(CPS) がもたらすイノベーションと製造業の未来

サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)
がもたらすイノベーションと製造業の未来
深野 照日
ワンダーニュース
2015 年 7 月
サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)がもたらすイノベーションと製造業の未来
サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)がもたらすイノベ
ーションと製造業の未来
深野
照日
フューチャリスト
2015 年 7 月 1 日| ワンダーニュース
要旨
サイバー・フィジカル・システムズ(以下、
「CPS」)を製造業に活用する壮大な試みが
始 ま っ て い る 。 先 行 す る 米 国 は こ の 取 り 組 み を 先 進 的 な 製 造 業 ( Advanced
Manufacturing)と称し、ドイツはインダストリー4.0 と呼ぶ。CPS とは進化したセン
サーやネットワークを介し物理的な実世界(人間のユーザーを含む)とサイバー空間を
結びつけ、人間の意思決定をサポートする次世代のエンジニアリングシステムのことだ。
主に計算(コンピューティング)、センシング、ネットワーキング、通信プロセスとい
った要素技術を綿密に構成し、統合したシステムが CPS である。例えば、設備に組み
込んだセンサーから送信されたデータ(物理的な実世界)を仮想モデル(サイバー空間)
上で解析すると生産設備の稼働の状態監視や故障予測が可能になる。この仮想モデルを
構築するには生産設備から集められたビッグデータを適切に処理する高度な分析技術
が必要になる。モノづくりの現場は多種多様な情報が行き交い最も標準化しにくい対象
といわれてきた。ところが CPS をモノづくりに導入するとなると製造や生産管理、保
守などのデータ収集やモデルの「標準化」は避けられない。米国発の IT 革命は商取引
やサービスなどを一変させた。イノベーションの波はモノづくりの世界にも押し寄せて
いる。CPS を基盤とする高度なモノづくりを模索するなかで、新たな産業の創出につ
なげようという狙いもあるだけに国家間および企業間の開発競争は一層激しさを増し
ていく。
許可なく転載することを禁じます。
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サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)がもたらすイノベーションと製造業の未来
目次
要旨
1
生産現場の未来像:スマートファクトリー
3
歴史的背景
米国が目指す高度なモノづくり
国家戦略にいたるまでの経緯
4
ドイツの「インダストリー4.0」
6
CPS (Cyber Physical Systems)とは
8
AM 加速にあたっての技術的な課題
9
米国が特に重視する分野
11
インダストリー4.0 が考えるシステムセキュリティ
13
ビッグデータ分析
14
日本の取組み
15
将来の見通し
16
参考文献・資料
17
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サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)がもたらすイノベーションと製造業の未来
生産現場の未来像:スマートファクトリー
スマートファクトリー(スマート工場)1とは製品・設備・労働力・材料といった製造
業の構成要素がネットワークで相互に接続され、リモートによる状態監視や操作を可能
にした工場のことである。あらゆるモノに通信機能を持たせ、インターネットへの接続
(IoT: Internet of Things)、さらには相互に通信させる(M2M)ことで生産の開始か
ら終了までのサプライチェーンの全工程がすべて可視化され、生産計画変更への柔軟な
対応や顧客別のカスタマイズ製品(製品仕様)などの少量生産への対応が可能となる。
さらには市場ニーズや物流状況などさまざまな外部環境の変化に柔軟に対応しながら
開発や製造、生産管理などのプロセスの最適化の実現を図る。
工場内の装置や機器などに設置した無数のセンサーから大量に取得されたデータは機
械学習などの技術により正常稼働時の動作モデルを自動的に導き出し、正常モデルとリ
アルタイムデータを比較しながら過去の不具合事例データをもとに生産ラインの異常
予兆を監視、検知することで設備や工程の状態監視や故障予測が可能になる。労働者は
モバイルデバイスを持ち、工場の観察情報やメンテナンス履歴を即座に記録する。品質
検査装置には工場内の品質管理データと工程の状態が格納され、これら二つの相関関係
がいつでも分析可能になる。予知保全は生産のダウンタイムによって発生する機会損失
や経済損失のリスクを低下させ、生産性の向上につながる。
各製造プロセスにおける消費電力を最適化し、節電のためスマートグリッド、コジェネ
レーションおよびマイクログリッドなど多様な電源の販売電力量や単価を比較しなが
ら電力購入の最適化が図れるだけでなく、企業は光熱費の抑制や二酸化炭素(CO2)削
減効果も期待できる。
こうした多種多様な資源から生み出されるデータはクラウドベースのデータ格納庫
(data warehouse)に集約され、その情報は何時でも何処でも取り出せる。適切な可視化
