イエス・キリスト

イエス・キリスト
ラヴ語 に由来する転写により「イイスス・ハリス
トス」と呼ばれる。かつてはカトリック教会 では
イエスは「イエズス」と表記されていたが、現在
ではあまり⽤いられない。戦国時代 から江⼾時代
初期にかけてのキリシタン は、「ゼス(ゼスス)・
キリシト」を⽤いていた。
1
概要
キリスト教 の多くの教派(正教会、東⽅諸教会、
カトリック教会、聖公会、プロテスタント)にお
いて、三位⼀体(⾄聖三者)の教義の元に、神の
⼦ が受⾁(藉⾝) して⼈となった、真の神であり
真の⼈である救い主として* [2]* [3]* [4](⼀部の教
派では、単性論 と通称される、神としての属性を
強調する⽴場で)信仰の対象となっている。
「イエス」は⼈名。ヘブライ語 からギリシャ語 に転
写されたもの(ギリシア語: Ίησοῦς, Iēsūs…古典ギ
リシア語再建 ⾳ではイエースース、現代ギリシア
語 からの転写例はイイスス)。「ヤハウェ(神)は
救い」「救う者」を意味する* [4]* [5]。
「キリスト」は「膏をつけられた者」という意味の、
救い主の称号。膏をつけられるのは旧約聖書 にお
いて王・預⾔者・祭司であったが、新約の時代に
おいてはこの三つの職務をイエス・キリストが旧
約のそれら全ての前例を越える形で併せ持ってい
たことを⽰していると解される* [5]* [6](但しこの
三職論については、時代・論者・教派によって、キ
リスト教内から異論もある)。
イエスの⾔⾏を記した福⾳書 を含む『聖書』は世
界で最も翻訳⾔語数が多い歴史的ベストセラーで
あり、⾳楽・絵画・思想・哲学・世界史などに測
り知れない影響を与えた。
画 によるイエス・キリストのイコン(6 世紀 頃、シ
ナイ 島、聖カタリナ修
所 )
イエス・キリスト(紀元前 4 年 頃 - 紀元後 28 年
頃、ギリシア語: Ίησοῦς Χριστός* [1]、ヘブライ語
ラテン⽂字転記:ha-Mashiah Yhoshuah)は、ギリ
シア語 で「キリスト であるイエス」、または「イ
エスはキリストである」という意味である。すな
わち、キリスト教 においてはナザレのイエス を
イエス・キリストと呼んでいるが、この呼称⾃体
にイエスがキリストであるとの信仰内容が⽰され
ている* [2]。
2
2.1
語義と指示内容
イエス
イエスは、「イエースース(Ίησοῦς, Iēsūs、古典ギ
リシア語再建 ⾳)」の慣⽤的⽇本語表記である。現
代ギリシア語 では「イイスス」となる。
元の語は、アラム語 のイェーシューア( ,‫ישוע‬Yeshua)
=ヘブライ語 のヨシュア
(イェホーシューア、
,‫ֹש ַע‬
ֻׁ ‫יְהו‬
Yehoshua)で、「ヤハウェ の救い」「ヤハウェは救
い」
「救う者」を意味する* [4]* [5]。
本項では、ナザレのイエスについてのキリスト教
における観点について述べる。
⽇本正教会 では中世以降のギリシャ語 と教会ス
1
3 イエス・キリストとは何者か=「神の⼦」「真の神・真の⼈」
2
これらのギリシア語表記の語尾は主格 形であり、
格変化 すると異なる語尾に変化する。⽇本語の慣
例表記「イエス」は、古典ギリシア語再建⾳から、
⽇本語にない固有名詞の格変化 語尾を省き、名詞
幹のみとしたものである。
中世以降から現代までのギリシャ語からは「イイ
スス」と転写し得る。⽇本正教会 がもちいる「イ
イスス(Iisus)」は、Ίησοῦς の中世ギリシア語・現
代ギリシャ語に由来する転写(中世・現代のギリ
シャ語では"η" は"ι" と同じとなり「イ」と読む)で
ある。正教古儀式派 では、"Исус"(イスス)とい
う、東スラヴ 地域でかつて伝統的だった呼称を現
在も⽤いている。
かつての⽇本のカトリック教会 ではロマンス語
の発⾳からイエズスという語を⽤いていたが、現
在ではエキュメニズム の流れに沿ってイエスに
統⼀されている* [7]。戦国時代 から江⼾時代 初期
にかけてのキリシタン は、ポルトガル語 の発⾳
からゼススまたはゼスを使⽤していた。
アラビア語 からは「イーサー」と転写し得る。
