進化生態学(第10講) 今日の話題:性の進化 1. 有性生殖と無性生殖 生殖には2種類ある。2つ以上の異なるタイプの細胞(例えば卵と精子)の合体を通じ て新しい個体をつくる有性生殖と、分裂や出芽によって新しい個体を作る無性生殖であ る。それぞれの生殖の方式にはどのような適応上の利益・不利益があるのだろうか。 2. 無性生殖の二倍の有利性(the twofold advantage of asexuals) 単純に考えると有性生殖と無性生殖では繁殖の速度が全く異なることに気づく。無性生 殖をする生物では生まれた子供の半分はオスである。メス1個体当たり R 個体の子供を 産むことができるならば、個体数は世代を減るごとに(R/2)倍ずつに増えていくだろう。 それに対して無性生殖する生物はすべての個体がメスであるのと同じなので、個体数は 世代を減るごとに R 倍ずつに増えていく。つまり、無性生殖する生物は有性生殖する生 物の2倍の速度で増えられるのである。このことはいったん無性生殖をおこなうような 個体が生じればその形質は集団中に広がってしまうはずであることを意味している。し かし、実際にはそうなっていない。なぜだろうか? 3. 有性生殖(性)は何が良いか? 地球上の生物でこれだけ頻繁に有性生殖が観察されるということは、有性生殖には無性 生殖の二倍の有利性を打ち消すほど有利なことがあると予測される。わざわざ2個体の 遺伝子を混ぜ合わせること(=有性生殖)にどのような有利性があるのだろうか?この 説明には大きく分けて2種類のものがある。集団レベルで見たときの有利性と個体レベ ルでみたときの有利性である。 3-1. 集団にとっての利益 集団レベルの有利性とは、有性生殖で繁殖する集団と無性生殖で繁殖する集団を比較す ると、前者の方が個体群の増加率が高いことをさす。ここでは有性生殖をする集団の中 に無性生殖をする個体はいない(ゲーム的な状況は想定していない)ことに注意が必要 である。 ○改良進化に関する有利性 ある組み合わせで遺伝子を持っていると有利であると仮定しよう。 (A, a) 、 (B, b) 、 (C, c)という対立遺伝子があって、abc < Abc < Abc < ABC の組み合わせの順で 有利であり、それ以外の組み合わせ (例えば AbC)は不利だとしよう。こ のような状況において、遺伝子セット abc からスタートした時、有性生殖を する集団は無性生殖をする集団より も素早く最適なセット ABC を得るこ とができる。なぜなら遺伝子の混ぜ合 わせの効果によって、異なる個体に生 じた別々の遺伝子を同一個体にまと めることができるからである。 ○不利な遺伝子の除去に関する有利性:ミューラーのラチェット たいていの突然変異は個体にとっては不利に働く。無性生殖集団では すべての遺伝子に悪い突然変異が生じていない個体が偶然にいなくな ってしまったら、もうもとの「完璧な」遺伝子セットを再現すること はできない。なにかの不運で「悪い方向」にすすんだらもう元には戻 れないのだ(ミューラーのラチェット)。それに対して有性生殖集団では、突然変異の 生じていない遺伝子同士を混ぜ合わせることにより、不完全な遺伝子セットを持つ親同 士の交配によって完璧な遺伝子セットをもつ子供を作り出すことができる(ちょうどエ ンジンが壊れた車とギアボックスが壊れた車から一台の車を作り出すように)。 3-2. 個体にとっての利益 ○組み替えによる遺伝的多様性:「赤の女王」仮説 個体の視点から見たとき、有性生殖と 無性生殖の大きな違いは子供の間のバ リエーションの豊富さにある。無性生 殖で生じる子供は親と同じ遺伝子型を 持つが、有性生殖でできた子供には多 様な遺伝子型を持たせることができる。 子供がすべておなじタイプであったな らば、その遺伝子が谷とって不利な環 境が訪れたとたんすべての子供は死んでしまう。しかし、有性生殖によってさまざまな タイプの子供を作っておけば、おおきく環境が変化している状況でも子供を生き残らせ ることが可能になるであろう。 このような「変化する環境」の最有力候補は寄生者(感染症の病原体)である。多くの 場合、寄生者がうまく宿主(ホスト)に感染できるかどうかは、寄生者と宿主の遺伝子 の適合性によって決まる。寄生者は宿主に合致した感染しやすい遺伝子型に進化してい くだろう。このような状況では宿主にとって遺伝子型を次々に変化させることが有利に 働く。いったん合致してしまった遺伝子型を変化させることで寄生者の感染を逃れるこ とができるからだ。つまり、感染を逃れて生き延びるには遺伝子型を変化させ続けるこ とが必要なのだ。「鏡の中のアリス」に登場する「赤の女王(Red Queen)」の逸話(そ こにとどまるためには走り続けていなくてはいけない世界)から、この仮説は「赤の女 王仮説」と呼ばれている。 4. 異形配偶子の進化とオルガネラの反乱 有性生殖はたしかに有利になる場面がある。多くの場合、二つの性が作り出す配偶子(合 体する細胞)は大きさが全く異なる(異形配偶 子:ヒトの場合、卵は 0.1mm、精子は 0.06mm)。 これはなぜだろうか? 動物ではミトコンドリアなどのオルガネラ(細 胞内小器官)は卵からのみ子供に伝わる。オル ガネラもともと独立して生活していた別の生 物が細胞内に共生を始めたものであり、現在に おいても自ら分裂を繰り返して増加する。異形配偶子はこのオルガネラの争いを抑える ための仕組みだと考える研究者がいる。 仮にオスとメスの両方から伝わるなら、どのようなオルガネラが進化するだろうか?次 世代に引き継がれるオルガネラは配偶子形成の際により数の多いものだろう。したがっ て、オス由来のオルガネラとメス由来のオルガネラの間に、相手よりもより多くなった 方が有利という「軍拡競争」が生じる可能性がある。このようなとき、オルガネラは細 胞内における役割を果たさなくても、より増えることさえできれば次世代に伝わるだろ う。つまり、進化の結果、オルガネラは細胞のために働かなくなってしまう可能性があ るのだ。異形配偶子はこうした不利益をさける効果があると考えられている。これは集 団に長期的な利益をもたらすだろう。 以上
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