中小企業の経営者様必見! 2月号 明治安田生活福祉研究所 000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 最近気になる労務問題 第23回 固定残業代制度は会社にとって本当に得なのか? 当社では、営業社員に対して月額60,000円の営業手当を支給し、この営業手当の支払いによって 残業代を支払ったものとみなす旨を賃金規程で定めています。しかし、当社の営業社員から、残業代 は月60,000円の営業手当を超えているはずなので、超えている部分は支払って欲しいという声が 上がっています。 このような場合、どう対応すればよいのでしょうか。そもそも営業手当による固定残業代の支払 いは当社にメリットがあるのでしょうか。 1. 固定残業代 労働基準法は所定労働時間を超過した時間外労働について、 割増賃金 (以下 「残業代」 といいます。 ) を支 払うべきことを規定しています(法37条1項)。しかし、この残業代は、時間外労働時間の1.25倍という計 算方法によらねばならないものではなく、その金額を超えている限りは、 一定額の手当を支払う方法で支 払っても構いません。 そのようなことから、一定額の手当(営業手当、精勤手当など名称は何でも構いません。)を残業代の支 払いに代えることとして支払ったり(手当型)、基本給の中の一定額を残業代に代わるものだとみなした り(組込型)する方法で、残業代を支払う企業があります。このように支払われる残業代は、一般に固定残 業代と呼ばれます。 2. 固定残業代の目的 この固定残業代は、元々、以下のような目的で導入されてきたものと思われます。 第1に、残業代を固定的な手当の形で支払うことによって、 見かけ上の賃金が多く見える効果がありま す。 第2に、残業代 (の一部)を支払っているという建前をとることによって、 コンプライアンス遵守の姿勢 をアピールする意味があります。 第3に、実際に社員から残業代が請求された場合、一定額は既に固定的に支払われていること、また固 定残業代は残業代を算出する算定基礎から除外されることから、請求される残業代を低額化することが できます。 第4に、残業代が一部ではあっても支払われていること(上記第1、第2)、請求しても固定残業代を差 し引いた残額しか請求できないこと(上記第3)から、残業代の請求自体を抑制するという間接的効果が あるかもしれません。 第5に、実際問題として、営業職や管理職の場合には勤務時間の把握が精緻にはできかねることもある こと、特に営業職の場合、社外での行動把握が完全には難しいことも背景として指摘されています。 3. 固定残業代の問題点 しかし、このような固定残業代はあまりお勧めできないと考えます。 理由の第1に、 固定残業代を支払うということは、 そもそも一定以上の残業を行うことを前提としてい るものです。 しかし、労働時間の長時間化自体、 望ましいものではありません。 第2に、固定残業代制度をとる企業では、固定部分を越える残業代が精算されて支払われていないこと が多いのが実情です。その場合にはコンプライアンス上の問題が生じ、 ひいては社員のモラル低下にもつ ながる可能性があります。 第3に、固定残業代の定め方自体が、労働審判や訴訟の場では争いになりやすく、無効とされるリスク があることです。 以下に裁判例を引用しながら説明します。 4. 固定残業代をめぐる裁判例 関西ソニー事件 (大阪地判昭63.10. 26労判530号40頁)では、営業社員に対し基本給の17%に相当す るセールス手当が支払われ、セールス手当支給該当者には超過勤務手当(残業代)が支払われない旨が給 与規則に定められていたことにつき、裁判所は、 このセールス手当は定額の時間外手当としての性質を有 するものと判断しました。 しかし、イーライフ事件(東京地判平25.2. 28労判1074号47頁)では、営業社員に対して、超過勤務手 当 (残業代)に代わるものとして月額92,800円~ 130,000円 (額は時期により変動していました)の精勤 手当が支払われ、超過勤務手当が精勤手当を超える場合は差額を支給する旨が給与規程に定められてい たことにつき、裁判所は、この精勤手当は額が変動していることから時間外労働の対価としての性質以外 のものが含まれていると認められること、何時間分の時間外労働に相当するかの指標を見出せないこと、 差額精算の合意や取り扱いが確立していないことを理由に、精勤手当を残業代の支払いとは認めません でした。 5. もし裁判例に合致する制度設計をすると 上記イーライフ事件のケースは「手当型」の裁判例としては、 あまり一般的ではないかもしれません。 しかし、もし同事件の裁判例を前提として、有効な「手当型」の固定残業代制度を設計するとすれば、① 一定額の手当が残業代に代わるものであることを明確にするのみならず、②それが何時間分の残業代に あたるのかを労働者ごとに明確にし、③一定時期ごとに、 実際の労働時間が固定残業代を上回るか否かを 検証し、上回る場合には差額を支給する旨を合意するか、またはその運用を確立する、ということが必要 となります。 ただ、そこまでするくらいであれば、最初から、通常通り残業代を計算して支払うほうがよほどシンプ ルな扱いではないでしょうか。 6. 設問の事案の検討とまとめ 設問の事案について、上記関西ソニー事件の裁判例を前提とした場合、 固定残業代の定めとしては有効 である可能性が高いですが、固定部分を超過する残業代は支払わなければなりません。一方、上記イーラ イフ事件の裁判例のような判断がされた場合(その可能性は否定できません)、固定残業代の定めが不十 分であり無効とされる可能性があります。これらのことを考えると、固定残業代の定めは、メリットが小 さく、むしろデメリットが無視できないように思われます。 固定残業代に関しては、近時関連裁判例が数多く出され、議論が活発化しているところです。既に導入 されている企業は、自社の制度について問題がないかどうか、制度をそのまま維持すべきかどうか、ご検 討されることをお勧めします。 【図】 (大山圭介法律事務所 弁護士 大山 圭介)
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