当施設における腸管内膜症の腹腔鏡下手術 症例の検討

176 日エンドメトリオーシス会誌
; :
−
〔一般演題/稀少部位
〕
当施設における腸管内膜症の腹腔鏡下手術 症例の検討
)倉敷成人病センター婦人科
)同・外科
)同・放射線科
晃 ),安藤
白根
中島
)
紗織 ,福田
太田
緒
正明 ),小玉
)
敬亮 ),山中
)
美香 ,海老沢桂子 ,羽田
啓明 ),松本
言
剛昌 ),浅川
章義 ),柳井しおり )
智則 ),黒土
升蔵 )
徹)
典型的である(図
)
.注腸造影では腸管の伸
子宮内膜症は生殖年齢の女性の約 %に発生
展不良を認め,画像上,病変部の壁の不整や狭
し〔 〕
,疼痛や不妊の原因となる日常診療とは
窄および病変部対側の壁の過伸展の様子から蛇
切り離すことのできない疾患である.腸管子宮
の抜け殻様狭窄と呼ばれている(図
内 膜 症(intestinal endometriosis;以 下,IE)
左)
.
IE は粘膜下腫瘍の形態をとることが多いが,
は子宮内膜症の中でも月経困難,腹痛,腰痛,
これが粘膜面に達すると下部消化管内視鏡下で
排便障害などの症状がとりわけ重く〔 〕女性
発赤を伴った隆起として観察され,これをイク
の QOL を著しく損なうもので子宮内膜症の
ラ様所見と呼ぶ(図
右)
.
∼ %に認める〔 〕
.自覚症状が強い症例,検
今回,腸管部分切除を必要とした症例のうち
査により高度な狭窄を伴った重症の IE と診断
低位前方切除術(low anterior resection;以下
される症例,強く挙児希望される症例では手術
療法が考慮される.
今回,手術に至った腸管子宮内膜症の術前評,
術中所見,術後経過について報告する.
方
年
月より
法
年
月までに施行した
IE の手術施行 症例について年齢,症状,腸
管の病変部位,併存する子宮内膜症病変部,術
左:T WI 低信号の壁肥厚
右:T WIFS での腸壁内の高信号 spot
図
式,術後再発の有無,術後の投薬,術後合併症
について検討した.
腸管内膜症の診断には問診,注腸造影,下部
消化管内視鏡,MRI を用いた.下部消化管内
視鏡における生検での診断率は %と低く〔 〕
,
われわれは術前診断として注腸造影,MRI が
有用だと考えている.IE に特徴的な所見を図
,
に示す.
MRI では腸管壁の肥厚とともに T 強調画像
脂肪抑制で腸管壁部内部に高信号を呈するのが
図
左:注腸造影 蛇の抜け殻様狭窄
右:下部消化管内視鏡 イクラ様所見
当施設における腸管内膜症の腹腔鏡下手術
症例の検討 177
横行結腸
下行結腸
上行結腸
12mm
12mm
直腸S状部:Rs
5 mm
5 mm
30mm
S状結腸
盲腸
虫垂
図
下部直腸 :Rb
LAR のトロッカー配置
LAR)について術式を概説する.トロッカー配
置は図
上部直腸:Ra
図
腸管内膜症の好発部位
のとおりである.
手術は以下の手順で行う.
納し,左下腹部小切開部にトロッカー装着用
① pelvic sidewall dissection
カフ(ラップディスク―ミニ)を装着し再度
付属器および子宮の癒着を剥離し偏倚した
気腹する.
直腸から挿入した circular stapler で腸管の
解剖を復する.
端々吻合を行う.
② Douglas 窩の開放
直腸,子宮,仙骨子宮靭帯の硬結を分離す
る.尿管は予想外の位置に偏倚していること
があり,最初に同定・分離しておく,直腸と
⑦ 止血およびリークの確認
止血確認およびエアリークテストを行い,
腹腔内洗浄し閉創する.
成
子宮の癒着が強固な場合は直腸の側方から直
腸腟間隙を展開するのが有用である.
績
今回,腸管内膜症の診断で手術を施行した
症 例 の 年 齢 は .± .歳(mean±SD)だ っ
③ 後腟円蓋または腟管の切開
円蓋部を展開するため直針を用いて円靭帯
を腹壁に吊り上げる.
た.全症例中, 例で術前に便秘,下痢,排便
時痛,しぶり腹,血便といった排便障害を認め
た全ての症例で術後,排便状態の改善を認めた.
④ 腸管の授動
仙骨岬角の前方で腹膜を切開し,直腸後腔
腸管病変は直腸 S 状部が最も多く( .%)
,
を展開する.S 状結腸と直腸の左右から腹膜
次いで,直腸上部( .%)
,S 状結腸( .%)
,
を広く切開する.
直腸下部( .%)と好発していた(図
直腸の病変部は前壁優位を示すものが 例,
⑤ 腸管切除
S 状結腸に腸管クリップをかけ直腸洗浄を
十 分 に 行 っ た 後 に 直 腸 病 変 部 尾 側 を liner
cutter で切断する.切除断端を
)
.
全周性のものが 例であった.後壁優位の症例
はなかった.
cm に延長
併存する子宮内膜症病変部は卵巣 例,深部
した左下腹部ポート刺入部の小切開(あるい
子宮内膜症(仙骨子宮靭帯を含む) 例と多く,
は腟)から体外に出し,巾着縫合器を用いて
子宮腺筋症合併も 例にみられた.また凍結骨
直腸病変部口側を切除する.
盤を 例に認めた.
