患者手帳 - メンタルケアモデル開発ナショナルプロジェクト

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The National Mental Care Project
プロジェクトの進展
患者手帳
The National Mental Health Care Project
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ⅰ) 患者手帳とは
プロジェクトの進展
患者手帳
患者手帳とは、
患者が受ける保健医療福祉サービスに関する情報を集約した記録である。
国際的には、患者が所持し受診時に持参し、治療・ケアの宿題を管理して保健医療スタッ
フとのコミュニケーションを図る診療情報のコピーと定義されることが一般的である 1,2)。
手帳の構成要素には、患者教育・セルフケア支援情報、診断・治療情報、フォローアップ
記録、連携ツールなどがある。関係者は治療に関するこれまでの経緯(
「いつ」
「どこで」
「ど
んな」検査・診療を受けたか)が一目でわかり、より安全で適切な医療や支援の提供につ
ながることが期待できる。
わが国では、患者手帳の要素である患者教育ツール、紹介・逆紹介のためのツール、そ
して服薬内容記録(お薬手帳等)として、各疾病領域で作成されていることが多い。医療
計画においては、
「地域連携クリティカルパス」として作成・運用が推奨されていることも、
手帳の開発・運用を後押ししている。たとえば、がん領域における研究用の患者手帳 3)、
脳卒中パス(国立循環器病研究センター・熊本・群馬・北海道など)、日本糖尿病協会に
おける糖尿病連携手帳 4)や各地の糖尿病パス(国立国際医療研究センター 5)・熊本県・神
奈川県)、認知症領域における手帳形式の各地の認知症パス 6)がある。東京都 7)や千葉県 8)
では、自治体共通パスを開発して公表している。これらの手帳が開発され普及する背景に
は、母子健康手帳(1966 年:1942 年妊産婦手帳)9)や地域住民のための健康手帳(長野県
八千穂地域、1959 年)における長い実運用の歴史があるからかもしれない。
1)Ko H, et al. Qual Saf Health Care19:e41, 2010.
2)Gysels M, et al. Health Expect 10: 75-91, 2007.
3)Konuma K, et al. Palliative Medicine 27: 179-184, 2011.
4)日本糖尿病協会.糖尿病連携手帳(http://www.nittokyo.or.jp/index.html)
5)国立国際医療研究センター.糖尿病情報センター(http://ncgm-dm.jp/center/)
6)Ito H, et al. Open J Psychiatry 5, 129-136, 2015.
7)東京都医療連携手帳(がん地域連携クリティカルパス)
(http://www.fukushihoken.metro.
tokyo.jp/iryo/iryo_hoken/gan_portal/chiryou/critical_path.html)
8)千葉県共用地域医療連携パス(http://www.pref.chiba.lg.jp/kenfuku/chiikiiryou/renkeipasu/)
9)Namkamura Y. Japa Medical Association Journal, 53, 259-265, 2010.
