満を持つ途上国は、適応基金(Adaptation
Fund)については、これを GEF の信託基金にするべきだと主張する先進国
に反対し、GEF から独立して京都議定書の下に設立するよう要求した。その
結果、適応基金は京都議定書の下に設立されること、そして新たに適応基金
理事会を設置することが決定され、GEF を事務局に、世界銀行を受託機関に
基金が創設されることとなった。
適応基金とは、途上国における気候変動の悪影響に対処する適応プロジェ
クトやプログラムに対して資金援助をする機関である。適応基金理事会は、
CMP の定める原則の下で支援対象となるプロジェクトの採否を決定する権
限を持つ。その構成は、5 つの国連地域グループからそれぞれ 2 名、小島嶼
途上国から 1 名、後発開発途上国から 1 名、UNFCCC 附属書Ⅰ国(先進国)
から 2 名、非付属書Ⅰ国(途上国)から 2 名の合計 16 名の理事からなり、
途上国の理事が過半数を占めるようになっている。また、意思決定は原則と
してコンセンサスでなされるが、合意が得られない場合は、1 国 1 票に基づ
く 3 分の 2 の多数決で採択される。
すなわち、理事国の構成として先進国と途上国が同数で、二重加重多数決
制を採用している GEF と比べて、適応基金ではより途上国の声が反映され
るガバナンスとなっている。また、プロジェクトの実施においても、GEF で
56
は世界銀行、UNDP、UNEP 等の国際機関によって行われるが、適応基金で
は国際機関による実施に加えて、一定の条件を満たせば途上国の国内実施機
関も財源への直接アクセスも認められている(田村・福田 2011: 118-119)
。
さらに、ジャーマン・ウォッチなど 9 つの NGO が「適応基金 NGO ネッ
トワーク」を創設し、理事会のメンバーと年 3 回の対話の機会を持って NGO
の声を届ける一方、現地でのプロジェクトでは、適応基金は現地の NGO を
含めた国別実施主体(National Implementing Entities)にプロジェクトの
実施を委ね、モニタリングも現地の NGO が中心になって行っている。その
成果もあって、適応基金は気候資金関係の国際機関の中で、最も透明性が高
いとの評価を受けている(10)。
GEF、SCCF、LDCF という気候資金に関わる他の基金に比して、適応基
金のガバナンスがより途上国の意向が反映しやすいものとなっている理由は、
気候変動という途上国の協力なしには解決し得ない課題に対して途上国の立
場が強まりつつあること、途上国政府と連携して積極的な活動を行ってきた
国内、国際 NGO の影響などが考えられる。しかし、おそらく一番の要因は、
適応基金の財源にあると考えられる。すなわち、適応基金は先進国からの任
意拠出金を受け入れているものの、クリーン開発メカニズム(CDM: Clean
Development Mechanism)事業から発生する削減相当量(クレジット)へ
の課金を主要な財源としていることが他の基金とは大きく異なる(高村
2011: 56; 田村・福田 2011: 119)
。
CDM とは、先進国と途上国が共同で温室効果ガス削減プロジェクトを途
上国において実施し、そこで生じた削減分の一部を先進国がクレジットとし
て得て、自国の削減に充当できる仕組みのことをいう。この時先進国が得ら
れる削減相当量を「認証排出削減量(CER: Certified Emission Reductions)
」
というが、その CER が発行される際に 2%が天引きされ、適応基金の特別口
座に振り込まれる(地球環境戦略機関 2009: 127)
。ちなみに、2013 年 3 月
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 57
の時点で、適応基金の全財源のうち、CER クレジットへの課金は 50%を占
めている(11)。
この CDM 事業への課金は、国境を越えたグローバルな活動に対して国際
機関が実質的に課税し、グローバル公共財に関する活動の財源とするという
観点からグローバル・タックスの一つとみなすことができ、ここにグローバ
ル・タックスがミクロレベルでのガバナンスの変革に影響を与えていること
を看取することができる。
3.適応基金からグリーン気候基金へ
(1) 設立の背景
グリーン気候基金(GCF)は、2011 年 12 月に南アフリカ共和国のダーバ
ンで開催された COP17 の場で創設された。その背景には、ポスト京都議定
書の枠組に途上国を入れ込みたい先進国の思惑と、先進国が義務を負ってい
る気候資金の提供を大規模で確実に得たい途上国の要望が合致したことがあ
る。
これまで途上国は、GEF から気候変動を含む地球環境対策に 105 億ドル
(12)、特別気候変動基金から
1 億 8888 万ドル(13)、後発開発途上国基金から 3
億 4600 万ドル(14)、適応基金からは 1 億 6500 万ドル(15)の無償援助を受けて
いるが、これらの合計額である約 112 億ドルは、気候変動対策に必要な額(年
間 1000 億ドルの単位)に比して、あまりにも小さい。しかし、もしこの資
金ギャップを埋めることができれば、一方で途上国は効果的な気候変動対策
を取れるようになり、他方でそれによりポスト京都議定書の枠組に途上国が
加わることも容易になる。それを具現化するために設置されたのが、GCF で
ある。GCF は COP16 で基金創設の方向性が確定し、COP17 での創設に向
58
けて移行委員会が設置され、
委員会の提言を基に COP17 の場で年間 1000 億
ドルの資金調達をめざす基金の設立に至った(上村・池田 2014: 249-250)
。
(2) グリーン気候基金のガバナンス
GCF の目的は、気候変動に対処するために国際社会によって設定された目
標の達成に向けたグローバルな努力に対して、重要かつ野心的な貢献をする
ことである。特に、途上国が温室効果ガスを削減し、気候変動の悪影響に適
応できるよう支援することを通じて、低炭素かつ気候変動耐性型開発へのパ
ラダイムシフトをめざしている。そのために、GCF は国内・国際レベルで公
的・民間双方の気候資金の触媒となり、新規で追加的、十分で予測可能な資
金を途上国に供給することを掲げている(GCF 2012a: 2; 上村 2014b: 76)
。
また、GCF は一定の独立性を確保しつつ、COP に対する説明責任およびガ
イダンスの下に機能することとなった(福田 2012: 101)
。
GCF は理事会、事務局、暫定受託機関から構成され、事務局は UNFCCC
事務局と GEF が共同で UNFCCC 事務局施設内に暫定事務局を設立した後、
2013 年 6 月に初代事務局長として、シティバンク、世界銀行、アフリカ開発
銀行での勤務経験を持つヘラ・チェイクロウホウ(Héla Cheikhrouhou)を
迎え、同年 12 月には韓国の仁川市に正式に事務局を構えることとなった
(GCF 2013: 1)
。他方、受託機関については世界銀行が暫定受託機関を務め、
GCF の運用 3 年後に再検討されることとなっている(16)。
その後の理事会で、理事会の下には、①独立評価ユニット、②独立規範ユ
ニット(Independent Integrity Unit)、③独立補償(矯正)メカニズム
(Independent Redress Mechanism)
、ならびに④4 つの委員会(倫理と監
査委員会、民間セクター諮問グループ(PSAG: Private Sector Advisory
Group)
、投資委員会、リスク・マネジメント委員会)
、さらに事務局の下に
はリスク・マネジメント作業グループと決定作業グループが作られることと
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 59
なった(Bonner 2014)
。
GCF は緩和、適応、民間セクターファシリティーという 3 つの資金アクセ
スのための窓口(window)を設け、具体的な重点領域として、①低炭素交通
とエネルギーへのアクセス、②低炭素発電、③持続可能な土地利用と森林マ
ネジメント(REDD+を含む)(17)、④適応対策の強化・拡大、⑤「知識ハブ」
のような公共財の支援を、2013 年 10 月に開催された理事会で採択している
(Schalatek & Nakhooda 2013: 2)
。
ここで、
最大のポイントとなるのが、
理事会の構成と意思決定方法である。
理事は、先進国理事が 12 名、途上国理事がアジア太平洋から 3 名、アフリ
カから 3 名、ラテンアメリカ・カリブから 3 名、小島嶼諸国から 1 名、後発
開発途上国から 1 名、それ以外の途上国から 1 名の計 12 名、合計で先進国、
途上国理事が同数の 24 名から構成されることとなった。また、先進国理事、
途上国理事からそれぞれ 1 名ずつ議長が選出される共同議長制を敷くことと
なった(GCF 2012b: 3-5)
。すなわち、GCF は適応基金の流れを引き継ぎ、
理事数において先進国と途上国が平等となるガバナンスを備えることとなっ
た(上村 2014b: 76; 上村・池田 2014: 250)
。
また、京都議定書第 2 約束期間に入っていないアメリカ、日本、ロシア、
ニュージーランド(オーストラリアと共同代表)
、そして京都議定書の義務を
負っていない世界一の二酸化炭素排出国の中国も GCF の理事になっている
点も注目される(上村・池田 2014: 250)
。
さらに特筆されるべきことは、GCF が市民社会や民間企業などの多様なス
テークホルダーの関与を掲げていることである。その一つの体現が理事会へ
のオブザーバー参加である。オブザーバーは二つのカテゴリーに分けられて
いる。一つはいわゆるオブザーバーであり、いま一つは「アクティブ(活動
的)
」オブザーバーである(GCF 2012c: 1)
。アクティブ・オブザーバーは市
