17.子の住宅取得資金は援助すべき? 相続税対策が必要な人以外は

17.子の住宅取得資金は援助すべき?
相続税対策が必要な人以外は、子に資金援助の必要ありません
老後資金を確保したら、自分のために使いましょう
子どもの結婚、マイホームの購入、孫の教育費に至るまで、親世代が資金援助を行うケ
ースも多いようです。シニア世代は、現役世代に比べて資産が豊富。総務省が実施した全
国消費実態調査(2009 年)によると、5,000 万円以上の資産を持つ高齢者世帯は 34%にも
上り、10 人に 1 人は 1 億円以上を保有しています。そもそも 1,500 兆円とされる個人金融
資産の 3 分の 2 は 60 歳以上が保有しており、現役世代は、この資金を当てにして生活して
いるという面も否定できません。しかも、日経新聞のモニター調査によると、遺産を継ぐ
立場の約7割が相続財産に期待を寄せているという結果です。相続財産はあればありがた
いと考えるだけではなく、ないと苦しい、将来の資金プランに組み込んでいると考えてい
る人も少なくないようです。
でも、冷静に考えてみると、そもそも成人した子に資金援助が必要なのでしょうか。こ
れまで十分すぎる教育費を費やして、自立した生活ができるための力を付けさせてきたの
です。社会人になったら、自分に掛かる費用ぐらい、自分で何とかするのが筋ではないか
と思います。もちろん、経済状況や社会制度の問題もあり、現役世代の生活が決して楽で
はないかもしれません。ただ、親世代だって、これから短くない老後に備えるための資金
は確保しておかなければなりません。老後資金に不安を持っていると答える人がこれだけ
多い中、子や孫のために大盤振る舞いをしてしまっていいのかと心配になります。
国としても、高齢者が保有する資産をなんとか利用し、景気を活性化させたいという意
図があるようです。相続時精算課税制度や住宅取得等資金の贈与税の非課税制度などは、
親、あるいは祖父母から、現役世代への資産移転をしやすくする制度です。相続まで待た
ずに、早期に資産を現役世代に移転すれば、その資金は消費に回ります。特に、住宅取得
については、不動産業界や住宅メーカーだけではなく、家具、家電などの関連産業への波
及効果があり、経済効果が大きいといえます。
相続時精算課税制度は、父、母それぞれから 2,500 万円までの生前贈与について、贈与
税が非課税になる制度です。最初の贈与から相続開始までは何回でも贈与でき、合計で
2,500 万円に達するまでは贈与税が非課税、それを超えたら一律 20%で課税されることに
なります。ただし、「相続時精算課税制度」というネーミングの通り、贈与で終わりでは
なく、相続の時には贈与財産を贈与時の価額で相続財産に持ち戻して、相続税を計算しま
す。もし贈与の時に払っている贈与税があるのなら、相続時に精算してくれますから、相
続財産の前払い的な意味があります。なお、相続時精算課税制度は、住宅取得等資金以外
の場合は、65 歳以上の親から 20 歳以上の子供への贈与であることが要件となっていますが、
住宅取得等資金の場合は特例で、親の年齢制限はなしということになっています。
図表 17-1 暦年課税と相続時精算課税制度
暦年課税
相続時精算課税制度
65 歳以上の親
贈与者
条件なし
※ただし、住宅取得等資金の贈与に
ついては、年齢要件はない
受贈者
条件なし
20 歳以上の子である推定相続人
控除額
基礎控除額:年間 110 万円
特別控除額:累計 2,500 万円
税率
10%~50%の累進課税
特別控除額を超える場合、一律 20%
で課税
相続開始前 3 年以内の贈与財産は相
相続時の扱い
続財産に加算する(生前贈与加算) すべての財産を相続財産に加算
が、それ以外は加算しない
贈与税が非課税でも、相続税が課税されるのなら意味がないのではないかと考える方も
いるかもしれませんが、一般には、相続税より贈与税の方が税率は高くなっています。基
礎控除も、贈与税よりも相続税の方がかなり大きくなっているので、実際に相続税が課税
