飲酒(おんじゅ)

飲酒(おんじゅ)
埼玉県飯能市 正覚寺副住職 石井 怜慧
今年も残すところひと月、師走に入り寒さも一段と厳しくなりました。同時にお
酒を飲む機会も増えたのではないでしょうか?
「のむさけ」と書いて世間では、飲酒(いんしゅ)と言いますが、仏教では飲酒(お
んじゅ)と言います。ここで、お酒にまつわるお話をいたします。
お釈迦様の教団が出来た初期のころには、「不飲酒」はなく、仏弟子たちも思い思
いに適当にお酒を飲んでいましたが、これが禁じられるようになったのには理由があ
りました。
お釈迦様が大勢の弟子たちと「バッダチカ」という村におられたときのことです。
近くの村の偏髪行者の家に毒龍がすみついていて、村人たちを散々に悩まし続けてい
たそうです。困り果てた村人たちは「お釈迦様ならば何とかしてくれるかもしれな
い」と教団に救いを求めてきました。こうしたことにかけては抜群の腕を持っている
長老のサーガタ比丘(比丘とは、一人前の僧)がお釈迦様の命によってすぐにその村
に派遣されました。そして、ものの見事に毒龍を退治してしまったのでした。村人た
ちは感謝感激し、サーガタ比丘がこれまで経験したことのないようなご馳走を受けた
のでした。しかしながら、長老でもあるサーガタ比丘は下手なことをするわけにはい
きません。時を見計らって皆に別れを告げると千鳥足で僧坊近くまで帰ってまいりま
した。そこまでは良かったのですが、僧坊の入り口に近づくのと同時に急に今までの
緊張がほぐれたのか、酔いが一遍に回ってきてとうとうその場に倒れてしまいました。
これをいち早く見つけられたお釈迦様は、彼の無様な姿を他の比丘たちに見せては
いけないと、ひそかに弟子の阿難に手伝わせてその介抱にかかりました。そのうちに
どう間違ったのか、お釈迦様を足げにかけてしまったのです。いくら酔いつぶれてい
るとはいえ、お釈迦様を足げにしたのは後にも先にも、このサーガタ比丘を外にして
他に一人としていませんでした。そして、翌朝弟子たちを集められ、酒害についてご
説明なさった後、「もし、比丘にして酒を飲むものあらば単堕罪なり」と申し渡され
たのでありました。
したがって、「不飲酒」の戒めは、「酒を飲むのがいけない」というわけではなく、
それが「引き金」となって他に不都合が生じるのを恐れて制せられたものでした。
お酒は「般若湯」、「三輪」また「ささ」、「硯水」、「霞」、「三木」など、い
ろいろな別名で呼ばれて日常愛用されているものの中でも大きな位置を占めています
が、「酒に呑まれてこれを災いの元にする」ようではみ仏様のお心に逆らうことにな
るでしょうし、時と場所と量をわきまえて、百薬の長として用いるのであれば、み仏
様のお心に添えるのではないかと思います。
飲酒(いんしゅ)は、ほどほどに。
合掌