補足1 生活史進化の最適性モデル S1.1: 理解のための基礎知識 自然選択は個体群の遺伝的組成を変化させることによって、個 1. 世代時間 (generation time):一度の分裂で生じる個体数が等 体がより高い適応度をもたらす表現型を持つように作用します。 しいならば、分裂の頻度を高くすることによって個体群サイズの このことを前提として、進化生態学における「生活史の最適化ア 増加率を上げることができます (Fig. S1.2.1)。この生物では、一 プローチ」では個体の適応度を簡単な数式でモデル化し、適応度 回の分裂が起きてから次の分裂を行うまでに要する時間が世代時 を最大にするような生活史(最適生活史)を計算します。モデル 間に相当します。 が予測する最適生活史の内容は、環境条件を決める変数の値に 2. 純繁殖率 (net reproductive rate):分裂の頻度が等しいなら 依存して変化します。野外においても自然選択が好む生活史は環 ば、一度の分裂で増える個体数を大きくすることで個体群サイズ 境によって異なるため、生活史の地理的変異は環境条件の空間パ の増加率を上げることができます (Fig. S1.2.1)。これは、世代が ターンを反映した自然選択の産物である可能性があります。従っ 一回交代すると個体数が何倍になるかという量として定義される て、モデルに変数として組み込まれている環境変数の値に対する 純繁殖率を高くすることに相当します。一般に、純繁殖率は出生 最適生活史の依存性を解析することで、野外で見られる生活史の 率 (fecundity) に対して正に依存し、死亡率 (mortality) に対して 地理的パターンを生み出している環境要因を理論的に絞り込むこ 負に依存します。 とが可能になるのです。 以上のことから、適応度の尺度は少なくとも世代時間と純繁殖 生活史理論は集団遺伝学と個体群生態学を基礎として成立して 率の両者の効果を考慮している必要があることがわかります。特 います。そのため、ある生物の生活史をモデル化する場合には、 定の状況でこの条件を満たして適応度の尺度として広く用いられ その生物の遺伝様式や個体群動態の特徴をあらかじめ特定する必 る量に、後述する内的自然増加率 (intrinsic rate of increase) があ 要があります。以下において、いくつかの用語を簡単に説明しま ります。 す。 1. 世代時間の違い ■死活率:定訳のない vital rate という語を本稿では便宜的に死 活率と訳します。ある個体が単位時間後には死亡している確率と A して定義される死亡率 (mortality) や、ある個体が単位時間内に 生む子の数として定義される出生率 (fecundity) は、それぞれ死 活率の一種です。個体の生活史を規定する死亡率や出生率といっ B た量は、併せて生活史要素 (life history components) と表現され ることがあります。 ■個体群:同種個体の集合を個体群 (population) と呼びます。生 2. 純繁殖率の違い 活史理論では、互いに交配可能な個体の集合という意味になった り、遺伝子型が同一である個体の集合という意味で使われたりと A その意味が文脈によって異なるので注意が必要です。 ■無性生殖と有性生殖:進化生態学では、子が親と遺伝的に同一 であるような生殖様式を無性生殖 (asexual reproduction) と呼び B ます。これに対して、染色体の倍数性 (polyploidy) によって子が 親とは遺伝的に異なる生殖様式を有性生殖 (sexual reproduction) Figure S1.2.1: 世代時間と純繁殖率の違いが適応度に与える影響. といいます。 世代時間が半分であるため(上段)あるいは純繁殖率が二倍であ ■世代重複:同一の個体群において、異なる世代に属する個体が るため(下段) 、遺伝子型 B は遺伝子型 A に対して二倍の増殖率 同時期に見られることを世代重複 (generation overlapping) とい を示す. います。生涯に二回以上繁殖を行う多回繁殖の生物 (iteroparous organism) では、世代重複が必然的に生じます。これに対して、 S1.3: 進化的に安定な戦略 生涯に一度しか繁殖を行わない一回繁殖の生物 (semelparous organism) では、世代重複は必ずしも起こりません。 遺伝子型を共有するすべての個体が同一の表現型(生活史)を ■一年生と多年生:一年以内に発芽から結実を終えて枯死するよ 発現するという仮定の下で、遺伝子型 A の個体のみで構成され うな植物を一年生植物 (annual plant) と呼びます。それに対して、 る個体群に、遺伝子型 B を持つ少数の個体が侵入するという状況 二年以上生存するような植物を多年生植物 (perennial plant) と呼 を考えます。たとえば、遺伝子型 A を持つ親から突然変異によっ びます。 て遺伝子型 B を持つ子が生まれたという状況です。突然変異型 ■一化性と多化性:特に昆虫に関して、一年間に一世代のみが (遺伝子型 B)の個体は在来型個体群(遺伝子型 A)の中で増加 出現するような生活史を一化性 (univoltine) と呼び、複数の世 を続けて最終的には個体群を乗っ取る可能性があります。あるい 代が現れる生活史を多化性 (multivoltine) と言います。二化性 は、突然変異型の個体は完全に駆逐されるかもしれません。実現 (bivoltine)・三化性 (trivoltine) という言葉も存在します。 可能なあらゆる遺伝子型の突然変異型個体に対して、在来型個体 A がその侵入を拒むことができたならば、遺伝子型 A は競争的 に安定な戦略 (CSS: competitively stable strategy, after Hastings S1.2: 適応度の直感的理解 1978) と呼ばれます。また、近傍の表現型値を伴う突然変異型の 生活史理論で用いられる適応度の概念を直感的に理解するため 侵入のみを阻止できるような表現型は、進化的に安定な戦略 (ESS: に、無性生殖を行う世代重複のない生物の増殖率を考えましょ evolutionarily stable strategy) と呼ばれます。少数の突然変異個 う。この生物の生活史は環境条件に依存せず、遺伝子型が同じ 体が在来型個体群において増殖することができるかどうかを数学 ならば世代時間は不変であり、死亡も起こらないことを仮定しま 的に調べる方法を侵入解析 (invasion analysis) といいます。 す。ここでは、遺伝子型 A と遺伝子型 B を持つ二種類の系統が 分裂 (fission) によってそれぞれ独立に増殖する状況を考えましょ う (Figure S1.2.1)。両系統ともに1個体から同時に増殖を開始し て、長い時間が経過した後に個体数がより多くなっていた系統の 遺伝子型が「適応度の高い遺伝子型」です。この場合、適応度は 以下の二種類の要素から決まることがわかります。 1 S1.4: 適応度の数学的定義-死活率が時刻・齢・発生段階に依存しない場合- 遺伝子型(に一義的に与えられる生活史戦略)の適応度を数 学的に書き下す上で、個体数の変化を記述する数理モデルは欠 かせません。個体数変化のモデルは、時間を連続的に定義した 場合と、離散的に定義した場合で数式が異なります。連続時間 の モ デ ル (continuous-time model) で は 微 分 方 程 式 (differential equation) が利用されるのに対して、離散時間のモデル (discretetime model) では再帰方程式 (recursion equation) が多用されます。 死活率が時間的に変化しない場合、同一遺伝子型を伴う個体の 数(個体群サイズ)の変化を記述するモデルは比較的単純に定式 化することができます。それに対して、死活率が環境の変動に応 じて時刻的に変化する場合には、モデルは数学的に複雑なものと なります。また、モデルの複雑さは個体の死活率が齢 (age) や発 生段階 (developmental stage) に依存する場合としない場合でも 大きく異なります。以下、無性生殖で増える生物の死活率が齢や 発生段階に依存しない場合について説明します。 dn(t) n(t + ∆t) − n(t) = lim ∆t→0 dt ∆t (1 − µ∆t)n(t) + β∆t(1 − µ∆)n(t) − n(t) = lim ∆t→0 ∆t = lim (β − µ − βµ∆t)n(t) ∆t→0 = (β − µ)n(t) = rn(t) where dn = rn dt � � dn ∴ = r dt + C n ∴ ln n = rt + C 個体の死活率が同種個体密度やその他の環境条件に依存しない場 合、個体数は指数増殖 (exponential growth) を示すことが知られ ています。