されるケースは全体の 4.1%ぐらいにしかすぎません。どうせ相続税が課税されないのなら、
相続までまたないで早めに財産を受け取りたいと思う人も多いわけですね。
相続時精算課税制度については、相続時に精算する必要がありますが、直系尊属からの住
宅取得等資金の贈与税の非課税制度では、相続時の精算なしに非課税枠が利用できます。
この制度は平成 23 年までの予定でしたが、平成 24 年度税制改正で制度が拡充、延長され、
省エネ、耐震性を備えた住宅であれば、非課税枠 1,500 万円が利用できますし、相続時精
算課税制度との併用も可能ですから、贈与税の負担なしに、親からの資金援助だけでマイ
ホームが取得できてしまいます。
図表 17-2 住宅取得等資金の贈与税の非課税制度
一般枠
特別枠
(省エネ・耐震住宅)
平成 24 年
平成 25 年
平成 26 年
1,000 万円
700 万円
500 万円
1,500 万円
1,200 万円
1,000 万円
※東日本大震災の被災者は、平成 26 年 12 月 31 日まで一般枠 1,000 万円、特別枠 1,500 万円
<相続時精算課税制度や暦年課税の非課税枠と併用する場合の非課税枠>
相続時精算課税制度の
暦年課税の基礎控除額と併用
特別控除額と併用(平成 24 年)
4,000 万円
500 万円
1,000 万円
特別控除額
2,500 万円
1,610 万円
特別枠
500 万円
一般枠
1,000 万円
基礎控除額
110 万円
子にとっては、生前贈与がありがたいのはもちろんでしょうが、親にとっても相続税対
策として利用できるというメリットがあります。資産家で相続税が課税される人が相続時
精算課税制度を利用しても、実質的な節税にはなりにくいですが、ただ将来値上がりが予
想される財産を早めに贈与しておくのならばメリットはあります。住宅取得等資金の贈与
税の非課税については、相続時の持ち戻しがないので、ストレートに相続財産を減らすこ
とができ、節税効果は高いといえます。ただし、そもそも相続税が課税されるのは、会社
のオーナーや医者、弁護士、地価が高い場所に複数の不動産を持っている人など、一部の
ケースに限られています。自分が相続全体の 4.1%に当たるほどの資産家かどうかを考えて
みれば、相続税対策など必要がないケースがほとんどでしょう。税制の優遇措置があるか
らといって、必ずしも利用した方が得だとはいえません。少なくても、自分の老後資金の
心配をしているような人が、子のために贈与をする必要はないのではないでしょうか。
まずは、一定額を老後資金として確保し、後は自分が楽しく生きるために、健康で元気な
生活を送るために使えばいいのです。それでも余裕があるのなら、子や孫への贈与もよい
でしょう。子が複数いる場合は、将来「争族」が起きないために、できるだけ公平に贈与
することが必要です。子のためを思って贈与したのに、それが原因で将来子ども同士がい
がみ合うことになったのでは、何にもなりません。
実は、相続税については、改正により平成 27 年からかなりの増税になる見込みです。改
正のポイントは 3 つ。①基礎控除の縮小、②最高税率の引き上げ、③死亡保険金の非課税
対象の縮小です。相続税の基礎控除は「5,000 万円+1,000 万円×法定相続人の数」となっ
ていますが、改正後は「3,000 万円+600 万円×法定相続人の数」になるので、今まで相続
税の課税対象にならなかった人も、対象になる可能性があります。最高税率の引き上げに
ついては、
取得金額が 2 億円超の部分で税率が上がります。今は 3 億円超の部分は一律 50%
となっていますが、税率の刻みが細かくなって 6 億円超の部分では 55%になります。③死
亡保険金については、今までは相続人が受け取る場合には、「500 万円×法定相続人の数」
の非課税枠がありましたが、改正後はこの法定相続人の数としてカウントできるのが、相
続開始直前に被相続人と生計を一にしていた人に限られるようになります。死亡保険金の
活用は、相続税対策としてよく利用されるものなので、影響が出てくるかもしれません。