2.2
キリスト
イエス・キリスト像(『全能者ハリストス』)。12 世紀 に
制作された、アギア・ソフィア⼤聖堂 の ザイクイコ
ン(イスタンブール)。
に聖書 を持ち、
は指の
形がΙησούς Χριστός(イイスス・フリストス* [9])の頭
⽂字である「ΙΣΧΣ」を象るように えられ( ばした
⼈ し指:Ι、 げた中指と 指が:Σ、 指と 指の
が Χ)、⾒る者を祝福する形に げられた で描かれ
ている。
キリストとは、古典ギリシア語「クリストス(Χριστός, Khristos)」の慣⽤的⽇本語表記である。「ク
リストス」は「膏(油)を注がれた者」を意味する
ヘブライ語「メシア(マーシアハ、 ,‫שי ַח‬
ִ ‫מ‬Māšîªḥ)
ָׁ
」
の訳語であり、旧約聖書中の預⾔者たちが登場を
*
予⾔した救世主を意味する。⽇本正教会では現代 とも確かであり [10]、パウロ書簡においてすでに
ギリシア語および教会スラヴ語 から、「ハリスト 「キリスト」が固有名詞として扱われているという
説もある* [11]* [12]。よって、今⽇において「イエ
ス」と転写する。
ス・キリスト」と述べることが常に⾃覚的な信仰
この意味で、「キリスト」は固有名詞ではなく称 告⽩である訳ではない。
号である* [8]。
いずれにせよ、イエスを「イエス・キリスト」と呼
ぶことはイエスを救い主として認めることを含意
しており、イエスを単なる宗教運動家・預⾔者と
2.3 イエス・キリスト
⾒なす⽴場からイエスを「イエス・キリスト」と
「イエス・キリスト」はギリシャ語で主格 を並べた 呼ぶことはない。⾮キリスト教徒が「イエス・キ
同格表現であって、「キリストであるイエス」「イ リスト」の呼称を⽤いるのは、「キリスト教にお
エスはキリストである」の意味である。マタイ伝・ いて救い主として扱われるイエス」を指す場合に
マルコ伝 はそれぞれの冒頭で「ダビデ の⼦イエ のみ適切であると考えられる。
ス・キリスト」
「神の⼦イエス・キリスト」と呼び
表しており、この結合表現は新約の他の⽂書でも
⽤いられている。パウロ書簡 には「イエス・キリ
スト」とならんで「キリスト・イエス」の表現も
⾒られるが、紀元 1 〜 2 世紀の間に「イエス・キ
リスト」の⽅が定着していった。
3
イエス・キリストとは何者か=
「神の子」
「真の神・真の人」
以下、イエス・キリストとは何者かについて、正
「キリスト」は救い主への称号であったため、キリ 教会、カトリック教会、聖公会、プロテスタント
スト教の最初期においては、イエスを「イエス・ に共通する⾒解を、主に教派ごとの出典に基づい
キリスト」と呼ぶことは「イエスがキリストであ てまとめる。
ることを信じる」という信仰告⽩と等価であった
と考えられる。
• イエス・キリストはただ⼀⼈の神の⼦ であ
しかしキリスト教の歴史の早い段階におい
る* [13]* [14]* [15]* [16]* [17]* [18]* [19]。
て、「キリスト」が称号としてではなくイエスを
• こ の 神 の ⼦ はロ ゴ ス(⾔ 葉) と も 呼 ば
指す固有名詞であるかのように扱われはじめたこ
4.3
受洗、荒野の誘惑
3
れ る (ヨ ハ ネ に よ る 福 ⾳ 書 冒 頭 の 「⾔
葉」(ロゴス)はこれを指すと解釈される)
*
[13]* [14]* [15]* [16]* [18]* [19]
• 神 の ⼦ は、三 位 ⼀ 体(⾄ 聖 三 者) の ⼦ な
る 神 (神 ⼦: か み こ) で あ り、 他 の 位
格 (⽗ な る 神、聖 霊) と 本 質 を 同 じ く す
る* [13]* [14]* [15]* [16]* [17]* [18]* [19]。
• ただし「第⼆の神」といった表現は不適
。
切であり否定される* [19])
• イエス・キリストは神の⼦が受⾁(藉⾝)し
て⼈の性をとった、真の神であり真の⼈であ
る。この⼈性は、罪の他は全く完全なもので
ある(イエス・キリストには罪は無かった)
*
[13]* [14]* [15]* [16]* [17]* [18]* [19]。