これを再帰方程式を用いた離散時間のモデルで書き下 すことにします。ある個体が一単位時間後には死んでいる確率を μ、ある個体が一度の繁殖で生む子の数を β、時刻 t での個体数 を n(t) で記したとき、一単位時間後の個体数 n(t+1) は次式で与 えられます: ∴ n(t) = C � exp[rt]. n(t) = n(0) exp[rt]. (S1.4.1.1) n(t) = n(0)λ . (S1.4.1.2) nA (t) nA (0) = nB (t) nB (0) (S1.4.1.3) n(t + 1) − n(t) = λ − 1. n(t) � λA λB �t = nA (0) exp[(rA − rB )t]. nB (0) (S1.4.1.9) この式から、遺伝子型 A の内的自然増加率 rA が遺伝子型 B の内 的自然増加率 rB よりも大きければ、長い時間が経過した後に遺 伝子型 A を持つ個体が遺伝子型 B に対して圧倒的に優占するこ とがわかります。従って、生活史が環境条件に依存せずに個体数 が指数増殖する場合には、内的自然増加率 r (= β–μ) を最大にす るような生活史が ESS に一致するという結論が得られます。 一単位時間を経た個体数の差分を元の個体数で割った値は内的自 然増加率 (intrinsic rate of increase) と呼ばれ、習慣から r で表記 されます。この量は、式 (S1.4.1.2) の両辺から n(t) を引いてから 両辺を n(t) で割ることで得られます: r≡ (S1.4.1.8) この式から、個体数は時間の経過に従って指数関数的に増大する ことがわかります。式 (S1.4.1.3) と式 (S1.4.1.8) を比較すると、 繁殖係数 λ と内的自然増加率 r は という関係にあることがわか ります。 最後に、生活史の異なる遺伝子型を持った二種類の系統がそれ ぞれ独立に指数増殖を示す場合を考えます。遺伝子型 A と遺伝 子型 B を持つ個体の数をそれぞれ nA と nB で示すと、それらの 比 nA/nB の継時的変化は次式で与えられます: 定数 λ は個体数が一単位時間後に何倍となるかを示す量で、繁 殖 係 数 (reproductive factor) と 呼 ば れ る こ と が あ り ま す。 式 (S1.4.1.2) は再帰方程式なので、時刻 0 での個体数を n(0) と置く と、時刻 t での個体数 n(t) は次式で与えられることがわかります: t (S1.4.1.7) 積分定数 C’ は t=0 の時の個体数 n(0) に一致することから、最終 的には次式が得られます: 右辺第一項は時刻 t から一単位時間後まで生存した個体の数で、 右辺第二項は生き残った個体によって産み落とされた子の数で す。(1–μ)(1+β) を定数 λ として再定義すると、式 (S1.4.1.1) は次 式のように書き直すことができます: n(t + 1) = λn(t). (S1.4.1.6) 上述のように、定数 r は個体群の内的自然増加率と呼ばれます。 ここで得られた微分方程式 dn/dt=rn を変数分離法を用いて n(t) について解くことで、個体数の継時的変化を知ることができます: Case S1.4.1: 生活史が環境条件に依存しない場合 n(t + 1) = (1 − µ)n(t) + β(1 − µ)n(t). r ≡ β − µ. (S1.4.1.4) この式から、離散時間の指数増殖モデルにおける内的自然増加率 (r) は λ–1 に等しくなることがわかります。 次に、この離散時間のモデルから連続時間の微分方程式を導出 します。上のモデルで考えた単位時間を限りなく短い時間 Δt に 置き換えると、式 (S1.4.1.1) は次式のようになります: n(t + ∆t) = (1 − µ∆t)n(t) + β∆t(1 − µ∆)n(t). (S1.4.1.5) この式を用いて、n(t) の t に対する導関数は次のように計算する ことが可能です: 2 Case S1.4.2: 生活史が同一の遺伝子型を共有する個体の密度にのみ依存する場合 資源の不足などから個体数が増えると個体数の増加速度が低下 するという状況を考えます。本稿では個体数が多くなるほど死 亡率が低くなることを仮定した P. F. Verhulst のモデルを紹介しま す。まず、死亡率 μ が個体数 n(t) に正比例することを仮定して 式 (S1.4.1.1) の μ を n(t)μ0 で置き換えましょう: い場合には、個体数 n(t) は逆S字曲線を描いて減少します(Fig. S1.4.2) 。いずれの場合も、長い時間が経過すると個体数 n は環 境収容量 K に収束・漸近します。尚、個体数 n(t) が 0 に限りな く近い場合には、個体数の変化率は指数増殖のそれに近似的に一 致します: dn ≈ rn dt n(t + 1) = (1 − n(t)µ0 )n(t) + β(1 − n(t)µ0 )n(t). (S1.4.2.1) Population size n(t) βn(t) n(t + 1) = n(t)(1 + β) 1 − K(1 + β) � � n(t) . = n(t) + βn(t) 1 − K � (S1.4.2.2) 出生率 β を r で置き換えると離散時間のロジスティック方程式 (logistic equation) と呼ばれる式となります: � � n(t) . n(t + 1) = n(t) + rn(t) 1 − K n ≈ 0. (S1.4.2.7) 80 個体数が増えも減りもしない状態(安定平衡点)に達したときの 個体数を K と置くと K=n(t+1)=n(t) より、式 (S1.4.2.1) は K に ついて解くことができ、K=β/{μ0(1+β)} を得ます。これを μ0 に ついて解いて式 (S1.4.2.1) に代入して整理します: � when 60 40 20 0 (S1.4.2.3) 2 4 6 Time (t) 8 10 Figure S1.4.2. ロジスティック方程式に従う個体数の変化. K = 60, r = 1, n(0) = {2, 20, 40, 80}. 次に、単位時間を限りなく短い時間 Δt に置き換えることで、 再帰方程式 (S1.4.2.1) から連続時間の微分方程式を導出します。 まず、式 (S1.4.2.1) は次式のようになります: K よりも小さな正の整数を初期値として個体数がロジスティッ ク方程式に従って変化する場合、個体数 n(t) はS字曲線を描い て増加します(Fig. S1.4.2) 。また、個体数の初期値が K よりも n(t + ∆t) = (1 − n(t)µ0 ∆t)n(t) + β∆t(1 − n(t)µ0 ∆)n(t). 大きい場合には、個体数 n(t) は逆S字曲線を描いて減少します (S1.4.2.4) (Fig. S1.4.2) 。いずれの場合も、長い時間が経過すると個体数 n は環境収容量 K に収束・漸近します。尚、個体数 n(t) が 0 に限 この式を用いて、n(t) の t に対する導関数は次のように計算する りなく近い場合には、個体数の変化率は指数増殖のそれに近似的 ことが可能です: に一致します: dn(t) n(t + ∆t) − n(t) 最後に、生活史の異なる遺伝子型を持った二種類の系統がそれ = lim ぞれ独立にロジスティック方程式に従って増殖する場合を考えま ∆t→0 dt ∆t す。個体数の初期値や内的自然増加率とは無関係に、遺伝子型 A = lim (β − µ0 n(t) − βµ0 n(t)∆t)n(t) ∆t→0 と遺伝子型 B を持つ個体の数はそれぞれの環境収容量 KA と KB = βn(t) − µ0 n(t)2 に収束します。大きな環境収容量を持つ遺伝子型ほど最終的な個 � � 体数が多くなるので、生活史が遺伝子型が同一な個体の密度にの n(t) = βn(t) 1 − み依存する場合には、環境収容量を適応度の尺度として用いるこ β/µ0 とができるという考え方があります。しかしながら、ある遺伝子 � � n(t) 型の環境収容量がいくら大きくても、別の系統の侵入を防ぐこと where r ≡ β and K ≡ β/µ0 . = rn(t) 1 − K はできないため、環境収容量 K を最大にする生活史が ESS であ (S1.4.2.5) るとは言えません。 Box S1.4.2. 