中小(零細)製造業が 成功するイノベーション

【中小企業マネジメント】
中小(零細)製造業が
成功するイノベーション
∼経営者マインドの滋養∼
広島修道大学 商学部教授 川原
はじめに
直毅
イノベーションのための市場分析
イノベーション
(innovation)
といえば、
シューペンター
中小(零細)製造業者がそれぞれの固有技術を持
の「技術革新」
という言葉を想像しがちだが、
これはあ
ち寄り、新たな役務・サービスの提供を図る際に、必要
る意味狭い定義であり、
筆者自身は単に技術的側面だ
不可欠な市場分析について、
市場規模、
売上げ予測、
けではなく、
自社の事業分野におけるさまざまな刷新、
競合他社との価格差、特許などの差別的優位性、販
新商品開発、
企業が新たに打ち出す新機軸(戦略)
な
路開拓に至るまでの経営計画や収支計画を精査する
ど、広義に捉えている。
また、
これは何も製造業だけで
と、
その圧倒的多くの中小(零細)企業経営者の数値
はなく、
卸・小売業、
サービス業にも当てはまる。2015年4
の読みの甘さが露呈される。業界動向や市場規模など
月、
福山市の食品スーパー・エブリイは一艘買いを始め
については、一般的に矢野経済研究所や富士経済な
た。
これは定置網で捕れた鮮魚を一定数量丸ごと買い
ど、一流の調査会社のデータを購入・活用したり、国の
取る仕組みだが、
業績アップの快進撃を続けるエブリイ
統計データ、
地域のシンクタンクからその推移を予測し、
において店舗のチェーン展開を広げていけば、
さらに
販売目標を立ててはいるが、初年度目からその目標値
効率的経営が求められるのは当たり前である。勿論、
が1/2はおろか1/4にも満たない企業が実に多い。
既存の流通も必要だが、消費者に鮮度抜群で、
しかも
例えば、消費財の場合、人口統計学的に見ても、
い
低価格で商品を提供しようとすれば、何か新しい仕組
ずれの企業も取り敢えずは市場規模の大きな層を狙う
みづくりが無ければ設備投資に見合った収益は見込
のは当然であると思うが、
市場のトレンドとしては少子高
めない。消費者が生活を営む上で生鮮3品は不可欠
齢化の進展は単に市場だけの問題ではなく、
構造的に
であるが、
食品スーパー業界はもはや熾烈な競争状況
国策としても重要課題である。
それでは市場をどのよう
にある。他社との差別化と自社の優位性には、
やはり革
に見ればいいのであろうか。
新的な何か
(イノベーション)
が必要である。
それ故、既
一般的な市場の見方としては、特に消費財市場で
成概念に捕らわれていては斬新かつ画期的な活路は
は現在の消費者(顧客)
を対象に、時代、世代、年代と
見出せないだろう。本稿では、経営者視点のイノベー
いう3つの塊として捉える方法がある。MR(マーケティ
ションについて言及してみたい。
ング・リサーチ)
では、
これをコーホート
(分析)
というが、
時代背景は同じでも消費者の価値観は世代間、生活
環境、
個々のライフスタイルなどによって大きく異なる。
ち
ワイエムビジネスレポート 2015. 7・8月号 No.82
1
中小(零細)製造業が成功するイノベーション
なみに、過去最高益を上げた自動車業界を見ても、
円
安の影響もあって輸出は好調だが、国内市場、即ち、
内需は既に成熟化しており、消費税8%後の影響、
コス
トパフォーマンスから軽自動車の普及率の上昇、取得
税や自動車税などの税制面の優遇措置の見直しによ
る買い控え、
そして若者の自動車離れは深刻な問題で
ある。
さらに、
これに2017年の消費税率10%が圧し掛か
ると、物価上昇を上回る所得向上が無ければ、消費の
冷え込みは一層顕著になるだろう。
宮島の牡蠣屋のオイル漬けは、既にブランド化に成功。好事例の一つ
既に、2015年4月より食料品の原材料費の高騰に
よって乳製品、小麦粉など円安を背景に製品価格の
げに反映されてきた。
値上げは始まっている。市場環境の変化とそのスピー
ところが、
ここにきて原材料費の高騰、人件費、人手
ドは待ったなしである。
自社を取り巻く経営環境、市場
不足、従業員意識(モラル、
マナー)
の低下、新規設備
分析など、
所謂、
SWOT分析をしつつも、
経営者は自社
投資の経営負担、
新商品開発などの経営課題が一気
の経営資源を最大限有効活用できる前向きな意思決
に噴出してきた。HPを見ると、
自社商品の紹介、
ネット販
定、
中長期経営計画を念頭に置いて日々の経営に反
売に至るまで洗練された経営者の感性が光る。提供さ
映させていかなければならない。
れる商品・サービスに経営者のこだわりが見える反面、
徹底した粗利追求が筆者には見えて仕方無かった。
経営者に望まれるクリエイティブ志向
実際、経営者に直接会って、
この点を訊いてみたとこ
ろ、
その通りであった。
さらに、
覆面調査をしてさまざまな
「言うは易く行うは難し」の故事のように、
「無から有
問題点を指摘できた。勿論、経営者自身が現状に甘ん
を生み出す」のは並大抵のことではない。
しかし、現状
じている訳ではない。
むしろ、
現状を打破して経営規模
のルーティンワークに甘んじていたのでは進歩が無い。
を拡大したいところである。
仕事柄、
筆者は多種多様な中小(零細)企業及びその
経営者が抱える諸問題、
また、