• ⼀つの位格(ギリシア語: ὑπόστασις, 英
語: person)のうちに⼆つの本性(ギリシ
ア語: Φύσεις, 英語: natures)があるとす
る* [20]。
4
イエス伝
各エピソードの詳細は、それぞれの項⽬を参照。
4.1
『イエスの神殿への奉献』(1886 年 - 1894 年 頃の作品、
ジェームズ・ティソ, en:James Tissot)
旧約聖書
• 旧約聖書に預⾔されたキリスト
4.2
降誕と幼少時代
ヨセフ の婚約者であったマリア は結婚前に聖霊
により⾝ごもった。天使の御告によりヨセフはマ
リアを妻に迎え男の⼦が⽣まれ、その⼦をイエス
と名づけた。キリスト教ではこの⽇を記念しクリ
スマス として祝う。
• 受胎告知(⽣神⼥福⾳)
• 処⼥懐胎
• 降誕(クリスマス)
• 三博⼠の礼拝
『 野のイイスス・ハリストス』(1872 年 作、イ
クラムスコイ)
ン・
• ヘロデ⼤王 による幼児虐殺
• エジプトへの逃避
4.3
受洗、荒野の誘惑
イエスはガリラヤ地⽅のナザレ で育つ。ルカの福 その頃、洗礼者ヨハネ がヨルダン川 のほとりで
⾳書 によれば、⼤変聡明な⼦であったという。 「悔い改め」を説き、洗礼 を施していた。イエスは
そこに赴き、ヨハネから洗礼を受ける。
• 神殿奉献(イエスを捧げる)
• イエスの幼少時代
• イエスの洗礼
4
5
注
• 最後の晩餐
そののち、御霊 によって荒れ野に送り出され、そ
こで四⼗⽇間断⾷し、悪魔 の誘惑を受けた。
• ゲツセマネの祈り
• キリストの捕縛
• 荒野の誘惑
• キリストの裁判
4.4
宣教活動
• ヴィア・ドロローサ
荒野での試練の後イエスはガリラヤ で宣教を開
⾃らをユダヤ⼈ の王であると名乗り、また「神の
始する(公⽣涯)また弟⼦になった者の中から 12
⼦」あるいはメシア であると⾃称した罪により、
⼈の弟⼦を選び、彼らに特権を与えた。⼗⼆使徒
ユダヤの裁判にかけられた後、ローマ政府に引き
と呼ばれる。
渡され磔刑(はりつけ)に処せられた。
• ⼭上の垂訓
• イエスの奇跡
• 主イエスの変容
その後、⼗字架 からおろされ墓に埋葬されたが、3
⽇後に復活 し、⼤勢の弟⼦たちの前に現れた。⾁
体をもった者として復活したと聖書の各所に記さ
れている。
• エルサレム ⼊城
• 磔刑(⼗字架刑)
• オリーブ⼭の説教
• キリストの墓
• 復活
4.5
受難、死、復活、昇天
正教会、カトリック教会、プロテスタント など多
くの教派 で、キリストの死者の中からの復活は、
初期キリスト教時代からの教えの中⼼的内容とさ
れており* [21]* [22]* [23]* [24]、多くの教派で復活祭
は、降誕祭(クリスマス)と同等か、もしくは降
誕祭より⼤きな祭として祝われる。
• 昇天
5
『ゴルゴファ(ゴルゴタの )の べ』ヴァシーリー・ヴェ
レシチャーギン による (1869 年)、ハリストス(キリスト)
の埋葬準 の光
脚注
[1] 古典ギリシャ語 再建例:イエースース・クリス
トース、現代ギリシャ語 転写例:イイスス・フリ
ストース
[2] X. レオン・デュフール(編集委員⻑)Z. イェール
(翻訳監修者)、
(1987 年 10 ⽉ 20 ⽇)『聖書思想事
典』47 ⾴ - 56 ⾴、三省堂 ISBN 4385153507
[3] フスト・ゴンサレス 著、鈴⽊浩 訳『キリスト教神
学基本⽤語集』p73 - p75, 教⽂館 (2010/11)、ISBN
9784764240353
[4] Іисусъ,
Іисусъ
Христосъ
Полный
церковнославянский словарь(『教 会 ス ラ ヴ 語
⼤辞典』) 内のページ(画像ファイル)
[5] Origin of the Name of Jesus Christ - The Catholic
Encyclopedia (『カトリック百科事典』) 内のページ
フレスコ画イコン『主の復活』(カーリエ博 館 )。キ
リスト(ハリストス)がアダム とイヴ の を り、地
から引き上げる
