患者さんや家族に寄り添える情報提供を目指して −国立がん研究センター

癌の臨床 第 61 巻・第 1 号 2015 年 2 月
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特 別 連 載
日本のがん対策の新しい動き
−科学的根拠に基づいたがん対策を進めるために−
患者さんや家族に寄り添える情報提供を目指して
−国立がん研究センターがん対策情報センター
「患者・市民パネル」による取り組み−
八巻 知香子 *1
高 山 智 子 *2
若 尾 文 彦 *3
*1
国立がん研究センター がん対策情報センター がん情報提供研究部 医療情報評価研究室
*2
国立がん研究センター がん対策情報センター がん情報提供研究部
*3
国立がん研究センター がん対策情報センター センター長
はじめに
員による推薦)も設けられた.この運営評議会に
おいて高齢者などインターネットが利用できない
人々への情報発信が必要であるという指摘がなさ
昭和 58 年にはじまる
「対がん 10 ヵ年総合戦略」
れ,がんの冊子シリーズが作成されることとなり,
以降のわが国のがん対策において,平成 17 年の
作成にあたって同ワーキンググループによる患
「がん対策推進アクションプラン 2005」
,平成 18
者・家族の視点からの助言がなされた.
年に成立したがん対策基本法,それに基づく「が
がん対策情報センターの発足から 1 年半を経過
ん対策基本計画」
など,
この 10 年間の施策は患者・
した平成 20 年より,公募による現在のがん対策
家族・国民の声を受けた内容にシフトしてきてい
情報センター「患者・市民パネル」が発足した.「患
る .国立がん研究センターに平成 18 年に設置
者・市民パネル」の設置にあたっては,当時米国
されたがん対策情報センターも国民や患者からの
がん研究所(NCI)で運営されていた Consumer
がんに関する情報が不足しているという声が後押
Advocates in Research and Related Activities
しとなって設立された機関である.同センターの
program(CARRA)2)などの海外の先行事例に学
発足当初より,患者さんの声を事業に反映できる
びつつ,日本の現状に合った運営方法を模索しな
体制を意図して,医療者や患者・家族,メディア
がら発展してきた.がん対策情報センターの活動
関係者等により構成される運営評議会が設置さ
に,患者や市民としての立場で協力し,センター
れ,また特に患者の声を情報発信に反映させる必
と国民の架け橋となっていただく役割として,全
要性が指摘され,「患者・市民パネル」の前身と
国から公募し,国立がん研究センター理事長(発
なる十数名の患者や家族の委員による運営評議会
足当時は総長)より委嘱する.がん対策情報セン
ワーキンググループ(委員は運営評議会の患者委
ターの活動を支える外部委員としては,
「専門家
1)
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パネル」として,各種専門家によるパネル委員会
ない郡部や離島などにお住まいの方,若年で罹患
が設置されているが,
「患者・市民パネル」もそ
し同世代の仲間探しや妊孕性に悩みをもつ方,ま
れと同等に重要ながん対策情報センターの応援団
れながんで情報入手に苦労した方などである.
である.
毎年,年度のはじめには委嘱状の交付と説明を
行う会を開催するとともに,「患者・市民パネル
1 メンバーの構成と運営方法
の手引き」を全員に配布し,「患者・市民パネル」
の役割や留意事項について案内している.国民と
患者・市民パネルは,2 年間の任期で,定員を
がん対策情報センターとの架け橋になっていただ
100 名と定めている.平成 20 年度の第 1 期メンバー
く役割を期待していること(図),そのためにが
60 人でスタートし,平成 26 年度の第 7 期まで,
ん対策情報センターが科学的根拠に基づくがん情
各年約 50 名ずつこれまで計 297 名の方々(複数回
報の提供や,国のがん対策に沿った事業を展開し
の委嘱者あり)にメンバーとなっていただいた.
ていること等について十分に理解していただくこ
応募資格としてがん対策への関心・熱意・見識
と,公開前の情報に関する守秘義務や利益相反等
を持ち,次の 4 つの条件,1)がん患者,もしく
についての注意事項等である.
はがん経験者,または現在もしくは過去において
2 これまでの活動内容
がん患者の家族,介護者,がん患者のサポートに
携わったことがあること,もしくはこれらには該
当しないが,適切ながん情報の普及啓発に関心
患者・市民パネルの活動は,がん対策情報セン
があること,2)がん対策情報センターの活動を
ターが事業として行う情報コンテンツの作成や提
理解し,医療専門家と患者・一般市民の双方の立
供方法についての参画,関連する公的研究費によ
場を踏まえた活動ができること,3)多様な人々
る研究班からの協力依頼の情報提供の二つの形が
とうまくコミュニケーションがとれること,調整
ある.前者については,直接事務局から 100 名の
できること,4)単独または,家族の支援により,
方全員に協力を依頼し,後者については事務局か
インターネット・パソコン・電子メールを使うこ
ら依頼内容を情報提供として案内し,興味をもっ
とができることと定めている.