民社会から 2 名、民間企業から 2 名選出され(ともに先進国と途上国から 1
60
名ずつ)
、以下の資格を持つ。第一に、理事会での議題に項目を追加すること
を要求できる。第二に、外部の専門家の理事会への招聘を共同議長に推薦す
ることができる。第三に、理事会で参加者に発言することを要求することが
できる。そして、議決権は持たないものの、議長の許可を得て理事会で発言
し、議論に参加することができる(GCF 2012c: 3-4)
。一般のオブザーバーに
はこのような資格は与えられていないことはいうまでもない(上村 2014b:
77; 上村・池田 2014: 250-251)
。
市民社会や民間企業からのアクティブ・オブザーバーの選出プロセスは、
事務局が選定した関連団体から理事会が選んだ独立した組織によって進めら
れ、その上でアクティブ・オブザーバーは以下の 4 つの方法で選ばれること
となっている。①市民社会組織や民間企業の投票を通じた自主選出。②市民
社会組織や民間企業の諮問パネルや委員会を通じた自主選出プロセスの促進。
③事務局による事前選出と市民社会組織や民間企業の推薦を基にした理事会
による選出。④これらのプロセスの組み合わせ。ただし、民間企業について
は、市民社会のようにまとまりのあるグループができていないので、③の理
事会による選出が適切であるかもしれないと付言されている(GCF 2012c: 34)
。
結果として、アクティブ・オブザーバーは自主選出で、市民社会からはア
クションエイドのブランドン・ウー(Brandon Wu)と第三世界ネットワー
クのミーナクシ・ラーマン(Meenakshi Raman)が、企業セクターからは気
候市場投資協会(Climate Markets and Investment Association)のアビド・
カルマリ(Abyd Karmali)と持続可能な開発のための世界ビジネス協議会
(World Business Council for Sustainable Development)のグウェン・ア
ンドリューズ(Gwen Andrews)が選出された(18)。
ここで注目されるのは、自主選出という民主的な手法が採られたこと、な
らびに選出されたメンバーがアクションエイドや第三世界ネットワークとい
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 61
うきわめて「急進的」な NGO のメンバーであるという点である。これは GCF
の理事会として、批判的なステークホルダーの声をしっかりと聴くという意
思表示とみなすことができ、評価できる。実際に、第三世界ネットワークの
ラーマンは、
「私たちは理事と同等に扱われ、重要と思われる諸点について意
見を述べることができる。また、議事録に残すために、発言することも許さ
れている」と述べている(19)。
また、上述のとおり、GCF は 2013 年 6 月の理事会で、民間セクター諮問
グループの創設を決定した。諮問グループは、4 名の理事に加え、途上国の
企業セクターから 4 名、先進国の企業セクターから 4 名、市民社会から 2 名
の専門家から構成され、理事会に民間セクターとの広範なかかわりや協約に
ついてアドバイスを行うこととなっている(GCF 2014: 1)
。
既述の UNITAID は、市民社会から 2 名、財団から 1 名の理事を選出し、
理事会で他の理事と同等の権限を持つことを付与しているので、グリーン気
候基金においては UNITAID より政府代表以外のステークホルダーの意思決
定過程への関与は小さい。しかし、
「アクティブ・オブザーバー」という新た
なカテゴリーを設け、民間セクター諮問グループを創設するなど、理事会と
いう意思決定の中枢に市民社会が関わることを可能にしているという点は、
特筆に値する。
また、ここでの意思決定方式は原則としてコンセンサスであり、もし得ら
れない場合は共同議長が休会にして非公式会合を提言することもある。それ
でもなおコンセンサスを得られない場合は、理事会が定める投票によって意
思決定を行うとしている(GCF 2012b: 9)
。ただし、既述のアクティブ・オ
ブザーバーであるラーマンは、
「コンセンサスが得られないとき、どのように
して意思決定をするのかは未解決のままだ」と述べている(20)。
さらに、GCF は独立評価ユニットを理事会の下に創設している。GCF は
まだ実際に活動を開始していないので、このユニットがどのような手段で、
62
何の評価を行うのかは現時点では不明であるが、さまざまな資金を集めて融
資を行う以上、自らの活動について確固たる第三者評価を行うということで
あるならば、GCF のアカウンタビリティを保証する観点から評価に値する。
このように、GCF の理事会の構成と意思決定方法、多様なステークホルダ
ーの関与や独立評価ユニットの創設などに鑑みると、IMF や世界銀行はいう
までもなく、GEF や適応基金と比較しても、GCF のガバナンスはかなり公
正なものに設計されているといえるのではなかろうか。
(3) GCF の課題
とはいえ、GCF にも数々の課題が垣間見られる。まず、アクティブ・オブ
ザーバーの理念と現状の乖離である。繰り返しになるが、理念としてアクテ
ィブ・オブザーバーは、
①理事会での議題に項目を追加することを要求でき、
②外部の専門家の理事会への招聘を共同議長に推薦することができ、③理事
会で参加者に発言することを要求することができ、④議決権は持たないもの
の、議長の許可を得て理事会で発言し、議論に参加することができることと
なっている。しかし、現実には、理事会の議題に項目を追加することも、外
部の専門家の招聘も許されてはいない。さらに、特別に招聘されない限り、
理事会の各委員会やパネルにも参加することもできない(Schalatek &
Nakhooda 2013: 3-4)
。なぜこのような事態になっているかは不明であるが、
これでは「アクティブ」オブザーバーの意味もないし、あらゆるステークホ
ルダーの関与を通じての民主性を確保することにもおぼつかない。
次に、民間セクター諮問グループ(PSAG)創設に際しての市民社会専門
家の選出方法である。ラーマンによると、
「関連する市民社会団体による議論
を通じて PSAG で市民社会を代表する専門家を選出したにもかかわらず、理
事会は別の専門家を選出した」との問題提起を行っている(21)。これもなぜこ
のようなことが行われたのかは不明であるが、GCF の民主性と市民社会から
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 63
の関与を確実にするためには、今後 PSAG の市民社会専門家の選出方法は再
考されるべきであろう。
第三に、透明性にかかわる問題がある。たとえば、適応基金などは理事会
の模様はウェッブキャストを通じて、誰でもリアルタイムで見ることができ
るのに対し、GCF の理事会はウェブキャストの利用について承認していない
(Schalatek & Nakhooda 2013: 4)(22)。GCF は公的資金だけではなく、民
間資金も扱うので、すべてを公開することは困難であることは想像に難くな
いが、透明性向上の観点から、何らかの対策を打ち出すべきだと考える。そ
の意味で、理事会の書類が、理事、顧問、アクティブ・オブザーバーに送ら
れるのと同時に、GCF のウェッブサイトにあげられている点は評価できる
(Schalatek & Nakhooda 2013: 4)
。同時に、ウェブキャストについても、
一部のセッションは非公開にするなど工夫を凝らしつつ、今後は導入を検討
すべきであろう。
第四に、GCF は贈与と融資の双方を扱うことになっているが、
融資の場合、
返済のためにプログラムやプロジェクトを通じてある程度の利潤を獲得しな
ければならない。しかし、GCF の目的とする「途上国が温室効果ガスを削減
し、気候変動の悪影響に適応できるよう支援することを通じて、低炭素かつ
気候変動耐性型開発へのパラダイムシフトをめざす」という枠組の中で、確
かな利潤を生み出すことができるのかどうかは疑問符が付く。つまり、可能
な限り公的資金の割合を高め、受益国である途上国に財政的な負担を負わせ
ないようにすることが GCF の基本姿勢であるべきではなかろうか。
それに関連して、最後に、GCF が 2014 年 11 月までに各国から確約され
た公的資金は、93 億ドル(9300 億円)以下であり(23)、目標とする年間 10 兆
円からはあまりにもかけ離れていることを指摘しておきたい。この資金面で
の乖離をどのように埋めていくのか。その答えは GCF サイドからは見えて
こない。
64
おわりに―今後の展望
これまで本論は、グローバル・タックスの可能性として、巨額の資金創出、
ならびにグローバル・ガバナンスの変革の可能性について検討してきた。そ
の結果、グローバル・タックスの導入によって、年間 1000 億ドルの単位で
気候変動に要する資金需要が満たされ、ミクロレベルでより公正な気候資金
ガバナンスが構築される可能性が浮き彫りになった。
ただし、ここで分析の対象とした GCF は 2012 年 8 月に初めての理事会
を開催し、2013 年 12 月に事務局が韓国に定まったばかりなので、今後の推
移を注意深く見守る必要がある。GCF は、当初は公的セクター、民間セクタ
ーからの贈与、ならびに譲与的な公的ローンのみを受け入れ、いずれ新しい
税のようなオルタナティブな財源を求めるだろうとしているが(Schalatek
& Nakhooda 2013: 2)
、その資金源が実際にどうなっていくのかは決定的に
重要である。なぜなら、GCF の主たる財源が先進国からの拠出金になるのか、
炭素市場からの資金になるのか、民間企業からの調達になるのか、グローバ
ル・タックスの導入によるものになるのかによって、そのガバナンスが変わ
ってくるはずだからである。
気候資金の供給は、京都議定書によって先進国の義務とされているので、
