産業医との付き合い方(1)

特集Ⅱ
全国労働衛生週間特別企画
産業医との正しい付き合い方
― 失敗しない関係づくりとは ―
〈執筆〉
㈱プラネット 代表取締役
根岸 勢津子
その1
話しやすい人を選ぼう
産業医が職場の健康管理の要なのは間違いないが、うまく機能していない事業
場があるという。ひどい場合は「顔も見たことがない」という担当者もいるとか。
今回から3回にわたって、産業保健に関わるコンサルティングを行う根岸勢津子
さんに、産業医と正しく付き合うための効果的な方法を示してもらう。「どのよ
うな産業医が理想なのか」「適正な契約」「産業医の見つけ方」など、失敗しな
い産業医との関係づくりを解説する。
顔さえみたことがない担当者も
(編集部)
に指導・助言する立場の医師、という位置
づけであったものが、96 年、労働者の過労
産業界において、従業員の心身の健康管
による脳疾患・心疾患、またメンタル不調
理は基本であるが、その活動の中心となる
などの増加を受けて、正式に資格制度とし
のが産業医である。
てスタートしたものである。
産業医の歴史は古く、1972 年に労働安
筆者の周囲では、法律だから仕方なく契
全衛生法が制定されたのと同時に、「産業
約しているが、何をする医師なのか分から
医」という呼称も誕生した。その頃は、資
ない、従って、何を依頼したらよいのか分
格制度などはなく、企業の安全衛生管理者
からない、ひどいところになると、ここ数
14 《安全スタッフ》2013・9・1
特集Ⅱ 産業医との正しい付き合い方 表
産業医
開業医・勤務医(臨床医)
働く場所
企業
病院・クリニック
診療する相手
健康な人
病人
業務内容
拠り所とする法律は?
何を見ている?
社員からの相談業務や、企
業へのアドバイス
労働安全衛生法・労働契約
法など
企業の業務内容に応じた就
労判定
誰の立場に立っている?
企業7:従業員3の割合で
誰に雇われているか?
企業に雇われる
会社への勧告権
あり
病人を治療すること
医師法・医療法など
病人の病状、治療状況
患者本人
病院に雇われている(もしく
は自営)
なし
年顔も見たことがないという人事・労務担
7. 衛生教育に関すること
当者さえいる。
8. 健康障害の原因の調査および防止のた
皆さんの会社の産業医は、毎月訪問し
てくれているだろうか。健康診断の結果を
チェックしてくれているだろうか。
また、産業医は契約していないが、近く
の知り合いの開業医に従業員の健康管理を
依頼しているから大丈夫、という経営者に
出会う。
めの措置に関すること
9. 安全衛生管理者および衛生管理者に対
する指導・助言
10. 事業主(企業)への勧告
就労判定が大きな仕事
ここで、臨床医と、産業医の違いを表し
何かあれば、社員を診察してくれるとい
てみたのでご覧いただきたい(表)。ご覧
う。果たして、それで本当に大丈夫であろ
のとおり、拠って立つ法律も違えば、雇用
うか。
主も違う。診る相手も、臨床医の場合は「患
現在、労働安全衛生法や施行規則に記さ
者」という、すでに傷病を抱える人たちで
れた産業医の仕事の主なものは、次のとお
あるが、産業医の場合は、毎日会社に来て
りである。
いる労働者である。
1. 健康診断の事後措置としての面接指導
そして、よく聞かれるのであるが、産
2. 過重労働者の面接指導
業医は誰の味方か、という問題。味方とい
3. その他必要と思われる人の面接指導
う言い方が適当かどうか分からないが、主
4. 作業環境の維持に関すること
治医となる臨床医は明らかに患者の立場に
5. 毎月の作業場(職場)などの巡視
立っている。
6. 健康教育および健康相談
しかし産業医は、企業に雇われているの
《安全スタッフ》2013・9・1 15
いつでも企業や従業員の相談に乗ってくれそうな人なら申し分ない
であるから、企業のために働かなくてはな
る。
らない。業務のなかで労働者と面談するこ
ましてや有名病院の院長クラスであれ
とはあるが、治療は行わないのが基本であ
ば、やはり病院の仕事で手いっぱいのはず
るし、その目的は就労判定である。この労
