リビア情勢 2つの「議会と政府」の対立 2015年5月28日 中東研究会 高橋雅英 はじめに:現在のリビア情勢 ✔東西に「議会」と「政府」が並列 民兵・部族・部隊を巻き込み、内戦状態に ✔「IS」などイスラム急進派勢力が伸長 ✔エネルギー供給やテロの脅威の拡散の面で 周辺諸国にとっても懸念材料 2011年アラブ政変のその後 2011年1月 ベンアリー政権崩壊 本発表の目的 ① リビア情勢がどのように一国二政府に 陥ったのかを考察すること ② 現在の二項対立構図(イスラム主義 vs 世俗主義 or反イスラム主義?)の 実態を明らかにすること 1.リビア情勢: 一国二政府への展開 (1) 2011年の内戦から暫定政権へ ✔2月15日: 東部ベンガジで反カダフィ運動が開始。 →ジャリール元法相が暫定政権「国民評議会(National Transitional Council)」 を設立。首相はジブリール氏。 ✔3月17日: 国連安保理の決議(No. 1973)が採択。 →飛行禁止区域の設定、武器輸出禁止、「保護する責任」 →アラブ連盟の賛同、ロシア・中国は棄権。 軍事作戦の参加国 米国、英国、フランス、トルコなどNATO加盟国 カタール、UAE、ヨルダン、スウェーデン ✔8月22日: トリポリ解放作戦の完了 ✔ミスラタとナフーサ山地 から民兵が進軍。 →ミスラタ民兵および ジンターン民兵を支援。 ※ミスラタ民兵がマイティガ 空港、ジンターン民兵が トリポリ国際空港を占拠。 暫定政権「国民評議会(NTC)」 ✔2011年8月3日:「憲法宣言」 ✔2011年9月:民主化移行にむけた政治行程表の発表。 ‐8ヶ月以内の「制憲議会」の選挙、 「憲法起草委員会」のメンバーの選出(2012年8月予定) ‐その後の12か月(2013年夏ごろ) 「憲法の国民投票」および「国民議会・大統領選挙」 ✔2011年10月:選挙にむけて、暫定内閣のキーブ内閣が発足。 →閣僚ポストの配分は、内戦での貢献度や地域バランスを考慮 Ex. ジンターン出身者(国防大臣)、ミスラタ出身者(内務大臣) 東部デルナ出身者(外務大臣) (参謀総長) (2)制憲議会(GNC)の誕生 ✔制憲議会 (General National Congress ) ‐定数200名(比例80・個人区120)、 ‐憲法起草委員会のメンバー選定、 ‐任期18か月(2014年2月予定) ✔2012年7月7日、制憲議会選挙 の実施。 →当初は6月23日に予定。 →議席配分をめぐって、東部・南部 地域から反発。 →選挙プロセスを妨害する暴力 行為が頻発。 ✔暫定政権「NTC」は東部・南部地域に譲歩。 →議席配分の変更 (T 122→100, C 58→60, F 20→40) →7月5日:「憲法宣言」の修正 憲法起草委員会(60名)の委員を国民の 直接選挙により各地域から20名ずつ選出。 ⇒憲法起草委員会の選挙は、当初の政治行 程表予定していなかった。 ⇒「制憲議会(GNC)」は民主化移行プロセス から逸脱。 ✔比例区では、リベラル派政党「国民勢力連合(National Forces Alliance )」が最大政党に。 次いでリビアMBの「公正建設党(Justice and Construction Party)」。 ⇒地域型政党や独立系議員が議会の指導権争いにとって重要となる。 個人区の内訳 出典:Wolfram Lacher (2013) (3)GNC内の勢力構図 ✔2012年8月: 「国民勢力連合」が推薦する「国民戦線党」 党首マガリエフがGNC議長に就任。 GNC議長:財政予算の決定権、重要ポストの任命権、「国家元首」 ✔ ジンターン(カアカーア・サワーイク)民兵と連携。 →ムレグタ兄弟(NFAとカアカーア部隊)。 前政権期の治安部隊員や兵士の一部が所属。 ⇒首都の重要施設やNFAの拠点・党員の警護担当。 南部や西部の国境管理、南部の石油施設の警備。 ✔2012年10月:JCP推薦候補を破り、ゼイダーンが暫定政 府の首相に選出される。 NFA・ジンターンに対して不満をもつ勢力 ‐リビアMBやサラフィスト(元LIFG)から成るイスラム主義陣営 ‐「革命の守護者」を自負するミスラタ民兵 ‐トリポリ主導の政治に不満をもつ東部連邦主義者 →連邦制の導入と東部の自治拡大を掲げる。 ‐民主主義自体を否定する「AAS」などのジハーディスト ⇒武力衝突やテロ行為が頻発し、治安がより悪化。 ベンガジ米国領事館の襲撃事件(2012年9月11日) 民兵の武装解除も進展せず。 ⇒これらの勢力が、2013年5月に可決した「政治的罷免法」 を猛烈に推し進めた。 「政治的罷免法(Political Isolation Law )」 「政治的罷免法」の目的: 前政権期(1969年9月~2011年8月)で要職に就いた人物 (軍関係者も含む)を、今後10年間、公職に就けなくする。 →影響を受ける可能性があるのは、NFAおよび軍将校ら。 法案の審議過程での問題 ・ミスラタ民兵および準軍事組織「リビア・シールド」が複数 の省庁を占拠し、強行可決するよう議会に圧力かける。 ⇒2013年5月5日に法案可決(賛成164、反対4、欠席19) ※NFA議員も賛成票を投じたのか? 「政治的罷免法」の影響 ✔マガリエフGNC議長は法適用前に辞任 →1980年まで駐インド大使、その後約30年間にわたり 反カダフィ運動に関わる。 ✔2013年6月: 後任の議長にイスラム主義陣営が推薦す るサフマーン(ベルベル地域、ズワーラ出身)が選出。 →JCPは同議長に治安改善に関わる「あらゆる措置」を講 じる権限を付与し、「軍最高司令官」へ昇格させた。 ✔2013年8月:サフマーン議長は,直接指揮権(→国防 相)をもつ部隊「リビア革命戦士作戦室(LROL)」を創設。 ✔NFAの影響力の低下、 ゼイダーン政府も弱体化。 ✔ジンターン民兵はミスラタ・イスラム主 義連合に対抗するため、新たな連携相手 を模索。 →親カダフィ部族、東部連邦主義者 ⇒政治制度外で影響力を行使するため、 2013年8月にジャドラーン率いる石油 施設警備隊(PFG)が東部の石油施設 を占拠。 bpd 160 140 PFGの石油 施設占拠 120 100 80 60 40 ✔ジハーディストは東部ベンガジで、 リビアMB関連組織「2月17日殉教団」 や「ラーフッラー・サハーティ旅団」と 武力衝突。 20 0 出典:Monthly Energy Review, EIA. NTC ミスラタ 民兵 リビアMB ジハーディスト 東部連邦主義者 「NFA」 ジンターン 民兵 サラフィスト リビアMB MB政党「JCP」 カダフィ支持 部族 ジンターン民兵 国民評議会(NTC) 制憲議会(GNC) 政治的罷免法の可決 2011年8月~2012年7月 2012年7月~2013年5月 2013年5月~2014年6月 (4)ハフタルの登場と代表議会の選挙決定 ✔2014年1月:GNCの任期延長に対して、大規模なデモが発生 GNCの任期:18か月(2012年7月7日~2014年2月7日) ✔2月3日、GNCが「憲法宣言」の修正 →任期延長への国民からの批判、憲法起草作業の大幅な遅れ 変更点 5月時点で、憲法委員会の発足から120日以内(7月)までに憲 法起草作業が完了できない場合、翌6月にGNCに代わる立法機 関の選挙(代表議会)を実施すること。 ✔2月14日:ハフタルがGNCの凍結と憲法宣言の停止を表明 →ゼイダーン首相やシンニー国防相から「クーデター」と非難。 ✔2月20日:憲法起草委員会(当初、2012年8月設置)の選挙 →拠点:東部ベイダ、発足:4月21日より。 (5)首相ポストをめぐる争い ✔2014年3月 ゼイダーン首相の不信任案を可決 →シンニー国防大臣が暫定首相に就任。 ✔5月4日: GNCでミスラタ出身のマイティークが新首相に選出。 ※5月16日、ベンガジでハフタルのイスラム主義者掃討作戦が開 始。 ✔6月9日: 最高裁がマイティークの選出プロセスに違憲判決。 GNC議員の120票以上が必要(出席116, 賛成113) →シンニー暫定首相に続投を指示。 ✔6月25日開催の代表議会(House of Representatives)選挙ま で、2人の首相が存在? (6)2つの「議会と政府」 ✔6月25日:代表議会選挙の開催(定員 200名、拠点ベンガジ) リベラル派(50)、東部連邦主義者(30)、イスラム主義 (30) →イスラム主義陣営はHOR設立により、議会での影響力を失い ※7月13日(~8月23日): GNC議会を支持する民兵・部隊が、トリポリ掌握作戦を開始。 ✔8月4日:トリポリでGNCからHORへの権限移譲式典を開催 →しかし、HOR議員は欠席。東部トブルクで初会合を開催。 →サフマーンGNC議長やJCPは、代表議会の違憲性を指摘。 ⇒同議長はGNCの続投、「救国政府」(首相ハーシー)を形成。 ✔9月:グワイデルHOR議長もシンニー前首相を暫定首相に。 ⇒2014年9月、東西に「議会」と「政府」が並列。 