GCF の理事会において政府代表理事の権限が小さくなることはないだろう。
しかしながら、巨額の気候資金の必要性、ならびに現在までに GCF が得ら
れた資金(9300 億円以下)に鑑みると、今後グローバル・タックスの導入は
おそらく避けられないと考えられる。そしてそれが GCF の財源の中で大き
な比重を占めるようになった時、アクティブ・オブザーバーが本来の役割を
果たすようになるのみならず、長期的には理事に昇格し、理事会の中でより
大きな声を響かせる可能性も否定できない。
そのようなことが現実になれば、多様なステークホルダーがさまざまな意
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 65
見を意思決定プロセスに反映させることができるようになるという点で、よ
り公正で、望ましいガバナンスが GCF の中で実現することになるだろう。
そして、そのことは、短期的には効果的な気候変動対策の推進に結びつき、
長期的にはより透明で、民主的で、アカウンタブルな地球環境ガバナンスを
創造する糸口になると考えられるのである。
《注》
(1)本稿は、上村雄彦・池田まりこ(2014)
「地球環境ガバナンス」吉川元他編著『グローバ
ル・ガヴァナンス論』法律文化社、244-257 頁、上村雄彦(2014)
「グローバル金融が地
球共有財となるために―タックス・ヘイブン、
「ギャンブル経済」に対する処方箋」日本
国際連合学会編『グローバル・コモンズと国連』
(
『国連研究』第 15 号)国際書院、5785 頁、ならびに上村雄彦編著(2015)
『グローバル・タックスの構想と射程』法律文化
社をベースに、気候資金ガバナンスとグローバル・タックスの関係に焦点を絞り、とり
わけグリーン気候基金についてさらなる分析と考察を加えたものである。本稿の作成に
当たり、神戸大学の西谷真規子先生、東京理科大学の横田匡紀先生、ならびに匿名の査
読者の方から貴重なコメントをいただいた。この場を借りてお礼を申し上げたい。
(2)本論でいう地球環境ガバナンスとは、地球環境問題に関する「グローバルなレベルにお
ける多様なアクターによる課題設定、規範形成、政策形成・決定・実施を含めた共治」
(上村 2009: 45)のことをいうが、特に気候変動問題に関連する国際機関における意思
決定のあり方、中でも各機関の理事会の構成と意思決定方法を中心に考察する。
(3)外務省ウェッブサイト(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kikan/gbl_env.html
last visited on 23 September 2011)
。
(4)グローバル・タックスの政策効果については、上村(2009; 2012a; 2014a; 2014c)
、
Taskforce on International Financial Transactions for Development (2010), Uemura
(2012)を参照のこと。
(5)欧州金融取引税については、EC(2011)
、是枝(2012)
、上村(2013)
、上村(2014c)
を参照のこと。ちなみに、この税はフランス、ドイツを含む EU11 カ国が 2016 年 1 月
までに導入することを決定しているが、金融業界の強固な反対とロビー活動もあり、段
階的な導入を行うこととなった。当初は、株式、債券取引に 0.1%、デリヴァティブ取引
に 0.01%の課税が提案されていたが、第一段階では、債券取引への課税を除外し、株式
とデリヴァティブ取引の一部についてのみ課税を行うことになっている(欧州委員会環
66
境税ならびにその他の税制課の Ms. Carola Maggiulli、ならびに Mr. Bogdan-Alexandru
Tasnadi へのインタヴュー(2014 年 9 月 3 日、於:欧州委員会)
。また、Bloomberg、
2014 年 10 月 29 日も参照)
。
(6)金融取引に対する課税は、金融取引税以外にも、トービン税、通貨取引税、通貨取引開
発税、グローバル通貨取引税などがある。その長所と短所を比較した研究として、
Uemura(2012)
、上村(2014c)を挙げておく。
(7)本論では、グローバル・ガバナンスをマクロとミクロに分けて議論を展開したが、それ
をどのように整理するかということについては、さらに議論の余地がある。たとえば、
上村(2009)は、その性質(とりわけ、組織構造と法的拘束力)に応じて、
「ソフト」
、
「ミドル」
、
「ハード」という 3 つの分類を行っているし、ローカル―ナショナル―リージ
ョナル―グローバルという整理の仕方もありうる。本論はグローバル・タックスがグロー
バル・ガバナンス全般に変化をもたらすプロセスを順を追って明示する目的で、マクロ
とミクロの枠組を用いている。すなわち、まず、グローバル・タックスがそれを財源とす
る国際機関で変革を起こし(ミクロレベル)
、次にそのような国際機関が増える過程を経
て(メゾレベル)
、最終的にグローバル・ガバナンスを全般的に変革させうる(マクロレ
ベル)というプロセスとロジックを説明するために、このような枠組を用いている。
(8)航空券連帯税とは、グローバル化の恩恵を受けている飛行機の利用客(豊かな人々)に
課税し、その税収を HIV/AIDS、マラリア、結核という三大感染症に苦しんでいる貧し
い人々の治療のために創設された国際機関(UNITAID、国際医薬品購入ファシリティ)
の資金源にするという税制である(Uemura 2007; 上村 2009:279-280; 2012: 158; 2013:
250; 2014a: 133-135; 2014b: 74)
。
(9)ただし、諮問フォーラムは創設以来 3 度しか開催されておらず、フォーラムの再活性化
は大きな課題である(UNITAID の Mr. Mauricio Cysne (Director, External Relations)
へのインタヴュー、2014 年 10 月 7 日、於:横浜市立大学)
。
(10)適応基金の Ms. Dima Shocair Reda (Operations Officer)、Mr. Daouda Ben Oumar
Ndiaye (Adaptation Officer)、Mr. Daniel Gallagher (Adaptation Associate)へのインタ
ヴュー(2013 年 3 月 16 日、於:適応基金)
。
(11)ただし、現在は炭素価格の低迷のため、その割合が低下し、各国からの拠出金の割合が
高まっている(上記適応基金スタッフへのインタヴュー、2013 年 3 月 16 日、於:適応
基金)
。
(12)GEF ウェッブサイト(http://www.thegef.org/gef/whatisgef last visited on 26 August
2012)
。
(13)GEF ウェッブサイト(http://www.thegef.org/gef/SCCF last visited on 26 August 2012)
。
(14)GEF ウェッブサイト(http://www.thegef.org/gef/LDCF last visited on 26 August 2012)
。
気候資金ガバナンスに見るグローバル・タックスと地球環境ガバナンスの交差 67
(15)適応基金ウェッブサイト(http://www.adaptation-fund.org/about last visited on 26 August
2012)
。
(16)山田浩司(2012)
「COP17 における日本政府の対応と国際交渉の結果」
(http://www.ocdm.net/network/activity/occf/occ2011/occ2011-02-moej-yamada.pdf last visited on 7
July 2012)
。
(17)REDD+とは、
「途上国の森林減少・劣化に由来する排出の削減(Reducing Emissions
from Deforestation and Forest Degradation in Developing Countries: REDD)
」に、
「森林炭素ストックの保全及び持続可能な森林経営ならびに森林炭素ストックの向上
( Conservation of Forest Carbon Stocks, Sustainable Management of Forest,
Enhancement of Forest Carbon Stocks in Developing Countries)
」という考え方を追
加したものである(http://www.ffpri.affrc.go.jp/redd-rdc/ja/redd/basics.html last visited
on 27 October 2014)
。
(18)GCF ウェッブサイト(http://www.gcfund.org/observers/active-observers.html last
visited on 27 October 2014)
。
(19)第三世界ネットワークの Ms. Meenakshi Raman へのメールインタヴュー(2014 年 10
月 30 日)
。
(20)第三世界ネットワークの Ms. Meenakshi Raman へのメールインタヴュー(2014 年 10
月 30 日)
。
(21)Raman, Meenakshi (2014)“Green Fund adopts key decisions on operations”, TWN Info
Service on Climate Change (Mar14/01), 3 March 2014, Third World Network,
(http://www.twn.my/title2/climate/info.service/2014/cc140301.htm last visited on 31
October 2014).
