テキサス大学 MD アンダーソンがんセンター(MD

テキサス大学 MD アンダーソンがんセンター(MD Anderson Cancer Center:MDACC)視察報告
横浜市立大学大学院医学研究科医学研究科長・精神医学部門主任教授 平安良雄
がん総合医科学の市川靖史教授、センター病院緩和ケア部の斎藤真理先生、放射線医学教室の高野祥
子先生、センター病院看護副部長の波木井良子さん、センター病院看護師の桶谷涼子さんと私の合計 6
名が横浜市立大学から第 1 回目の視察チームとして 1 月 27 日から 31 日までの 4 日間、MDACC を訪問
した。今回の MDACC 視察は、昨年度 MDACC と横浜市立大学が締結した MOU を元に、相互交流を推
進することが主目的であるが、私自身いくつかの目的があった。1 つ目は医学研究科長として臨床研究体
制構築のプロセスを学ぶこと、2 つ目は精神科医としてコンサルテーションリエゾン活動に対して情報交
換をすること、3 つ目は研究者育成、4 つ目が医学科学生や大学院生の受入などの人材交流について意見
交換を行うことであった。
全米第 4 の都市(人口約 400 万人)であるヒューストン郊外にある Texas Medical Center は 10 ㎞四
方のエリアにテキサス大学などの関連施設が多数集まり、全米でも有数の巨大な medical complex を形
成している。MDACC はテキサス州に 30 の施設を持つが、大半がこのエリア内にあり、施設内はどこで
も Wi-Fi が設置され、訪問者は患者を含め自由に利用することができる。初日の午前中に Global
Academic Programs(GAP)の Project Director である TJ Liu 先生のオリエンテーションを受け、以後
はそれぞれが分かれて各分野の専門家に会い、施設の見学を行った。
1. 臨床研究体制
Department of Breast Medical Oncology の炎症性乳がんの臨床研究において世界的な権威である
Naoto Ueno 教授にお会いし、clinical trail チームのミーティングに参加させてもらった。現在実行中の
5 つのトライアルと、研究室独自の研究として実施している 10 個のトライアル、その他計画中のトライ
アルについて 1 つ 1 つレビューを行った。ミーティングの進行は Administrative Director であり、修士
課程を修了し research nurse の資格を持つ Jie S Willey さんが行った。各トライアルを担当している 7
名の CRC も参加し進捗状況が確認された。最後に Ueno 先生から研究体制や戦略についてブリーフィン
グを受けることができた。長所を強調し、症例を集め、実施率を高めることができるかが、国や企業か
らの資金を受けるうえでの鍵であるという意見であった。研究計画を実行可能にするためには、1 症例あ
たりいくらの予算が必要になるかを的確に積算する力が必要で、研究だけでなく、経営的手腕も研究者
に要求されると感じた。
研究支援体制の重要な部門である Department of Biostatistics の Yu Shen 先生と面談し、研修支援体
制について話をうかがった。MDACC では医学統計の専門家が約 50 名(博士課程修了者と修士課程修了
者が約半々)いて、1000 を超える clinical trial のサポートを行っている。データ管理部門とも直結して
いるが、data manager の資格は特になく、トレーニングがしっかりできれば問題ないと言われた。デー
タバンクについては、組織が大きくなりすぎて、課題が多いとのことであった。Shen 先生は 7 月に来日
予定とのことで、その際に横浜にも立ち寄っていただき、指導をいただけないかと思った。今後は研究
者や医師だけでなく、MOU を通して統計学者の交流も積極的に行うべきであると感じた。
2. 精神科および緩和医療の体制
Department of Psychiatry 主任教授の Alan Valentine 教授に面会した。
MDACC に精神科病床はなく、
630 床の病床に対して 5 人の精神科専門医に加え fellow(シニアレジデント)2 名、advanced practice
nurse 4 名にテキサス大学やベイラー大学医学部のローテーション学生 1,2 名が加わったチームでコン