一変数平衡点の安定性解析 この微分方程式はいわゆるロジスティック方程式と呼ばれるもの で、部分分数分解の後に変数分離法を用いて解くことができます: � 微分方程式 dn/dt = f (n) について、f (a) = 0 を満たす点 (x = a) を平衡点 (equilibrium) といいます。平衡点はその性 � K dn = r dt + C n(k − n) � � � 1 1 dn + dn = r dt + C ∴ n K −n ∴ ln n − ln(K − n) = rt + C K . ∴ n(t) = 1 + C � exp(−rc) 質から、以下のように分類されます。 [1] 安定平衡点 (stable equilibrium):(df /dn)|x=a > 0 の時、 平衡点 (a) は安定です。n の初期値に関わらず、n が平衡点 に近づいて a に至る場合には、この平衡点を大域安定平衡点 (globally stable equilibrium) と呼びます。それに対して、平 衡点の安定性が n の初期値に依存する場合には、この平衡点 を局所安定平衡点 (locally stable equilibrium) と呼びます。ま た、n が時間の経過とともに a に近づくものの a に一致す ることはないような平衡点を漸近安定平衡点 (asymptotically stable equilibrium) と呼びます。 (S1.4.2.6) 時刻 t=0 での個体数を n(0) とすると、積分定数 C’ は (K/n(0))–1 となります。dn/dt=0 の下で微分方程式 (S1.4.1.6) を n(t) につい て解くと、個体数の安定平衡点 n*=K と不安定平衡点 n*=0 を得 ます (一変数での平衡点安定性解析については Box 1.4.2 を参照) 。 K よりも小さな正の整数を初期値として個体数がロジスティッ ク方程式に従って変化する場合、個体数 n(t) はS字曲線を描いて 増加します(Fig. S1.4.2)。また、個体数の初期値が K よりも大き [2] 不安定平衡点 (unstable equialibrium):(df /dn)|x=a > 0 の時、平衡点 (a) は不安定です。n = a の場合には n はこの 平衡点に留まり続けますが、平衡点からわずかでも外れると n の値はこの平衡点から遠ざかります。 差分方程式 n(t + 1) = f (n) では、|(df /dn)|x=a | < 0 の時 に平衡点は安定となり、|(df /dn)|x=a | > 0 の時に不安定と なります。 3 Case S1.4.3: 生活史が遺伝子型とは無関係に個体密度に依存する場合-侵入解析- 遺伝子型 A を持つ在来個体群に遺伝子型 B を持つ少数の突然 変異個体が侵入する状況を考えます。死亡率に密度依存性を仮定 するロジスティック方程式とは異なり、出生率に密度依存性があ ることを仮定して個体数の変化を記述したモデルとして Ricker 方 程式が挙げられます。遺伝子型 A を持つ個体の数 nA が離散時間 と連続時間のそれぞれで変化する場合、Ricker 方程式は次式で与 えられます: Box S1.4.3. 侵入解析の一般的手順 連続変数の侵入解析は一般に以下の手順で行われます。 [1] 決定変数(突然変異によって変更される形質)を決めます。 [2] 侵入適応度 (invasion fitness) を計算するために以下の手順 を取ります: (a) 在来個体群のみでの動態を記述するモデルを構築. (b) 在来個体群サイズの平衡点を計算. (c) 平衡点が安定である条件を特定. (d) 突然変異個体の効果を含めたモデルに拡張. (d) このモデルに対して局所安定性解析を実行 (Box S1.4.4). 差分方程式: nA (t + 1) = nA (t) [βA exp(−αnA (t)) + 1 − µA ] . (S1.4.3.1) 侵入解析での典型的な局所安定性行列はブロック三角型とな ります: ” “ 微分方程式: dn = nA (t) [βA exp(−αnA (t)) − µA ] . dt Jres 0 (S1.4.3.2) この行列の固有値は Jres と Jmut の固有値です。Jmut の最 大固有値が突然変異個体の侵入適応度に一致します。 ただし、βA は個体数が 0 に近い時の出生率で、μA は死亡率です。 a は密度依存性の強さを決める定数で、遺伝子型に依存しません。 平衡点 nA*=(1/α)ln(βA/μA) は 0 < μAln(βA/μA) < 2 の時に安定です (Box S1.4.2 を参照)。 個体数が安定平衡点で維持されている遺伝子型 A の個体群に 遺伝子型 B を持つ少数個体が侵入した時に、侵入者の個体数は再 帰方程式では次のように表現されます: [3] Jmut の最大固有値 λ は突然変異個体が少数である時の 突然変異個体の繁殖係数です。突然変異個体の侵入条件は、 離散時間のモデルでは λ > 1、連続時間のモデルでは λ > 0 です。 [4] 在来個体の形質値と侵入個体の形質値に関するすべての 組み合わせについて、突然変異個体の侵入可能性を解析する ことはしばしば困難です。この場合には、両種の形質値が近 いことを仮定して近似的な解析を行います。在来個体群での 突然変異個体の繁殖係数は、テイラー展開を経て次式のよう になります: nB (t + 1) = nB (t) [βB exp {−α(n∗A + nB (t)) }+1 − µB ] ≈ nB (t) [βB exp {−αn∗A }+1 − µB ] = nB (t) [(βB µA /βA ) + 1 − µB ] . (S1.4.3.3) ˛ ∂λ ˛˛ (xm − x) ∂xm ˛xm =x ˛ ∂λ ˛˛ =1+ (xm − x). ∂xm ˛xm =x λ(xm , x) ≈ λ(x, x) + 遺伝子型 A を持つ個体による密度影響下での遺伝子型 B を持 つ 個 体 の 繁 殖 係 数 を λ(B,A) と 表 記 し た と き、 式 (S1.4.3.3) は nB(t+1)=nB(t)λ(B,A) と書き直すことができます。遺伝子型 B の 個体数が増加する条件は λ(B,A) > 1 なので、次の不等号の成立が 必要です: (βB µA /βA ) + 1 − µB > 1. V Jmut (B1) 右辺第二項の (∂λ/∂xm )|xm =x は、突然変異個体が在来個体 と同じ形質値を取った時の適応度勾配 (fitness gradient) です。 この値が正の時には、突然個体はより大きな値の形質を持つ ことで λ(xm , x) > 1 となり、侵入に成功します。反対に、負 の時には在来個体よりも形質値の小さな突然変異個体が侵入 に成功します。 (S1.4.2.4) この不等号は nB(t+1)=nB(t)λ(B,A) と書き換えることができま す。従って、遺伝子型 B を持つ個体が遺伝子型 A の在来個体群 に侵入できるかどうかは、出生率を死亡率で割った値の大小関係 で決まることになります。この結論は、「β/μ を最大にする生活 史は ESS に一致する」と一般化できます(侵入解析の一般的方法 論については Box S1.4.3 を参照)。 [5] 在来個体の戦略が ESS となるための条件は次式で与えら れます: x∗ is ESS if λ(x∗ , x∗ ) ≥ λ(xm , x∗ ) ∀xm . 突 然 変 異 個 体 の 繁 殖 係 数 を 与 え る 式 (B1) に お い て 、 (∂λ/∂xm )|xm =x = 0 かつ d {(∂λ/∂xm )|xm =x } /dx < 0 の 場合には、形質値にかかる方向性選択は停止して突然変異個 体と在来個体の形質値が一致します(その状態を convergence stable と言います)。このことから、在来個体と突然変異個体 の間で形質値が近いことを仮定した場合には、次式を満たす 形質値 x∗ が局所 ESS (local ESS) となります: ˛ ∂λ(xm , x) ˛˛ ˛ xm =x∗ = 0 ∂xm ∗ x=x and ˛ ∂ 2 λ(xm , x) ˛˛ ˛ xm =x∗ ≤ 0. ∂x2m ∗ x=x 4 Case S1.4.4: 生活史が遺伝子型とは無関係に個体密度に依存する場合-競争系- 侵入解析では、定常状態にある在来個体群に侵入した少数の突 然変異個体の増加可能性を解析しました。より一般的な状況と して、複数の遺伝子型が混在する状況でそれぞれの遺伝子型を 持つ個体数の変化を記述するモデルにロトカ-ボルテラ競争系 (Lotka-Volterra competition system) があります。