本プロジェクトに
ⅱ) おける情報通信技
術の位置づけ
近年、情報通信技術(ICT)の普及により患者データの電子化が進んでおり、電子媒体
による情報集約を進めるとする考え方がある。確かに、医療機関による電子カルテの情報
共有が進められている。しかし、患者治療のために多様な医療機関を受診する患者の診療
情報を共有することは、住民、行政および医療関係者の合意を得るのに時間を要する。ま
た医療以外の保健・介護・福祉関係者と情報を共有には、共有する情報や共有の範囲など
の課題も多い。なにより、電子媒体による情報共有の取り組みには患者本人や家族の関与
が希薄になる傾向が強い。
本プロジェクトでは、患者・家族の治療への参画を促すという観点から、患者手帳を明
確に位置づけ、情報通信技術は手帳を補完する機能を担うというコンセプトで、システム
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モデルを構築している。各地域で多様な患者手帳がすでに用いられていること、また本プ
ロジェクトにおいて患者手帳を開発すれば臨床でただちに活用可能であることも背景にあ
る。なお、先行事例である母子健康手帳は海外の数十カ国で活用されており、汎用性が高
いと考えられる。また個人情報保護の課題などが解決した時は、患者手帳を順次電子化し
ていくことは容易である。
NCNP 版患者手帳
ⅲ)
作成
ⅲ)−① 統合失調症手帳
患者手帳の役割として、患者と家族などの支援者、医療機関間の紹介・逆紹介といった
従来の機能に加え、複数の専門医や関係機関を併診する場合の情報共有の機能が期待され
ている。服薬・受療中断など、治療に対するアドヒアランス低下による症状の再燃は珍し
くない。このような事態を防ぐため、病気や治療に対する正しい知識を患者・家族へ提供
し、受診継続の必要性と治療方針を患者・家族自身が認識し、動機づけの一助となること
も患者手帳に期待できる。患者・家族の症状・疾病・治療に関する理解や態度はそれぞれ
異なる。また、患者手帳に必要な内容は一律ではない。そこで、患者の必要性に応じて要
素を選択できるように個別化できる“オーダーメイド手帳”の作成を目指した。
2013 年 12 月、国立精神・神経医療研究センター病院は、発症早期の統合失調症に十分
な対応を行うこと、また、その技術の向上のための知見の蓄積を目的に「統合失調症早期
診断・治療センター」を開設し、専門外来を開始した。センター病院と本プロジェクトが
連動し、早期の統合失調症の患者と病院等の医療機関、
家族などの支援者との連携をスムー
ズに進める一環で、新たな患者手帳は開発された。医師、看護師、臨床心理士、作業療法
士、精神保健福祉士の多職種チームが中心となり作成を進めた。患者の必要に応じて手帳
の内容がカスタマイズできるよう、バインダー形式になっており、治療記録や服薬情報、
セルフモニタリングシート、幻覚などの症状が出た場合の対処法などを、患者が受け入れ
やすいように配慮した形で記載している。希望する患者・家族に対してこの手帳を配布し
て、統合失調症の初期治療と並行して、患者の状態に合わせた疾患教育を柱とする心理教
育を行っている。
ⅲ)−② うつ病手帳
本プロジェクトでは、身体疾患患者のうつ病を適切に評価、治療する枠組みの構築を目
指している。そのため、身体科におけるうつ病のスクリーニングを、患者手帳の中に組み
込むリーフレットを作成した。
うつ病のスクリーニングの指標には、複数の大規模サンプル研究によって妥当性、およ
び感度、特異度の検討がなされており、うつ病のスクリーニング指標として世界で標準的
に使用されているPatient Health Questionnaire(PHQ-9)※を用いる。なお、スクリーニ
ング尺度は、その他にも複数の尺度があることを付記する。
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ⅳ)
身体疾患の手帳へ
統合する試み
ⅳ)−① 脳卒中手帳への統合
脳卒中後にうつ状態になることは知られており(脳卒中後うつ、Post-stroke depression)
、
またうつ状態を合併すると予後が悪化する 1,2)。国立循環器病研究センターでは、2000 年
より豊能 2 次医療圏域の地域リハビリテーション事業に参加し、豊能地区独自の脳卒中地
域連携パスである「脳卒中ノート」を作成、2006 年末より運用を開始している。2013 年よ
り当プロジェクトとの連動が始まり、2014 年度には、連携パスで共有する項目にうつの
スクリーニングとしてPHQ-9 を取り入れることが連携会議で承認され、脳卒中ノートに
PHQ-9 のスクリーニング結果が記入できるシートが盛り込まれている。このため、必要な
症例に対し積極的にスクリーニングを実施し、その結果に対応するフローチャートを示す
ことで、関係者間で情報共有しながらメンタルケアを行うことができるようになった。
1)Ayerbe L, et al. Br J Psychiatry 202: 14-21, 2013.
2)Pan A, et al. JAMA 306:1241-1249, 2011.