ツール(タブレット端末など)を使用することにより、設備・工程のさまざまな指標、
故障モード、残寿命、消費電力、稼働率などを効果的に把握することができる。これら
の情報を ERP (Enterprise Resource Planning )や SCM (Supply Chain Management)
といった企業が保有する他のシステムと組み合わせることにより、企業はさらに高度な
運営が可能となる。
1
Dr. Jay Lee 著 「Industry 4.0 とサイバー・フィジカル・システム時代への移行」
3
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歴史的背景
米国が目指す高度なモノづくり
2011 年 6 月、オバマ大統領は米国の製造業の国際競争力を強化するため産官学共同で
新技術を見極め、そこに投資する国家的プロジェクト「先端製造業パートナーシップ
(Advanced Manufacturing Partnership:以下、
「AMP」)
」を立ち上げた2。IT、バイ
オテクノロジーおよびナノテクノロジーといった技術分野への投資によって米製造業
のコスト削減、品質の向上、製品開発の加速さらには雇用創出の支援につなげる。AMP
の原型となったのが米国の非営利業界団体 SMLC(Smart Manufacturing Leadership
Coalition)の前身である EVO(Engineering Virtual Organization)だ。産官学のメ
ンバーで構成された EVO はリーマン・ショックのわずか一年後の 2009 年には先進的
な製造業(Advanced Manufacturing)構想をすでに提唱3していた。
AMP が最先端の製造技術に関するロードマップの策定、構想から製造現場への展開を
加速させ、世界初の技術に磨きをかけ、中小規模事業者(SMEs)を含めたインフラや
共有施設の整備・開発を推進し、全産業に共通する課題克服にむけ技術開発のプラット
フォームとしての機能を担う。先進的な製造業(Advanced Manufacturing、以下「AM」
)
の推進にあたり中心的な役割を果たすのが AMP にほかならない。AMP は大統領科学
技術諮問委員会(以下、
「PCAST」4)の勧告に基づき発足した組織だ。
AMP の投資の重点分野は1)米国内における軍需産業の生産強化、2)製品に使用さ
れる最先端材料の生産に要する時間の削減、3)次世代ロボットにおける米国のリーダ
ーシップの確立、4)エネルギー効率の良い革新的な生産プロセスの開発、5)製品の
設計、生産、テストに要する時間を大幅に削減する新技術の開発などである。
上記の重点分野に関連する国立科学財団(NSF)、米国標準技術局(NIST)、国防省
(DOD)、エネルギー省(DOE)
、商務省(DOC)とその他の連邦政府機関に対し、先
進的な製造業の R&D 予算として 2013 年度以降 22 億ドルを上回る予算が毎期配分され
ている。
the White House, ”President Obama launches Advanced Manufacturing Partnership”, 2011 年 6 月
Smart Process Manufacturing Engineering Virtual Organization Steering Committee, “Smart Process
Manufacturing” , 2009 年 11 月
2
3
4
米国を代表するトップクラスの研究者、エンジニアおよびベンチャーキャピタリストで構成され、大統領に対
して科学技術、イノベーション政策について直接技術的な助言を与える諮問機関。
4
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国家戦略にいたるまでの経緯
米国が目指す高度なモノづくり又は AM の根底には、米国の製造業が置かれた状況へ
の強い危機感がある。過去 10 年あまりにわたり米国の競争力は特にハイテク分野にお
いて著しい低下がみられる。ハイテク分野で高いスキルを持つ労働者の割合が高いドイ
ツや日本に比べると米製造業はイノベーションで遅れをとっている。さらに製造業にお
ける就業者数は減少傾向が続き、工業製品の貿易赤字、生産拠点の海外移転による製造
業への投資の減退が追い打ちをかけ米国内のイノベーションや生産体制に深刻なダメ
ージを及ぼしかねないといった懸念がある。
製造業が見直される理由は、1)製造業は依然重要な雇用の受け皿であること、2)製
造業の生産活動は経済主体にプラスの波及効果を及ぼすため、喪失することで経済的・
社会的な利益を失う恐れがあること、3)米国では民間部門の研究開発の 7 割は製造業
で行われており、製造業の衰退によりイノベーションを喚起する土壌が失われ、イノベ
ーションの衰退につながる恐れがあることなどが挙げられる。
製造業における米国のリーダーシップを取り戻し、イノベーションによる米製造業の復
活が AM の狙いである。AM は製造プロセスを短縮し、デザイン、部品や原材料を変更
しやすくし、少量生産でもコスト効率に優れたカスタマイズ製品を作ることが可能にな
る。製品と製造プロセスのイノベーションは表裏一体だ。科学的な発見、新たな発想や
これまでにはなかったエンジニアリング手法が新製品や新たなプロセスを生み出すキ