この系はロジ スティック方程式(式 (S1.4.2.3)・式 (S1.4.1.5))を多種系に拡張 したもので、離散時間では連立再帰方程式となり、連続時間では 連立微分方程式となります: 以上の結果から、競争係数が進化的に不変である場合には、環 境収容量 K を最大にする生活史が ESS となることがわかります。 遺伝子型 B の個体数の初期値が小さい場合には、この解析は前節 で紹介した侵入解析と実質的に変わりません。 100 80 � N 差分方程式: � ni (t + 1) = ni (t) + ri ni (t) 1 − ni (t) + αij nj (t) Ki . 60 j�=i 微分方程式: (A) (S1.4.4.1) N � dni = ri ni (t) 1 − ni (t) + αij nj (t) dt j�=i � Ki . 40 (S1.4.4.2) 20 nA = KA − αAB nB . Population size of genotype B (nB) ただし、N は競争関係にある遺伝子型の種数で、αij は遺伝子型 j を持つ一個体が存在する影響を遺伝子型 i を持つ一個体の影響に 換算する競争係数 (competition coefficient) です。この連立方程 式では ni(t) を t の関数として解くことはできませんが、下で説 明する多変数での平衡点安定性解析とアイソクライン法 (isocline method) を用いることで複数種の共存可能性を解析することがで きます。 遺伝子型 A と遺伝子型 B が競争する N=2 の場合での連立微分 方程式 (S1.4.4.2) の動態を解析します。まず、dnA/dt=0 が成立 している場合、nA=0 の他に次式が得られます: (S1.4.4.3) 同様に、dnB/dt=0 が成立している場合には、nB=0 の他に次式が 得られます: nB = KB − αBA nA . (S1.4.4.4) (B) 80 60 40 20 100 従って、両遺伝子型に関する四種類の平衡点の座標 {nA*, nB*} は 次の通りです: (C) 80 {n∗A , n∗B } = {0, 0} = {KA , 0} = {0, KB } � � KA − αAB KB KB − αBA KA . = , 1 − αAB αBA 1 − αAB αBA 100 60 40 (S1.4.4.5) 平衡点 {nA*, nB*} 近傍での個体数の動態は、連立微分方程式 (S1.4.4.2) を 平 衡 点 近 傍 で テ イ ラ ー 展 開 (Taylor expansion) し て 線 形 近 似 (linear approximation) を 施 し た 後 に 平 衡 点 で の 局 所安定性解析を行うことによって解析することができます (Box S1.4.4)。結果として、遺伝子型 A が遺伝子型 B を駆逐して個体 群を占領する(系が第二の平衡点に収束する)ための必要条件は、 KA > KB/αBA であることがわかります。さらに、KB < KA/αAB の 場合にはこの平衡点は大域安定 (globally stable) となり、両遺伝 子型の個体数の初期値とは無関係に遺伝子型 A が個体群を占拠 します。反対に KB > KA/αAB の場合にはこの平衡点は局所安定 (locally stable) となり、遺伝子型 AB 間での勝敗は個体数の初期 値に依存します。 勝敗の初期値依存性を知るためには、両遺伝子型の個体数 {nA, nB} の変化を X-Y 平面上に図示することが有効です。Fig. 1.4.4 は個体数の変化率 {dnA/dt, dnB/dt} をベクトル場 (vector field) と して図示したものです。各遺伝子型の個体数が変化しない場合 には式 (S1.4.4.3) と式 (S1.4.4.4) が成立しますが、これらの式は X-Y 平面上でアイソクライン (isocline / null cline) と呼ばれる直 線として表現されます。 20 0 20 40 60 80 100 Population size of genotype A (nA) Figure 1.4.4. Lotka-Volterra 競争系の動態.実線と破線はそれぞ れ遺伝子型 A と遺伝子型 B のアイソクライン.矢印は両遺伝子 型の変化率 {dnA/dt, dnB/dt} をベクトルで示したもので、両種の 個体数は矢印に沿った軌跡を描いて変化する.数学的定義から、 個体数の軌跡は遺伝子型 A のアイソクラインを X 軸に対して垂 直に、 遺伝子型 B のアイソクラインを X 軸に対して平行に横切る. (A) 最終的に遺伝子型 A と遺伝子型 B は共存する.αA = αB = 0.5, KA = 40, KB = 50.(B) 個体数の初期値に応じて最終的に遺伝子 型 A もしくは遺伝子型 B のみが個体群を占領する.αA = αB = 2.0, KA = 100, KB = 80.(C) 個体数の初期値に関わらず最終的に遺 伝子型 A が個体群を占領する.αA = αB = 5/4, KA = 100, KB = 50. 5 Box 1.4.4. 二変数の非線形力学系での平衡点安定性解析 動した関数をそれぞれ fˆ(x, y), ĝ(x, y) と再定義します。結果 として、次式が成立します: [1] 一変数関数 f (x) を x = x̂ でテイラー展開すると、x = x̂ 近傍での f (x) の挙動を x の一次関数として線形化(近似)す ることができます: f (x) ≈ f (x̂) + „ ˛ ∂f ˛˛ „ « B ∂x ˛ x=x̂ B fˆ(x, y) ˛ y=ŷ =B ĝ(x, y) @ ∂g ˛˛ ∂x ˛ x=x̂ 0 ˛ « df ˛˛ (x − x̂). dx ˛x=x̂ 同様に、二変数関数 f (x, y) を x = x̂、y = ŷ でテイラー展 開すると次式を得ます: f (x) ≈ f (x̂, ŷ)+ ˛ df ˛˛ dx ˛ x=x̂ y=ŷ ! (x− x̂)+ ˛ df ˛˛ dy ˛ x=x̂ y=ŷ ! y=ŷ dy = g(x, y). dt (y− ŷ). Ĵ ≡ (B1) ∂f B ∂x J = @ ∂g ∂x C“ ” C x C y . (B2) A “ m11 m21 m12 m22 ” と定義するならば、この群集行列の固有値は次の等式を満た す λ となります: この系のヤコビ行列 (Jacobian matrix) は次のように定義され ます: 0 y=ŷ 1 右辺にある {x, y} に平衡点の座標 {x̂, ŷ} を代入したヤコビ 行列を群集行列 (community matrix) あるいは局所安定性行列 (local stability matrix) と呼びます。平衡点の安定性は対応す る群集行列の固有値の正負から判定することが可能です。式 (B2) で与えられる群集行列を [2] 次式で与えられる二変数連立微分方程式を考えます: dx = f (x, y), dt ˛ ∂f ˛˛ ∂y ˛ x=x̂ ˛ y=ŷ ∂g ˛˛ ∂y ˛ x=x̂ det(Ĵ − λI) = (m11 − λ)(m22 − λ) − m12 m21 = 0. 1 ∂f ∂y C . ∂g A ∂y 2個の固有値の実部がともに負の場合、平衡点は安定となり ます。反対に実部が負の固有値がひとつでもあれば平衡点は 不安定となります。尚、群集行列 Ĵ の固有値の実部であるた めの必要十分条件は以下の通りです: [3] 連立微分方程式 (B1) の平衡点が {x = x̂, y = ŷ} で与え られる時、この平衡点近傍での x(t), y(t) の動態を解析する ことによって、平衡点の安定性を判別することを考えます。 まず、f (x, y), g(x, y) をそれぞれ平衡点 {x̂, ŷ} で線形化し て、平衡点が原点 (x = 0, y = 0) になるよう座標系を平行移 tr(Ĵ) = m11 + m22 < 0 and det(Ĵ) = m11 m22 − m12 m21 > 0. 6 S1.5: 適応度の数学的定義-死活率が齢に依存する場合- 多くの生物は個体発生に伴って死活率が変化します。死活 率 の 変 化 が 連 続 的 で あ る 場 合 に は 個 体 発 生 の 程 度 を 齢 (age) で区別するのに対して、不連続に変化する場合には発生段階 (developmental stage) で区別することが好まれます。個体を齢 によって区別して、それぞれの個体数の変化を記述するモデルを age-structured population model と呼び、発生段階を区別したモ デルを stage-structured population model と呼びます。死活率が 齢もしくは発生段階に依存しない場合と同様に、これらのモデル は時間の定義が連続的な場合と離散的な場合で数学的な表現が異 なります。 