(22)第三世界ネットワークの Ms. Meenakshi Raman へのメールインタヴュー(2014 年 10
月 30 日)
。
(23)GCF ウェッブサイト(http://news.gcfund.org/fileadmin/00_customer/documents/
(Press/GCF_Press_Release_2014_11_20_Berlin_pledges_pdf last visited on 28
November 2014)
。
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『気候変動と国際協調―京都議定書と多国間協議の行方』
慈学社出版。
・是枝俊悟(2012)
「EU・フランスの金融取引税(FTT)の分析<現物取引編>」大和総研。
・高木功介(2007)
「地球環境を改善する国際枠組みと国連の役割」第 24 回佐藤栄作賞優秀
賞論文。
・高村ゆかり(2011)
「気候変動レジームの意義と課題―国際法学の観点から」
、亀山康子、
高村ゆかり編『気候変動と国際協調―京都議定書と多国間協議の行方』慈学社出版、109136 頁。
・田村堅太郎、福田幸司(2011)
「気候資金を巡る国際交渉と今後の展望」
、亀山康子、高村
70
ゆかり編(2011)
『気候変動と国際協調―京都議定書と多国間協議の行方』慈学社出版、
109-136 頁。
・地球環境戦略研究機関編(2009)
『地球温暖化対策と資金調達―地球環境税を中心に』中
央法規。
・寺島委員会(2010)
『環境・貧困・格差に立ち向かう国際連帯税の実現をめざして―地球
規模課題に対する新しい政策提言』国際連帯税推進協議会最終報告書。
・福田幸司(2012)
「新たな支援枠組み『緑の気候基金』とは何か」
『環境会議』2012 年春
号、95-103 頁。
(上村 雄彦 横浜市立大学国際総合科学群教授)
71
贈与の共同体としての EU
山本 直
はじめに
EU とはいかなる政治組織か。この問いに対しては、以下のような議論が
長年にわたり続いてきた。それは、経済統治のための連邦的組織である。否
むしろ、加盟国の合理的な行動を補う政府間レジームである。あるいはそれ
は、多元的な憲法秩序であり、一種の帝国であり、価値規範の推進体
(normative power)である等々(1)。
本稿は、これらの議論を再検討するものではない。本稿の目的は、EU を
「贈与」の国家間共同体と位置づけることによって、本来見すごしてきたさ
らなる一面に接近するものである。
EU のいかなる側面を見すごしているのか。これまでの議論は、およそ、
次のいずれかの関心に基づいてきた。ひとつは、加盟国と EU 機関をはじめ
とする諸々のアクターが、EU の制度をいかに創造し、あるいは変化させる
か、という関心である。あとひとつは、EU の制度的枠内においてアクター
がいかなる行動をとるか、という関心である。いずれも重要な関心ではある
ものの、EU が組織化される原理に十分な注意を払えているわけではない。
その原理とは、主要なアクターである加盟国が自ら身を削る、という原理で
ある。加盟国が自ら身を削ってこそ、EU は、諸国家の共同体として存続し
うる。
この原理は、
ヨーロッパの国家間にのみ該当するわけではないだろう。
それは、地域の次元のみならず、よりグローバルな次元における国家間ガバ
ナンスを実現するうえでも要件となりうる。本稿が EU を素材にするのは、
緊密な相互関係を築いた EU 加盟国であるがゆえに、その原理を観察しやす
72
いと思われるからである。
贈与の概念は、
このような本稿の目的を遂行するうえでの起点となりうる。
この概念を世に広めたのは、
フランスの社会学者マルセル・モースであった。
1925 年に発表した『贈与論:太古の社会における交換の諸型態と契機』
(以
下「贈与論」とする)の中で、彼は、アメリカ北西部からポリネシア、メラ
ネシアに及ぶ部族集団の営為に着目した。これらの営為を贈与として概念化
することによって、集団内や集団間の関係がいかに秩序づけられているかを
論じている(2)。
本稿は、EU の看過されている側面を照射するためにこの概念を活用した
い。以下では、この概念を、本稿の目的にどのように接合できるか(Ⅰ)
、こ
の概念を接合することによって、EU の組織をいかに記述できるか(Ⅱ)
、こ
の概念はなぜ、国際政治学の分野で活用されてこなかったのか(Ⅲ)
、贈与の
共同体としての EU は停滞しうるのか(Ⅳ)
、という順番で議論を進めるこ
とにする。
Ⅰ. 国家間贈与の視座 -モースからの展開-
モースの贈与論は、ポトラッチと呼ばれる競覇的な行ないをはじめ、さま
ざまな要素を包含している。しかしながら、それが長年にわたり注目を集め
る最大の魅力は、贈り、受取り、かつ返礼するという一連の営為が、人間の
社会生活にとって普遍的な意味をもつことを示唆するからである(3)。贈り、
あるいは返礼する中身は、多岐にわたる。農産品や毛布などの生活用品、装
飾品の他、女性や奴隷が集団間で授受されることもある。ただし、授受され
る中身には、副次的な重要性しかない。贈与論は、営為が続くこと自体に価
値をおく。
贈与の共同体としての EU 73
贈与の営為は、市場の営為とは区別される。モースによれば、市場におけ
る交換を決定するのは、資本家やビジネスマンによる「冷徹な」損得勘定で
ある。そこでは、
「純粋に打算的で、個人主義的な」経済が優勢となる。他方
において、贈与は、このような損得計算や打算とは異なる土壌の上に成り立
つ。すなわちそれは、すでに何かを受取ったと知覚するがゆえに行なわれる(4)。
このように贈与論は、収支が不均衡な状態にあることを前提としている。
そして、この不均衡こそが、人間やその集団が共同体を保つための核心にあ
ると考える。このことは、われわれの身近にある町内会やアマチュアの運動
サークルを想起すれば分かりやすい。というのも、これらの組織が活動を続
けるには、通常、誰かが進んで幹事役を引き受けなければならない。一部の
成員が他の成員以上の仕事を担う――つまり、贈る――ことによって、はじ
めてその組織は、円滑に運営することが可能となる(5)。
社会学者の小坂井敏晶は、共同体は、その本質からして、収支の不均衡が
前提となっていると指摘する(6)。換言すれば、損得に基づいて行動する集団
は、共同体を保持できないことになる。もっとも、贈与の形態と多寡を、そ
の営為に関わらない第三者が評価することは難しいだろう。誰かがある特定
の相手にプレゼントを渡す時、その中身と価格が適切であるか判断すること
は容易ではないのである。ゆえに第三者は、贈与があることはかろうじて観
察できようが、贈与の当事者ほどの感得をもつことはできない。このように
理解するべきであろう。
贈与がもちうるこのような性格に留意しながら、贈与論を本稿の問題関心
に接合したい。
本稿で仮定するのは、次の 2 点である。モースが着目したのは、西欧化を
いまだみない、部族集団における贈与であった。それとともに、彼は、国家
によっても贈与は行ないうることを示唆している。その示唆に基づいて、本
稿は、国家間でも贈与の関係は築くことが可能であるとする。これが、第 1
74
の点である。
国家による贈与にモースが言及するのは、
贈与論の結論部においてである。
そこにおいてモースは、母国フランスを念頭におきつつ、人々の相互扶助や
企業の共済組合だけでは贈与は成り立ちえないと論じた。
とりわけ労働者は、
その生活と労務を社会および雇用主に提供している。それに対して、雇用主
が賃金を払うのみでは返礼したことにならない。したがって、
「共同体を代表
する」
(モース)国家が、雇用主とともに不足分を補わなければならない。具
体的には、労働者の失業、疾病、老齢および死亡に際しては国家が援助する
べきであるとする(7)。
このように、
モースは、
国家による贈与を労働の論理から根拠づけている。
しかしながら、諸国家の間に存在しうる贈与については、ほとんど何も論じ
ていない。
「部族らは、殺しあうことなく対峙し譲りあうことを学んだ。諸階
(8)。この
級、諸国家および諸個人も、この文明世界において学ぶべきである」
ように倫理的な見解を述べるのみである。部族と国家、とりわけ立憲的で民
主的な性格を備える国家が組織上相異する点は、多々あろう。とはいえ、前
者のみが贈与の当事者資格を備えているとは必ずしもいえないはずである。
贈与においては、所有する何らかのものを、まずは自ら手放す。手放した場
合、自らはその分、以前よりも弱体化する。けれども、相手も同じようにそ
の所有物を手放すのであれば、互いに安定した関係が保持される。このよう
な力学は、国家間でもあってしかるべきである。
すでに触れたように、部族が贈与するのは、しばしば物品であり、あるい
は女性らであった。国家間において贈与があるとすれば、贈与のリストには
異種のものが含まれよう。財政、金融、技術、食糧および住居等を支援する
ことが、その中心を占めるはずである。これらの支援の中で、受け手が贈ら
れたと知覚するものが贈与となる。人道援助や無償の開発援助が、その典型
であるように考えられる。
贈与の共同体としての EU 75
第 2 に仮定するのは、贈与の手段である。贈与は、通常、金銭や物品をは
じめ、物理的なものの移管と費消をともなう。しかしながら、贈与をそのよ
うに限定的に捉えるべき理由はない。
現にモースは、
次のように述べている。
.......