まとめ 1 ✔ GNCは民主化移行プロセスから逸脱していた。 →本来の任務は、憲法起草委員会メンバーの選定。 ✔ 前政権関係者を粛清する「政治的罷免法」が議会での 勢力構図を変化させた。 →イスラム主義陣営(リビアMB・サラフィスト、ミスラタ)が GNCに対して、不満をもつ勢力が後にハフタルに合流。 ✔ 政治的な分極化に、ハフタル・イスラム主義陣営が軍事 作戦が加わり、両議会がそれを支持したことで、一国二 政府に陥った。 2. 二項対立構図の実態 「カラーマ(尊厳の戦い)作戦」 ✔2014年5月: 東部ベンガジでハフタルがイスラム主義者掃討作 戦を開始。 →離反軍(サーイカ部隊・空軍部隊)やジンターン民兵、 親カダフィ部族の武装組織、キレイナイカ軍が合流。 ✔8月:HORがハフタルの側近ナーズールを新参謀総長に。 ✔9月:HORがイスラム主義陣営をテロ指定組織に認定。 ✔10月:HORが「カラーマ作戦」を国軍の公式な軍事作戦に認 定。 ✔12月:石油施設警備隊(PFG)と共同作戦を実施。 ✔2015年3月:国軍最高司令官に昇進 「ファジュル・リビア(リビアの夜明け)作戦」 ✔2014年7月13日:ミスラタ民兵と「リビア・シールド」部隊 がジンターン民兵が管理するトリポリ国際空港に進軍。 目的:空港利権の奪還とトリポリからのジンターン民兵。 →8月18、23日、UAE・エジプトによる空爆 ※ベンガジでは、MB関連組織とAASが対ハフタルで共闘 ✔11月:GNCが最高裁にHORの違憲判決を出させる。 ✔11月:ミスラタ民兵とトゥアレグ族が南部の石油施設を 管理するジンターン民兵とトブ族を襲撃。 ✔12月:同部隊とシルテのAASが石油施設の奪還を目的 に「シュルーク・リビア(リビアの日の出)」作戦開始。 →東部油田を占有するPFG部隊と交戦状態に。 代表議会(HOR) シンニー首相 リビア軍 東部連邦主義者 石油施設警備隊 ジャドラーン キレイナイカ 軍 リビア国民軍 (LNA) ハフタル リビア空軍 特殊部隊「サーイカ部隊」 ジンターン民兵 サワーイク民兵 カアカーア民兵 親カダフィ部族 ワルファラ族 マガリハ族 ワルシェファーナ族 少数民族 トブ族 制憲議会(GNC) グワイル首相 デルナ殉教者シュー ラー評議会(SCMD) リビアMB・ミスラータ・サラフィスト連合 準軍事組織 リビア・シールド 革命戦士作戦室 ミスラタ 民兵 西部部族 ザーウィヤ、ズワーラ等 2月17日殉教団 ラッファッラー・ サハーティ旅団 AAS(ベンガジ) ベンガジ革命戦士シューラー評議会(BRSC) 少数民族 トゥアレグ族 まとめ 2 ✔各民兵、部族、部隊がハフタルの「カラーマ 作戦」が引き金となり、連合・同盟関係を結 び、二項対立構図の様相を呈しきた。 ✔ハフタル陣営は「テロとの戦い」、イスラム主 義陣営は「革命の防衛」や「ジハード」を掲げ ることで、攻撃の正当化と援助の獲得を狙う。 ✔諸外国はイデオロギー上の対立関係を煽る。 エジプトにとっては安全保障上の問題も関係。 ジンターン民兵 トブ族 ミスラタ民兵 VS トゥアレグ族 南部油田 PFG部隊 「ファジュル・リビア」 リビア国民軍 VS シルテのAAS 東部油田 出典:JOGMEC 産油量の推移(2014年3月~2015年2月) bpd 両陣営の対立に よる低下 100 90 80 PFGの石油施設 開放 70 ISによる石油 施設の破壊 60 50 40 30 20 出典:Monthly Energy Review, 及び Reuters リビア経済の悪化 財政収支 対GDP比 30 27.81 20 10 11.6 0 2009年 -10 -20 2010年 2011年 -5.3 -15.9 2012年 2013年 -4.1 2014年 2015年 -13.6 -30 -40 -50 -60 -68.6 -70 出典:World Bank, Data indicators. 10億ドル 130 120 110 出典:リビア中央銀行(CBL)の報告書を基に作成 外貨準備高 124.7 110.5 106.1 105.9 103.6 100 90 76.6 80 70 2009年 出典:IMF 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 デルナ シルテ 出典:Jeune Afrique 御清聴ありがとうございました。
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