電子回路の「くびれ」に生じる微小な磁化を測定

PRESS RELEASE
2015 年 7 月 3 日
理化学研究所
茨城大学
電子回路の「くびれ」に生じる微小な磁化を測定
-ナノスケール素子の磁気特性を測定する新手法を開発-
要旨
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関量子伝導研究チーム
の川村稔専任研究員、量子凝縮相研究チームの河野公俊チームリーダーと茨城
大学工学部の青野友祐准教授らの共同研究グループ※は、これまで測定すること
ができなかった、量子ポイントコンタクト[1]の微小な磁化の測定に世界で初めて
成功しました。
量子ポイントコンタクトには、半導体の電子回路に設けられた微細な電子の
通り道である「くびれ」が存在します。くびれの幅を狭くしていくに従い電気
伝導度は階段状に変化し、電気伝導度がゼロになる直前の最後の段差において
は「階段になりかけの構造」が現れます。この構造は「0.7 異常」と呼ばれ、な
ぜこの現象が起こるのか、その原因について過去 20 年間にわたって論争が続い
ていました。いくつかの理論モデルでは、量子ポイントコンタクトにおいて電
子スピン[2]が揃うことで出現する磁化が、0.7 異常に関与していると指摘してい
ます。しかし、量子ポイントコンタクト内部の磁化は小さすぎるため測定でき
ず、この理論モデルを証明することはできませんでした。
共同研究グループは、量子ポイントコンタクトにおいて電子スピンが揃うこ
とによる磁化の変化が 0.7 異常に関与するのであれば、磁化の変化により量子ポ
イントコンタクトからの核磁気共鳴(NMR)[3]の共鳴周波数も変化すると考えま
した。したがって、量子ポイントコンタクトにおける磁化の出現は、共鳴周波
数の変化によって調べることが可能です。また、量子ポイントコンタクトを流
れる電子スピンと、半導体を構成し NMR を起こす原子核の核スピンは弱く相互
作用しています。このため、電気伝導度を測定することによって共鳴周波数の
変化が検出できると考えました。
共同研究グループは、このような測定方法の工夫により、従来は不可能とさ
れた、量子ポイントコンタクト内部に生じる電子スピン数個分の小さい磁化を
測定することに成功しました。本研究は、量子ポイントコンタクトの 0.7 異常問
題を解決する糸口を与えるとともに、これまで直接測定することが困難だった
ナノスケール構造の磁気的特性測定への応用が期待できます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金・若手研究 A「抵抗検出型核磁気共鳴
によるメソスコピック系のスピン計測」の一環として行われました。成果は、
米国の科学雑誌『Physical Review Letters』へ近日中に掲載されます。
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※共同研究チーム
理化学研究所研究所 創発物性科学研究センター
強相関物理部門
強相関量子伝導研究チーム
専任研究員
川村 稔(かわむら みのる)
量子情報エレクトロニクス部門
量子効果デバイス研究チーム
専任研究員
大野 圭司 (おおの けいじ)
量子システム理論研究チーム
上級研究員
Peter Stano (ピーター・スタノ)
量子凝縮相研究チーム
チームリーダー
河野 公俊 (こうの きみとし)
茨城大学 工学部
准教授
青野 友祐(あおの ともすけ)
1.背景
現代の半導体微細加工技術を用いれば、数十ナノメートル(nm、1nm は 10
億分の1メートル)まで微細化された加工精度で半導体素子を作製することが
可能です。一方、量子力学によると、電子は粒子であると同時に波であるとい
う性質を持っています。数十 nm 単位で微細加工された素子では、電子が持つ波
の性質が顕わになり、素子の応答に量子力学効果[4]が現れます。例えば、「量子
ポイントコンタクト」
(図 1)
(図 2)における半導体の電子回路に設けられた微
細な電子の通り道である「くびれ」の幅を数十 nm 程度まで狭くすると、電気伝
導度は階段状に変化します。この現象は、半導体中の電子の波動性を実証した
最も単純な例の一つとして知られています。この現象について、1996 年にイギ
リスの研究グループは電気伝導度がゼロになる直前の最後の段差において、通
常の階段構造に加えて階段になりかけの構造が現れることを発見しました(図
3)。この構造は、
「0.7 異常」と呼ばれています。0.7 異常の発見から現在までの
約 20 年にわたり、この原因を説明するために様々な理論モデルが提唱されまし
たが、いずれも決定的な証拠を得るには至らず、0.7 異常は未解明な問題として
残されてきました。
これまでに提唱されたいくつかのモデルでは、電子間に働くクーロン相互作
[5]
用 によって、量子ポイントコンタクト内部の電子スピンの間に相関が生じて、
磁化を発現することが予測されています。その磁化を測定すれば、0.7 異常の原
因を解明する手掛かりが得られると考えられていました。しかし、数十 nm の量
子ポイントコンタクトに含まれる電子数はわずか数個しかありません。このよ
うなわずかな磁化を測定することは難しく、高感度の磁化測定方法の開発が必
要でした。
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図 1 量子ポイントコンタクトの概念図
ガリウム砒素とアルミニウムガリウム砒素の界面に閉じ込められた 2 次元電子系を用いて作製した。アル
ミニウムガリウム砒素の上に電子線リソグラフィーによって静電ゲート電極を作製し負の電圧を加えるこ