「交易するためには、まず槍を捨てることができねばならない。そうしては
じめて、人々は、部族間、民族間および個人の間で首尾よく交換することが
できたのである」(9)(傍点は引用者による)
。槍は、部族にとって武力の象徴
であり、アイデンティティでさえあるだろう。相手集団と交易するために、
モースは、その槍を自ら手放すことを求めている。
このことから、武力を放棄することも贈与である、と一般的に論じること
はおそらく短絡である。とはいえ、それは、特定の関係性の下では贈与とな
るかもしれない。ある爆弾の製造と保有を禁ずる条約があるとしよう。その
条約の締約国は、締約するという行ないによって、軍事行動の非人道性を軽
減するべきであるというメッセージを贈ったのである。後年この条約を締約
した諸国の中には、メッセージに返礼した国もあるだろう。
レヴィ=ストロースによれば、贈与される物品や金銭には、単に実利的な
次元を超える現実性が備わる。すなわち、それらには、
「威力、権力、共感、
身分、情動などの媒体であり道具」が備わる。威力や共感を生む行ないの多
くは、贈与として現れ、かつ、これを受取るように求める(10)。このような観
点にしたがえば、贈与の手段は、物品や金銭といった物理的なものである必
要はない。たとえば、外交交渉において相手国に貸しをつくることがありう
る(11)。その場合、交渉相手国の政府が返礼の義務を感じれば、貸しをつくる
こと自体が贈与となる。
贈与の内実を当事者の意識に依存せざるをえないのは、悩ましいことでは
ある。ある贈与がもたらす国家政府の意識変化を、その議事録や外交史料か
ら読みとれることはあるだろう。しかしながら、そのような作業をもってし
ても全体像を把握することは難しい。この点を、われわれは認めなければな
76
らない。
贈与は、国家間でも行なわれうる。加えて、それは、物品や金銭の提供と
いう手段に必ずしも限定されない。以上において仮定したこれらの点は、モ
ース自らが究明したことではない。それは、彼やレヴィ=ストロースの知見
に基づく推論の域を出ないものである。しかしながら、このように仮定する
ことによって、EU のさらなる一面を浮き彫りにする手がかりを得ることが
できる。
Ⅱ. EU 加盟国の贈与
贈与の共同体として形容されるに適う、いくつかの条件が EU には備わっ
ているようにみえる。EU は、活動分野が広いばかりか、国家がもつ立法権、
行政権および司法権の一部を加盟国より譲渡されている。
そのような状況は、
加盟国間でさまざまな贈与が存在する可能性を提示してくれるだろう。
本節では、現在の EU から看取できる贈与の側面を取り上げたい。取り上げ
る側面は、2 つある。1 つは、EU を運営するための財政の負担をめぐるもの
である。あと 1 つは、EU 理事会において導入されている多数決制度である。
(1)財政の負担
まずは、財政の負担についてみていこう。EU の財政は、毎年 18 兆円前後
(1,387 億ユーロ、2012 年)の規模である。これは、各加盟国の財政を含め
ない、EU 独自のものである。しかも、近年のユーロ危機対策に費やす分は
含まれない。それは、フランスやドイツの規模には及ばないものの、中小国
のそれと比肩しうる。国家間で設立される機構としては、抜きんでた規模に
ある。
贈与の共同体としての EU 77
財源の確保に苦労していることは、加盟国や他の国家間機構とそれほど違
わない。EU の財源には、域外からの輸入品にかける関税と課徴金の他、各
加盟国で徴収する間接税の一部が充てられる。しかしながら、最も大きな割
合を占めるのは、各加盟国からの拠出金である。しかも、相対的に経済力の
ある加盟国が、そのような拠出金をとくに多く払っている。
欧州委員会の財政報告によれば、財政に最も貢献している国はドイツであ
る。28 カ国が加盟する EU において、一国のみで全体の 5 分の 1 に匹敵す
る額を負担している計算になる。ただし、同国は人口が多い。農業や建設業
など国内の諸部門が EU の財政から受取る分も、それなりの額にのぼる。そ
こで、拠出分から国内の受取り分を差し引いたうえで、かつ、その額を国民
一人当たりという尺度で計り直してみよう。その場合、最も拠出額が多いの
はオランダということになる。年間約 3 万 2 千円(233 ユーロ)の拠出であ
る。次いで、デンマークとスウェーデンが、各々2 万 8 千円(200 ユーロ)
ほどである。ドイツ(2 万 1 千円、153 ユーロ)が来るのはその後であり、
イギリス(1 万 8 千円、132 ユーロ)
、フィンランド(1 万 7 千円、125 ユー
(12)。
ロ)
と続く
(2011 年実績と 2012 年実績の平均値。1 ユーロ 140 円で計算)
イギリスについては還付金を算入するなど、公正な順位になるように工夫
した。もっとも、それでも万全なものではない。たとえば、ベルギーとルク
センブルクは、EU 機関が多いがゆえに、他国出身の EU 職員の人件費等を
受取っている。そうであるがために、上位に挙がってこないという事情があ
る。したがって、いかに国民一人あたりとはいえ、単純に比較できる数字で
はない。とはいえ、それでも、経済力のある諸国がより多くを負担する傾向
があることはたしかであろう。
他の国家間機構における国家負担と比べても、この点は明らかである。た
とえば、国際連合の通常予算に対して、日本は年間 280 億円余を拠出してい
る(13)。これは、国民一人当たりにすると 220 円ほどである。この額は、国連
78
本体のみへの拠出であり、国連の関係機関や専門機関への拠出を含めていな
い。しかしながら、仮にこれらを含めるにせよ、オランダ、デンマークある
いはスウェーデンといった国々が EU に拠出する額には遠く及ばない。
もっとも、重要なのは拠出額そのものではない。使途の効果を把握できな
いにもかかわらず拠出し続けている、という事実こそが重要なのである。EU
による総支出の 8 割近くを占めるのは、EU 域内の農業や地域開発への支援
金である(14)。その交付は、各国が合意した目標にしたがい、かつ各国が合意
した手続きを通じてなされる。しかしながら、これらの支援金がどの部門に
どの程度、あるいはどの地域にいかなる形で貢献するかは、交付の段階では
おろか、交付後も適正に評価することは難しいだろう。それでも加盟国は、
常々減額を要求しながらも、長年にわたり拠出を続けるのである。
東西再統一を果たしたドイツの財政は、旧東ドイツ地域を支援するために
窮乏した。それにもかかわらず、同国は、EU への拠出を減らそうとしなか
った。EU 財政に詳しいヨハネス・リントナーによると、ドイツのこのよう
な方針は、EU の活動を従来どおり維持させたいがためであった(15)。拠出が
いかなる効果を生むのか判然とはしない。
しかしながら、
それでも拠出する。
ドイツがこうした姿勢であったとすれば、それは、モースのいう贈与に通じ
ている。
(2)理事会の多数決制
もうひとつは、EU 理事会の多数決制である。すでに触れたように、EU が
稀有な国家間機構であるのは、その加盟国から立法権の一部を譲渡されてい
るからである。理事会は、その立法作業に関わる機関の中では、唯一、加盟
国の代表からなる。その理事会が、多数決制を導入していることになる。
EU による立法のすべてで多数決制を用いているわけではない。外交や労
働条件をはじめ、全会一致が必要な分野もある。しかも、多数決とはいえ、
贈与の共同体としての EU 79
国家間の単純多数決や「3 分の 2」多数決といった簡明なものではない。特定
多数決と呼ばれるそれは、各国の人口も加味するものであり、可決連合をよ
り形成しにくい制度である。さらにいえば、制度上は多数決で採択できる案
件でも、その 8 割以上は、実際には加盟国の総意を得て採択されている。EU
が制定する法の多くは、各々の加盟国によって実施される。法がすべての国
で円滑に実施されることを見越して、総意が重視されるのである(16)。
とはいうものの、それでも全体の 1 割から 2 割の案件では、1 カ国か、も
しくはそれ以上の国が、反対票もしくは棄権票を投じるのである。理事会に
おける投票行動を観察するハエス・レンショーとウォレスは、政策分野に偏
りはあるものの、すべての国が多少なりともこれらの票を投じてきたことを
確認している(17)。これらの票を投じた加盟国は、自国が賛成しない法案でも
承認しなければならない。各国が主権をもつとされる現行の国際体制の下で
...........
.........
は、できる限り総意で決めることと、総意でしか決めないことには雲泥の差
がある。そして、前者のルールにおいては、各国は、どれだけ勝てるかも、
あるいはいつ敗者になるかも十分には予想できない。
このような理事会の多数決もまた、本稿で仮定した贈与の一環であるとみ
なすことができる。国際政治学者のカール・W・ドイッチュによれば、多数
派と少数派の顔ぶれが柔軟に組み替わる政治は、安定を得る傾向にある。ス
イス建国が成功した一因は、各州が互いにそのように組み替わることが可能
であったからである。逆に、イギリスとアイルランドの関係を構築する試み
は、アイルランド国内のカトリック教徒が常に少数派の地位にあったがゆえ
に失敗した(18)。このようなドイッチュの説明は、EU 加盟国の相互関係を解
析するうえでも有効であろう。というのも、その関係が安定的に維持されて
いるとすれば、
理事会の多数決にその一因があるとも考えられるからである。
多数決制の下では、自国が常に多数派に属せる保証はない。重要な法案で
少数派となり、多数決制を事前に拒否しなかったことを後悔さえするかもし
80
れない。それでも、この制度の撤廃が表立って唱えられることを、筆者は寡
聞にして知らない。加盟国は、意識的であれ、あるいは無意識的であれ、自
らが身を削る関係を受容してきた。
さらに留意したいのは、各国への票の配分である。それは各国の人口に応
じて配分されるのであるが、人口の多い国が不利になる配分となっている。
たとえば、マルタの 100 倍以上の人口をもつドイツ、フランス、イギリスお
よびイタリア各国の持ち票は、各々、マルタの持ち票の 10 倍に届いていな
い。このような配分は、苦肉の策ではあった。EU の立法が加盟国を拘束す
ることを鑑みれば、主権平等原則に基づく一国一票配分には人口大国が賛同
しない。逆に、人口差を直截に反映する配分では、マルタやルクセンブルク、
キプロスをはじめとする人口小国が反対する。以上の事情を汲んで、人口大
国は、自らが不利な状況になることを甘受してきた。
先に触れたように、人口要件のみが、可決連合の形成に影響するというわ
けではない。しかしここでも、大国の地位にある諸国が――思想家サンピエ
ールによる 18 世紀の提案を汲んだのかはわからないが(19)――他の諸国以上
に身を削る営為を見てとれるのである。このような状況は、国家が互いに抱
く警戒心を和らげる効果をもつだろう。
財政の負担や理事会の多数決以外にも、EU 加盟国による贈与の表現はあ
りうる。加盟国は、EU 司法裁判所が強制管轄権をもつことを許容してきた。
あるいは、その裁判所が打ち出した、EU 法の優位性の原則等も大筋におい
て認めてきた。加盟国は、これらの行ないによって手放したものを取り返せ
るのか分からない。
というよりも、
取り返せたかを測る尺度がないのである。
それにもかかわらず、すべての加盟国がこうした行動を示してきた。
一般的にいわれるように、共同体が形成されるには、それを構成するメン
バーの間で利害が一致している必要がある。さらには、価値観や信条がメン
バーの間で似ている必要もある。しかしながら、それだけで共同体を維持し
贈与の共同体としての EU 81
ていくことは、おそらくできない(20)。政治学者のマイケル・テイラーは、次
のようにいう。共同体の形成には、
「将来私を助けてくれるだろうという(漠
然とした、不確実で、計算できない)期待」を抱きつつ、相手を「いま助け
(21)ことが求められる、と。このような行ないを国家間の関係から看取する
る」
ことは容易ではない。しかしながら、その片鱗を EU 加盟国から察すること
はできよう。
Ⅲ. 贈与論と国際政治学
これまでの議論が示すように、モースの贈与論を国家間関係の考察に応用
することは、特段奇異な試みではない。応用する対象を、EU に加盟する国々
に限定するべき理由もない。無償援助や人道援助を他国に提供することは、
贈与の一環となりうる。東南アジア諸国連合(ASEAN)の域内格差を是正す
るための基金を要請することも同様である(22)。東アジア共同体の形成に向け
て自国に何ができるか問うことも(23)、そのような営為に連なる関心となりう
る。
贈与概念は、経済学や人類学の分野を中心に、長年にわたって注目を集め
てきた(24)。しかしながら、こと国際政治学においては、この概念は注目され
てこなかった。国際政治学の思考様式が、この概念と生来的になじみにくい
ことはあるだろう。そこでは、力(power)や選好(preference)といった概
念がしばしば用いられる。それゆえに、贈与とはこれら選好や力が特定の環
境下で考慮された現象にすぎない、という議論に集約されがちとなる。
ただし、より根本的な原因は、他にある。国際政治学自体が、歴史的に特
異な軌跡をたどってきたことである。この学問の出発点は、国家間の戦争を
いかに防ぐかという関心にあった。各国の軍事力が増強され、ナショナリズ
82
ムが発揚する世界情勢に直面して、その学問は普遍的な使命を帯びるはずで
あった。けれども、その研究課題は、新現実主義やヘゲモニー論等、アメリ
カ中心の秩序を維持することへと矮小化してしまった(25)。
研究課題が矮小化する中、贈与論を彷彿とさせる観点が提示されなかった
わけではない。安全保障のジレンマを緩和するために「安全の供与」を有効
視する議論は、その一例である。公共財を保持する方策として「自発的な寄
贈」に着目する議論も、そのような例に該当するだろう(26)。これらの議論は、
国家が自ら身を削る行ないと関わる点において、贈与に近しい。しかしなが
ら、これらの議論には、合理的に行動するアクターという前提があった(27)。
先にみたように、贈与とは、費用便益分析や損得勘定によっては説明できな
い営為である。国際政治学と贈与論が近接する機会はあったが、結合するに
は至らなかったのである。
贈与論にとっては、
不運な経緯もあった。
国家が身を削ることの重要性は、
国際政治学の泰斗であるエドワード・H・カーも説くところであった。カー
は、著書『危機の二十年』の中で、次のように述べている。
「現行の秩序から
.....
