文化人類学特講 - 人間総合科学大学

文化人類学特講
単位数:2
選択
担当教員名:中山和久
開講時期:1・2 年次 前期
●テーマ
文化人類学で積み重ねられてきた質的研究の知見を獲得する。
①一般目標
②行動目標
達成目標
概要
質的研究とは何かが説明できる。
①質的研究での研究課題の設定過程が理解できる。
②相対化による科学のあり方が理解できる。
③質的研究でのデータの扱い方が理解できる。
④フィールドワークとは何かが説明できる。
⑤現実を直視する方法が理解できる。
この科目では、文化人類学において長年積み重ねられてきた「質的研究」の
知見を、受講生が少しでも多く獲得することが目標となります。
教科書は、日本民族学会(現・日本文化人類学会)の会長も務められた波平
恵美子先生の経験を、エスノグラフィー論の俊英である小田博志氏が聞き取
り、対話形式で表現したものです。数年のフィールドワーク(現地調査/実地
調査)を経なければ修得し難いと言われる文化人類学の方法論を、初学者にも
理解しやすく、読み易い形式で概要を示すことの出来た好著であると評価でき
ます。修士課程 2 年生のときに波平先生に学んだ者として、本書はまさに先生
の人生経験のエッセンスが詰まっていると感じています。
文化人類学は、参与観察と聞き取り調査を両輪とするフィールドワークを積
み重ねることで、人間の生活様式(文化)全般に関して幅広く具体的なデータ
(事例)を収集し、人間の「生きられた現実」を捉える学問であると言えます。
そして、こうした研究方法は「質的研究」と言い換えることができます。文化
人類学は、現実の苦悩を解決するには、なによりも苦悩を抱えている現場から
立ち上げることが重要であると考えているのです。
解決の糸口となる手掛かりは必ず現場にあります。現場で繰り広げられる人
間のありとあらゆる表現を、
「現場百回」
「地べたを這いずり回って」つぶさに
眺め、言説・行為・組織などから手掛かりを拾い集め、「目の前のこの状況」
をどう読み取っていったら良いのかを考え、アブダクション(発想推論)によ
って分析し、苦悩を解決していく。これが教科書の副題にもある「いのちの<
現場>を読みとく」作業なのです。文化人類学は「虫の目で現実を集め、鳥の
目で苦悩を解消していく」学問と言い換えることもできるでしょう。
さて、受講生が質的研究の知見を獲得する方法としては、教科書に沿って 5
つの課題を順次課して行き、最後に受講生が自身に引き寄せて身近な方法とし
て質的方法を考える訓練を科目修了試験として課す方法を採用します。
第 1 課題では質的研究での研究課題の設定過程について学修します。「問題
の種」は私たちの日常生活のなかにあるものです。とりわけ昔から疑問に抱い
ていたことというものは、本人にとっては勿論のこと、他の多くの人々にとっ
ても重要であることがしばしばあります。その問題意識を研究課題へと昇華さ
せ、批判を糧に洗練させていく方法を中心に学んで下さい。
第 2 課題では研究対象の「相対化」による科学について学修します。社会科
学や人文科学の「科学」観は、自然科学のそれとはかなり異なっていますが、
エビデンスとなるデータを積み重ね、それらを偏らずに総合的に分析すること
で、ある程度の普遍性や再現性を担保することは可能だと思われます。独断と
偏見から脱却するには、文脈感覚を身につけることが重要となります。より多
くの人が納得出来る仮説へと昇華させるのが科学の基本と言えるでしょう。
第 3 課題では質的研究におけるデータの扱い方を学修します。文化人類学で
キーワード
使用教材
授業方法
は、データの「声」を聞くことが出来れば、ほぼ研究の成果がまとまります。
ただし、その「声」は、対峙を深めれば深めるほど変化して行き、より真実へ
と迫って行くように思えます。手元のデータは大切にし、決して使い捨てず、
常に持ち歩き、時と場所を変えて何度も眺めることが重要なのです。優れた文
化人類学者は過去に得たデータを決して捨てません。データを集積すればする
ほど真実の「声」が聞こえてくるのです。その一例として私もお手伝いした『怪
異・妖怪伝承データベース』
(http://www.nichibun.ac.jp/youkaidb/)を紹介
しておきます。先行研究は仮説だけでなく、重要なデータを提供してくれるも
のでもあるのです。
第 4 課題では質的研究の中核をなすフィールドワークについて学修します。
具体的には、調査地との出会いから、予備調査、調査地の選定、データの収集
と整理に至るまでの過程を学修します。調査で最も大切なことはデータを得る
ことですので、インフォーマント(調査協力者/被調査者)との距離の適切さ
が重要な課題となりますが、教科書ではそのコツも紹介されています。
第 5 課題では現実を直視する方法を学修します。教科書では波平先生が文化
人類学の枠を超えて人間の苦悩の解消のために活躍した経験が詳しく紹介さ
れています。先生が何故、日本の応用人類学・実践人類学・臨床人類学・医療
人類学のパイオニアと評価されているのかが理解できるとともに、自身がなす
べき研究への反省を強く促してくれます。研究というものは「人々の幸せに資
する」という基本を決して忘れてはならないと思います。
科目修了試験では、質的研究とは何かを全くの初学者にも説明でき、自身も
ある程度は試みることが出来るという水準の知見を獲得します。社会構造機能
論を基礎としながら、アブダクションによって個人から集団・社会を見透すこ
とが出来れば、質的研究は成功したと言えるでしょう。どんな小さな研究であ
っても、そのなかには世界が入っているものです。逆に世界が見透せない研究
は、まともな研究とは言い難いでしょう。先生は分析概念と民俗語彙の峻別を
強く推進しましたが、一大ベストセラーとなった『ケガレの構造』(青土社、
1984 年)は、その金字塔と言えるでしょう。
以上、この科目では文化人類学の幅広い研究成果の中から、その基礎的・根
幹的な成果である「質的研究」についてのみ学修します。自身の問題意識や研
究課題を「知恵」(Knowledge for well-being)へと昇華させる方法として、
是非ともこの「質的研究」を活用して行って欲しいと思っています。
質的研究、
①教科書
波平恵美子・小田博志:質的研究の方法.春秋社,2010.
②参考図書
波平恵美子:いのちの文化人類学.新潮社,1996.
③関連学会誌
等
日本文化人類学会『文化人類学研究』
④リーディン
グリスト
なし
日本民俗学会『日本民俗学』
印刷教材及びインターネットによる在宅学修
計 5 回のレポート、他学生のレポートに対する意見書き込み、科目修了試験結
成績評価
備考
果等の総合評価
質的研究を柱として修士論文に取り組む予定の学生は、ウヴェ・フリック著、
小田博志訳の『質的研究入門』
(春秋社、2011 年)も参照すべきでしょう。