Box S1.5.1.1. 離散時間における安定齢構成と特性方程式の 導出 1 歳から 4 歳の個体から構成される個体群の Leslie 行列 A を 考えます。まず、行列 A の固有値 λ と対応する右固有ベク トル u を用いて次の等式を置きます: 0 m −λ 1 p1 det(A − λI) = det @ 0 0 まず、時刻 t に x 歳 (x=1, 2, ..., k) の個体が個体群にどれだけ いるかを記述する k × 1 行列 n(t) を置きます: n(1, t) n(2, t) n(t) = .. . n(k, t) m1 p1 L= 0 .. . 0 m2 0 p2 .. . 0 m3 0 −λ p3 m4 1 0 A = 0. 0 −λ 両辺を λ4 で割ると次式を得ます: . (S1.5.1.1) 1 = m1 λ−1 − p1 m2 λ−2 ··· ··· ··· .. . mk−1 0 0 .. . ··· pk−1 mk 0 0 .. . 0 一般に、k × k 行列の固有方程式は k 個の解を持ちます。行 列 A の固有値 (i = 1, 2, 3, 4) をその絶対値の降順に並べて次 のように置きます: . (B2) − p1 p2 m3 λ−3 − p1 p2 p3 m4 λ−4 . |λ1 | ≥ |λ2 | ≥ |λ3 | ≥ |λ4 |. (S1.5.1.2) こ こ で 、係 数 c1 , c2 , c3 , c4 を 用 い て 、齢 構 成 の 初 期 値 n0 (≡ n(0)) を そ れ ぞ れ の 固 有 値 に 対 応 し た 固 有 ベ ク ト ル u1 , u2 , u3 , u4 の線形結合として置きます: この行列の要素 mx は x 歳の個体(一個体)が一年間に生む子 の数 (per-capita fertility) で、px は x 歳の個体が一年間生存でき る確率です(註 : 出生率や死亡率といった個体群を構成する個体 の生活史を決める変数をまとめて vital rates と呼ぶことがありま す) 。これらの値は時間が経過しても変化しない(t に依存しな い)ことを仮定しています。従って、一年後の行列 n(t+1) は L と n(t) から簡単に計算することができます: n(t + 1) = Ln(t). m2 −λ p2 0 ) 0 = λ4 − m1 λ3 − p1 m2 λ2 − p1 p2 m3 λ − p1 p2 p3 m4 . 次に、Leslie 行列 (Leslie matrix) と呼ばれる k × k 行列 L を考え ます: (B1) この等式が u = 0 以外の解を持つためには、次の固有方程式 を満たす必要があります: Case S1.5.1: 生活史が環境条件に依存しない場合 ) Au − λu = 0. Au = λu n0 = c1 u1 + c2 u2 + c3 u3 + c4 u4 . 行列 A の代わりに固有値と固有ベクトルを用いて初期状態 から第一世代の齢構成を計算します: n(1) = An0 = c1 Au1 + c2 Au2 + c3 Au3 + c4 Au4 X X = ci Aui = ci λi ui (from (B1)). i (S1.5.1.3) i この式から第二世代の齢構成を計算します: また、時刻 t=0 での個体群の齢構成を n(0) と置けば、t 年後の齢 構成は単純に n(2) = An(1) = X ci λ2i ui . i n(t) = Lt n(0). (S1.5.1.4) t 世代後の齢構成も同様に計算できます: X n(t) = ci λti ui . として計算できます。強エルゴード定理 (strong ergodic theorem, see Box S1.5.1.1) に従って、この個体群は時間が経過するにつれ て安定齢構成 (stable age distribution) に収束します。この安定齢 構成の内容は齢構成の初期値には依存しません。また、行列 n(t) の全要素の和として計算される時刻 t での個体群サイズは、等比 数列を作りながら増加もしくは減少します。いったん安定齢構成 に至った個体群では、n(t+1) は単純に n(t) に定数(λ > 0 とおく) をかけた行列になりますので、u ≡ n(t)=n(t+1) として次式が成 立します: λu = Lu. (B3) i 式 (B3) の両辺を λt1 で割ります: n(t) = c1 u1 +c2 λt1 „ λ2 λ1 «t u2 +c3 „ λ3 λ1 «t u3 +c4 „ λ4 λ1 «t u4 . ここで、極限 t → ∞ を取ります: lim (S1.5.1.5) t→∞ n(t) = c1 u1 λt1 if λ1 > |λi | for i ≥ 2. この結果は、時間の経過とともに個体群の成長率は λ1 に限り なく等しくなり、安定齢構成 u1 に収束することを意味して います(強エルゴード定理) 。ところで、A が k × k 行列の場 合、式 (B2) はより一般的に次のように書くことができます: λ は行列 L の固有値、u は固有ベクトルと呼ばれます。この等式 は複数の固有値とそれに対応した固有ベクトルに関して成立しま すが、一般に行列 L の全要素は非負であるため Perron–Frobenius の定理が成立します。すなわち、個体数サイズの等比数列の公比 は最大絶対値を持つ固有値(代表固有値 dominant eigenvalue) に一致します。また、安定齢構成は代表固有値に対応する固有ベ クトルを定数倍したものになります (Box S1.5.1.1)。 1= k X i=1 7 i−1 Y j=1 pj ! mi λ−i = k X i=1 li mi λ−i . 生活史形質(生存率・出生率)と個体群成長率の関係を関数 として示したのが特性方程式(characterisitic equation / EulerLotka equation)です (Box S1.5.1.1)。 1= k � i=1 i−1 � j=1 pj mi λ−i . Box S1.5.1.2. 連続時間における特性方程式の導出 x 歳の雌の出生率 (birth rate) m(x) が時刻に依存しないこと を仮定すると、時刻 t に新たに生まれる個体の数 n(0, t) は、 時刻 t に x 歳である雌の個体数 n(x, t) に依存して次式で表 現されます: (S1.5.1.6) n(0, t) = ∞ e−rx l(x)m(x)dx = 1. (S1.5.1.7) vx (r, p, m) = i=x j=x pj mi λx−i−1 . » Z l(x) = exp − � ∞ � ci λti ui = i 式 (B2) と (B3) を式 (B1) に代入すると特性方程式を得るこ とができます: Z ∞ e−rx l(x)m(x)dx = 1. 0 (S1.5.1.8) Box S1.5.1.3. 0 歳での繁殖価の最大化に関する証明 e−ry l(y)m(y)dy. (r∗ , p∗ , m∗ ) := {r, p, m|v0 (r, p, m) → maximal} . (S1.5.1.9) また、任意の r, p, m が特性方程式を満たすことを考えます: vi∗ n0 λti ui . (r, p, m) ∈ {1 = v0 (r, p, m)} . (B1) v0 (r∗ , p, m) ≤ 1 (B2) この時、任意の (p, m) と r ∗ から計算される v0 は 1 を超え ることはありません: ∀ (p, m). 式 (B1) と (B2) から次式を得ます: v0 (r∗ , p, m) ≤ v0 (r, p, m). (B3) ∂v0 (s, p, m)/∂s < 0. (B4) v0 (s, p, m) は s の減少関数です: 式 (B3) と (B4) より、任意の (p, m) から特性方程式を通し て計算される r は決して r ∗ を超えることはありません: r∗ ≥ r 従 っ て 、r ∗ は 特 性 方 程 式 を 満 た す 最 大 の r で 、こ の 時 (p∗ , m∗ ) は最適生活史となります。 (S1.5.1.10) i 上述のように、死活率が齢や発生段階によって異なる場合にも、 生活史が環境条件に依存せず個体数が指数増殖する場合には、内 的自然増加率 r を最大にするような生活史が ESS に一致します。 