「事業性評価を重視した貸出」の本質(平成27年8月20日)

「事業性評価を重視した貸出」の本質
金融市場の効率化に矛盾する銀行経営の美徳
信用リスクを最小化して、より高い収益をあげることは銀行経営上の美徳である。不良債
権は増えていかず、信用コストも抑制できる。その結果、内部留保の蓄積が進み、高い自己
資本比率が実現する。
この美徳を実践するには、金融市場が効率的ではなく、リスクとリターンの関係がゆがん
でいること(例:ローリスクハイリターンの投融資対象の存在)が前提となる。地域金融に
おいても、破綻することのない要管理先や競合の少ない離島地区での高利回り貸出など具
体的な現象としてあげられる。しかし、こうした現象は特殊な現象で、いずれ競合が参入し
てきて、市場の効率化が進むため、失われていく現象に過ぎない。
地域金融業界をみていると、美徳の実現可能性にいよいよ疑問が呈されるようになって
きている。毎年度預貸金利ざやは10bp単位で悪化し、総資金利ざやが赤字になる地域金
融機関もでてきている。自らは競合金融機関に金利競争をしかけられてきた犠牲者である
という言い分を持つ地域金融機関が多いが、金融市場の効率化進展にともなったやむを得
ない現象といよいよ割り切らなければならない時期にきたといえる。きっちりと大きなリ
スクを取りに行かない以上リターンはあがらなくなるのだ。
金融行政は信用リスクを最小化するあまり、リスクマネーを本当に必要とする地域の借
り手に資金が行き渡らず、それほど資金を必要としない借り手にばかり、わんさと地域金融
機関が群がるため、利ざやの悪化がと止まらないのではないかという仮説を持つに至って
いる。リスクマネーを本当に必要とする地域の借り手に対し、資金提供を行わせる手法とし
て、財務諸表に依存した定量評価や代表者資質等を重視した定性評価といった伝統的な事
業性貸出を改め、事業性評価を重視した貸出を提案している。上記銀行経営上の美徳を金融
市場の効率化進展の中で実践するための窮余の策といえる。
事業性評価を重視した貸出の具体的なイメージ
それでは事業性評価を重視した貸出とは、実務的にはどういうイメージになるのだろう
か。金融市場の効率化が進み、利ざやが縮小しつづける現況を踏まえると、その中でもなお
利ざやが十分に確保できる貸出であることは間違いない。そのためには銀行から借りられ
ることに価値を見いだすことができる取引先ということは必要条件であろう。
定量データもないような新規創業事業者は概ね該当しよう。ただし、創業でも資本関係な
どで信用力に優れた既存先の後ろ盾があり、後ろ盾に依存して融資するような場合は該当
しないだろう。
既存先であれば、まず競合他行も食指を伸ばすような正常先ではない。とはいえ、延滞が
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発生し、元金償還どころか利払いすらできない状況ではまずい。しかし、将来的に延滞が解
消できる見込があれば、該当しよう。
いずれも通常の自己査定や格付ができないか、できたとしても非正常先となるような事
業者である。その上で将来的に確実なキャッシュフローが見込まれる理由を事業上の強み
から見いだして、自己査定は厳しくても正常先並の取扱にするイメージである。事業性評価
を重視した貸出を実行するだけなら度胸でできるが、将来的に確実なキャッシュフローが
見込まれるかどうかで検証されなければならない。
将来的に確実なキャッシュフローが見込まれる理由を事業上の強みから見いだせるかど
うかで、競合金融機関としのぎを削ることになる。定量評価・定性評価では厳しい自己査定
となるがゆえに、わんさと競合金融機関が群がることはなく、高めの約定金利が確保できる
というロジックになる。
事業性評価の高いハードル
リスク量に応じて、リターン(期待収益率)が一意に決まる効率化の進んだ金融市場にお
いて、自己査定より正味の信用リスクが小さいことを使って、貸出で裁定取引をやるような
ものである。事業性評価を重視した貸出のハードルは、かなり高そうである。
こうして事業性評価を重視した貸出を定義してみると、「そんな先、多くはなく、利回り
改善効果も限られる」という印象が強いのではないだろうか。事業者数そのものが少ない純
地方型の地域金融機関ならなおさらである。
しかし、行政からはつれない反論がなされるだろう。「だから、地域経済が活性化しない
のだ」と。平成27年6月の「まち・ひと・しごと創生基本方針報告書」の観光業や農林水