ッカケになる。AM によって製造業の生産拠点や研究開発拠点を米国内に誘致(コロケ
ーション)し、グローバル市場における米企業の競争力強化にもつながる。AM は米国
の威信をかけた製造業復活(ルネサンス)の切り札だ。
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ドイツの「インダストリー4.0」
米国の動きに危機感を抱いたのがドイツだ。2013 年4月に連邦政府の支援のもと産官
学一体となって国家的な戦略「インダストリー4.0 (Industry 4.0)」を策定し活動を開始
した。
インダストリー4.0 という名称には第 4 次産業革命という意味が込められている。
最初の産業革命は 18 世紀末から 19 世紀にかけて進んだ水力や蒸気機関による工場の
機械化である。19 世紀後半の第 2 次革命では、電力を利用した大量生産が始まった。
第 3 次は 20 世紀後半にエレクトロニクスと IT を用いた生産工程の自動化である。そ
してインダストリー4.0 では CPS をベースにした技術革新として位置づけている。
図1
主要国の人口推移(実績・予測)
(千万人)
(千万人)
14
60
12
50
10
40
8
30
6
20
4
2
10
0
0
フランス
ドイツ
日本
英国
米国(右軸)
出所:United Nations”World Population Prospects, The 2012 Revision”
注)2010年以前は実績、2015年以降は予測値(定常予測)。
ドイツは世界有数の機械産業を擁し、産業機械やプラント・エンジニアリングは自動車
や化学製品と並び重要な輸出品目でもある。またドイツでは大企業だけでなく中小規模
事業者(SMEs)も高い競争力を誇り、SMEs 上位 100 社のうち 2 割余りを機械および
プラント・エンジニアリング企業が占めている。日米企業との競争はもとより、近年で
はアジア企業の追い上げなどもあり機械産業のグローバル競争は厳しさを増す。高度な
モノづくりで米国にリードを許せば米基準がデファクトスタンダードになり、ドイツ産
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業界の競争優位性を脅かす恐れがある。また一方で、ドイツは日本に次いで人口減少と
少子高齢化が進む(図1、2)。製造企業における全従業員の平均年齢は 45 歳で、50
歳以上の従業員数の割合がじょじょに増えており、やがて熟練労働者の大量退職が見込
まれる。CPS をベースにしたインダストリー4.0 では生産現場における熟練労働者のナ
レッジ(知)やノウハウを記録しデータとして蓄積、さらに機械に学習させることで次
世代のモノづくりに活かすことが可能になる。
図2
主要国の高齢化比率
(%)
50
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
(年)
フランス
ドイツ
日本
英国
米国
出所:United Nations”World Population Prospects, The 2012 Revision”
注1)2010年以前は実績、2015年以降は予測値(定常予測)。
注2)ここでいう「高齢化」とは、65歳以上人口の総人口に占める比率
ドイツは自国の製造装置産業を強化するため CPS を実際にモノづくりの現場で活用す
る一方で、開発した CPS 製品や技術を販売する戦略を掲げている。 さらに自動化プ
ロセス、メカトロニクス工学(mechatronics engineering)や組込みシステム向けの IT
セキュリティ産業を育成するチャンスと捉えている。
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CPS (Cyber Physical Systems)とは
次に、AM やインダストリー4.0 の実現に不可欠なサイバー・フィジカル・システム(CPS)
とは一体どういうものなのかをみていこう。
CPS は1)センサー、プロセッサーおよびアクチュエータ(駆動装置)が組み込まれ
たスマートネットワークシステム、2)進化したセンサーや通信技術により物理的な実
世界(人間のユーザーを含む)とサイバー空間を結び付け、3)物理的な実世界を感知
し、スマートネットワークシステムと実世界が双方向で情報をやりとりするよう意図し
て設計される次世代のエンジニアリングシステムのことだ。
CPS システムではシステムの「バーチャル(サイバー)空間」と「実世界(フィジカ
ル)」要素を結びつける時の動作がカギになる。つまり、計算(コンピューティング)、
制御、センシングおよびネットワーキングといった各コンポーネントを密接に統合し、
さらに各コンポーネントやシステムの動作を慎重に組みたてることが求められる5。
米国は CPS のテクノロジーを製造業だけでなく農業、ビル管理の制御、軍事、エネル
ギー、ヘルスケア、交通の分野への横断的な展開を見据えており、2012 年に設立され
た CPS SSG(Cyber Physical Systems Senior Steering Group)が中心となって次世代
のエンジニアドシステム(engineered system)の開発を進めている。
CPS の実現にむけてドイツのインダストリー4.0 および(または)米国の CPS SSG は
以下の項目を CPS の主な戦略的課題として挙げている。