図表 17-3 相続税の税率
<平成 26 までの相続税の早算表>
法定相続分に基づく取得金額
税率
控除額
1,000 万円以下
10%
1,000 万円超~3,000 万円以下
15%
50 万円
3,000 万円超~5,000 万円以下
20%
200 万円
1億円超~2億円以下
40%
1,700 万円
2億円超~3億円以下
45%
2,700 万円
3億円超~6億円以下
50%
4,200 万円
6億円超
55%
7,200 万円
5,000 万円超~1億円以下
30%
700 万円
1億円超~3億円以下
40%
1,700 万円
3億円超
50%
4,700 万円
平成 27 年 1 月からは、網かけ部分が、
次ように変更予定
また、すでに 2010 年にもかなり大きな改正がありました。小規模宅地等の適用要件が厳
しくなったのです。地価の高いところに自宅がある場合、この特例が適用できるかどうか
で、課税されかどうか、課税される場合にも税額に大きな影響が出てきます。小規模宅地
等の特例で 80%の減額を受けるには、配偶者が相続するのなら無条件ですが、子が相続す
る場合は、被相続人と同居していたか、持ち家のない子が相続開始後に居住する必要があ
りました。この要件をみたさない場合でも、改正前は、子が相続する場合なら 50%の減額
は認められていましたが、改正後では、50%の減額は認められなくなりました。それに改
正前は、敷地の一部でも居住用に使っていれば敷地全部について 80%の減額が受けられま
したが、改正後は自分が居住している部分に対応する敷地部分しか適用になりません。二
世帯住宅の場合、構造上独立していれば、配偶者と子は別々に判定されるので、子の居住
部分に対応する敷地については減額が受けられなくなります。また、自宅と賃貸の併用住
宅では、自宅に対応する部分の敷地しか 80%の減額割合が適用できなくなりました。財務
省は、相続税が課税される人の割合が 4.1%から、2015 年には 6%まで上昇するとみていま
す。
地価の高い東京 23 区に限っていえば、20%台になるのではないかともいわれています。
4 人に1人は、相続税の課税対象になると考えれば、人ごとではありませんね。今ボーダー
ぐらいの人は、真面目に対策を考えなければならなくなります。
これらを考えると、安易に相続時精算課税制度は使えなくなります。相続時精算課税制
度は、将来相続税が課税されない場合は、相続まで待たずに非課税で財産を引き継いで使
えるということでメリットが大きいのですが、かなりの資産家で高額な相続税がかかりそ
うだという場合は、むしろトータルで税負担が増える可能性もあります。贈与税の基礎控
除は 110 万円とはいっても、1 年に 110 万円なので、長期計画で少しずつ贈与していった
方が最終的に納める税額はす少なくてすむケースもあるからです。相続時精算課税制度は、
一度選択すると途中で変更できません。国は財政難なので、なんとか税収を増やしたいと
考えています。所得税や消費税を上げることには、強い抵抗があります。その点、相続税
はよほどの資産家でなければ課税対象にならないので、増税に強硬に反対する人は多くは
ありません。取りやすいところから取るという意味では、比較的増税しやすい部分なので、
今後さらなる増税もあるかもしれません。相続は、10 年、20 年先の話かもしれません。将
来の税制がはっきりしないのに、相続時精算課税制度を選択してしまうのは、恐ろしいこ
とだと思います。現時点で相続税が課税されるかどうかボーダーぐらいの人は、慎重に考
えた方がいいと思います。
事業承継を伴う場合は、資産を引き継ぐことが必要になるので綿密な節税対策が必要で
しょうが、そうでないのなら、基本的には使えば済む話です。高額な相続税の心配をしな
ければならないほどの資産があるのなら、復興支援に役立てたり、ボランティア団体に寄
付したりすることもできます。子にはほどほどに、後はもっと自分のため、自分が正しい
と思うことのために資産を使ってもいいのではないでしょうか。