産業向けの施策を見ると、これまでにこれらの業種の活性化について、普通の銀行員では知
らないような施策が並んでいる。かなり革新的な施策ばかりであり、保守的な事業者にはつ
いていけないはずだ。これまでの地域内の事業者のある程度のスクラップアンドビルドを
前提としているようにすら思われる。つまり、多くはないというなら、地域金融機関が起業
を促し、増やしていくくらいでないと、地域経済は活性化していかないという趣旨だ。
スクラップ(廃業・整理)などは経営者保証に関するガイドライン制定などもあり、ビル
ド(起業)に向けた再起機会への支障も行政主導で取り除いてきた。地域金融機関が起業を
促すコンサルティング業務はれっきとした銀行業の付随業務であり、今や資金供給だけが
地域金融機関の役割ではない。
新規創業事業者以外では、通常の自己査定ではこれ以上貸し込めないような要再生先が
該当するが、役員報酬削減と資産売却に依存した経営改善計画頼みのこれまでの事業再生
方法への批判も事業性評価では暗になされているのではないだろうか。
地域金融機関主導で策定された経営改善計画は、営業に関する計画部分を基本的に再生
先に任せることが相場である。理由はもともと延滞や債務超過が発生するほどの事業運営
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であり、事業上の強みが見いだせないからということからだろう。縮小均衡となりがちな役
員報酬削減や資産売却でしか、将来の確実なキャッシュフロー改善を描けないのではない
かと疑われても仕方がない。銀行員の立場でランクアップするための将来の財務諸表作り
を思案するのではなく、銀行員であっても、再生先の経営者の立場で、営業含めた再生先の
事業運営方法を十二分に理解した上で、特にトップライン改善にどのような手が打てるか
を思案できる能力が必要となる。このような能力は事業性評価を重視した貸出を既存先で
行うためにも欠かせない。
ハードルを超えるための基礎体力作りでの支障
繰り返しになるが、金融市場の効率化が進んだ状態で、伝統的な銀行業の美徳「信用リス
クを最小化して、より高い収益をあげる」ことに行政側が折り合いをつけたものが事業性評
価の重視という結論である。美徳をあきらめさせ、信用リスクを増やしてリターンをあげろ
と言われた方が楽であるが、それでは預金者保護を犠牲にした上、行政の経営介入というこ
とになり、行政としてはよろしくはない。
このような行政の選択は、地域密着姿勢や濃密な顧客リレーションの存在を行政側が信
じた上で行われているが、実態は期待されているほどでもない。工場を有していたり、消費
者レベルでもわかる製品・サービスを取り扱っている事業者であれば、工場見学やパンフレ
ット入手を通して、ある程度の事業性評価は可能である。
むしろ、そんな事業者は限られていて、仕入先や販売先とその間で取引されている商品・
サービスの情報=商流情報の分析などまで行わなければ、本格的な事業性評価はできない
事業者が大多数である。地域金融機関がメガバンクとさして変わらない品揃えであるにも
かかわらず、小規模ながらも存続してこられたのは、資金の仕入先=預金者と販売先=融資
先について、メガバンクとは異なる価値ある商流を持っているからである。
地方の事業者の多くは遠隔地との移輸入や移輸出ばかりに依存しているわけではなく、
地域金融機関同様地域内の商流に組み込まれており、地域内の商流情報をうまく活用する
ことで将来の確実なキャッシュフローが生まれうる事業者も多い。
しかし、残念ながら、商流情報を、帝国データバンクの仕入・販売先情報(足で集めるの
ではなく、メガバンクでも金で買える情報!)以上の濃度で持っているような地域金融機関
はめったになく、取引先に何の強みがあって、どんな商品・サービスで売上を得ているかす
らわかっていない渉外担当者もいるとも聞く。
加えて、いざこうした情報を集める段になっても、取引先が気持ちよく提供してくれると
は限らない。事業性評価対象の事業者の持つ商流だけ集めても、仕方が無い。創業事業者は
これから商流を厚くしていかなければならない事業者であり、元々の情報量は少ない。再生
先のような既存先は商流に問題があることも多く、いずれも他社の商流情報を比較利用し
て、事業性評価を行う場面が多い。ゆえに幅広い取引先事業者から面的に商流情報を集める
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ことが必要となる。