サイバーセキュリティ

経済性
CPS システムの開発コストを削減するには標準化やオープン・リファレン
ス・アーキテクチャさらにはツールなどの改良を進める必要がある。

相互運用 (interoperability)
複雑化するシステムの管理とシステム全体の相互運用力

プライバシー(個人情報の保護)
フィルタリング技術によって個人が特定される可能性がある。

安全性と信頼性
(低い故障率を含む)操業の安全性と CPS 技術の信頼性の向上。

5
社会技術システム(sociotechnical system)
”NITRD Supplement to the President’s FY 2016 Budget”
8
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CPS システム運用の成功を確実にするため人間とテクノロジー、さらに複
雑化するインフラと人間の行動との間に起こる相互作用の活用
両国とも産官学の調整や連携を図り、基礎研究から応用研究までの各ステージで起きる
CPS の技術的な障壁を取り払うための開発に乗り出していると推測される。
AM 加速にあたっての技術的な課題
2014 年 11 月に公表された『米国先端製造の加速 (“Accelerating US Advanced
Manufacturing”)』の添付資料6のなかで PCAST は技術格差(technical gaps)につい
て具体的に次のように提示している。
1.
製造デバイス、システムおよびサービスのオープンスタンダードと相互運用

ベンダーロックインが製造業のセンシング、制御およびプラットフォームにお
けるイノベーションの障壁になっていることは周知の事実だ。

2.
相互運用の確保
機械のエネルギー消費とエネルギー浪費の流れをリアルタイムに計測、監視し最適
化するソリューション。

複数の製造セクターにおいて迅速で非侵襲的な計測方法がないために製品の
品質、処理能力やプラントの効率性に影響が生じる。多くのケースで計測の精
度が生産に影響する。

工場やプロセスによっては非侵襲的計測といったさまざまな形態のデータ収
集がおこなえる。例えば遠隔イメージング、使い捨て可能な組み込み型センサ
ーや 間接測定センシング(inferential sensing)などだ。いずれのケースも低
コストで信頼性の高い技術が必要だ。

プラントの現場ではエネルギー消費を最適化するための同様の技術がすでに
実用化されている。
3.
スマートグリッド、コジェネレーションおよびマイクログリッドとの統合と各プロ
セスのエネルギーの最適化

