医療の質向上と薬剤業務 薬剤師による中毒チームの活動と 中毒患者への対応ポイント ∼大垣市民病院の取組み∼ 大垣市民病院では “中毒は、医師のみならず、化学物質と人体の関係を熟知した薬剤師も関わるべき分野である” と考え、薬剤部内に中毒チームを設け、中毒患者搬送時における起因物質の特定、医師への情報提供、適切な 処置薬の提案などを行っています。その活動の要点や、他職種や地域との連携、中毒に関する教育などの取組み について、薬剤部長の森博美先生、薬剤師の竹田亜子先生、救命救急センター部長の山口均先生に伺いました。 Ⅰ 薬剤部内中毒チーム 発足の経緯と体制 中毒は、化学物質と人体の関係に精通した 薬剤師が関与すべき分野 どのような経緯から、薬剤師が中毒に関わるよ うになったのでしょうか。 森 薬剤部が中毒に関与するようになったきっかけ 図表1 薬剤部内の研究・実務チーム(2014年10月現在) 研究チーム 中毒(13) 感染症(22) オンコロジー (18) NST (11) 緩和ケア (10) 花粉症(8) 漢方(8) 糖尿病(6) 褥瘡(6) は、35年前に遡ります。農薬中毒の患者さんが搬送 された際、医師に適切な情報提供を行えなかった経 験がありました。一刻を争う状況で適切な情報を伝 えるには、迅速に起因物質を特定できなければなり ません。そのためには、中毒に関する日常的な情報 収集や知識の蓄積が不可欠と考え、1979年、薬剤 実務チーム プレアボイド (18) DI(16) CRC(12) 医療安全(16) 病棟(23) ★ 薬剤師数:52名 ★( )内はチームの人数。 複数兼務を含む。 提供:大垣市民病院 薬剤部 Ⅱ 中毒チームの活動 情報を把握した上で 治療法や予後の予測を提示 部内にチームを組織し、中毒に関する知識や技術の 中毒チームの活動についてお聞かせください。 習得、救急室(現、救命救急センター)に出向いての 森 中毒起因物質は数多く、新規物質の登場や処置 情報提供を開始しました。 法の変化などもあるため、日頃からの情報収集が不 中毒の原因となる化学物質は医薬品だけではな 可欠です。また、搬送された中毒患者さんの退院ま く、農薬や、漂白剤などの家庭用品、工業用薬品、毒 でのフォローアップなど、 日常的に次のような活動を キノコなどの自然毒も含まれます。化学物質に関 担っています。 する幅広い知識と人体への作用に関する知見を併 せ持つ薬剤師だからこそ、中毒 に深く関わるべきと考えてい ます。 中毒チームの体制をお教 えください。 森 当初は5名での取組みで したが、2004年にチームリー ダーを置いて体制を整え、本格 的な活動をスタートしました。 A 調査・情報収集:地域の工場などで使われている薬 品や、薬局で販売されているOTC医薬品などを調査し、 情報を収集する。 B 中毒起因物質の分析:簡易分析キットやガスクロマト グラフィー、液体クロマトグラフィーなどを用いて薬毒物 の定性・定量分析を行う。 C 患者さんのフォローアップ:薬毒物の分析結果をも とに、病態に応じた治療法を医師に提案する。 D 症例集積:中毒チームが介入した中毒症例を集積し、 同様の中毒が起きたときに参照しやすいよう、 データベー ス化する。 現在、 メンバーは13名で、薬剤 薬剤部長 森 博美 先生 部内の他チーム (図表1) と兼務 中毒患者さんが救命救急センターに搬送された している場合もあります。 際は、他職種と連携して治療に携わります (図表2)。 現在、日中は救命救急センター専任の中毒チームの でしょうか。 薬剤師が対応しており、夜間、当直薬剤師が対応困 竹田 かつては中毒起因物 難な場合は、オンコールにより中毒チームの薬剤師 質として農薬が多かったので が出動する体制を組んでいます。患者さんが搬送さ すが近年は減少し、代わって れた後、中毒チームの薬剤師は、以下のような流れ 向精神薬の過量服用が増え で活動を行います。 てきました。 ❶ 医師や救急隊員、看護師、家族、本人などから詳 また危険ドラッグによる中 細な状況を聴取する。また、患者さんと一緒に運 毒や、日本では未発売の薬物 び込まれた医薬品の容器、 ヒートシールなども精 をインターネットで入手し中 査し、詳細な情報を得る。 毒を起こすケースも見られ ❷ 入手した情報を基に中毒起因物質を特定する。 写真1 ます。 ❸ 起因物質を特定できない場合は、患者さんの血 処 置 法にはどのような 液や尿などから簡易分析や機器分析を行い、起 変化がありますか。 因物質のスクリーニング、同定を行う (写真1)。 山口 以前は胃洗浄が頻繁 ❹ 起因物質を同定したら、急性中毒治療に関する文 に行われましたが、現在は吸 献を添付の上、初期治療の選択や予後の推測な 着薬や下剤で処理することが どを医師に提示する。 多くなっています。 ❺ 処置薬(吸着薬や下剤、拮抗薬、解毒薬など)は、 管による食道壁・胃壁の損傷 参する。 などのリスクがあり、服用後 ❻ 患者さんが救急病棟やICU、一般病棟に移った後 1時間以内の症例以外はエ は、必要があれば分析装置を用いて経時的に定 ビデンスが乏しいとされるか 量分析を行う。B らです。 がら病態に応じた治療法を医師に提案する。C 写真2 胃洗浄は誤嚥性肺炎や胃 必要に応じて薬剤部から救命救急センターに持 ❼ 起因物質の血中濃度結果(写真2)などを示しな 救命救急センターの薬物分析室にはGC-MS (質量分析装置付ガスクロマトグラフィー)や LC-MS/MS (質量分析装置付超高速液体クロ マトグラフィー) が設置されている。 医師に中毒の重症度や予後の推定、治療法 の選択などをアドバイスする際に提示する、薬 毒物の血中濃度結果報告書。 エビデンスに基づいた治 提供:大垣市民病院 薬剤部 療を行うためには、常に学会や研修会に参加し、最新 ❽ 中毒チームが介入した症例を整理し、データベー 情報を得る必要があります。 ス化して集積する。D 薬剤師が中毒に関わる意義について、医師とし 中毒の起因物質では、 どのようなものが多いの てどのようにお考えですか。 図表2 大垣市民病院における中毒患者搬送時の薬剤師の活動 中毒患者 搬送 問合せ 救命救急 センター 夜間・必要時 薬剤部 必要であれば出動 薬剤部 (中毒チーム 13名) ❶ 救命救急センターへ出向き 中毒起因物質と患者さんの情報入手 医師、救急隊員、看護師、家族、本人に詳細を確認 中毒起因物質情報 患者情報(服用量、服用時間、 発生状況、中毒症状、基礎疾患など) ❸ 中毒分析(1) 不明 ❷ 中毒起因物質の確認 スクリーニング、同定 各種簡易分析キット、 分光光度計、HPLC*、 GC-MS**、LC-MS/MS*** 判明 判明 ❹ 初期治療や予後に関する提示 吸着薬・下剤、拮抗薬、胃洗浄、 輸液、血液浄化法、その他 ❺ 処置薬の調製と持参 B ❻ 中毒分析(2) C 病状変化や血中濃度の値により 随時、治療法を医師に提案 救急病棟、ICU、一般病棟にて 経時的に定量分析 各種簡易分析キット、 分光光度計、HPLC*、 GC-MS**、LC-MS/MS*** ❼フォローアップ D ❽ 中毒症例の記録・データベース化 * : HPLC:High Performance Liquid Chromatography(高速液体クロマトグラフィー) ** : GC-MS:Gas Chromatography-Mass Spectrometry(質量分析装置付ガスクロマトグラフィー) ***: LC-MS/MS:Liquid Chromatography-Tandem Mass Spectrometry(質量分析装置付超高速液体クロマトグラフィー) 提供:大垣市民病院 薬剤部 山口 何よりも有り難いのは、薬剤師の関与によっ 竹田 迅速かつ的確な治療のためには、他職種と知 て救命救急センターの医師が治療に集中でき、的確 識・情報を共有することが求められます。 な処置ができることです。 