富士山高山域に優占するオンタデ個体群の分布に土壌粒径が与える影響 緑地生態学研究室 岩松佳代 1. はじめに オンタデ(Polygonum weyrichii var. alpinum)は,タデ科の多年生草本であり,本州中部 から北海道の高山・亜高山域の日当たりの良い砂礫地に分布する.富士山では森林限界よ り上部の標高 2400 m ~ 3300 m の範囲に分布しており,富士山高山植生の優占種である. ここでは場所により表層の礫サイズが異なり,溶岩が露出し巨礫に覆われているところ, 砂や 2,3 cm の小礫に覆われているところなど,オンタデの生育土壌環境は近接した場所 間でも大きく異なっている.このような様々な土壌環境にかかわらず,オンタデは富士山 高山域に広く分布しており,オンタデは礫環境に対する何らかの適応方法を有していると 思われる.そこで,本研究ではこのような場所でオンタデが広く優占できる理由を明らか にするため,富士山 2,400 m 付近に礫サイズに関して対照的な大礫地と小礫地を設置し, オンタデの分布密度,草冠直径に関するサイズ分布および地下形態を比較した. 2. 調査方法 2-1.オンタデ地上部の調査 調査は,富士山北側斜面の標高 2400 m 付近で行った.礫サイズに顕著な違いが見られ るように,大礫地と小礫地の 2 箇所を選定した. * 大礫地: 溶岩がところにより露出しており,長径 10 cm 以上の礫が 25 %以上覆 っている場所. * 小礫地: 溶岩は見られず,長径 10 cm 以上の礫が 1 %未満の場所. 以上 2 調査地にそれぞれ 5 m×5 m のコドラートを 10 ずつ設置した.コドラート内の オンタデについて,個体数,草冠直径,花序数を測定した. また,土壌環境の把握のために各調査地で 10 個のコドラートの中から 5 個を無作為に 選定し,各コドラート内において 1 箇所ずつ土壌断面(幅×深さ: 10 cm×20 cm)を作成 した. 2-2.オンタデ地下部の調査 本研究では根系の名称を,重力方向に伸びる直根と,これから分枝して水平方向に伸び る側根に大別し,さらに側根は根の太さに応じて細い側根(太さ 1 mm 未満)と太い側根 (太さ 1 mm 以上)に分けた(図 1).太さ別の調査は,根の太さが根長と比例関係にあり, 根の水平方向への広がりを示す指標となることから行った. 直根 細い側根(太さ 1 mm 未満) 根 側根 太い側根(太さ 1 mm 以上) 図 1.本研究で用いた根系の名称 調査対象のオンタデ個体は,地上部の大きさによって側根数など根の形態が異なる可 能性があることを考え,両調査地とも草冠直径 5 cm ~ 100 cm の範囲で偏りが生じないよ う選定した. 調査個体がもつ太い側根数を調査するため,調査個体を中心に,シャベルおよびハケ を用いて根系を破壊しないように周囲の土壌を深さ 20 cm まで取り除き,太い側根の数を 数えた.また,細い側根は絡まりあっているために掘り起こしの際に切れやすく,長さや 本数の正確な測定は困難であるため,数個体の細い側根を写真を撮影して記録した.調査 した個体は本数の測定後すべて埋め戻した.さらに,地下形態の観察のため,各調査地に つき 1 個体をサンプルとして採取し,研究室に持ち帰った.持ち帰った個体は土壌を丁寧 に水で洗い流し,写真およびスケッチをして記録した.オンタデの採取に関しては環境省 の許可を得ている. 3.結果と考察 3-1.表層礫サイズとオンタデのサイズ分布の関係 大礫地と小礫地の総個体数は, それぞれ 219 個体,862 個体で あり,オンタデの分布密度は大 表 1 .両 調 査 地 に お けるオンタデ の 測 定 結 果 大礫地 小礫地 219 862 分布密度 2 (個 体 / m ) 0.88 3.45 花序数 * 2 (花 序 / 2 5 m ) 5 3 4 .9 4 9 5 .1 礫地と比べて小礫地で有意に高 か っ た ( 表 1). 花 序 数 は 大 礫 地でわずかに多かったが,調査 地間の差はほとんど見られなか った. 図 2 に両調査地のサイズ分布 を示す.両調査地とも草冠直径 総個体数 * * 1 0 コドラー トの平均値 10 cm 未満のものが最も多く, 直径が大きくなるにつれて個体 数が減少する傾向を示した.しかし,その減少傾向には両調査地で差が見られた.大礫地 では個体数に急激な減少は見られず,徐々に減少していた.小礫地では大礫地に比べて個 体数が急激に減少した. 調査地間で最も個体数差が大 500 250 200 小礫地 150 100 イズクラスでは両調査地の個体 80-90 90-100 <10 図 3 に両調査地における典型 70-80 0 数に大きな差は見られなかった. 