「任意の r に関して齢 0 での繁殖価 v0 を最大にする生活史は特性 方程式の内的自然増加率 r を最大にする」という定理が存在しま す (see Box S1.5.1.3 for proof ): こ の 式 を 構 成 す る vi* は Leslie 行 列 A の 左 固 有 ベ ク ト ル (left eigenvector) を複素共役転置 (complex conjugate transpose) した もので、次式を満たします: vi∗ A = λi vi∗ . (B3) v0 を最大にする r, p, m をそれぞれ r∗ , p∗ , m∗ と置きます: x � 0 – u(x� )dx� . n(0, t) = Cert . 拡大中の個体群では、早く生まれたは早く繁殖を開始してさらに 子を増やすため、個体数増加への貢献という点で遅く生まれた子 よりも価値が高くなります。この効果を考慮して、x 歳の個体が 死ぬまでに生む子の数から個体群サイズに対する貢献度を計算し た量が x 歳での繁殖価です。 齢によって繁殖価が異なることの意味を直感的に理解するため に、Leslie 行列が等しく、互いに齢の異なる一個体からなるふた つの個体群を考えます。長い時間が経過すると両者の個体数は同 一の安定齢構成を伴って同じ増加率で変化するようになりますが (Box S1.5.1.1)、一方の個体数の変化は他方のそれに常に一定時 間の遅れを取ります。個体数の変遷に生じるこの差は、齢間での 繁殖価の違いに起因するものです。このことは、Box S1.5.1.1 の 式 (B3) で与えられる時刻 t での齢構成 n(t) を、行ベクトル vi* と 齢構成の初期値 n0 を用いて次式のように書き換えることで数学 的に理解できます: n(t) = x 齢構成が時間の経過に対して不変で個体群サイズが指数増加 するならば、時刻 t の出生数 n(0, t) は比例定数 C を用いて 次式で表現することができます: 連続時間では次式になります: v0 erx vx (r, l(x), m(x)) = l(x) (B1) ただし、x 歳まで生存できる確率 l(x) は時刻 t に依存せず、 瞬間死亡率 u(x) を用いて次のように定義されます: この式で、l(x) は個体が x 歳まで生存できる確率を、m(x) は x 歳の雌が生む娘の数を意味します。また、内的自然増加率 r は固 有値 λ と λ=e r の関係にあります。 上 の よ う な 仮 定 の 下 で は、 特 性 方 程 式 の 内 的 自 然 増 加 率 r(=lnλ) を最大にするような生活史(生存率・出生率)が ESS に 一致します。しかしながら、生活史をどんなにうまく選んでも r を無制限に大きくできるわけではありません。環境の影響や各種 の tradeoff によって生活史形質がとれる値には制限があるためで す。 ところで、上の特性方程式は r に関して無理関数となっている ため、数学的に扱いやすくありません。ここで、齢 x での繁殖価 (reproductive value at age と呼ばれる次の量を定義します: x; vx) i−1 � m(x)n(x, t)dx. 反対に、時刻 t に x 歳である雌の個体数 n(x, t) は、時刻 t − x に生まれて x 歳まで生き延びた個体の総数として表現でき ます: n(x, t) = n(0, t − x)l(x). (B2) 0 ∞ � ∞ 0 連続時間では次式になります (Box S1.5.1.2): � Z (S1.5.1.11) r ∈ {v0 (r, p∗ , m∗ ) = 1} is maximal for r = r∗ if 1 = v0 (r∗ , p∗ , m∗ ) ≥ v0 (r∗ , p, m). 8 (S1.5.1.12) Case S1.5.2: 生活史が遺伝子型とは無関係に個体密度に依存する場合-侵入解析- Box S1.5.2.1. 純繁殖率と生涯繁殖成功 ここでは、定常状態(個体数が時間的に変化しない状態)にあ る遺伝子型 A の在来個体群に少数の遺伝子型 B を持つ突然変異 個体が侵入する状況(侵入解析)を考えます。密度の影響を環境 条件 E として表記した場合に、この影響下にある遺伝子型 A の 内的自然増加率と純繁殖率 (Box S1.5.2.1) をそれぞれ r(A,E) と R0(A,E) で表記することにします。密度の影響は在来個体の生活 史に依存して変わるので、定常状態での環境条件を在来個体の遺 伝子型の関数として E=η(A) と書くことにします。在来個体群が 自らの密度効果の結果として定常状態にあるので、次の等式が成 立します: (S1.5.2.1) r(A,η(A))=0 and R0(A,η(A)) = 1. 離散時間のモデルでは、齢構造のある個体群の純繁殖率 R0 は次式で与えられます: R0 = i=1 i−1 Y j=1 pj ! mi . 連続時間の場合には次式になります: R0 = Z ∞ l(x)m(x)dx. 0 純繁殖率 R0 は一個体が生涯に残す子の総数として定義さ れる生涯繁殖成功 (lifetime reproductive success) に一致しま す。個体群の内的自然増加率が 0 の場合には、特定方程式 (S1.5.1.7) に r = 0 を代入することによって、純繁殖率が 1 に等しいという次式を得ることができます: 同様に、在来個体群に侵入した少数の突然変異個体の内的自然増 加率と純繁殖率は、それぞれ r(B,η(A)) と R0(B,η(A)) として表記 されます。実現可能なあらゆる遺伝子型 B の突然変異型個体に対 しても、在来個体 A がその侵入を拒むことができたならば、表 現型 A は ESS となります: A is an ESS iff k X R0 = 0 = r(A, η(A)) > r(B, η(A)) ∀ B, Z ∞ l(x)m(x)dx = 1. 0 equivalently, (S1.5.2.2) A is an ESS iff 1 = R0 (A, η(A)) > R0 (B, η(A)) ∀ B. これは、齢構成が安定で個体数が不変の個体群では、一個体 が平均一個体の子孫を残すことを意味しています。 この基準に従って ESS となる生活史を計算するためには、突然変 異個体が在来個体群で増えることができるかどうかについて、両 者の生活史をいろいろと変化させて繰り返し計算しなければなら ないため、膨大な計算量を必要とします。 侵入解析に関する以上のまとめを踏まえて、死活率が齢や発生 段階によって異なることを仮定した生活史モデルについて考える ことにします。このようなモデルでは死活率を決める変数が数多 く存在するため、どの変数に密度依存性が作用するかという可能 性は無数に存在します。密度依存性が働く齢は重要齢集団 (critical age group) と呼ばれます。本稿では最も単純な場合として、瞬間 死亡率は成熟前に μJ、成熟後に μA を取る生物が α 歳で繁殖を開 始して、成熟後は出生率 m を維持するというモデルを考えます。 ま ず は 密 度 依 存 性 が な い 状 況 を 考 え て、 特 性 方 程 式 (Box S1.5.1.2) に相当する式を導出することによって内的自然増加率 r を計算します。齢 0 の個体が α 歳まで生存する確率は exp(–μJα) で与えられるとします。時刻 t に α 歳となる個体数は、時刻 t–α に x 歳だった個体が生んだ子のうち α 歳まで生き残った個体の総 数に等しいので、次式を得ます: � ∞ n(α, t) = mn(x, t − α)e−µJ α dx. (S1.5.2.3) Box S1.5.2.2. ESS を計算するために最大化されるべき適応度 式 (S1.5.2.7) から密度依存性のない環境での遺伝子型 A(在 来個体)の純繁殖率は次式で与えられます: R0 (A, V ) = R0 (B, V ) = f (η(A)) = (S1.5.2.5) g(η(A)) = 0 (S1.5.2.6) 1 ln α(A) „ m(A) µA (A) « − µJ (A). (B4) 突 然 変 異 個 体 の 純 繁 殖 率 R0 (B, η(A)) は 式 (B2) 右 辺 の µJ (B) を式 (B4) を用いて µJ (B) + g(η(A)) で置き換える ことで得られます。在来個体が突然変異個体の侵入を拒むた めの必要条件は R0 (B, η(A)) < 1 です。この不等式を解く と、R0 (A, V )1/α(A) > R0 (B, V )1/α(B) を得ます。この不等 式で、密度依存性のない環境条件 V は任意の環境条件 E0 で 置き換えることが可能です。 ∞ . (B3) [2] 密度依存性が成熟前の死亡率 µJ を上げる場合:在来 個体群の純繁殖率 R0 (A, η(A)) は式 (B1) 右辺の µJ (A) を µJ (A) + g(η(A)) で置き換えることで得られます。