例えば当院看護師とは、正確なデータを得るため 例えばアセトアミノフェンの過量服用では、処置を に採取すべき生体試料や採取のタイミングなどを、 誤ると肝移植が必要になるケースもあります。 その都度説明しながら治療に携わっています。 薬毒物によっては薬剤師が血中濃度を迅速に測 森 多職種連携で最も大切なのは信頼関係です。 定して重症度や予後を推定し、治療法の選択肢を提 単に電話で情報を伝えるのではなく、ベッドサイドで 案してくれることが、重症化の防止につながっている 一緒に活動することが、 スタッフの連帯感につながっ と思います。 ていると感じています。中毒チームの夜間オンコー 患者さんの状態を自らの目で確認し 的確な治療法を提案 中毒チームの薬剤師として重視されている事 ル体制も、医療スタッフからの信頼を得ている一因 だと思います。 山口 私も、職種間の信頼関係がスムーズな中毒 柄をお教えください。 治療を可能にしていると実感しています。 竹田 一番のポイントは、実際にベッドサイドへ出向 救急隊員から中毒患者さんが搬送されるとの連 き患者さんの状態を注意深く観察することです。患 絡を受けたとき、予め薬剤部に情報を伝えれば、搬 者さんの身体から発する臭い、吐物の色などは起因 送前から処置法を想定して準備してくれるので、迅 物質を推測する際の重要な情報となります。 速に治療を開始、 かつ治療に集中できます。 日頃服用している薬と中毒起因物質 当院では医局に医師と薬剤師が入っ との相互作用も想定されるので、薬歴 ていることもあり、互いのコミュニケー はもちろん、腎・肝障害などの既往歴 ションが密なので、若手医師も日頃か など、患者さんの背景を家族や同伴者 ら不明点などを薬剤師に質問しやすい から聴取し、患者さんに関する詳細な 関係が醸成されています。 情報を収集することが不可欠です。 中毒における地域連携の意義や 様々な情報を基に早い段階で起因 啓発活動についてお聞かせください。 物質を絞り込むことにより、迅速かつ 山口 近年、精神疾患の患者さんが向 適 切 な 治 療 法 の 提 案 が 可 能 になり 精神薬を溜め込み、 過量に服用して中毒 ます。 を起こすケースが増えています。 その他、緊急時であっても十分な量 の拮抗薬や解毒薬を供給できるよう、 中毒チームリーダー 竹田 あつこ 亜子 先生 地域の精神科医と連携し、中毒医療 の現状を知ってもらい、 このような状況 日頃からの在庫管理も薬剤師の重要な役割です。 を改善できるよう取り組んでいます。 森 ICUや一般病棟に患者さんが移られた後は、意 森 向精神薬の適正使用については、保険薬局との 識の回復を待って、服用した薬毒物を患者さんから 連携も大切です。 直接聴き取ります。また、必要に応じて経時的な血 薬剤師向けの講演会などを通じ、精神神経科や 中濃度測定に基づく治療法の提案も行います。 心療内科などを受診している患者さんの薬剤を保 患 者さん の 精 神 面 へ の 配 慮も忘れてはなりま 険薬局でチェックし、不要な薬剤や投与量、投与日 せん。特に自殺未遂の患者さんに対しては、社会復 数などを処方医に疑義照会してもらうよう働きかけ 帰を全力で支援するよう心がけています。 「 死にた ています。 い」 と思うこと自体が一つの病態と認識し、他の患者 かつては身近な保険薬局が、中毒を疑う患者さん さんと平等に接するようにしています。 や家族からの問合せを受け、自宅で様子を見ればよ いか、 急いで医療機関を受診すべきかなどのトリアー Ⅲ 中毒における 院内外との連携と啓発活動 ジを担っていました。 しかし、現在は中毒に関する知識を得る機会が 少なく、保険薬局によるトリアージが難しくなって 地域の薬局薬剤師、精神科医とも連携し 中毒の知識を啓発 います。 医療スタッフとの連携では、 どのような点に留 含めた中毒に関する知識の啓発にも取り組んでい 意されていますか。 そこで、大 垣 薬 剤 師 会などと連 携し、自然 毒も ます。 