ⅳ)−② 糖尿病手帳への統合
糖尿病とうつ病・うつ状態は高頻度に合併する 1,2)。糖尿病患者でうつ病・うつ状態を
合併する割合は一般人口の約 2 倍であり、糖尿病患者の 9%がうつ状態を示していた 3)。
我が国においても、糖尿病外来患者に対する精神医学的な構造化面接(SCID)に基づく本
格的な研究により、うつ状態評価尺度では 8.8%が該当し(PHQ-9 で 10 点以上)、診断面接
による大うつ病エピソードは 3.2%に見られた 4)。
糖尿病とうつ病との間には双方向性がある 1,2)。糖尿病の「発症リスクとしてのうつ状
態」については、うつ状態があると、うつ状態がない場合に比較して他要因を調整した糖
尿病発症リスクは 1.4 倍 2)から 1.6 倍 1)である。一方うつ病の「発症リスクとしての糖尿病」
に関するメタ分析 1,2,5,6)によると、2007 年の研究 7)から確実になりつつあり、リスク比は
2008 年の研究の 1.15 [1.02-1.30]1)から、2010 年の研究の 1.24 [1.09-1.40]5)、そして 2013 年
の研究の 1.29 [1.18-1.40](調整済リスク 1.25 [1.10-1.44])6)へと上昇している。両疾患が合
併・併存すると、冠動脈疾患リスクが高まり、救急搬送、処方薬剤の使用、医療費が増加
し、死亡率が高まる 8,9)ために、合併・併存症例に対する費用対効果の高い治療戦略の模
索が続けられている。
2014 年度は、糖尿病とうつ病の治療の連携に関して進展した年であった。まず、当プ
ロジェクトで開発している患者手帳の形式に、糖尿病のモニタリングシートが加わった。
社団法人日本糖尿病協会の全面的なご理解とご支援により、協会の作成・配布している「糖
尿病連携手帳」の内容の一部をモニタリングシートとして活用させていただくことができ
るようになった。
第 2 に、日本医療研究開発機構研究班として予定しているプロジェクト(Diabetes
Education Project: DEP)10)と協働で、うつ病のモニタリングシートが組み込まれた糖尿
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病手帳の開発が行われた。臨床研究参加者にこの手帳が配布される予定であり、成果が期
待されている。
1)Mezuk B, et al. Diabetes Care 31: 2383-2390, 2008.
2)Pan A, et al. Diabetes Care 35: 1171-1180, 2012.
3)Anderson RJ, et al. Diabetes Care 24: 1069-1078, 2001.
4)野田光彦、他.厚生労働科学研究費補助金報告書、2014.
5)Nouwen A, et al. Diabetologia 53: 2480-2486, 2010.
6)Rotella F, et al. Diabetes Res Clin Pract 99: 98-104, 2013.
7)Maraldi C, et al. Arch Intern Med 167: 1137-1144, 2007.
8)Park M, et al. Gen Hosp Psychiatry 35: 217–225, 2013.
9)van Dooren FE, et al. PLoS One 8: e57058, 2013.
10)佐藤哲子.平成 27 年度日本医療研究開発機構研究費研究、2015.
ⅳ)−③ 母子保健領域の手帳からの必要情報の引継ぎ
全国各地で広がりを見せている患者手帳の背景には、母子健康手帳の実績がある。1970
年に配布が開始された母子健康手帳のルーツは、さらに母子保健法(1937 年)に基づく妊
産婦手帳(1942 年)と母子手帳(1948 年)にまで遡ることができる。乳幼児死亡率の低下
を目指して、1989 年インドネシアで配布されたことを皮切りに、世界 30 各国以上で普及
している 1)。母子健康手帳の情報を、本プロジェクトの患者手帳へどのように引き継ぐか
を検討する必要があるという理解を、全体会議で共有している。
1)Nakamura Y. Japan Medical Association Journal 53: 259-265, 2010.
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