たメンバーが研究班の担当者に参加意図を連絡す
応募用紙に記載された内容を基に,がん対策情
る.
報センター内に設置する「患者・市民パネル選考
これまでの活動は,1)新規に作成する情報コ
委員会」において,これらの条件を満たす方のう
ンテンツの作成への参画,2)新規に公開する情
ち,可能な限り,関わるがんの種類,住んでいる
報のレビュー,3)すでに公開している情報コン
地域,性別,年齢,その他の属性が多様となるメ
テンツの改善の検討,4)情報普及の手法に関す
ンバー構成となるよう委嘱するメンバーを決定す
る検討,5)公開している情報の普及協力が挙げ
る.活動の多くが,メールなどの文字を通して
られる.いずれも,その人がもつこれまでの経験
のやりとりと限られた時間での集合型でのディス
や人脈を生かしていただくことを期待しており,
カッションであることから電子メールの利用スキ
それゆえに,
「1 メンバーの構成と運営方法」で
ルや,コミュニケーションスキルを要件としてい
述べた多様性が重要となる.
るが,それ以外の点については,より多様な立場
コンセプトづくりから「患者・市民パネル」の
の人の意見を集めることができるよう,属性や経
メンバーの参画により作成された情報コンテンツ
験が多様なメンバー構成となることを意図してい
としては,「患者必携 がんになったら手にとる
る.重視する経験・属性としては,たとえば,大
ガイド」3)
(平成 20 年度から 22 年度),「もしも,
腸がんや泌尿器がんによるストーマの利用,口腔
がんが再発したら[患者必携]本人と家族に伝え
がんによる発話の障害,車椅子の利用といった日
たいこと」4)
(研究班からの依頼の形式で試作版を
常生活上の苦労・困難を抱える方,医療機関の少
作成・平成 21 年度),がんの冊子「もしも,がん
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患者・市民パ ネ ル の 役 割
患者さん,ご家族,一般国民の方
患者・市民パネル
情報提供
意見募集,
評価依頼
国立がん研究センター
がん対策情報センター
情報普及の協力
要望,意見,
評価
情報編集・情報評価
図 患者・市民パネルの役割
と言われたら」5)
(平成 23 年度),
「身近な人がが
生かして検索しやすく,利用しやすいページの検
んになったとき」6)(平成 23 年度)
,
ちらし「知れ
討が行われた.このページ検討の際には,患者・
ば安心 がん情報」(平成 23 年度)などが挙げ
市民パネルメンバーから協力者を募り,「患者・
られる.
市民パネル掲示板」上で議論を行い,現在の「患
「患者必携 がんになったら手にとるガイド」3)
者必携ページ」8)が誕生した.
は,平成 19 年にはじまるがん対策推進基本計画
「がんになったら手にとるガイド」3)の作成時よ
において,インターネットが利用できない患者に
り,再発したときの方がより厳しい状況があるが,
も情報が届くように作成・普及することが定めら
支えになる情報がないといった意見が寄せられて
れた事業である.試作版の作成,試作版の評価,
いたことを受けて,
「もしも,がんが再発したら」4)
完成版と 3 カ年をかけ,その間に本文そのものは
の作成が行われた.患者・市民パネルより協力者
もちろんのこと,冊子のコンセプト,見出し,書
を募り,再発を体験した方,遺族として家族を看
名,完成版の判型に至るまで,患者・市民パネル
取った方など,8 名の方々が作成メンバーとなり,
の皆さんからの意見を得ながら作成を進めた.が
そこに緩和ケア医,腫瘍内科医,がん相談支援セ
ん対策情報センターのスタッフによる試案に対し
ンター相談員とがん対策情報センタースタッフを
ては,
「上から目線」,
「情報を詰め込みすぎ」
といっ
加えた作成チームにより検討が進められた.がん
た厳しい意見が出され,対案の検討が行われた.
が再発すると完治を望むことが難しい場合も多い
また,患者・市民パネルメンバーにより執筆され,
という厳しい現実を踏まえ,作成理念の丁寧な検
この本の随所に配置されている
「患者さんの手記」
討から着手した.合意された作成理念は,「再発
は読者からも高い評価を得ている.
