40.奈良県における小児呼吸器感染症の流行疫学調査と 遺伝子解析

40.奈良県における小児呼吸器感染症の流行疫学調査と
遺伝子解析
○大浦千明(奈良県保健研究センター)
[はじめに]
感染症発生動向調査を実施する上で,呼吸器系疾患の調査は,患者数の多さ等の面から重要疾
患と位置づけられる.一般的なインフルエンザを除く原因ウイルスとして RS ウイルス(RSV),
ヒトメタニューモウイルス(hMPV)があげられるが,これらの病原体サーベイランスは本県を
含め多くの地方衛生研究所では不十分で,我が国での実態把握は不透明なところが多いのが現状
である.
RSV と hMPV は,ともにパラミクソウイルス科に属する一本鎖 RNA ウイルスで遺伝子学的に近
縁のウイルスである 1).臨床症状には異なる点がいくつかあり,RSV は一般的に細気管支炎や肺
炎など重症化しやすい傾向があり,hMPV では発熱の持続を伴うものの比較的軽いと言われてい
る.これらのウイルス感染症は,乳幼児や高齢者あるいは免疫低下状態では,時として重症化し
やすく,まれに脳症なども併発することから決して軽視できない疾患である.近年では両者とも
に簡易迅速キットの開発により,臨床現場での診断が容易になったことからも,臨床的に注目さ
れるウイルスとなっている.
本研究では,2010 年から 2012 年の 3 年間に,奈良県感染症発生動向調査で集められた患者咽
頭ぬぐい液検体を用いて,本県における RSV および hMPV の流行状況を調査するとともに,遺伝
子学的変遷を明らかにしたので報告する.
[材料および方法]
1
調査対象
奈良県感染症発生動向調査事業の病原体定点医療機関から,2010 年 1 月から 2012 年 12 月の間
に提供された呼吸器系疾患と診断された患者咽頭ぬぐい液のうち,インフルエンザウイルスを検
出した検体を除く 354 検体を調査材料とした.シーズンは 1 月から 12 月で区切ることとし,2010
年は 103 例,2011 年は 89 例,2012 年は 162 例について検索した.
2
ウイルス同定および遺伝子解析
咽頭ぬぐい液 140µl から QIAamp Viral RNA Mini kit(Qiagen 社)を用い添付のプロトコールに
従って RNA を抽出した.プライマーは,RSV については Parveen2)らの報告に従い ABG490 および
F164 を用いた.さらに,A 型については AG655 および F164,B 型については BG517 および F164
を用いて Semi-nested PCR を実施した.
hMPV については Peret3)ら,Takao4)らの報告に従い hMPV-1f
および hMPV-1r を,nested PCR は hMPV-2f および hMPV-2r を用いた.
どちらのウイルスについても,RT-PCR は PrimeScript One Step RT-PCR Kit Ver.2(タカラバイ
オ株式会社)を用い,nested PCR は PerfectShot Ex Taq(タカラバイオ株式会社)を使用した.
- 196 -
その後,アガロースゲル電気泳動を行い増幅産物のバンドの有無で判定を行った.
遺伝子配列判読は BigDye Terminator Ver1.1 Sequencing Kit(Applied Biosystems)を用い添付の
プロトコールに従い PCR を実施した後,ABI PRISM 310 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)で
解析した.判読した塩基配列は DNA Data Bank of Japan(DDBJ)にアクセスし相同性解析を行う
と共に,一部については MEGA5.2 ソフトウェアを用い近隣結合法(NJ 法)により分子系統樹を
作成し遺伝子型を決定した.
[結果]
1
疫学
1)年別および月別検出状況と患者年齢
RSV の検出頻度は,年別では 2010 年 2.9%(3/103),2011 年は 15.7%(14/89),2012 年は 11.1%
(18/162)で,3年間の平均は 9.9%(35/354)であった.月別では8月が最も多く 31.4%(11/35),
次いで 12 月が 28.6%(10/35),9月が 20.0%(7/35)と続いた.患者年齢は多い順に1歳 28.6%
(10/35),2歳 25.7%(9/35),3歳 17.1%(6/35),0歳 14.3%(5/35)であった.
