第4号 チンパンジーに学ぶ

チンパンジーに学ぶ
チンパンジーとオランウータン、生物学的には、どちらも
霊長類の分類群のひとつであるヒト科に属するらしい。
このチンパンジー、とても愛嬌がある。動物園などで見か
けると、じっと立ち止まり、彼と話をしたくなった経験を持
っている人も多いと思う。人間と同じように、くすぐられる
と独特の表情を浮かべ、仲間同士で追いかけ合ったりして、
実に楽しそうに笑い声を出す。利発で、活発でと、積極的な
しぐさが多くみられる。
それに比べて、オランウータン。どこかタラー・タラーとして、動きが鈍く、だらしない姿でい
つ見てもドテっとしている。どちらかと言えば、消極的なタイプにも見える。
こうした特徴を考えた時、私たちは、チンパンジーとオランウータンのどちらを好ましい性格と
して評価するだろうか。おそらく概観した雰囲気からは、どちらかと言えば、チンパンジーの方が
人々に好意を持たれるのであろう。
実は、チンパンジーとオランウータンのそれぞれの子どもを使った実験の話を聞いたことがある。
箱の中にバナナを置いておく。この箱の中は外から見えるようになっていて、ドアには、簡単な仕
掛けのある鍵がある。
チンパンジーとオランウータンを、それぞれ、その箱の前に置いて、どんな行動するかを観察し
たのである。
まず、チンパンジー。
すばやくドアに近づき、中のバナナを取るために、必死で箱をゆすり始めるという。鍵をいじく
り、なかなか取れないバナナにイライラしながら、箱の上に飛び乗ったり、走り回ったり。実に賑
やかに、箱の周りをバタバタと動き回り、実に様々な行動を繰り返し、その内に、やっと箱の鍵の
仕掛けに気付き、何とかバナナを取って食べることが出来た。この間にかかった時間、実験では、
約10分だったらしい。
次に、オランウータンである。
すぐに動こうとはせず、じっと箱を眺めている。しばらくして、おもむろに箱に近づき、箱の鍵
を少しさわったかと思うと、鍵の開かない箱から離れて、またドタと床に腰をおろす。そして、じ
っとしたまま、チラ、チラと箱を見ながら、また、視線を外す。こうした状況が続いたらしい。そ
して、その内、ハタっと立ちあがったと思うと鍵をすぐさま開け、バナナを取って食べたのである。
そして、その時間は、チンパンジーと同じ、約10分だったというのである。
このことから、私たちは、何を学ばねばならないのであろうか。
チンパンジーとオランウータン、その行動は、それぞれに特徴がある。しかし、双方が目的とし
ていたバナナを自分の物にするということに費やした時間は、変わりがなかったのである。
私たちが何かの行動をする際、あるいは、子どもたちの言動を評価する際に、このチンパンジー
のような主体的で、積極的で、ハキハキしていて、行動的で、元気なタイプの言動を高く評価し、
オランウータンのように消極的で、大人しくて、何かはっきりとしない、そういうタイプを余り評
価しないという傾向がないだろうか。
つまり、どうしても外見を物差しにして人を評価することが多いのではないだろうか。このチン
パンジーとオランウータンの実験が示唆しているように、その人物の真の姿というのは、それぞれ
が持つ特性だけでは計り知れないということである。
『無用の用』というすばらしい日本の文化性を表した言葉がある。また、
『小指は指の赤ちゃん』
という曲では、「お箸は持てない。スプーン持てない。ご飯拾えない。バナナむけない。ミカンむ
けない。お菓子もおやつもつかめない。しかし、指きりゲンマン、約束が出来るんです。」という
歌詞が書かれている。
「技術のあるなしは、他との比較である。技術が、今がそこならば、その時点で最高の花がある
のです。
」
これは、20 年ほど前、未生流中山文甫会家元の中山景甫氏の教室に通っていた時に、亡き父、
文甫さんの遺された言葉として教えてくれたものである。
学校現場においても、こうした見方、捉え方を常に心掛けることによって、はじめて、子どもた
ちに自己有用感つまり、今の私が必要とされているという意識を育てることができるのであろう。
私は、30 歳代に、車椅子で自由の利かない重度の障がいのある児童を担任したことがある。教
育の原点の一つを私に教えてくれた児童であるが、友達と比較して何もすぐれたものを持ち合わせ
ていないと思っていた彼女は、自分の無力さを私に投げかけることが多くあった。私はその時、こ
のチンパンジーとオランウータンの話や小指の歌、自分で光を発する太陽と、太陽の光を受けて夜
を照らしている月の話等々を使いながら、他の人が自分より優れていても、あなたの恥ではないと
言い続けたものである。そして、真に恥じなければならないのは、去年の自分に比べて今年の自分、
昨日の自分に比べて今日の自分が優れていない時であるということを教えたことを思い出す。
チンパンジーとオランウータンは、実に大切な教育の視点を教えてくれている。