遺伝子型 A の個体群は定常状態にあるので R0 (A, η(A)) = 1 となり、 この式は g(η(A)) について解くことができます: Cert = Cert me−µJ α eµA α e−(r+µA )x dx � ∞ α −µJ α µA α ∴ 1 = me e e−(r+µA )(x+α) dx r + µA µA (A) . m(A)e−µJ (A)α(A) 突 然 変 異 個 体 の 純 繁 殖 率 R0 (B, η(A)) は 式 (B2) 右 辺 の m(B) を式 (B3) を用いて m(B)f (η(A)) で置き換えるこ とで得られます。在来個体が突然変異個体の侵入を拒むため の必要条件は R0 (B, η(A)) < 1 です。この不等式を解くと、 R0 (A, V ) > R0 (B, V ) を得ます。この不等式で、密度依存 性のない環境条件 V は任意の環境条件 E0 で置き換えること が可能です。 式 (S1.5.2.2) と (S1.5.2.3) を式 (S1.5.2.1) に代入すると次式を得 ます: � ∴1= (B2) について解くことができます: ただし、exp(–μJ(x–α)) は齢 α の個体が x 歳まで生存する確率です。 齢構成が時間の経過に対して不変で個体群サイズが指数増加する ならば、時刻 t に α 歳である個体数 n(α,t) は比例定数 C を用い て次式で表現することができます: me m(B)e−µJ (B)α(B) . µA (B) [1] 密度依存性が出生率 m を下げる場合:在来個体群の純繁 殖率 R0 (A, η(A)) は式 (B1) 右辺の m(A) を m(A)f (η(A)) で置き換えることで得られます。遺伝子型 A の個体群は定常 状態にあるので R0 (A, η(A)) = 1 となり、この式は f (η(A)) α −(r+µJ )α (B1) 同様に、密度依存性のない環境での遺伝子型 B(突然変異個 体)の純繁殖率は次式で与えられます: 時刻 t–α に x 歳となる個体数は、時刻 t–x (=(t–α)–(x–α)) に α 歳で、時刻 t–α まで生存することができた個体数に等しくなるの で、次式を得ます: (S1.5.2.4) n(x.t − α) = n(α, t − x)e−µA (t−α) . n(α, t) = Cert . m(A)e−µJ (A)α(A) . µA (A) 9 また、純繁殖率 R0 は次式で与えられます (Box S1.5.2.1): R0 = e−µJ α m � ∞ [3] 密度依存性が成熟後の死亡率 µA を上げる場合:在来 個体群の純繁殖率 R0 (A, η(A)) は式 (B1) 右辺の µA (A) を µA (A) + g(η(A)) で置き換えることで得られます。遺伝子型 A の個体群は定常状態にあるので R0 (A, η(A)) = 1 となり、 この式は g(η(A)) について解くことができます: e−µA (x−α) dx α = me−µJ α . µA (S1.5.2.7) g(η(A)) = m(A) exp [−µJ (A)α(A)] − µA (A). 次に、遺伝子型 A を持つ在来個体と遺伝子型 B を持つ突然変 異個体を区別して、以下の [1] ~ [5] の異なる種類の密度依存性 を仮定した場合での侵入可能性を解析します(計算の詳細は Box S1.5.2.2 を参照)。 突 然 変 異 個 体 の 純 繁 殖 率 R0 (B, η(A)) は 式 (B2) 右 辺 の µA (B) を式 (B5) を用いて µA (B) + g(η(A)) で置き換え ることで得られます。在来個体が突然変異個体の侵入を拒む ための必要条件は R0 (B, η(A)) < 1 です。この不等式を解 くと、µA (A)(R0 (A, V ) − 1) > µA (B)(R0 (B, V ) − 1) を得 ます。この不等式で、密度依存性のない環境条件 V は任意の 環境条件 E0 で置き換えることが可能です。 [1] 密度依存性が出生率 m を下げる場合:任意の環境 E0 におい て純繁殖率 R0(A,E0) を最大にする生活史が ESS に一致します (Box S1.5.2.2)。 [4] 密度依存性が繁殖開始齢 α を上げる場合:在来個体群の純 繁殖率 R0 (A, η(A)) は式 (B1) 右辺の α(A) を α + h(η(A)) で置き換えることで得られます。遺伝子型 A の個体群は定常 状態にあるので R0 (A, η(A)) = 1 となり、この式は h(η(A)) について解くことができます: [2] 密度依存性が成熟前の死亡率 μJ を上げる場合:任意の環境 E0 において R0(A,E0)1/α(A) を最大にする生活史が ESS に一致しま す (Box S1.5.2.2)。 [3] 密度依存性が成熟後の出生率 μA を上げる場合:任意の環境 E0 において μA(A)[R0(A,E0)–1] を最大にする生活史が ESS に一致し ます (Box S1.5.2.2)。 h(η(A)) = [4] 密度依存性が繁殖開始齢 α を上げる場合:任意の環境 E0 に μ (A) おいて R0(A,E0) を最大にする生活史が ESS に一致します (Box S1.5.2.2)。 [5] 密度依存性が死亡率 μJ と μA を等しく上昇させる場合:任意 の環境 E0 において内的自然増加率 r(A,E0) を最大にする生活史が ESS に一致します (Box S1.5.2.2)。 上の計算から明らかなように、ESS となる生活史を計算するた めに最大化される量は密度依存性の種類によって異なります。最 大化されるべき量に関しては、次のように一般化することができ ます: ■第一に、純繁殖率 R0 を下げるような密度依存性が作用するこ とによって在来個体群が定常状態にある場合には、任意の環境 E0 において純繁殖率を最大にするような生活史が ESS に一致し ます (Box S1.5.2.3): 1= « − α(A). (B6) m(A) exp [− {r(A, V ) + µJ (A)} α] . r(A, V ) + µA (A) (B7) 密度依存性を考えて µJ (A) を µJ (A) + g(η(A)) で、µA (A) を µA (A) + g(η(A)) で置き換えると、式 (B7) は次式のよう に書き換えることが可能です: m(A) exp {− (r(A, η(A)) + µJ (A) + g(η(A))} α] . r(A, η(A)) + µA (A) + g(η(A)) (B8) r(A, V ) = r(A, η(A)) + g(η(A)) で、遺伝子型 A の個体群 は定常状態にあるので r(A, η(A)) = r(A, V ) − g(η(A)) = 0 1= 個体の純繁殖率を下げるような密度依存性が働いている状況 を考えます: より次式を得ます: (B1) g(η(A)) = r(A, V ). この式で、f (E) は 0 ≤ f (E) ≤ 1 を満たす係数、E0 は任意 の環境条件です。定常状態の時、次の等式が成立します: (B9) 在来個体が突然変異個体の侵入を拒むための必要条件は r(B, η(A)) = r(B, V ) − g(η(A)) < 0 ですが、式 (B9) より この不等式は次式のようになります: 1 = R0 (A, η(A)) = f (η(A))R0 (A, E0 ) (B2) r(A, V ) > r(B, V ). (B10) この不等式で、密度依存性のない環境条件 V は任意の環境条 件 E0 で置き換えることが可能です。 次に、定常状態にある遺伝子型 A の個体群に遺伝子型 B を持 つ少数の個体が侵入するという状況を考えます。式 (B1) の A を B で、E を η(A) で置き換えます: ■第二に、内的自然増加率 r を下げるような密度依存性が作用す ることによって在来個体群が定常状態にある場合には、任意の環 境 E0 において内的自然増加率を最大にするような生活史が ESS に一致します (Box S1.5.2.4): (B3) 当初、侵入者の頻度は非常に小さいため、彼らが環境に与え る影響は無視できると考えます。さて、式 (B3) の右辺に式 (B2) の右辺を代入すると次式が得られます: R0 (B, η(A)) = R0 (B, E0 )/R0 (A, E0 ). m(A) µA (A) 体)の純繁殖率は次式で与えられます: Box S1.5.2.3. R0 の最大化に関する証明 R0 (B, η(A)) = f (η(A))R0 (B, E0 ). „ [5] 密度依存性が死亡率 µJ と µA を等しく上げる場合:式 (S1.5.2.6) から密度依存性のない環境での遺伝子型 A(在来個  is an ESS iff A → R0 (A, E0 ) is maximal for A = Â. (S1.5.2.8) ) f (η(A)) = 1/R0 (A, E0 ). 