一方,hMPV の検出頻度は,年別では 2010 年 3.9%(4/103),2011 年は 4.5%(4/89),2012
年は 1.9%(3/162)で,3年間の平均は 3.1%(11/354)であった.月別では4月が最も多く 36.4%
(4/11),次いで3月と6月がいずれも 18.2%(2/11)と続いた.患者年齢は1,2,3歳がい
ずれも 27.3%(3/11),4歳と9歳が1例ずつであった.0歳からは検出しなかった.
2)臨床症状
RSV の臨床症状は,咳や鼻汁などの上気道炎が 65.7%(23/35),気管支炎は 68.6%(24/35)
で,細気管支炎と診断された患者は 8.6%(3/35)であった.また,興味ある所見として,嘔吐
と下痢を呈した患者が各々25.7%(9/35)および 14.3%(5/35)みられた.
hMPV の臨床症状は,咳や鼻汁などの上気道炎が 72.7%(8/11),気管支炎は 54.5%(6/11)で,
細気管支炎と診断された患者はいなかった.また,嘔吐と下痢を呈した患者が各々9.1%(1/11)
および 36.4 %(4/11)みられた.
2
サブグループ分類と遺伝子型解析
RSV の A 型および B 型のサブグループ分類は,2010 年では各々1株(33.3%)と2株(66.7%),
2011 年では 12 株(85.7%)と2株(14.3%),2012 年は 10 株(55.6%)と8株(44.4%)であっ
た.B 型は全て BA 型に分類された.系統樹作成により判明した A 型の遺伝子型は,すべて NA1
型であった.
hMPV のサブグループ分類,系統樹作成により判明した遺伝子型は,2010 年では A2 型3株,
B2 型1株,2011 年では B2 型4株,2012 年では B1 型2株,B2 型1株であった.
ウイルス別に,一部の株について,分子系統樹で示した(図1,図2).
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ON1
NA1
NA2
GA2
GA4
GA7
GA5
SAA1
群外(B型)
図1.RSV A 型の G 蛋白の第二可変領域に基づく分子系統樹(258bp)
(本県で検出した株を●で示した)
68
A1
NL/00/1
CAN99-81
F14988(DQ452997)A2a
I-MI/04-07(EU698020)A2b
HQ529367
KF192743
A2
BJET-146/09(HQ262563)A2c
NARA/189/2010/JP
92
NARA/134/2010/JP
99
HR06-258(EU262950)B1
B1
NL/1/99
NL/1/94(AY304362)
NARA/207/2011/JP
NARA/106/2011/JP
NARA/231/2011/JP
NARA/313/2010/JP
NARA/021/2011/JP
NARA/458/2011/JP
CAN98-75
81
JP/03/10036
AMPV-C
0.1
図2.hMPV の F 蛋白に基づく分子系統樹(504bp)
(本県で検出した株を●で示した)
- 198 -
B2
[まとめ]
今回の調査により,これまで本県における流行状況が明らかでなかった RSV と hMPV について,
過去3年間に渡りその疫学情報を蓄積し,遺伝子型の変遷を明らかにした.
本県における RSV の検出頻度は,2010 年が 2.9%,2011 年が 15.7%,2012 年が 11.1%であっ
た.2011 年以降の検出率の急激な増加の原因として,2011 年より簡易迅速キットの保険適用範囲
が外来患者に拡大されたことと,これまで定点当たり報告数が少なかった8月中頃からの報告数
の急増が考えられる.一方,hMPV は,調査した3年間で平均 4.6%の検出率であり,RSV ほど多
くはないが毎年一定程度検出した.主な検出時期は3~5月で,この3ヶ月で 72.7%を占めてお
り,hMPV の流行季は春季とする報告 5-7)を支持する結果が得られた.
患者年齢は RSV が0~3歳で 85.7%を占めたのに対し,hMPV は0歳からは検出せず,1~3
歳で 81.8%を占め,9歳からも検出した.RSV が生後まもなく~1歳で多くみられるとする報
告 1)と比較すると,hMPV はやや高い年齢層であると考えられる.
臨床症状は,RSV,hMPV ともに上気道炎,下気道炎といった呼吸器系疾患が主症状であった
が,RSV は主な臨床症状であるといわれる細気管支炎が 8.6%みられたのに対し,hMPV では細気
管支炎はみられず,上気道炎が 72.7%を占めた.また,それらに加えて下痢を呈した患者が RSV
で 14.3%,hMPV で 36.4%みられた.検出時期からみて,RSV はノロウイルス,hMPV はロタウ
イルス等の重複感染の可能性が考えられるが,呼吸器系疾患として搬入されており便検体の提出
はないため確認はできなかった.ただし,糞便検体から hMPV を検出したという報告 8)があるた
め,病原性や臓器親和性を考えるうえで今後の調査報告が待たれる.