⑥ 吻合
直腸口側断端に anvil を装着し腹腔内に還
腹腔内の手術既往がない症例のうち,囊腫,
腹膜病変,癒着といった子宮内膜症性の病変部
178 白根ほか
が骨盤正中に優位な症例が
例,骨盤左側に優
位なものが 例,骨盤右側優位が
IE の再発は
例であった.
とそのサイズ,浸潤度(漿膜,固有筋層,粘膜)
,
②排便障害や骨盤疼痛を主とする症状の改善,
例直腸に認めた.また術後の
③妊孕性の向上を目的とした骨盤解剖の回復,
ホルモン剤投与の有無による再発の検討を行っ
④再発防止を目的とする子宮内膜症病変の完全
たところ,卵巣を温存した 例中,子宮内膜症
切除,⑤臓器の温存,⑥合併症の防止が挙げら
の再発は無投薬群で 例中
れる.
例中
例,LEP 投与群
例,ジェノゲスト投与群 例中
例だ
除(segmental bowel resection)と病巣切除〔腸
った.
再発部位は直腸
変,
例腹膜,
例,
例卵巣,
例深部病
例で腸管縫合不全に
より一時的人工肛門造設を要した.その他,腹
例,神経因性膀胱による間欠自己導尿
section)
〕の大きく
つに分類される〔 ,〕
.
腸管部分切除は子宮内膜症病変の完全切除に
より症状の著明な改善と術後再発防止を期待す
るものである.しかし,近年では腸管縫合不全
例だった.
当施設において最も典型的術式であった
TLH+LAR+α(卵巣囊腫切除や付属器切除,
癒着剥離を含む)の 症例を解析した結果,平
均手術時間
管壁剥離術(shaving, skinning)
,楔状切除(nodule excision)
,全層くり抜き切除(Discoid re-
例尿管であった.
術後重症合併症として
膜炎
腸管子宮内膜症に対する術式は,腸管部分切
min.出血
g,術後在院日数
や骨盤内膿瘍といった術後重症合併症を懸念
し,これに慎重な立場の施設が多い〔 〕
.
一方,腸管壁剥離術や楔状切除は,腸管を開
放せずに機能を温存し最小限の手術侵襲により
術後合併症を回避するものである.しかし,高
日であった.
考
度癒着症例では病変と正常部位の境界が不明瞭
察
適切な診断と十分な手術適応の検討を行うこ
とにより手術療法が患者の症状を大きく改善さ
なことがあり,病変の残存による症状の改善不
良や術後早期再発が問題となる.
せたことを示した.当施設において診断は十分
実際に discoid resection 後に LAR を 行 っ た
な問診の下,注腸造影,下部消化管内視鏡,MRI
例で主な腫瘤以外のところに病巣の残存が多い
で行っている.他施設の報告では経腟および経
という報告〔 〕がある.これは IE の multifocal
直腸超音波断層法を診断の重要なツールとして
に発生する性格からある程度大きく切除する必
用いている〔 〕
.超音波断層法は簡便かつ低侵
要があると考えられる〔 〕
.
襲であるため診断の first choice として用いら
われわれの施行した腸管部分切除 例の成績
れるばかりでなく,IE の %が直腸と S 状結
では術前に排便障害を有した全ての症例で症状
腸に存在し〔 〕
,粘膜下腫瘍の形態をとるため
の改善を認め,IE 再発は
プローベにより病変の腸管壁へ浸潤度を直接的
ある.また,合併症についても腸管部分切除に
に評価することで術式の検討に有用であると報
よる腸管縫合不全が .%,骨盤膿瘍による腹
告がある〔 〕
.当施設においても診断技術のさ
膜炎 .%,一時的神経因性膀胱による間欠自
例( .%)のみで
らなる向上,簡便,低侵襲にむけて検討をかさ
己導尿 .%と決して高くはなく,手術症例の
ねていきたい.
適応を十分に検討したうえで消化器外科,泌尿
IE の術式選択は消化器外科医と婦人科が綿
密に連携し病状の評価を行い,患者に十分な情
報の開示を行ったうえで,患者の意向を
み決
定する.
考慮すべき項目は,①病変の発症部位(空腸,
回腸,回盲部,虫垂,上行―S 状結腸,直腸)
器科の綿密な連携により,さらに合併症の発症
を低くできると考える.
また 症例中
例( .%)で IE の悪性転化
を認めており〔 〕
,うち
例は術前の悪性を診
断し得なかった.IE を診断した際には悪性転
化も念頭におき手術適応および術式を検討すべ
当施設における腸管内膜症の腹腔鏡下手術
きである.
また IE は深部子宮内膜症,凍結骨盤,子宮
腺筋症併発することが多い.また IE は腸管以
〔
外の部位にも術後の再発率が高いためホルモン
剤による再発予防はとくに重要であると思われ
る.
〔
さらに,直腸 S 状部や S 状結腸に IE を認め
る症例では,併存する子宮内膜症病変部が骨盤
左側優位の症例が多く,また切除された直腸の
〔
前壁に子宮内膜症病変の主座が多いことが示さ
れた.このことは IE の発症は解剖学的位置関
〔
係が強く関与しており,骨盤左側に発症した卵
巣や腹膜の子宮内膜症病変が S 状結腸から直
腸 S 状部に生理的癒着部に近接しているため
〔
に子宮内膜症病変が腸管前壁に接触,癒着し,
直腸漿膜から直腸粘膜方向に浸潤していくとい
〔
う仮説も考えられ,今後さらなる検討を行いた
い.
〔
文
献
〔 〕Wolthuis AM et al. Bowel endometriosis : Colorectal surgion’s perspective in a multidisciplinary
surgical team, WJG
; :
−
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〔
症例の検討 179
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