Ⅳ 院内での中毒に関する教育 中毒の基礎から分析技術まで 知識獲得とスキルを継続 中毒に関して、院内教育はどのように行われて Ⅴ 中毒における薬剤師の 存在意義を更に高めるために 中毒に多くの薬剤師が関わり 地域で支えることが理想 薬剤師の中毒への関与について、今後の構想 いますか。 や期待をお聞かせください。 森 新人薬剤師であっても、当直時には救命救急セ 竹田 2011年にクリニカル・ トキシコロジスト認定 ンターからの依頼に対応できなければなりません。 制度****が始まり、また、2014年度の診療報酬改 そこで薬剤部では、新人研修の一環として中毒に 定では、一般の救命救急センターも「急性薬毒物中 関する勉強会を実施しています。当院で作成した、 毒加算」を算定できるようになりました。中毒への 急性中毒の初期治療に関するデータベース 『急性中 取組みが制度にも反映され、中毒に関わる薬剤師に 毒情報ファイル』 ( 写真3)の活用法や、致死量の計 とってモチベーションが高まる状況になっています。 算法、患者さんや家族から問合せがあったときの対 これを弾みに、学会発表や論文投稿なども含め、 応法などを習得させています。 活動を更に活性化させたいと考えています。 また、特殊な症例などは、薬剤部全員で情報を共 山口 中毒への薬剤師の参画は 有するよう、朝礼や連絡会で報告します。更に、他職 とても有用だと思います。医療の 種や薬学生に対する教育も行っています (図表3)。 根本は、患者さんを実際にみるこ 写真3 とにあります。 直接患者さんをみて考察し、必 要な情報を提供してくれる薬剤師 は、 非常に心強い存在です。全国的 にも多くの薬剤師が中毒に関わっ てくれることを期待しています。 森 中毒には迅速な処置が求めら れます。そのため、保険薬局や様々 救命救急センター部長 山口 な医療機関が役割を分担し、地域で支えていくこと 大垣市民病院の長年の経験に基づき、初期治療に必要な情報をカード式 にまとめた 『急性中毒情報ファイル 〔第4版〕( 』廣川書店) 編著:大垣市民病院薬剤部 森博美/山崎太 図表3 大垣市民病院における他職種・薬学生に対する 中毒教育 医 師:初期研修、春期特別講座(研修医)、内科会 看護師:救急・ICU看護師への勉強会 救急隊:病院と救急隊との合同研修会 薬学生:実務実習 (1.5日間 … 講義、実験、演習) 中毒チーム内でも勉強会は行われていますか。 竹田 中毒チームの薬剤師といえども中毒起因物 が理想です。 近年はインターネットで海外の医薬品を購入する ケースが多々あり、 また後発品の普及などで医薬品 の種類が増えたため、中毒起因物質の推定が医師や 看護師だけでは困難になっています。 医薬品に詳しい薬剤師が医療チームの一員とし て中毒に関わる必要性は、今後更に増すと思われま す。日本中毒学会や日本救急医学会などと連携し、 より多くの薬剤師に中毒へ関心を持ってもらえるよ う、啓発に努めたいと考えています。 ****:クリニカル・トキシコロジスト認定制度:薬毒物中毒に関する十分な知識や技能 を持つ医師や薬剤師などの幅広い職種を、単一資格で認定する制度。中毒医療のレベ ルアップを目的に日本中毒学会により設立。 質の定性分析を行う機会は少なく、またスタッフに よって機会の不均等が生じるため、チーム内で定期 的に簡易分析講習会を行い、知識や技術の維持に 努めています。 また、当院は “急性薬毒物中毒測定24時間体制” という目標を掲げており、夜間の分析にチームメン バー全員が対応できるよう、分析機器による測定演 習も定期的に実施しています。 大垣市民病院の概要 岐阜県大垣市南頬町4-86 院 長:曽根孝仁 開 設:1959年 病床数:903床 診療科:27科 薬剤部:52名 〈平成26年12月現在〉 均 先生
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