サブグループ解析では,RSV については,2010 年は例数が少ないものの B 型が優位,2011 年
は A 型が優位,2012 年は A 型と B 型がほぼ同程度であった.遺伝子型解析からは,A 型は全て
NA1 型,B 型は全て BA 型に分類された.BA 型は 1999 年にブエノスアイレスで分離された型で,
G 蛋白の第二可変領域に 60 塩基(20 アミノ酸)の重複を有している 9).その後急速に世界に拡大
した型であり,本県でも検出した B 型は全てこの BA 型であることを確認した.なお,A 型に関
しては,2011 年に,新たな変異株 ON1 型がカナダのオンタリオ州で報告されている 10).ON1 型
は,G 蛋白の C 末端第二可変領域に 24 アミノ酸が挿入され,そのうち後ろの 23 アミノ酸が挿入
部位直前の 23 アミノ酸と全く同一の反復配列を有する株である.いくつかの国で同様の報告がみ
られる 11-13)が,本県においては,今回調査した期間では検出しなかった.
hMPV については,2010 年は A 型,B 型の両方を確認したが,2011 年以降は B 型のみ検出した.
主流株は A2→B2→B1 と毎年変化していた.集団免疫の効果により主流行株が2~3年ごとに変
化するという報告 14)があるが,本県では一年ごとに変化がみられた.
なお,RSV,hMPV それぞれの,遺伝子型による臨床症状の違いについては,今回の調査結果
では目立った特徴はなかった.
現在の RSV 感染症を取り巻く状況は,流行の早期化に伴う流行期の長期化や新たな変異株の出
現等大きく変化している.hMPV についても,近年様々な遺伝子型が報告されてきており,病原
性についても注目されつつある.今後も積極的な疫学調査,遺伝子学的調査を行いこれらのウイ
ルスの遺伝子型がどのように変化していくのか,また遺伝子型により臨床症状の差異があるのか
について注視するとともに,得られた情報を速やかに発信し流行期を迎える前に注意喚起を促す
- 199 -
ことが必要であると考えている.
[謝辞]
本研究をとりまとめるにあたり,研究助成を頂きました公益財団法人大同生命厚生事業団に心
より感謝申し上げます.
参考文献
1) 菊田英明:臨床とウイルス, 56, 173-182(2006)
2) Parveen S., et al.:J. Clin. Microbiol., 44, 3055-3064 (2006)
3) Teresa C. T. Peret, et al.:J. Infect. Dis., 185, 1660-1663 (2002)
4) Shinichi Takao, et al.:Jpn. J. Infect. Dis., 56, 127-129 (2003)
5) 高尾信一, 他:感染症誌, 78, 129-137(2004)
6) Katsumi Mizuta, et al.:Jpn. J. Infect. Dis., 66, 140-145 (2013)
7) John V. Williams, et al.:J. Infect. Dis., 193, 387-395 (2006)
8) 吉岡政純, 他:感染症誌, 86, 755-762(2012)
9) Trento A., et al.:J. Gen. Virol., 84, 3115-3120 (2003)
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12) Cui G., et al.:PLoS ONE, 8, e75020 (2013)
13) Pretorius M.A., et al.:J. Infect. Dis., 208, S227-S237 (2013)
14) Barbara Huck, et al.:Emerg. Infect. Dis., 12(1), 147-150 (2006)
経費使途明細
消耗品
品名
単価(円)
数
消費税(円)
115,420
1
5,771
121,191
QIAmpl Viral RNA Mini Kit(50 回用)
25,075
2
2,506
52,656
PrimeScript One Step RT-PCR Kit Ver.2
31,500
1
1,575
33,075
QIAmpl Viral RNA Mini Kit(50 回用)
25,075
1
2,006
27,081
プチチェンジ
40,000
1
3,200
43,200
小型ミキサー
17,500
1
1,400
18,900
3,925
1
BigDye Terminator v1.1 Cycle Sequencing Kit
文房具等
利息
合
合
計(円)
3,925
(28)
計
(円)
300,028
- 200 -