産業プラントにおけるエネルギーの最適化を図ることで製造効率を改善しな
がら、同時にグリッドに再生可能エネルギーとの統合を容易にする。

燃料・電力利用の選択、発電または電力調達の決定、異なるタイプの蓄電との
6
Annex 1-10 “Transformative Manufacturing Technology:
Manufacturing Overview”
Advanced Sensing, Control, and Platforms for
9
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融合やモデルベースの最適化によって既存の技術よりも改善が図れる。
4.
製造機器やシステムの診断

故障診断、初期段階の問題の検出と予知保全といったニーズが含まれる

一般に開発されている技術では厳密かつ幅広い分野に適用するための要件を
満たしていない。

各セクター特有の技術が必要になる。一方、製造業のなかでも多くのセクター
で使用される機器(例えばポンプ、換気扇、モーター、バーナーや炉など)が
対象になりうる。

装置の性能や効率に加えて、労働者や環境の安全性にもかかわる。
5.
低消費電力、かつ回復力に優れた無線センサーおよびセンサーネットワーク
6.
ビッグデータ分析とデジタルスレッド(digital thread7)の統合

高度なセンシング、制御やプラットフォーム(さらにこれらを連携したもの)
から膨大なデータが生み出される。さらにモデルやシミュレーション開発、モ
ニタリング、制御や最適化技術、インテリジェントな意思決定支援システムな
ど目的に応じたデータを取り出せる。データの情報源は多種多様で、例えば気
象予報、マーケット、リアルタイムのプロセス状態、部品の品質データ、機器
仕様書、サプライチェーン・データベースなどがある。

一例をあげると、エネルギー貯蔵技術の統合とエネルギー市場への参入にむけ
気象をベースにした需要予測に用いる際にビッグデータ分析とデジタルスレ
ッド技術を統合し、オペレーションや資産活用についてより望ましい意思決定
をするための支援システムを組み込むことが可能になる。
7.
まったく異なるシステムに存在するデータおよびソフトウェアを融合するための
プラットフォーム・インフラストラクチャー

サイバー・フィジカル・プラットフォームはコンポーネントのセンシングと作
動機能におけるコンピューターおよび通信機能を統合。既存のシステムやプラ
ットフォーム技術だと多くのデータや情報の「継ぎ目」がうまく繋がらない。
8.
製造自動化はソフトウェアサービス指向型プラットフォーム

製造自動化は単独のベンダーによる融通が利かないソフトウェアアーキテク
チャに大きく依存する。サービスアーキテクチャのアプローチのほうがサイバ
ー(バーチャルな世界)との関わりを認識しながら物理的(リアル)な製造に
7
原料―設計―加工―製造を結ぶ先進的なモデリングおよびシミュレーションツールのこと。
10
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おけるデータ解析、モデルやソフトウェアのイノベーションを広範囲かつシス
テマチックに適用できる。

9.
適切なサイバーセキュリティの検討は初期段階から取り組む必要がある。
製造ドメインにおいてモデルベースの制御や最適化の理論やアルゴリズム

モデルべ―スの制御や最適化のパラダイムは製造業のなかでも複数のセクタ
ーでは幅広く利用されているが、それ以外(のセクター)ではごく限られたア
プリケーションしかない。有益なツールやテクノロジーを作るのであれば業界
特有の要素を検討すべきだ。