を告げられてからの経過やがんの進行の段階,が
がん対策情報センターが作成する情報媒体はい
ん種を問わず利用できるもの,すべての人に向け
ずれもがん情報サービス(http://ganjoho.jp)で
たものとして作成する」
,
「再発したときの落ち込
7)
公開し,自由に利用できるようにしている.この
みを少しでも軽減し,落ち着くための助けとなる
「がんになったら手にとるガイド」については,
ものにする」
,
「再発しても希望を持ち続けられる
通常の PDF の公開だけでなく,ウェブの特性を
ことを伝える」
,
「正しい情報を提供する」
,
「どう
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生きるか,自分を見つめ直す機会として役立つも
遺族の立場のメンバーから,家族を支えてくれた
のにする」という 5 点に集約された.
友人の気遣いをありがたく感じた体験,一方で“よ
この理念に沿って見出しの作成,本文の執筆が
かれと思っての配慮”の中で対応に困るような例
行われたが,その際に特に議論となったのは,
「希
もあったという体験が話し合われ,患者さんや家
望をもつこと」の伝え方に関する記述の仕方で
族という当事者たちを見守る人,支えたいと思う
あった.厳しい現実を踏まえながらも「希望を持
人が何をしたらいいのか,伝えられるコンテンツ
ち続けられることを伝えたい」という理念は共有
を作成することとなった.「知れば安心 がん情
されたが,それを言葉にした際,
「生きる可能性
報」7)は,がんについて特別な関心を持たない人
を追求すること,あきらめないこと」という表現
にも,情報の入り口を知ってもらえるよう,簡単
をするメンバーと「もう頑張れない,頑張りたく
で,見やすく,伝わりやすいものを,ということ
ない,という生き方も認めたい,頑張らなくても
で 3 つ折ちらしが作成された. いいよと伝えたい」というメンバーとの話し合い
その他,各種がんの開設など,医療的な情報を
は数回の検討を要した.至った結論は,
「ひとつ
含め,「がん情報サービス(http://ganjoho.jp)」
の正解を提示することはできない.がんの再発を
上で患者さんや一般の方向けに公開する情報や印
体験したそれぞれの人からの異なる経験をあわせ
刷物は,専門家による査読と平行して「患者・市
て提示することしかできない」であった.また,
民パネル」による査読を行い,患者さんや家族,
再発した際の予後が厳しいという事実や死に関す
市民の目でみたときに分かりやすいか,傷つく表
る記述については,読む人に動揺を与える可能性
現はないか,暖かみのある表現になっているか,
も十分に検討したうえで,
「事実を伏せるのでは
といった観点での確認を受けている.また,病院
なく,知りたくない人には情報の存在を知らせつ
情報の提示の仕方や「がん情報サービス」の改修
つ,それを避けることができるように記述する」
などのタイミングでは,アンケートや検討会の形
こととなった.再発を告げられたときの心境を思
で意見を集約し,できるだけ利用者からみて使い
うと,
「この本を手にとる勇気が必要」という経
やすい情報提供になるためのアイディアを提供
験を踏まえ,冒頭は作成メンバーからのメッセー
していただいている.たとえば,「病院をさがす
ジではじまり,目次に続いてメンバーの手記が綴
(http://hospdb.ganjoho.jp/kyoten/)」 で は, が
られているのもこの書籍の特徴である.
ん診療連携拠点病院の情報を提供しているが,が
がんの冊子「もしも,
がんと言われたら」5),
「身
ん相談支援センターが少しでも身近に感じられる
近な人ががんになったとき」 ,ちらし「知れば
ように,それぞれのがん相談支援センターの写真
安心 がん情報」 は,毎年 5 月に開催している,
とメッセージを掲載するとよいのではないか,と
患者 ・ 市民パネルメンバーの最初の集まりであ
いう意見が寄せられ,実装している.
る,
「委嘱状交付式・検討会」での議論から作成
厚生労働科学研究費補助金など公的研究費によ
がはじまった情報コンテンツである.患者,家族,
る研究班からの依頼による対応としても,全がん
市民としてどんな情報が不足していると感じる
協加盟施設の生存率を表示できる KapWeb 9)のシ
か,どんなコンテンツがあれば,今,情報を得ら
ステム更新にあたって,利用者としての意見を述
れていない人に届くか,といったグループ検討の
べたり,
「がんと仕事の Q&A」10)の改訂にあたっ
5)
中で発案された.
「もしも,
がんと言われたら」
は,
て意見を述べたりなど,患者さん向けに作成され
診断直後の時期に,
「がんになったら手にとるガ
る媒体がより使いやすいものとなるための多くの
イド」3)のように大部なものを読むのは苦しいこ
協力が行われている.