現在は文科省の補助金
を活用して全国的に注目されている商業施設の視察
2
経営者マインドとモチベーション
や衰退している地域商業の実態調査、
さらには消費者
しかし、単に設備投資したからといってこれまで通り
行動などについて研究を行っているが、
つい先日、
とあ
の経営では芸が無いと思う。設備投資は現状の売上
る中小(零細)企業の経営者から相談に乗って欲しい
げアップのための手段に過ぎない。
むしろ、次の経営ス
という案件があった。
テージの飛躍のためには新たなクリエイティブな発想
創業5年目、
正社員4名、
アルバイト20名、
年商3億円、
が求められる。例えば、既存商品からの脱却、即ち、新
現在のところ、
経営も順調に推移しているとのことだが、
商品開発、販路開拓がそれである。言葉は悪いが、技
経営者の話を訊く前に筆者が危惧していた経営者の
術屋はよく自社技術に固執し、
ロジカル的発想から脱
思惑と従業員との意識のズレが既に生じており、
また、
却出来ず、井の中の蛙状態に陥る傾向にある。
これに
事業拡大に向けた設備投資に人手不足が問題となっ
対して、商売人は発想はユニークだが、実現性が無い
ていた。経営者はこれまで一心不乱に自分が良かれと
といわれる。双方、一長一短あるが、要はクリエイティブ
思うことを一生懸命に努力し、
それが面白いように売上
な発想ができない限り、
イノベーションは起こせないの
ワイエムビジネスレポート 2015. 7・8月号 No.82
中小(零細)製造業が成功するイノベーション
である。
しかし、経営者は孤独であっても孤立していては積
白紙の紙と鉛筆を渡されて、
「さぁ、新商品のアイデ
極的な経営に打って出ていくことは難しい。
ビッグデータ
アを書いてください」
と、言われて経営者の皆さんはす
時代といわれる現在、情報を上手く活用しない手はな
ぐに何か、
直観的にでも描けるだろうか。恐らく、現状の
い。
また、
積極的に情報入手と経営者が異業種の経営
経営・技術・製品(商品)
から派生させる何かのアイデア
者と繋がる勉強会や交流会などに参加するべきだと思
ぐらいに留まるのではないか。勿論、絵に描いた餅では
う。経営者は自社を取り巻く環境は判っていても、
えてし
意味がない。要はそれを具現化できる水準にまで引っ
て複眼的な視点で思考することがなかなかできない。
張れるかである。
アイデアやさまざまな発想をするには、外部のbrainが
必要となる場合がある。
コンサルタントも工業、商業、情
中小(零細)製造業の
強みを生かすこと
報など、
それぞれの分野に強みを持っている。
自社の知
名度を如何に上げるか、
そのためにもブランド化には市
経営資源といえば、
ヒト
・モノ・カネ・情報が相場だが、
場における認知が何よりも必要不可欠である。広告宣
近年、
マーケティング戦略において重視されているのが
伝費を十分に掛けられない中小(零細)製造業はネット
ブランドである。
ブランド研究の世界的権威D.A.Aaker
ワークや連携を図ることによって業界内の横の繋がりを
は、
とりわけブランドは資産(Brand Equity)である
強化できる。中小企業施策にはさまざまな補助金があ
ことを提 唱し、財 務 力など企 業 価 値の重 要 性を示
る。地方創生の今だからこそ、
経営者は発想を転換し、
唆する。
また、
よく経営の世界では「企業は人なり」
ビジネスチャンスを掴む時でもある。
といわれるが、人材資源管理(Human Resource
Management=HRM)
は業種を問わず、
中小(零細)
企業では殊の外、重要である。経営者は自らの経営理
ビジネス・マッチング
念、哲学、
また、経営の在り方に、戦国武将や兵法、偉
10年前になるだろうか、牡蠣を通年生で食するビジ
大な先人の言葉に傾注し、
その実現に向かって日々の
ネスモデルを提案した企業からコンサルタントが研究室
経営に勤しんでいるだろう。
もっとも、将来ビジョンや意
にMRの手法について教えて欲しいと訪ねて来た。生
思決定は最終的に経営者個人に委ねられ、
自己改革
牡蠣を好んで食する人がどれほど居るのか、筆者はそ
やブラッシュ・アップに、
そのような時間、資金に余裕が
れほど興味が無いが、広島市のHPでも牡蠣は極力加
無いという声もかなり多く聞かれる。
熱して食するように案内がある。
そのコンサルタント曰く、
「生牡蠣が好きな全国のファンにネットでアンケートした
い」
と。筆者は目が点になった。
アンケート回収率は高く
なるだろうが、
アンケート自体に全く意味が無いことを気
付いていない。
また、
こんなコンサルタントに多額の無駄な経費を
払っている事実を、経営者は見ていない。
まぁ、世間に
はこのような寄生虫的なコンサルタントが居ると思うと、
やはり、
行政・金融機関など公的機関に登録されている
全国の有名百貨店から
お中元、
お歳暮など贈答
品に注文が殺到。牡蠣
屋のオイル漬けは市場で
の認知が高まっている
方しか信頼できないと思うのは誰しも同じだろう。人材
は適材適所。使い方を間違えれば、
ビジネスチャンスも
失われる。
ワイエムビジネスレポート 2015. 7・8月号 No.82
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