関心の高いテーマは非線形制御、確率制御および適応制御、大規模および企業
規模の最適化、プランニング、スケジューリングと制御の統合、さらにセンシ
ングや制御戦略と製造プロセスの共同設計
10. 製造業全体の時間的・空間的スケールでのモデリングとシミュレーション
米国が特に重視する分野
製造業向けの高度なセンシング、制御およびプラットフォーム(Advanced Sensing,
Controls, and
Platforms for Manufacturing:
以下、「ASCPM」
)は戦略的に重要な
技術である。なぜなら ASCPM は生産性、製品やプロセスのアジリティ(俊敏性)、持
続性さらにはエネルギー性能を向上させるためのデジタル化や高度なモノづくりに必
要となる技術的な構成要素であり、米国における工場の競争力強化と AM の実現には
必要不可欠だ。
ASCPM のなかでも特に優先度が高い課題のみ(PCAST の資料より抜粋8)を以下に記
す。
センシング
(1) 製造プロセスに合ったセンシング技術の開発
(2) 安価でコスト効率が高く、非侵襲的センサーが必要
このようなセンサーを機械やプロセスに統合できれば診断や予測さらにはコンデ
8
Annex 1-10 “Transformative Manufacturing Technology:
Manufacturing Overview”
Advanced Sensing, Control, and Platforms for
11
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ィションに基づいた保守やリアルタイムのプロセス管理および最適化が可能にな
る。
(3) 多数のセンサーからのデータ融合によるリアルタイムのプロセス分析
同時に多数のセンサーデータの流れを分析し、迅速にプロセスの異常を検知し、
さらに適切に制御するため計算効率の良いデータ融合アルゴリズムが必要。
(4) センサーの無線接続と自立電源供給/発電
現在、製造現場で使用されるセンサーの多くはシステムに接続されているためセン
サーの設置範囲が限られる。低コストかつ最新の無線通信技術を使えば、センサー
間 ( sensor-to-sensor ) お よ び ( ま た は ) セ ン サ ー と コ ン ト ロ ー ラ ー 間
(sensor-to-controller)の通信を可能にする重要な工程パラメーターの工場内の無
線センサーネットワークを開発することができる。低コスト電源やそれに伴う発電
手法がないことが無線センサー普及の妨げになっている。
(5) ナレッジ(知)を組み込んだスマートセンサー・システムの開発
制御
(1) フォールトトレラントシステム9、確率システム、非線形システムなどを融合した
ハイブリッドシステムを制御する理論とアルゴリズム
長年にわたり制御理論は研究されているが、複雑なプラントや製造プロセスを対象
にした柔軟性に富んだ数学理論は皆無に等しい。製造業の専門家や研究者をまじえ
製造業ドメインにフォーカスし、最優先事項としてこの課題に取り組む。
(2) スマート診断、予測および保守
設備やシステムの保守・点検作業向け技術は安全性、プラントの効率性や稼働さら
には製品の品質と数量を改善するうえで大きく影響する。故障診断、検知および予
知保全へのニーズがある。さらにオペレーターや技術者向け意思決定の支援ツール
(human-in-the loop)の開発も含まれる。
9
障害が発生した際にシステムは完全に機能を保ちながら処理を続行または障害の重大性に応じ機能を低
下させながらも処理を続行する。
12
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サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)がもたらすイノベーションと製造業の未来
(3) 制御および最適化向けに信頼性の高いモデリングとシミュレーション
(4) プランニングおよびスケジューリングとプロセス制御との連携
プラットフォーム
メーカーのビジネス活動やオペレーションを通じ収集されるリアルタイムのネットワ
ークデータやモデルベース分析へのアクセスや企業アプリケーションを備えた共通基
盤の構築と開発
(1) 企業規模の1)センシング、データやナレッジシステムとの連携 、2)多種多様な
システム全体を統合し、 3)官民のアプリケーションやデータの管理を促す IT イ
ンフラの構築は長期的な観点で目標達成を図る。
(2) 標準化したデータモデルや情報意味論
(3) モデルとシミュレーションの開発が最大の課題。さらに設計、最適化、保守、およ
び異なる目的で開発されたさまざまなモデルのアライメント(調節)も同様に大き
な課題である。
インダストリー4.0 が考えるシステムセキュリティ
高度なモノづくりの成功と普及のカギを握るのが製造プロセス全体を通じた情報交信
の安全性の確保だ。インダストリー4.0 では機械、プロセス、製品、部品および材料な
ど各々に固有の電子 ID を持たせ、さらに開発段階でリスクやインテグレーター、イン
ストーラー、オペレーターまたはユーザーが配慮すべきリスクの詳細を記録した一種の
「セキュリティパスポート」とコンポーネントを発行する。さらにパスポートにはセキ
ュリティ区分などの情報も保存される。
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サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)がもたらすイノベーションと製造業の未来
ビッグデータ分析
収集された膨大なデータを「分析」してはじめてビッグデータは生きてくる。複数の異
なる計算技術で構成される分析こそがビッグデータ革命を引き起こしたといっても過
言ではない。解析は膨大なデータから新たな価値を創造する。ビッグデータ分析が抱え
る課題について以下はそのごく一部を抜粋したものだ10。
(1)データマイニング
データマイニングは大規模なデータセットのなかにパターンを見つけだすための計算
プロセスである。実世界のデータは不完全でノイズが多い。データ品質に対する懸念は
データマイニングのアルゴリズムの性能が落ちてしまうことだ。慎重にデータ入力をし
ようとするとコストがかかる。よってコストと品質を勘案し妥協せざるを得ない。実世
界のデータには極端な異常値が含まれる。これらの異常値はデータの入力ミスまたはデ
ータ伝送エラーによって起きているとみられる。いずれのケースもモデルを歪め、モデ
ルの性能を低下させる原因となる。異常値の研究は統計学の重要な研究分野である。
(2)データフュージョン
複数のヘテロジニアス(異種)データセットを一つの同質の表現に統合することでデー
タマイニングやデータ管理の処理を改善するのがデータフュージョンである。昨今、多