最も恩恵を受ける諸国は…そうでない諸国が受け入れられる譲歩をする
(28)
(make concessions)ことによってのみ、
その秩序を保ちうると考えられる」
(傍点引用者)
。ここでいう譲歩が何を指すのか、カーは十分には論じていな
い。とはいえ、こうした見方が贈与論と合流する可能性は、皆無ではなかっ
ただろう。しかし周知のように、ナチスドイツへの宥和を支持したかどで、
彼は批判の矢面に立たされてしまう。その結果、たしかに『危機』は国際政
治学のバイブルとなるものの、同書で彼が展開した譲歩の勧め――そのよう
に名づけて差支えなければ―は軽んじられることになった(29)。
贈与論にとってさらに不運だったのは、1950 年代から 1960 年代にかけて
興隆した国際統合理論との接点をもてなかったことである。当時脚光を浴び
た新機能主義と交流主義は、統合(integration)の定義や分析手法において
贈与の共同体としての EU 83
相違があった。もっとも、諸国の関係が緊密になる質的変化を捉えようとす
る点で、双方は通じる。それゆえに、双方は、国際統合理論という名称で括
られた。
前者の新機能主義は、近接する諸国の政治的および経済的エリートにおけ
る認識と態度の移行が統合をもたらすと想定した。「新しい中心(a new
center)
」である共通機関の意思決定を、彼らエリートが期待するようになる。
石炭鉄鋼分野で始まったヨーロッパ諸国間の統合は、経済共同体および原子
力共同体へと広がりつつ、不可避的に進展するだろう。新機能主義を率いた
エルンスト・B・ハースは、その様相は波及の効果であり、広範な政策分野に
おいて「超国家的な(supra-national)
」意思決定が下されていくと論じた(30)。
ドイッチュが主導した後者の交流主義においては、モノやヒト、あるいは
情報が往来する態様を重視した。これらの往来が頻繁である諸国間では、
「私
たち感情(we-feeling)
」が芽生えやすくなる。その結果、安全保障のジレン
マを克服する、あるいは経済政策などを互いに融通する国家間共同体が形成
されるとする(31)。
交流主義においては、エリートの認識や態度ではなく、集団間の社会的な
相互作用が議論の糸口となる。また、超国家的な決定が下されずとも、国家
間の統合は深まりうる、とみなす。こうした点で相違する一方で、両者は、
その各々の視座に贈与論と近しいものを内包している。たとえば、ハースが
論じる超国家的な意思決定は、諸国がその決定権限の一部を譲渡してはじめ
て可能となる。したがって、それは、当の国家による贈与なしには生まれな
いとみなすことができる。ハースはまた、各国のエリートがそのような意思
決定を期待し、これに忠誠を示すようになると想定した(32)。しかしながら、
この想定は、彼らの期待や忠誠がいつ、どの程度強まるかまでは展望できな
い。合理的な損得計算では捉えきれない要素をもつ点でも、それは贈与論に
通じるものがある。
84
贈与論は、交流主義の思考とも和合するだろう。ドイッチュによれば、困
窮する近隣国を適切に支援できるか否かが、当該国間における共同体の成否
を左右する。支援のあったアメリカ諸州の間では、合衆国への円滑な建国を
みた。他方において、ジャガイモ飢饉への対策を怠ったイギリスは、アイル
ランドとの共同体を創れなかった。こうした事例から、相手国に自らの資源
を費やせるかどうかが鍵となる(33)。相手に資源を費やすことを重視する思考
は、まさしくモースのそれと違わない。
しかしながら、それでも国際統合理論との親和性は、限定的に捉えるべき
であろう。というのも、これら統合理論と贈与論とでは、問題関心のあり様
が異なるからである。統合理論は、国家間の関係がいかなる条件の下で、ど
のような過程を経て統合に向かうかに焦点を当てるものであった。そこにお
いては、過去から現在へ、あるいは現在から将来に向けた脱国境的な行動や
現象が主な焦点であった。対してモースは、部族間における実践を紹介し、
かつ解析する作業に大方とどまる。その実践をめぐる時間的な変遷に踏み込
むには至っていない。
モースの作業にドイッチュやハースが留意したかは分からない。しかしな
がら、国際統合理論が後にみせる精ち化の傾向は、贈与論とは親和しなかっ
た。たとえば、統合による利益が等しく分配されているとアクターが認める
ことによって統合は深化する、と考えられた(34)。このような考えが、利益の
等分という発想を否定的に捉える贈与論と反りが合うようにはみえない。
Ⅳ. 共同体の解体
EU に話を戻そう。本稿の主眼は、EU を贈与の共同体と位置づけるとこ
ろにあった。もしこのような位置づけができるのであれば、そのような共同
贈与の共同体としての EU 85
体は、どの程度堅固なのだろうか。
モースは、世界各地における贈与の諸形態を描写することによって、その
本質に迫った。とはいえ彼は、贈与の営為がなぜ、いかにして停滞するかま
では論じていない。
部族集団にとって贈与は、
しばしば宗教的な意味をもつ。
そうであるがゆえに、彼らは停滞を、全力で回避するであろう。モースは、
このように捉えていたふしがある。他方において、現代の国家では、そのよ
うな宗教性は希薄であり、停滞の余地もその分生まれうる。このように考え
ることができるかもしれない。
そこでここでは、次のいずれかの場合に贈与が停滞しうる、と推論してみ
よう。ひとつは、相手(国)が返礼を怠ったと知覚する場合である。あとひ
とつは、相手(国)がそもそも受取りを拒んだと知覚する場合である。これ
らの場合、贈与は停滞し、ひいては収支勘定という、かの異質の感覚が次第
に強まっていく。このような推論に基づいて、近年の EU を観察することも
可能であろう。たとえば、先に言及した理事会の多数決制が、その題材とな
りうる。
理事会の多数決制を、加盟国は、3 共同体を設立した 1950 年代から導入
している。特定の事案において拒否権を行使できないことを、すべての加盟
国が当初から許容しているのである。麗しきノブレス・オブリージュや利他
主義が、往時を支配していたわけでは必ずしもない。多くの国は、自国の発
言力がなるべく担保される制度になることに執心した。それでも多数決制が
導入されたのは、あらゆる事案を全会一致に委ねる危険を諸国が認識してい
たからである(35)。その危険をいかに克服するかという関心が、拒否権を自ら
手放す贈与として表われていた。
多数決制は、その後、紆余曲折を経験した。1960 年代には、フランスのド
ゴール大統領が制度自体を拒絶している。一カ国以上の「きわめて重要な利
益」が危険にさらされる場合には票決を行なわないという「ルクセンブルク
86
の妥協」は、これを契機に生まれた。さらには、その「妥協」を有効視した
イギリス・サッチャー首相は、1982 年 5 月の理事会が票決をもって農産物
価格を決めたことに憤慨している(36)。
ドゴールとサッチャーによるこうした反応が、国家としての威信や主権を
保持することにのみ動機づけられたわけではないだろう。しかしながら、よ
り打算的な見地から多数決制に注文をつける傾向は、彼らの時代以降、次第
に強まったようにみえる。いわゆる「イオニアの妥協」をめぐる加盟国の態
度が、これを象徴している。
「イオニアの妥協」は、ある事案を票決することに一部の国が反対する場
合の対応を定めたものである。すなわち、そのような場合には、投票を延期
し、協議を続けることで各国が合意したのである。イギリスおよびスペイン
両国は、1995 年の EU 拡大後も、拡大前の阻止少数(ブロッキング・マイノ
リティ)を維持するように他の加盟国に求めた。その結果がこの合意であっ
た。これは、先の「ルクセンブルクの妥協」とは異なり、各国の拒否権を黙
認するものではない。投票は延期されるが、EU の基本条約や 2 次立法に定
める期限までには投票がなされる。しかも、投票が延期されるには、反対国
が一定数に達しなければならない。一国のみの反対では、延期さえなされな
い(37)。
イギリスとスペインの要求も理解できる。加盟国にとって多数決は、いつ
負けるか分からないストレスフルな制度である。賛成できない事案について
協議を続けたいという望みは、これら両国のみならず、すべての加盟国が多
少なりとも抱いてきたであろう。しかしそれでも、阻止少数を維持しようと
する両国の要求は、吝嗇なものといわざるをえない。ドゴールやサッチャー
の反応に比べて、不満の表われ方が些末なのである。
同様の不満を呈するのは、両国に限ったことではない。リスボン条約―す
べての加盟国が 2007 年に署名する―の起草時に、欧州委員会は、多数決制
贈与の共同体としての EU 87
を改正する提案を作成した。ポーランドのカチンスキ大統領は、これを「ド