で、両者とも名義貸しの理由となる。しか
働者が、この健康状態で、この職場で労働
し、割とこの手の産業医は良く耳にするの
して安全かどうか、ひたすらこれを見極め
で、不思議である。
るために存在するのである。健康診断の事
内科の知識が欠かせない
後措置面談をするときも、メンタル不調か
ら復帰する社員を診るときも、就労判定が
では、どのような産業医を選べばよいの
産業医の大きな仕事であることは間違いな
か。それは、法律に書いてあることをすべ
い。
て行うという前提で、かつ次の条件を満た
表のとおり、臨床医と産業医にはこれほ
ど大きな違いがあるのだから、なかなか二
足のわらじをはくのは大変であろう。そも
そも開業医であれば、クリニックの経営で
多忙なため、毎月の企業訪問がネックとな
16 《安全スタッフ》2013・9・1
している人にお願いするとよいのではなか
ろうか。
①産業保健というジャンルが好きで、よ
く勉強している人
②ある程度、企業・組織に関して知識の
特集Ⅱ 産業医との正しい付き合い方 ある人
③対人コミュニケーション能力の高い人
①は、臨床とは大きく分野が異なるため、
好きでないと務まらないからである。メス
感じる人は少なくない。
フレンドリーで、いつでも企業や従業員
の相談に乗ってくれそうな人であれば申し
分ない。
を持って困難な手術を行ったり、苦しむ患
次に、何科の医師が産業医に向いている
者を病気から救ったり、という華々しい臨
のか。これは、最近のメンタル不調増加を
床の世界とは違い、産業医の仕事は、ある
受けて、精神科を探す企業が増えているよ
意味、地味である。企業の労務部門ととも
うだが、基本は内科をお勧めしたい。
に、健康管理方針を考えたり、従業員の就
というのも、産業医の業務の中核をなす
労判定を行う、というようにデスクワーク
ものが健康診断結果のチェックだからであ
が中心となる。
る。
それとともに大切なのが、②の企業の人
血圧や血糖値をにらみながら就労判定や
事をある程度知っている、というポイント
就業制限をかけていくにあたっては、やは
である。これは、従業員に体調不良やメン
り内科の知識が欠かせない。内科でありな
タル不調を原因とした異動や、処遇の変更
がら精神科の知識を持つ医師は増えてきて
が命じられる場合、それによる、本人、職
いるが、その逆は、あまり見受けられない
場、そして家族などへのさまざまな影響を
というのが実感である。
想像できないようでは、産業医として失格
また、メンタル不調者の扱いは、精神科
だからである。人事制度の隅から隅まで理
でなくてはダメなのだろうか。産業医は、
解している必要はないが、顧問先企業の制
主治医との橋渡し役と就労判定ができれ
度に関して、最低限の知識は持っていて欲
ば、精神科の専門的な知識を求められるも
しい。
のではない。
そして③は、いうまでもないことである
ここまで、産業医のアウトラインについ
が、人事部門や従業員が話しやすい人柄で
て見てきたが、次回は、産業医が動きやす
あってほしい。
くするための、企業側の準備について解説
それでなくても医師というだけで遠慮を
したいと思う。
〈著者略歴〉
1962 年千葉県生まれ。企業や団体の中で『人の役に立つためには』を常に考え外資系
海運会社、IT 企業などで秘書の経験を積む。その後、大手損保代理店に転職したが、法人・
団体を守るためには保険販売のみならずリスクマネジメントの考え方が必要と感じ、ア
ドバイザーの経験を積む。近年、産業界にヒューマンエラーによる不祥事が続発したこ
とを受け、企業に対するメンタルヘルスケアの体制構築に関するアドバイスに注力して
事業を進め、2006 年に法人化。EAPやメンタルヘルス対策に取り組む企業からのさま
ざまな相談に応じ、コンサルティングを行う。主な著書に「企業のうつ病対策ハンドブッ
ク」(信山社)、「職場のメンタルヘルス 5 つのルール」(同文館)、その他コラム寄
稿など多数。
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