ともある.不安に寄り添いつつ,入口となる情報
情報の普及に関しても,それぞれの社会的な役
を伝えるコンパクトな冊子が欲しいという意見を
割を生かして,ご自身の勤め先にリーフレットを
受けて作成することとなったものである.「身近
配置する,教師としてがん教育にがん対策情報セ
な人ががんになったとき」 については,家族や
ンターの発信する媒体を取り入れる,お茶のみ友
6)
7)
6)
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達にがん情報サービスの使い方を伝える,といっ
きた情報としてメッセージを伝え,対策が生活に
た草の根の活動につなげていただく例も多い.こ
活かされていくためにも不可欠なものとなってい
うした草の根の活動は,これまでの 297 名の皆さ
ると考えている.
んの人脈の中で行われることであり,がん対策情
報センターが組織として行う活動ではなしえない
情報普及の形である.
おわりに
「患者・市民パネル」に応募してくださる方は,
ご自身のがんの経験について前向きに受け止め,
対処し,さらにご自身の経験を他の方のサポート
に生かしたいという熱意を持った方々である.す
べての患者さんが同様な思いであるわけではな
く,また,冒頭に述べたとおり,コミュニケーショ
ンに長けた方に限られるという点でも偏りがある
ことは否めない.しかし,100 名のメンバーの中
には,がんを経験しながら社会的な役割を果たし
続け元気に活動されている方も多いが,進行がん
の方も多く含まれ,また 2 年間の任期中に再発さ
れる方,
そして亡くなられる方も少なくない.
「も
しも,がんが再発したら」の作成メンバー 8 名の
うち,3 名の方はすでに他界されている.国立が
ん研究センターに集まっていただく際に,体調の
不安から出席を見合わせると方もいる.また,ご
家族,ご遺族としての立場の方,また医療以外の
側面での支援者としてかかわられた方
(たとえば,
美容師として抗がん剤治療時のアピアランスケア
に携わる方など)さらには,周囲の人にはがんを
体験していることを伝えていないために,氏名の
公開は見合わせたいという方など,多様な方が含
まれている.
がんを経験したり,がんに関心をもっている
様々な立場の方の目でがん対策情報センターの活
動を支えていただくことで,がんが治療可能な病
引用文献・サイト
1) 高山智子:日本のがん対策とがん情報提供体制
の基盤整備.国立がん研究センターがん対策情
報センター編集・発行.がん専門相談員のため
の学習の手引き〜実践に役立つエッセンス〜 .
http://ganjoho.jp/hospital/consultation/support/guidebook.html
2)
Office of Advocacy Relations,National Cancer
Institute at the National Institute of Health
http://www.cancer.gov/aboutnci/organization/
oar(accessed at 23/02/2015)
3)
患者必携 がんになったら手にとるガイド 普
及新版 別冊『わたしの療養手帳』つき . 国立
がん研究センターがん対策情報センター編著,
学研メディカル秀潤社発行,
(2013 年 9 月)
4)
もしも,がんが再発したら [患者必携]本人と
家族に伝えたいこと:国立がん研究センターが
ん対策情報センター編著,英治出版株式会社,
(2012 年 3 月)
5)
がんの冊子「もしも,がんと言われたら」
http://ganjoho.jp/public/qa_links/brochure/
care.html#206
6)
がんの冊子「身近な人ががんになったとき」
http://ganjoho.jp/public/qa_links/brochure/
society.html#207
7)
ちらし「知れば安心,がん情報」
http://ganjoho.jp/public/qa_links/card/keihatsu_chirashi.html
8)
がん情報サービス 患者必携 HOME
http://ganjoho.jp/hikkei/home.html
9)
プレスリリース:2005 年までに分析された 6 万
症例のデータを新たに追加し 5 年生存率を集計
画期的システム KapWeb で公開
http://www.ncc.go.jp/jp/information/press_
release_20140919.html
10)
「がんと仕事の Q & A」
http://ganjoho.jp/public/qa_links/brochure/
cancer-work.html
気となるという側面と同時に,やはり重篤で命に
参考サイト
関わる病であることの深刻さの側面,その両面を
・がん情報サービス http://ganjoho.jp
・
国立がん研究センターがん対策情報センター「患
者・市民パネル」
http://www.ncc.go.jp/jp/cis/panel/panel01.
html
伝え,直面する方々を支援する活動を進めていき
たいと考えている.また,科学的根拠に基づいた
がん対策を進めるという観点からも,
「患者・市
民パネル」の活動は,多様な背景を持つ人々に生