。旧約の時代の⼈ にまで っ
て復活 の⽣ が主・神であるハリストスによって⼈
に与えられたという『ハリストスの地 降り』と呼ば
れる正教会 の伝 による。
[6] Христосъ - Полный церковнославянский словарь(
『教
会スラヴ語 ⼤辞典』) 内のページ(画像ファイル)
[7] これは、プロテスタント を初めとする他教派 と共
同で翻訳 した聖書「共同訳」にイエススを⽤いた
ところ内外からの批判により後続版である「新共
同訳」がイエス(⼀部はメシア)に統⼀されたの
に由来する。
5
[8] Origin of the Name of Jesus Christ - The Catholic
Encyclopedia (『カトリック百科事典』) 内のページ
6
関連項目
• 救世主 - メシア
[9] 現代ギリシャでも⽤いられる語であるため、現代
ギリシャ語から転写した。古典再建⾳では「イエー
スース・クリストース」となる。また、
「フリスト
ス」は転写によっては「ハリストス」となり、これ
は教会⽤語としては⽇本正教会 での標準的表記で
あるが、教派上の中⽴性を確保するために⼀般的
な現代ギリシャ語転写に本項では則った。他の正
教会 関連記事では「ハリストス」との転写を⽤い
ている。
• 新約聖書 - 福⾳書
• イエスの兄弟、ヤコブ (イエスの兄弟)
• INRI
• ⻄暦
• イイススの祈り
[10] ブルトマン はギリシア語:Χριστόςが、翻訳される
ことなく Christus としてラテン語に導⼊されたこ
とを固有名詞化の⼀根拠としている。R.Bultmann
1961 Theologie des neuen Testaments
• ⾃印聖像
• 全能者ハリストス
• キリストを描いた映画
[11] R. ブルトマン同上
[12] フィリピ3:20 などに「主イエス・キリストが救い
主として来られる」とある。ここでパウロが「キリ
スト」を称号として⽤いていたと想定すると、こ
の句は単なる同語反復になる。
7
[13] 正 教 会 か ら の 参 照:Jesus Christ, Son of God,
Incarnation(アメリカ正教会)
Template: コーランの預⾔者
[14] カトリック教会 からの参照:Christology(カトリッ
ク百科事典)
[15] 聖公会 からの参照(但しこの「39 箇条」は現代の
聖公会では絶対視はされていない):英国聖公会
の 39 箇条 (聖公会⼤綱) ⼀ 1563 年制定⼀
[16] ルーテル教会 からの参照:Christ Jesus.(Edited by:
Erwin L. Lueker, Luther Poellot, Paul Jackson)
[17] 改⾰派教会 からの参照:ウェストミンスター信仰
基準
[18] バ プ テ ス ト か ら の 参 照:Of God and of the Holy
Trinity., Of Christ the Mediator. (いずれもThe 1677/89
London Baptist Confession of Faith)
[19] メソジスト からの参照:フスト・ゴンサレス 著、
鈴⽊浩 訳『キリスト教神学基本⽤語集』p73 - p75,
教⽂館 (2010/11)、ISBN 9784764240353
[20] Theological Outlines • by • Francis J. Hall
[21] カトリック中央協議会(2002 年)『カトリック教
会のカテキズム』298 ⾴ - 299 ⾴、ISBN 4877501010
[22] J. Radermakeres, P. Grelot(1987 年 10 ⽉ 20 ⽇)『聖
書思想事典』730 ⾴ - 735 ⾴ 三省堂
[23] ⽇本ハリストス正教会 教団(昭和 55 年)『正教要
理』52 ⾴ - 55 ⾴
[24] イエスが⽗と呼んだ神第三回ナザレのイエスへの
アプローチ (岩島忠彦:上智⼤学 神学部教授)
外部リンク
• イエス・キリスト - Yahoo! 百科事典