サルテーションに対応しているとのことであった。精神科病床がないことで、重症の精神障害や切迫し
た希死念慮のある患者への対応は、地域の精神科病棟のある病院と連携して対応している。がん患者全
員に希死念慮のスクリーニングを行うことについてはリスクもあり議論中であるとのことであった。診
療体制は精神科医 1 名が 2 週間入院患者の担当し、残りの 4 人が 8 週間外来業務を担当し、5 人でロー
テーションを組んでいる。夜間・週末はオンコールで対応するが大きな問題はないとのことであった。
小児がん患者の対応については児童精神科医がパートタイムで診療を行っている。全米のがんセンター
の中でも精神科医ががん患者だけの対応をしている施設は少なく、がん患者専門の精神科医は全米で 100
名程度だろうという話であった。米国にはリエゾン領域の専門医はなく、psychosomatic medicine の専
門医がリエゾン精神医学の専門医として認識されているとのことで、用語については議論が多いそうだ。
課題は患者家族やサバイバーの対応が十分にできていないことにあるとおっしゃっていた。
精神科の Assistant Professor を務める Jerry Ignatius 先生に psycho oncologist としての日々の診療
業務を中心に話をお聴きし、外来患者の診察も見学させていただいた。通常は週に 3 日間の外来と 2 日
間の教育・研究日がある。再来は 1 日 7~9 人程度で 1 人 30 分かけることができる。電子カルテが導入
されているが、所見はメモを元に電話を使用して録音し、入力は診療支援スタッフによって行われる。
また、自己研さんの資金として 1 人当たり年間約 20000 ドルの研究費が支給されるとのことであった。
課題としては、コンサルテーションを受けるタイミングにあり、がんの種類や oncologist の性質によっ
ても変わることがある。その他、5 名の精神科医でどれくらいの患者に対応できるのか明確な基準がない
こと、またせん妄に対する対応なども課題であると話していた。MDACC には 100 名以上のソーシャル
ワーカーがいるが、精神科専従の SW がいないことも課題のようである。
advanced practice nurse と CNS の資格を持つ Mary Hughes さんの面接にも陪席させてもらった。
oncologist から紹介された乳がん患者さんとの面接であったが、精神的、身体的な状況を構造的に正確に、
しかも受容、共感を適切に行いながら面接を進めた。最終的に、不眠と不安については、精神科医には
紹介しないでも良いという判断をくだし、地域でのカウンセリングの継続と、メラトニンの使用を勧め
た。心理的サポートだけでなく、性生活から信仰に至るまで幅広い日常生活における細かな悩みについ
ても適切に指導していた。
がん医療において重要な部門の一つである Palliative Care and Rehabilitation Medicine の主任教授
である Eduardo Bruera 教授と面会した。Bruera 教授は緩和医学領域の権威であり、日本にも何度も招
聘され講演など行っている。米国でも緩和医療という言葉の持つ意味は重く、偏見も強いと述べた。
Supportive Care Center と名前を変えたことで、利用者が急増している。紹介された患者が one stop-one
time で様々な支援を受けられるようにすることが重要であり、初期評価は advanced practice nurse が
行い、医師と相談しながら様々な医療・支援に結びつけている。60%は入院患者であるが、院内で死亡
する患者の割合は 50%以下であり、ターミナルケアという意味は薄まりつつある。スタッフは専門医が
21 名、fellow が 5 名、advanced practice nurse が 8 名である。医師の中にはがん以外の合併身体疾患
に対応する専門家も含まれている。日本の現状も把握されており、緩和医療の重要性が理解されてきた
時期にマンパワーが不足するとバーンアウトを起こし、結果として緩和医療が発展しなくなることを危
惧されていた。この時期を脱するには資源を投入することと、組織のマネージメントが重要であると述
べられた。
病院の診療機能を効率化し、医療者の業務負担を軽減するケースマネージメントを実践する部署が
Department of Social Work である。今回 Senior Social Work Counselor である Wendy Griffith さんか