60-70 50 50-60 れに対し,草冠直径が大きいサ 0 40-50 個体)の約 10 倍であった.こ 50 30-40 体)は大礫地における個体数(48 大礫地 100 20-30 小礫地における個体数(479 個 150 10-20 10 cm 未満の小型個体であり, 200 個体数 (No./250 m 2 ) きいサイズクラスは,草冠直径 草冠直径 (cm) 的な土壌断面図を示す.大礫地 図 2.出現個体数のサイズ分布 では巨大な礫が表層を覆ってい た.表層から 10 ~ 14 cm まで 礫の層が見られ,それより下層 地では細礫が表層に分布するの みであり,砂の層が既に上層部 から出現していた. 両調査地でサイズ分布に差が 土壌の深さ(cm) には砂の層が認められた.小礫 0 5 10 15 生じた要因として,露岩の有無 および礫サイズの違いによる地 表面の攪乱頻度の差が考えられ る.露岩が多く巨礫に覆われた 大礫地では攪乱頻度が低く,埋 20 大礫地 小礫地 図 3.両調査地の典型的な土壌断面図. 無 地 の 部 分 は 0.2 cm 未 満 の 砂 を 表 没・損傷を受けにくいため,大礫地に定着したオンタデは大型個体にまで成長できる確率 が高まると考えられる.一方,露岩が無く小礫に覆われた小礫地では,大礫地に比べて表 層礫の移動が激しいため攪乱頻度が高く,定着個体の死亡率が高まることが推測される. このように,調査地間の攪乱頻度の差が定着個体の死亡率の差を生み,サイズ分布の違い が生じたものと考えられる. 大礫地と小礫地で草冠直径 10 cm 未満の小型個体数に差が生じた要因として,礫層の厚 さと,これに伴う含水層の深度の違いが考えられる.大礫地では,小礫地に比べて礫層が 厚く含水層となる砂層が深い場所にあるため,発芽後に根を含水層まで伸長させることは 困難である.このために,大礫地では発芽し直径 10 cm にまで成長できる個体は少ないと 思われる.これに対し,小礫地では礫層は表層のみであり地下器官を砂層まで容易に到達 させることができる.このため,小礫地では実生の定着率は高いと思われる.このように, 礫層の厚さの違いが実生定着率の差を生み,小型個体数の著しい違いが生じたと考えられ る. 3-2.礫サイズの深度分布とオンタデの地下形態の関係 表 2 に地下形態の調査を行った個体数,太い側根を 1 本以上もつ個体数およびその割 合を示す.大礫地で調査をしたオンタデのうち,太い側根をもつ個体は 125 個体と 9 割を 超えていたのに対し,小礫地では,太い側根をもつ個体は 72 個体と,5 割にとどまった. 図 4 に各調査地に生育するオンタデの代表的な地下形態を示す.表層から深さ 20 cm の 範囲で,地下形態に大きな差が見られた.大礫地のオンタデには,太さ 1 mm 以上の太い 側根が地表面に沿って多数見られた.しかし,細い側根はほとんど発達していなかった. 小礫地では,太い側根はほとんど見られず,1 個体あたり 1,2 本見られる程度であった. また,その太さも大礫地のものに比べ,細いものが多かった.小礫地では太い側根が非常 に少ないのに対し,細い側根が大量に見られた. これらのことから,礫層が厚く水分の乏しい大礫地では,直根による深層の水分利用 に加え,太い側根を伸ばして根域を拡大し,霧や降雨によって一時的に供給される表層の 水分も合わせて利用し,水分の不足に対応しているものと考えられる. 大礫地 小礫地 * をもつ個体数 表2.調査個体数と太い側根 大礫地 小礫地 調査個体数 136 143 太根個体数 %) ( 125 72 土壌断面 10 91.9) ( * 太さ1 mm以上の側根 50.3) ( 20 cm 礫 砂 図 4.各調査地に生育するオンタデの地下形態 4.結論 以 上 の こ と か ら , 礫 サ イ ズ の 違 い に よ り 生 じ た 攪 乱 頻 度 の 違 い や 含 水 層 の 深 さ( 礫 層 の厚さ)の違いは,オンタデの低い定着率や小型個体の高い死亡率をもたらし,サイズ分 布の違いを引き起こすことが明らかになった.高い死亡率を有しながらも様々な礫環境に 生育できるのは,側根,とくに太い側根の伸張により根域を拡大させるといった地下形態 の柔軟な可変性を有するためであると思われる.このように,オンタデの生育には従来よ り指摘されてきた直根の存在だけでなく,側根が大きな役割を担っていることが示唆され た.
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