数のセンサーのデータフュージョンに関心が集まっている。新しくかつ改良さたれアル
ゴリズムを使った研究で最大の技術的な課題がデータの精度/分解能、異常値と誤った
データ、矛盾するデータ、データの相関性、集中 vs.分散プロセシング、オペレーショ
ン上のタイミングおよび動的 vs.静的現象を巧みに扱う能力に関わるものだ。
製造業向けに実用化されていない技術も数多くある。オペレーションやサプライチェー
ン全般にわたる効果的かつほぼリアルタイムといってもいい意思決定にビッグデータ
を活用するには技術的にまだ改善の余地がある。
10
PCAST, ” Report on Big Data and Privacy” , 2014 年 5 月
14
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サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)がもたらすイノベーションと製造業の未来
日本の取組み
産官学が一体となった高度なモノづくりを推進する米独に対して、日本は大きく遅れを
とっている。日本機械学会が 2014 年 6 月にまとめた『日本的な「つながる工場」実現
へ向けた製造プロセスイノベーション提言』をみる限りでは、高度なモノづくりに乗り
遅れるのではないかと危惧するが、「標準化」には二の足を踏んでいた。しかし、その
わずか一年後の 2015 年 6 月、国内の大手自動車、電機、情報、機械の主要企業約 30
社が参加し、「インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(IVI)
」が発足し
た。日本企業が急転換した背景には1)2015 年 4 月にドイツで開催された国際産業技
術見本市「ハノーバーメッセ」においてインダストリー4.0 を具現化する製品を出展し
たドイツ企業を目の当たりにしたこと、2)AM に邁進する米ゼエネラル・エレクトリ
ック(GE)による日本企業への猛烈な売り込みなどが要因として考えられる。激変す
る製造業において IVI はロードマップの策定に急ぎ着手し、研究機関との連携を模索し
ながら日本版高度なモノづくりを達成しなければならない。
日本では公的研究機関・産業技術総合研究所(以下、
「産総研」
)が(産業や社会システ
ムの高度化に資する)サイバー・フィジカル・システム(CPS)技術を開発している。
この他にも最先端の技術開発に取り組む産総研は情報・人間工学の研究分野で1)ビッ
グデータから価値を創造する人工知能技術の開発、2)人間計測評価技術の開発、3)
ロボット技術の開発を行なっている。
2015 年 5 月に産総研は人工知能研究センターの設立を発表した。そのなかで産総研は
人口知能技術の研究開発と製造業やサービス産業などの幅広い分野での「産学連携」に
よる実サービスから得られる大規模なデータを使った実証研究を行う方針を打ち出し
た。これらの技術分野で世界をリードできなければ、製造業に押し寄せるイノベーショ
ンの波に日本が乗り遅れるリスクがある。
15
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サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)がもたらすイノベーションと製造業の未来
将来の見通し
チャンス vs. リスク
高度なモノづくりの実現には数多くの技術的な課題が山積するものの、その一つ一つを
丹念に見ていくと決して絵空事ではなく、むしろ現実味を帯びている。米国とドイツが
掲げた高度なモノづくりの「ビジョン」は、未来にわたり持続可能な競争優位性の実現
に向けた基盤を構築するためイノベーションを喚起している。両国における高度なモノ
づくりの進展ペースは個々の企業やセクターで大きく異なる。高度なモノづくりにいち
早く着手し、自社工場でパイロットプロジェクトを立ち上げる企業もあれば、距離をお
いて当面は様子見を決め込む企業もある。世の中には四種類のタイプの人間がいるそう
だ。動きを起こす人、動きを見守る人、動きに巻き込まれた人、そして動きが起きたこ
とすら知らない人。四番目のタイプがチャンスとは最も縁遠くリスクが最も高いのはい
うまでもない。
光と影
高度なモノづくりへスムーズに移行するためには未来の就労者に必要な教育や研修体
制の整備が重要なカギになる。高度なモノづくりは製造現場だけでなく製造業に携わる
人々の働き方にも変化を及ぼすだろう。柔軟性に富んだシステムと人間が相互に作用し
合いながらも判断や管理といった権限はユーザーである人間に与えられ、システムは人
間の意思決定をサポートするよう設計される。したがって作業者や技術者には IT ツー
ルを使いこなす高いスキルと判断力が求められる。(ホワイトカラーを含む)半熟練労
働者の業務はシステムに取って代わられる可能性がある。高度なモノづくりは製造業に
おいても高給を得られる高度なスキルを持つ就労者数を増やすことに比重が置かれて
いる。さらに意思決定のプロセスやリーダーシップのあり方も変化するだろう。個々の
就労者がシステムの支援を得て決断する局面が格段に増えると予想される。また、各組
織に意思決定の権限が委譲される連邦的な組織や企業文化が不可欠になる。
2011 年に公表されたオバマ大統領の声明のなかに、AMP に参加するすべての大学11は
AM の実現にむけ技術開発だけでなく、AM に関連する教材の作成と成功事例を共有す
るための協力体制を構築することなども盛り込まれている。また、ドイツのインダスト
リー4.0 でも年齢、性別および資格にかかわらず、すべての就労者が生涯学習に参加し
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マサチューセッツ工科大学、カーネギーメロン大学、ジョージア工科大学、スタンフォード大学、カリ
フォルニア大学バークレー校、ミシガン大学 (2011 年 6 月現在)
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サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)がもたらすイノベーションと製造業の未来
働きながら業務に必要なスキルを習得できる研修プログラムの整備を検討している。働
き方、就労者にかかる仕事の負荷、さらには先進的なシステムと人間との共存のあり方
はシステムを設計し使用する人間の選択にかかっている。人間の幸福のために新技術を
使うという理念を根底に据えれば未来は違った姿を見せる。
許可なく転載することを禁じます。
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サイバー・フィジカル・システムズ(CPS)がもたらすイノベーションと製造業の未来
<参考文献・資料>