しかし、商流情報の提供は事業性評価のためという説明は、競合他社を利する結果になる
のではないかと危惧する取引先の堅いガードの前に無力である。取引先にメリットがない
限りは、優越的地位の濫用で集めるしかないだろう。いつもの取引先での情報収集キャンペ
ーンのお願いとなる。
このように事業性評価の高いハードル越えに向けた基礎体力にさえ不安があるのが実態
だ。事業性評価を重視した貸出をやれといわれても、(頭数という意味ではなく、対応でき
る)ヒトがいない、情報インフラがないというのが多くの地域金融機関の本音であろう。
抜け道は1つだけ
八方ふさがり感のある事業性評価を重視した貸出であるが、解決方法は1つだけある。銀
行経営上の美徳を実践困難なものと割り切り、大きな信用リスクをとるということである。
行政にとっては、預金者保護の観点から好ましいことではないが、適切な引当を用意しさえ
すれば、苦言を呈されることもない。
定性・定量評価ができない先、できたとしても貸し増しは常識的には厳しい先に対し、稚
拙ながらも事業性評価の真似事をしながら、貸出を行うことで信用リスクを取るのである。
ファンドで間接的なリスクテイクやリスク分散するのでもなく、担保・保証を頼りにするの
でもなく、である。
もちろん貸出簿価並の高額な引当が求められることはやむをえない。開示債権も増える。
大事なことは正味の事業性評価を重視した貸出を実現するための高すぎるハードルを超
えるに必要な手間と時間を引当で買うという考え方である。厚い最終損益と高い自己資本
比率と低位で推移している不良債権比率を備えた優良地域金融機関であれば、それらを犠
牲にしてでも、行政の描く地方創生・地域経済活性化に協力することができるはずだ。
銀行経営上の美徳を追求し続けることを期待する株主に対する説明がつかないという反
論は予想される。しかし、免許有っての銀行業であり、生殺与奪を握る行政から課せられた
難題である。株主には事業性評価を定着させるための投資に該当するとよく説明すること
だろう。準備を整えてから、腰をあげるのでは間に合わないので、走りながら、準備してい
くのだと。
ここから、今後の地域金融機関像も明らかとなる。すなわち、地域金融機関は地域への安
定的な資金供給を行うだけ(地元向け貸出を増やすだけ)では不十分であり、真の地域経済
の活性化につながる取引先について、将来の確実なキャッシュフロー確保のためのコンサ
ルティング機能を発揮し、かつ大きな信用リスクをとる必要がある。したがって、地域経済
活性化が困難な地域の地域金融機関ほど、不良債権は多くなり、自己資本比率も低くなるこ
とはやむを得ない。
グローバルスタンダードの銀行経営では、まず選択されることのない事業分野であるこ
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とは明白であり、メガバンクや地域経済活性化に手間の要らない地域の地域金融機関とは
明らかに異なる事業内容となる。銀行経営の美徳を捨てた銀行と笑われるかもしれないし、
財務が脆弱になりがちで、リスクの大きな金融機関とのレッテルをはられるかもしれない。
しかし、高いリスクプレミアムに裏付けられた収益力を実現し、金融市場の効率化進展をよ
そに存続し続ける金融機関なのである。
事業内容が異なる以上、自己資本比率に関するメガバンク等と同一の早期是正措置発動
ルールの存在などは厄介なことになる。自らの懐を痛めて、地域経済活性化に貢献したとこ
ろほど、早期税制措置発動の可能性が高くなるわけで、これではどこの地域金融機関も地元
の信用リスクをとろうとはしなくなる。リスクマネー提供者がいなくなり、地方創生が成り
立たなくなる。
マスコミなどでの不良債権が高い地域金融機関を蔑む風潮も勘弁願いたい。地域金融機
関において経営手腕は不良債権を減らすところに発揮されるものであるため、地元向け貸
出残高の伸びもないのに、不良債権が減らせない地域金融機関こそを批判していただきた
いものである。
事業性評価を重視した貸出が満足にできるところは少ないのだから、そこを目指したが
ために、実現してしまった地元向けの信用コスト分は国内基準自己資本比率算定時に勘案
するなどの行政対応も必要となることは付言しておく。
(了)
平成 27 年 8 月 20 日
株式会社八代アソシエイツ
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