イツ等が勝者となり、わが国が最大の敗者となる」提案であると批判してい
る(38)。この提案が、ポーランドを含むいくつかの国家を不利にする内容であ
ったことは否めない。しかしながら、多数決制を改正することは、すでに長
年にわたり模索されていた。その中には、委員会案に似たものもすでにあっ
た。このような経緯を知る者にとって、カチンスキの批判は、打算的な戦略
として映らざるをえなかったであろう。
このような打算は、ユーロ危機と呼ばれる通貨財政危機への対応にもみら
れる。危機を収束するために、関係諸国は、理事会が通常用いる多数決制と
は異なる多数決制を採用した。それは、国際通貨基金(IMF)の決定制度の
ように、各国の出資額に比例して票を配分するものである(39)。このような制
度は、危機に迅速に対応できる反面、出資額の多い大国の発言権を強めてし
まう。
これまで EU は、人権尊重の他、民主主義や「法の支配」を自らの価値と
して重んじてきた(40)。危機への対応は、民主的な討議と説明責任を軽視しか
ねない点で、これらの原則に逆行する。もっとも、贈与の観点からは、この
ような対応は、別の理由から問題視されることになる。すなわち、それは、
出資額の少ない諸国による返礼が困難になるがゆえに問題となるのである。
このような決定制度を備えたがゆえに、危機を効果的に収束できた側面もあ
るだろう。しかしその一方で、出資額の多い大国の意向に沿った対応は、こ
れまで諸国が保ってきた贈与を滞らせることになる。
一般的に贈与は、当事者の数が増えるにしたがい難しくなる。1950 年代に
6 カ国で出発した EU は、今や 28 カ国を数える。このような状況下では、贈
与によって得たものを、自らの合理的な判断で獲得できたと知覚する国も出
てこよう。それとは逆に、他国から返礼がないと零す声が、大国を中心に出
かねない。
「ドイツの財力を利用しようとする国は多い。辛辣にいえば、ドイ
88
ツから搾り取れるだけ取ってやれと思っている国は、少なくない」(41)。
「EU
に加盟しているがゆえに、イギリスは一日当たり 5,500 万ポンドの拠出を強
いられている」(42)。これらの言説は、その典型的なものである。
共同体のあり方を思索したフェルディナント・テンニエスによれば、
「傲慢
と残忍の危険」が潜むのは、
「自己の意のままになる者に対して恩恵をほどこ
そうとする傾向や気持ちが優越感よりも弱い場合」である(43)。自らの経済力
や社会的地位に優越感をもちつつ、贈ることを惜しむ。共同体が解体しはじ
めるのは、その瞬間においてである。現在の EU がこの局面に差掛かってい
ないと判定することは難しい。
おわりに
本稿は、モースの知見に基づき、EU を、その加盟国の贈与によって成り
立つ共同体として描いた。そのような共同体の性格は、EU を運営するため
の財政の負担や理事会の多数決制に端的に表われている。もっとも、その成
員である国家の損得勘定が前景化することによって、共同体は解体しうる。
その兆候は、近年の EU にもみてとれる。
贈与の要諦は、それが合理的な算段によっては計りえないところにある。
国際政治学が贈与論に着眼しなかったのは、アクターは合理的に行動すると
いう前提を自明視したからである。このような国際政治学の傾向は、EU 研
究にも影響している。リベラル政府間主義論、拒否権プレイヤー分析、ある
いは加盟国と EU 機関の「勝ち負け」を査定する研究は、そうしたものの一
部である(44)。他方において、コンストラクティビズムをはじめ、行動の合理
性から距離をおこうとする視座がある。国際政治学が贈与論を受容できない
わけではないだろう。
贈与の共同体としての EU 89
EU の諸々の側面を解析するうえで、贈与論にも限界はある。というのも、
それは、EU に加盟する諸国間の統合過程を動態的に捉える術をもたない。
諸国が統合を開始し、あるいは深化させる動機を、それは説明できないので
ある。
贈与の共同体が、その当事者である集団の権力構造や多元性とは無関係に
形成されうることも認めなければならない。たとえば、他国との共同体のあ
り方をめぐっては、エリート・民衆間の対立が顕在化しうる。このような現
象を、贈与論は汲み取ることができない。というよりも、独裁制を敷く諸国
によってさえ贈与は可能である。中世期の東アジアでみられた朝貢関係もま
た、贈与共同体として位置づけることができよう。贈与の営為がもつ普遍性
が、分析の道具としての汎用性を制約しているのである。
しかしながら、それでもモースの議論は、EU の組織を解明するうえで無
二の視座を提供している。共同体を存続させるために、その成員である国家
が身を削るべきである。このような規範を示唆する視座は、他にはない。国
際政治学は、対立か協力かという択一的な論点に偏りがちであった。そのよ
うな論点は、協力を通じて得をしあう、いわゆるウィン・ウィンの関係とし
て定式化されることがある。しかしながら、そのような関係を続けるには、
裏面にある譲りあうべき関係が不可避的に要請される。国際政治学が軽視す
るこの裏面に、贈与論は光を当ててくれる。
モースの議論は、広く国家間組織の活動や、あるいは地球大のガバナンス
を展望するうえでも有用である。感覚的にわれわれは、損得計算だけでは他
者との関係が安定しないことを知っている。その不足感を埋める作業は、国
際政治学にさらなる奥行きをもたせてくれるだろう。
※本稿は、グローバル・ガバナンス学会第 2 回研究大会(2013 年 4 月 6 日、
立命館大学)における報告を基礎としている。関係諸氏に深く感謝申し上げる。
90
《注》
(1)たとえば、以下の文献を参照されたい。Andrew Moravcsik, The Choice for Europe:
Social Purpose and State Power from Messina to Maastricht, Cornell University
Press, 1998; Ian Manners, “Normative Power Europe: A Contradiction in Terms?”
Journal of Common Market Studies, vol.40, no.2, 2002; 中村健吾『欧州統合と近代国
家の変容:EU の多次元的ネットワーク・ガバナンス』昭和堂、2005 年;アンツェ・
ヴィーナー、トマス・ディーズ編(東野篤子訳)
『ヨーロッパ統合の理論』勁草書房、
2010 年。
(2)Marcel Mauss, The Gift: The form and reason for exchange in archaic societies,
Routledge, 2002.邦訳に、マルセル・モース(有地亨・伊藤昌司・山口俊夫共訳)
「贈
与論―太古の社会における交換の諸型態と契機」
『社会学と人類学Ⅰ』弘文堂、1973
年;マルセル・モース(吉田禎吾・江川純一訳)
『贈与論』筑摩書房、2009 年等がある。
(3)モースは、
「社会やその従属集団や成員が、どれだけ互いの関係を安定させ、与え、受
取り、返礼できたかに応じて」社会は発展する、と述べている。Mauss, op. cit., p.105
(有地他訳、396 頁)
。贈与論におけるポトラッチの位置づけについては、ジョルジ
ュ・バタイユ(生田耕作訳)
『呪われた部分』二見書房、1973 年、90-94 頁;モーリ
ス・ゴドリエ(山内昶訳)
『贈与の謎』新装版、法政大学出版局、2014 年、83-114 頁
参照。
(4)Mauss, op. cit., pp.91-97(有地他訳、378-386 頁)
。このような知覚が何に由来するか
については議論がある。モースは、これを霊的なものに求めた。それに対して、レヴ
ィ=ストロースは、当事者の関係を対立的に捉えること自体に疑義を呈した。クロー
ド・レヴィ=ストロース「マルセル・モース論文集への序文」モース(有地他訳、2933 頁)
。
(5)贈与と似た概念に交換や互酬(もしくは互恵)があるが、これらは同一のものではな
い。交換においては、給付する側が、給付の対価を正当に求めることができる。互酬
では、授受される中身を均衡させることに重きをおく。贈与には、これらの性格がみ
られない。
(6)小坂井敏晶『社会心理学講義』筑摩書房、2013 年、368-369 頁。
(7)Mauss, op. cit., p.86(有地他訳、373-374 頁、吉田・江川訳、264 頁)
。この点につい
て、佐久間寛「交換、所有、生産―『贈与論』と同時代の経済思想」モース研究会
『マルセル・モースの世界』平凡社、2011 年、205-208 頁参照。
(8)Ibid., pp.105-106(有地他訳、396 頁).
