東京大学大学院経済学研究科教授 伊藤 元重

東京大学大学院経済学研究科教授
伊藤 元重
日本の電力システム改革~発送電分離と小売の自由化
今回の国会で、電力の発送電分離を決める法案が成立します。すでに衆議院を通り、間
もなく参議院も通るでしょう。日本の電力システム改革も、これで法律の立て付け上は一
応完成したことになります。いろいろなことが言われていますが、具体的な中身として特
に重要な点は、一つは発送電分離で、発電・送配電・小売の三つを分けていくことです。
もう一つは、小売の完全自由化を推し進めること。この二つが非常に重要な中心になりま
す。
よく言われるように、今回の改革は戦後60年にわたる大手企業の地域独占を崩す最大
の電力システム改革であり、これが業界のみならず日本経済全体に及ぼす影響は何である
かを見る必要があります。多くの分野、例えば航空や金融、あるいは情報通信などの分野
では、規制緩和は少しずつ進められてきて、いわば市場メカニズムの中で自由な競争が行
われるようになってきたわけですが、電力はある意味でそれが最も遅かったわけです。
発送電分離で、発電と送配電と小売が分離されることがどういうことかというと、新規
の参入が非常にやさしくなる、やりやすくなるということです。
これは情報通信のケースと比較してみると分かりやすいでしょう。発送電分離のことを
英語で「アンバンドリング」と言います。バンドルは束です。アンバンドリングですから、
それをばらすということです。要するに、これまでは、発電、送配電、小売という電力の
上流から下流までが、全部垂直統合の中で、バンドルで電力会社によって提供されてきた
わけですが、これをばらしてみましょうということです。それによって、送配電、電力を
送って届けるという、この最も公共性の高い部分のサービスを、誰でも同じ条件で使うこ
とができることが大きなポイントになります。
これが何を起こしたのかを考えるために、もう一つ申し上げておかなくてはならないこ
とがあります。それは東京電力という会社の特殊な事情です。
ご存知のように、東京電力は、福島の原子力発電所の事故以来、原発の事故の収束や放
射能漏れによる地元被害に対する諸補償など、さまざまな大きな課題に向き合っています。
そうした中で、東京電力が、将来、電力会社としてしっかり生き残っていくためには、他
の電力会社よりもかなり前倒しで改革を進めていかなければなりません。
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現実に、東京電力自身がそういう対応をとっています。先ほど申し上げた、政府がいま
決めている発送電分離や小売の自由化の改革ペースよりも、かなり前倒しでいろいろなこ
とを進めようとしています。結果論として見ると、東京電力が、日本の電力自由化のいわ
ばフロントランナーとして、いろいろなことを動かし始めてきているのです。
東京電力が行っているもう一つの非常に興味深い動向は、小売事業、つまり、一般のユ
ーザーに対して電力を売る事業を、これまでの東京電力の管内から全国に広げていくとい
う動きを示していることです。つまり、関西や北海道でも電力を売るということです。
これまでは、縦割りで、各地域の電力会社が各地域で独占的に近い行動をとってきたわ
けですが、東京電力のような会社から見ると、小売ビジネスを全国展開していくことによ
って、よりビジネスチャンスを広げていこうということになるわけです。
三つ目の興味深い動きは、ソフトバンクやTポイントカードやPontaといったカー
ドポイントビジネスとの連携を積極的に進めていこうとしていることです。
申し上げたいことは、この発送電分離と小売の自由化によって、まず一つ目は、いろい
ろな新しい事業者が参入してきているということです。それから二つ目は、旧来の電力事
業者が、地域・領域を超えて、より広域に展開すると同時に、連携や合併という形で再編
が行われてきているということです。
航空、金融といった他分野でもそうであったように、規制改革、規制緩和をしたら数年
のうちに全てが大きく変わるというよりは、5年、10年かけて、当初は予想もできなか
ったような大きさでさまざまな変化が起こってくるというのが、これまで諸分野で経験し
てきたことです。ですから、電力についても、今後の展開が非常に楽しみであると思いま
す。
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