とによって、2 次元電子系に数十 nm 幅の電子の通路である「くびれ」を形成する。
図 2 量子ポイントコンタクトの電子顕微鏡写真
実験で用いた量子ポイントコンタクトと同時に作製した素子の電子顕微鏡写真。黄色い綿状に見える物質
は静電ゲート電極で、グレーの部分はアルミニウムガリウム砒素の基板表面。
図 3 量子ポイントコンタクトの電気伝導度と 0.7 異常
静電ゲートに負の電圧を加え、量子ポイントコンタクトの「くびれ」の幅が狭くなるに従い、電気伝導度
は階段状に減少する。伝導度がゼロになる直前(拡大部分)で「0.7 異常」と呼ばれる「階段になりかけの
構造」が出現する。
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2.研究手法と成果
共同研究グループは、量子ポイントコンタクトにおいて電子スピンが揃うこ
とにより 0.7 異常を起こすのであれば、磁化の変化により量子ポイントコンタク
トからの核磁気共鳴(NMR)の共鳴周波数も変化すると考えました。したがって、
量子ポイントコンタクトにおける磁化の出現は、共鳴周波数の変化によって調
べることが可能と言えます。共鳴周波数の変化を調べることにより、量子ポイ
ントコンタクト内部に生じる電子スピン数個分の小さい磁化を測定することが
可能になります。しかし、共鳴周波数の変化を直接捉えることは困難です。
そこで、共同研究グループは、量子ポイントコンタクトを流れる電子スピン
と、半導体を構成し NMR を起こす原子核の核スピンが弱く相互作用することに
着目しました。磁化による NMR の共鳴周波数の変化を量子ポイントコンタクト
の電気伝導度の変化として検出することで、局所的な情報を得ることに成功し
ました。
実験に用いた量子ポイントコンタクトは、半導体ヘテロ接合界面に形成され
る 2 次元電子系[6]を、静電ゲートを用いて狭めることによって作製しました。静
電ゲート電圧によって、
「くびれ」の幅を変えることができます。磁化および電
気伝導度の測定結果から、「0.7 異常」があらわれるくびれの幅において、量子
ポイントコンタクトの磁化は最大になることが分かりました。共同研究グルー
プは、この測定結果が電子間に働くクーロン相互作用を取り入れた理論モデル
の計算結果とよく一致することも示しました。
3.今後の期待
共同研究グループの開発した測定方法によって、これまで不可能だった量子
ポイントコンタクトにおける高い感度での磁化の測定が可能となりました。本
研究成果は、長年の未解決問題であった「0.7 異常」の理解が進むことが期待で
きるとともに、これまで直接測定が困難だったナノスケール物質の磁気特性測
定への応用が期待できます。
4.論文情報
<タイトル>
Electronic magnetization of a quantum point contact measured by nuclear magnetic
resonance
<著者名>
Minoru Kawamura, Keiji Ono, Peter Stano, Kimitoshi Kono, and Tomosuke Aono
<雑誌>
Physical Review Letters
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5.補足説明
[1] 量子ポイントコンタクト
電子回路の一部を電子の波長程度まで狭くした「くびれ」のこと。電子の波動性が
顕著になり、
「くびれ」幅を狭くするに従い、電気伝導度が階段状に変化する現象
が現れる。1988 年にオランダとイギリスのグループにより独立に実現された。
[2] 電子スピン
電子は負の電荷を持つと同時に、小さな磁石としても振る舞う。電子スピンとはこ
の磁石としての性質のこと。電子スピンが特定の方向に揃うと、強磁性体となり磁
化を生じる。
[3] 核磁気共鳴(NMR)
磁場中に置かれた原子核が、固有の周波数を持った電磁場と共鳴し、エネルギーを
放出・吸収する現象。共鳴する電磁場の周波数が、原子核の置かれている場所の磁
場に敏感であることを利用して、分子構造解析などに用いられる。NMR は nuclear
magnetic resonance の略。
[4] 量子力学効果
ミクロの世界(波動性と粒子性を同時に有する)を記述する量子力学に基づく効果。
一般にマクロな世界では対応原理に基づいて古典力学で記述できる場合が多い。量
子力学的効果がマクロに現れるよく知られた例には、超伝導現象などがある。
[5] 半導体ヘテロ接合界面に形成される2次元電子系
半導体ヘテロ結合界面とは異種の半導体材料をつなぎ合わせた界面のこと。それぞ
れの材料の性質の違いを反映して、接合界面に電子を溜めることができ、界面に溜
まった電子を 2 次元電子系と呼ぶ。本研究では、ガリウム砒素とアルミニウムガリ
ウム砒素のヘテロ接合を用いた。
6.発表者・機関窓口
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい
理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物理部門 強相関量子伝導研究チーム
専任研究員
川村 稔(かわむら みのる)
量子情報エレクトロニクス部門 量子凝縮相研究チーム
チームリーダー 河野 公俊(こうの きみとし)
茨城大学 工学部
准教授 青野 友祐(あおの ともすけ)
<機関窓口>
理化学研究所 広報室 報道担当
茨城大学 広報室
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