ら話をうかがうことができた。現在 MDACC 全体で約 70 名の SW がいる。中央部門として管理してい
るケースと、Cancer Support Center(Palliative Care)のように部署で固有に social worker(SW)が
従事している部門がある。
MDACC では受診する患者全員が Social Work 利用するのではなく、各部署からの依頼があった場合
に SW がケースマネージメントを行う。
MDACC は州立大学である Texas University の系列病院であり、
健康保険を持つことができない患者さんも受け入れている。したがって支援は多岐にわたる、がん患者
の支援について重要なことは何かを尋ねたところ、まず個々の患者さんの持つ cancer を理解することと
答えられた。がん自体の種類、病期、予後などの知識が求められる。頻度として多いのが薬物依存の合
併というのは米国の特徴かもしれないが、違法薬物だけでなく、鎮痛剤、向精神薬、アルコールなどへ
の依存に関しては日本でも一定の比率で合併していると思われる。さらに、経済的支援、介護者の確保、
遠方から治療に訪れる患者さんへの宿泊支援、駐車場の手配、日常生活の基本的な支援など多岐にわた
り評価し、マネージメントを行っている。
米国では、通常の 4 年制大学を卒業した、SW の上位資格として修士課程を修了した、clinical social
worker(CSW)という資格がある。いずれも国家試験である。MDACC には臨床心理士は少なく、Cancer
Support Center にカウンセラーが複数いる程度で、CSW が心理面での評価を行い、必要に応じて精神
科と連携をとるとのことであった。患者さんの感情(emotion)の支援も SW によって提供される重要な
支援ということであり、化学療法や外科手術などの先進医療だけではない、進化したがん医療の一端を
見せていただいた。
3. 研究者養成
Medical Education 部門の Vice President である Diane Bodurka 先生に MDACC における教育体制
について話をうかがった。Bodurka 先生は主に専門医を目指すための fellowship プログラムの統括を行
っている。MDACC では 20 以上の専門医プログラムがあり、それぞれの施設基準に対応し、米国の厳し
い認証審査をパスするのは容易ではないと想像する。MDACC では医学と研究を同時に学ぶ MD/PhD コ
ースを設置しているが、人気がなく毎年 5 人の定員を満たせていないようであった。他職種協働の教育
(inter-professional education)は我が国同様、米国でも必要性が高まっているが、規模が大きいため
教育手法については課題も多いとのことであった。看護師などのコメディカルスタッフがさらに上を目
指して教育を受けることに対するモチベーションをあげることについてあまり苦労はしていないようで
あったが、教育をするスタッフをしっかり養成することが鍵であると話された。また、看護師不足は起
きていないとのことであった。
Graduate School of Biomedical Science(GSBD)の Dean である Michelle Barton 先生からは MDACC
における大学院教育について話をうかがった。現在、修士課程 2 つと博士課程 13 のプログラムがあり、
合わせて約 500 人の学生が在籍している。日本と異なり、医師が大学院に進学することは稀なようで、
上述したように MD/PhD コースの希望者は多くはないようである。修士課程はほとんどの学生が 2 年で
修了できるが、博士課程は平均 5 年以上かかっているとのことであった。また、米国では 4 年制大学卒
業後に直接博士課程に進学できるそうで、大学制度に日米で違いがあるようだ。学費は州立大学という
こともあり、横浜市大とそれほど変わらないようである。大学院生や研究者の交流については、積極的
な考えで、特に再生医療には関心が強く、横浜市大の得意領域であると話したところ、興味を示された。
他には cancer imaging や bioengineering 領域での交流を望まれていた。医学部学生の受け入れについ
てもお聞きしたが、英語ができて熱意のある学生であればということで、GSBD のホームページを見て、