(9)Ibid.
(10)クロード・レヴィ=ストロース(福井和美訳)
『親族の基本構造』青弓社、2000 年、
贈与の共同体としての EU 91
140 頁。
(11)このような貸しの重要性に論及するものに、高坂正堯「政治に“教科書”はない」『司
馬遼太郎対話選集 7 人間について』文藝春秋、2006 年、88-94 頁がある。
(12)European Commission, EU Budget 2012: Financial Report, European Union, 2013,
Annex 2c; European Commission, EU Budget 2011: Financial Report, Publications
Office of the European Union, 2012, Annex 2c.
(13)外務省ホームページ「日本と国連」に掲載されたデータに基づいて計算した(http://www.
mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jp_un/index.html.) 2014 年 2 月 1 日閲覧。
(14)European Commission, EU Budget 2012, op. cit.
(15)Johannes Lindner, Conflict and Change in EU Budgetary Politics, Routledge, 2006,
chap.6.
(16)理事会メンバーである各国の政府関係者間では、日々の接触を通じて信頼関係が成り立
ちやすいという。そのような関係が、総意を促す面もある。山本直「EU 多数決制の起
源と成立」
『国際論集』
(北九州市立大学)第 12 号、2014 年、38-39 頁。多数決制の概
要については、鷲江義勝「理事会」辰巳浅嗣編著『EU 欧州統合の現在』第 3 版、創元
社、2012 年、62-67 頁参照。
(17)Fiona Hayes=Renshaw and Helen Wallace, The Council of Ministers, Second edition,
Palgrave, 2006, p.284.
(18)Karl W.Deutsch et al., Political Community and the North Atlantic Area: International
Organization in the Light of Historical Experience, Princeton UP, 1957, pp.55-56.
(19)サン-ピエールは、
「力の比較的弱い君主・首脳たちに、より多くの票を渡す」ことによ
って、諸国家の連合が保持されると論じた。本田裕志訳『永久平和論』1、京都大学出版
会、2013 年、255 頁。
(20)E.g., Andrej Tusicisny, “Security Communities and Their Values: Taking Masses Seriously,”
International Political Science Review, vol.28, no.4, pp.425–449.
(21)Michael Taylor, Community, Anarchy and Liberty, Cambridge University Press, 1982,
pp.28-29.
(22)このような要請を示唆するものとして、山影進「ASEAN に見るいびつな鏡に映したヨ
ーロッパ統合」山本吉宣・羽場久美子・押村高編著『国際政治から考える東アジア共
同体』ミネルヴァ書房、2012 年、118 頁参照。
(23)森嶋通夫『日本にできることは何か』岩波書店、2001 年。
(24)代表的な論者に、
『西太平洋の遠洋航海者』を著したブロニスロウ・マリノフスキがいる。
(25)石田淳「国際関係論はいかなる意味においてアメリカの社会科学か」
『国際政治』160 号、
2010 年。
92
(26)藤本茂「国際システムにおける「制度」の役割に関する経済学的分析-クラブ理論による
解明-」
『国際政治』第 132 号、2003 年、125-126 頁参照。
(27)ただし、合理性をいかに把握するかについては、国際政治学でも見解が分かれている。た
とえば、ロバート・コヘインは、合理性の概念を意図して限定的に捉えている。ポール・
ピアソンは、この概念の学術的な有用性に否定的であり、
「アクター中心の機能主義」等
の表現を代用している。ロバート・コヘイン(石黒馨・小林誠訳)
『覇権後の国際政治経
済学』晃洋書房、1998 年、第 7 章;ポール・ピアソン(粕谷祐子監訳)
『ポリティクス・
イン・タイム』勁草書房、2010 年、第 4 章。
(28)E.H.Carr, The Twenty Years’ Crisis 1919-1939: An Introduction to the Study of International
Relations, Palgrave, 2001, p.152(原彬久訳『危機の二十年-理想と現実-』岩波書店、
322-323 頁)
。
(29)ジョナサン・ハスラム(角田史幸・川口良・中島理暁訳)
『誠実という悪徳-E・H・
カー1892-1982』現代思潮新社、2007 年、205-206 頁参照。彼の宥和支持の思想的背
景については、マイケル・J・スミス(押村嵩他訳)
『現実主義の国際政治思想』垣内
出版、1997 年、第 4 章に詳しい。
(30)Ernst B.Haas,The Uniting of Europe : political, social and economical forces 1950-
1957, Stevens & Sons, 1958, Chap.2.
(31)Deutsch et al., op. cit..; Karl W. Deutsch et al., “Communication Theory and Political
Integration,” in Philip E. Jacob and James V. Toscano, eds., The Integration of
Political Communities, J.B.Lippincott Company, 1964.
(32)Haas,op. cit.., p.16.
(33)Deutsch et al., “Communication Theory and …,” op. cit.., pp.69-70. See also, Deutsch
et al., Political Community… , op. cit..,pp.39-40.
(34)Joseph S.Nye, Jr., Peace in Parts: Integration and Conflicts in Regional Organization,
University Press of America, 1987, pp.83-84.
(35)山本、前掲論文、44-46 頁。
(36)金丸輝男「EEC の政策決定過程における多数決方式と「一括処理」方式」
『国際政治』
77 号、1984 年、48-50 頁。
(37)「イオニアの妥協」は、
「ルクセンブルクの妥協」とは異なり、理事会の公式決定であ
る。その文面には、
「
(EEC 設立)条約および 2 次立法に定める適切な期間内に、義務
的な期限を守りつつ(…)不満の残らない解決を見いだす」と記されている。
O.J.No.C105, 13 April 1994.
(38)Cited in Agence Europe, 11 May 2007.
(39)欧州安定メカニズム設立条約 4 条および付属文書 I 参照。
贈与の共同体としての EU 93
(40)経緯については、山本直『EU 人権政策』成文堂、2011 年、第 1 章参照。
(41)川口マーン惠美『住んでみたドイツ 8 勝 2 敗で日本の勝ち』講談社、2013 年、182 頁。
(42)United Kingdom Independent Party, Create an earthquake, UKIP Manifesto 2014.
http://www.ukip.org/より。2014 年 7 月 1 日閲覧。
(43)テンニエス(杉之原寿一訳)
『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト 純粋社会学の基本理
念』
(上)岩波書店、1957 年、48 頁。
(44)Moravcsik, op. cit..; ジョージ・ツェベリス(眞柄秀子・井戸正伸訳)
『拒否権プレイヤー
政治制度はいかに作動するか』早稲田大学出版部、2009 年;Frans Stokman and
Robert Thomson, “Winners and Losers in the European Union,” European Union
Politics, vol.5, no.1, 2004, pp.5-23.
《参考文献》
・小坂井敏晶(2013)
『社会心理学講義』筑摩書房.
・山本直(2011)
『EU 人権政策』成文堂.
・山本直(2014)
「EU 多数決制の起源と成立」
『国際論集』
(北九州市立大学)12 号.
・レヴィ=ストロース、クロード(1973)
「マルセル・モース論文集への序文」
(マルセル・
モース、有地亨・伊藤昌司・山口俊夫共訳『社会学と人類学Ⅰ』弘文堂)
.
・Carr, Edward H. (2001) The Twenty Years’ Crisis 1919-1939: An Introduction to
the Study of International Relations, Palgrave, 2001(原彬久訳 2011『危機の二十年
-理想と現実-』岩波書店).
・Deutsch, Karl W., et al. (1957) Political Community and the North Atlantic Area:
International Organization in the Light of Historical Experience, Princeton University
Press.
・Deutsch, Karl W., et al. (1964) “Communication Theory and Political Integration,” in
Philip E. Jacob and James V. Toscano, eds., The Integration of Political Communities,
J.B.Lippincott Company.
・European Commission (2012) EU Budget 2011: Financial Report, Publications
Office of the European Union.
・European Commission (2013) EU Budget 2012: Financial Report, Publications
Office of the European Union.
・Haas, Ernst B. (1958), The Uniting of Europe : political, social and economical forces
1950-1957, Stevens & Sons.
・ Hayes=Renshaw, Fiona, and Helen Wallace (2006) The Council of Ministers,
94
Second edition, Palgrave.
・Lindner, Johannes (2006) Conflict and Change in EU Budgetary Politics, Routledge.
・Mauss, Marcel (2002) The Gift: The form and reason for exchange in archaic societies,
Routledge(マルセル・モース、有地亨・伊藤昌司・山口俊夫共訳「贈与論――太古の社
会における交換の諸型態と契機」
『社会学と人類学Ⅰ』前掲;同、吉田禎吾・江川純一訳
2009『贈与論』筑摩書房)
.
・Taylor, Michael (1982) Community, Anarchy and Liberty, Cambridge University Press.
・Tusicisny, Andrej (2007) “Security Communities and Their Values: Taking Masses
Seriously,” International Political Science Review, vol.28, no.4.
(山本 直 北九州市立大学国際関係学科准教授)