1 ln µJ (A) 突然変異個体の純繁殖率 R0 (B, η(A)) は式 (B2) 右辺の α(B) を式 (B6) を用いて α(B) + h(η(A)) で置き換えることで 得られます。在来個体が突然変異個体の侵入を拒むための 必要条件は R0 (B, η(A)) < 1 です。この不等式を解くと、 R0 (A, V )µJ (A) > R0 (B, V )µJ (B) を得ます。この不等式で、 密度依存性のない環境条件 V は任意の環境条件 E0 で置き換 えることが可能です。 J R0 (A, E) = f (E)R0 (A, E0 ). (B5)  is an ESS iff A → r(A, E0 ) is maximal for A = Â. (S1.5.2.9) (B4) R0 (A, E0 ) が最大の時、A とは異なるいかなる遺伝子型 B これらの定理は、在来個体と突然変異個体という二種類の生活史 を計算の上で区別することなく、任意の環境 E0 で適応度が最大 となる生活史を計算することで ESS を決めることができることを 意味しているという点で、とても重要です。 もその個体群を乗っ取ることはできません。このことは、 R0 (A, E0 ) の最大化が「生活史戦略 A が ESS であることの 必要十分条件である」ことを意味しています。 10 S1.6: 純繁殖率を最大にする生活史が ESS となるための条件 生涯繁殖成功として測定が可能であることから、純繁殖率は生 活史進化の実証研究においてたいへん重要な量です。しかしなが ら、純繁殖率を最大にするような生活史が ESS に相当する状況は 限定的です。ここでは、純繁殖率を適応度の尺度として利用でき る条件を整理します。 Box S1.5.2.4. r の最大化に関する証明 Case S1.6.1: 生活史が環境条件に依存しない場合 この式で、g(E) は正の値を取り、E0 は任意の環境条件です。 ただし、r(A, E) は次式の一意実根です: 死活率が齢もしくは発生段階に依存しない場合には、世代時間 に遺伝的変異がない(在来遺伝子と突然変異遺伝子が常に同じ世 代時間を持つ)ような制約が存在するならば、純繁殖率を最大と する生活史が ESS になります。この最適生活史は、内的自然増加 率を最大にする生活史に一致します。 死活率が齢に依存する生物の個体群が安定齢構成にある場合で も同様で、世代時間に遺伝的変異がない(在来遺伝子と突然変異 遺伝子が常に同じ世代時間を持つ)ような制約が存在するならば、 純繁殖率を最大とする生活史が ESS になります。離散時間の場合 には、世代時間 T は次式で与えられます: � � i Πi−1 j=1 Pj Fi T = � � i−1 � . i Πj=1 Pj Fi � i (S1.6.1.1) 連続時間の場合には次式になります: � ∞ xl(x)m(x)dx . T = �0 ∞ (S1.6.1.2) 0 l(x)m(x)dx Case S1.6.2: 生活史が遺伝子型とは無関係に 個体密度に依存する場合 定常状態にある在来個体群に少数の突然変異個体が侵入する場 合を考えます。死活率が齢に依存しない場合には、死亡率 m に密 度依存性が働くことを仮定すると β/μ を最大とする生活史が ESS となりました (S1.4.3)。もし在来個体と突然変異個体が常に同じ 値の死亡率 μ を持つような制約がある場合には、両型で世代時間 が等しくなり、純繁殖率 R0 を最大にする生活史が ESS に一致し ます。 死活率が齢に依存する場合には、密度依存性が個体の純繁殖率 を下げるように働いた結果として在来個体群が定常状態にあるな らば、純繁殖率 R0 を最大にする生活史が ESS に一致します (Box S1.5.2.3)。それ以外の場合にも、特定の死活率に在来個体と突然 変異個体で差が生じ得ないような制約があるならば、純繁殖率が 適応度の尺度として利用できる場合があります。 野外において世代時間の制約が生じる機構の候補としては、環 境の季節性が挙げられます。特定の季節にのみ活動可能な一化性 の生物では(多化性が進化しないという制約の下で)、個体の適 応度として純繁殖率を用いることができると考えられています。 個体群の内的自然増加率を下げるような密度依存性が働いて いる状況を考えます: r(A, E) = r(A, E0 ) − g(E). Z ∞ (B1) e−(r+g(E))x l(x)m(x) = 1. 0 定常状態の時、次の等式が成立します: 0 = r(A, η(A)) = r(A, E0 ) − g(η(A)) ) g(η(A)) = r(A, E0 ). (B2) 次に、定常状態にある遺伝子型 A の個体群に遺伝子型 B を持 つ少数の個体が侵入するという状況を考えます。式 (B1) の A を B で、E を η(A) で置き換えます: r(B, η(A)) = r(B, E0 ) − g(η(A)). (B3) 当初、侵入者の頻度は非常に小さいため、彼らが環境に与え る影響は無視できると考えます。さて、式 (B3) の右辺第二項 に式 (B2) を代入すると次式が得られます: r(B, η(A)) = r(B, E0 ) − r(A, E0 ) = ln λ(B, E0 ) . λ(A, E0 ) (B4) r(A, E0 ) が最大の時、A とは異なるいかなる遺伝子型 B もそ の個体群を乗っ取ることはできません。このことは、r(A, E0 ) の最大化が「生活史戦略 A が ESS であることの必要十分条 件である」ことを意味しています。 S1.7: 参 考 文 献 ■ Brommer, J. E. (2000) The evolution of fitness in life-history theory. Biol. Rev. 75:377-404. ■ Caswell, H. (2001) Matrix population models: construction, analysis, and interpretation (2nd edition). Sinauer. ■ Charlesworth, B(1994) Evolution in age-structured populations (2nd edition). Cambridge University Press. ■ Hastings, A. (1978) Evolutionarily stable strategies and the evolution of life history strategies: I. dencity dependence model. Journal of Theoretical Biology 75:527-536. ■ Mylius, S. D. and Diekmann, O. (1995) On evolutionarily stable life histories, optimization and the need to be specific about density dependence. Oikos 74:218-224. ■ Otto, S. P. and Day, T. (2007) A biologist's guide to mathematical modeling in ecology and evolution. Princeton University Press. ■ Roff, D. A. (2002) Life history evolution. Sinauer. ■ Stearns, S. C. (1992) The evolution of life histories. Oxford University Press. ■ Taylor, H. M., Gourley, R. S., Lawrence, C. E., and Kaplan, R. S. (1974) Natural selection of life history attributes: an analytical approach. Theor. Popul. Biol. 5:104-122. ■ 巌佐庸 (1998) 数理生物学入門 . 共立出版 . ■ 巌佐庸 , 松本忠夫 , 菊沢喜八郎 (2003) 生態学事典 . 共立出版 . 11
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