何を研究したいかを明確にしてから応募してほしいという意見であった。
研究者養成ではないが、School of Health Profession の Dean である Shirley Richmond 先生からも話
をうかがった。日本でいう、放射線技師や臨床検査技師を養成する教育機関であるが、4 年制大学であり、
学士の資格を得ることができる。現在在学生は約 300 人である。Radiologic Science と Laboratory
Science に分かれ 10 個のプログラムがある。1 番学生が多い専攻は Diagnostic Imaging であるが、全米
で 5 つしかない Molecular Genetic Technology も注目されているようである。修士課程のプログラムが
1 つあるが、臨床実習を伴うためかなりハードな印象を受けた。教員は病院での業務も担っており、病院
と大学の連携が進んでいる。これらの専門職は国家資格になっているが、大学として特に国家試験対策
はしていないとのことであった。
4. 連携推進と人材交流
今回 Liu 先生の取り計らいのおかげで、MDACC の Provost(副総長)である Ethan Dmitrovsky 先
生から話をお聴きすることができた。今後の横浜市大との連携推進のためには、まず市大から posdoc を
派遣し、いくつかの部門や研究室と実質的な連携を進めることが重要と言われた。リサーチクラークシ
ップの医学科生派遣についてもお願いをしたが、やはり実績の積み重ねが重要でそれができれば、最終
的に医学科生の受入も可能になるという意見であった。また、international clinical trial の重要性を含
め今後の横浜市大に対する期待にも言及された。
MOU 締結の際に横浜市大にお招きした Oliver Bogler 先生と面談し、横浜市大との連携推進や学生の
受入についてディスカッションを行った。研究者や大学院生の受入については困難が少ないという印象
であったが、医学部学生の受入についてはいくつかの課題を指摘された。現在、MDACC では夏休み期
間に 1 か月間、世界中の連携施設から医学生が訪れサマープログラムを受けている。多くの希望者があ
るが、定員は 10 名で、選考されるのは容易ではないという印象であった。当大学のリサーチクラークの
受入について、基礎医学的研究であれば、MDACC の研究室の中には学生の受入に興味を示すところも
あるかもしれないという意見であった。臨床実習であれ、研究であれ、まずは優秀であること、高レベ
ルの英語力があること、熱意があることが条件である。
MDACC はがん専門病院ということもあるが、臨床を行う医師の大半はがん医療の専門家であり、
oncologist という名称が一般的に使われている。日本の既存の医学概念に固執していると理解が進まない
ということを実感した。
また、米国ではどの領域においても女性の社会進出は目覚ましい。今回の訪問でも面会させていただ
いた方やミーティングで中心となっている方の多くは女性であった。女性医師の働き方やキャリアパス
についても質問したかったが、時間が足りなかった。そもそも民族差なのか「産休」という意識すらあ
まりないようで、女性職員が出産した時には、約 1 か月程度の休みを取る程度ということであった。
「育
児休暇」の概念を説明することにも苦労した。
MDACC は世界中の医療機関と連携を進めているが、廊下を歩いていると多数の中国人医療従事者(研
究者)にお会いする。同期間に日本人にはほとんど会わなかったことからも、国際化という点で大きな
差がついていることを再認識した。今後、横浜市立大学が教員、研究者、学生などを派遣するにあたっ
て、それぞれががん診療や研究に熱意を持つことはもちろんであるが、相当の英語力が要求される。英
語力というよりは、英語を意識しないで、日本にいる時と同様にコミュニケーションが取れるだけの語
学力を持つ人材を養成する必要がある。
総括すると、世界をリードする臨床・研究施設である MDACC と MOU を結べたことは横浜市立大学
にとって大きな収穫である。しかしこの MOU をきっかけとして、共同研究や人材交流を行うためには、
相当の覚悟と努力が必要であると感じた。今後、横浜市立大学の国際化戦略の中で、MDACC との連携
推進は極めて重要である。その実行のためには、多くのプロジェクトの中で優先順位を明確にし、戦略
を持ち、資源を集約していく必要を痛感した。