”NITRD Supplement to the President’s FY 2016 Budget”

“Cyber Physical Systems Vision Statement FY2016”, the CPS SSG
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「Industry 4.0 とサイバー・フィジカル・システム時代への移行」Dr. Jay Lee 著,
2014 年 12 月
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Annex 1-10 “Transformative Manufacturing Technology: Advanced Sensing,
Control, and Platforms for Manufacturing Overview”,
President’s Council of
Advisors on Science and Technology (PCAST), 2014 年 10 月
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『日本的な「つながる工場」実現へ向けた製造プロセスイノベーション提言』日本
機械学会 2014 年 6 月
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” Report on Big Data and Privacy”, PCAST, 2014 年 5 月
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“Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE4.0”
Forschungsunion and acatech, 2013 年 4 月
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“Report to the President on capturing domestic competitive advantage in
advanced manufacturing”, PCAST, July 2012
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“President Obama launches Advanced Manufacturing Partnership”, the White
House, 2011 年 6 月
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“Implementing 21st Century Smart Manufacturing”, SMLC, 2011 年 6 月
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“Smart Process Manufacturing”, Smart Process Manufacturing Engineering
Virtual Organization Steering Committee, 2009 年 11 月
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“What is Advanced Manufacturing?” the Advanced Manufacturing National
Program Office (AMNPO),
http://www.manufacturing.gov/advanced_manufacturing.html
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