エアロゾルの鉛直分布の経時変化(ライダー観測) - J

特集「対流圏エアロゾルの観測 2. リモートセンシング」
エアロゾル研究,16(2),111-117(2001)
エアロゾルの鉛直分布の経時変化(ライダー観測)
Temporal Variation of Vertical Distribution of Aerosols Derived from
Lidar Observations
村 山 利 幸*
Toshiyuki MURAYAMA*
Key Words : Lidar, Asian Dust, Transport Mechanism, Optical Properties of Aerosols, Lidar Network.
1.は
じ
め
されているが,地上設置型ライダーの特徴である特定
に
の観測点でのエアロゾルの鉛直分布の時系列データの
ライダー(レーザレーダ)はレーザが発明された
変化率をみた場合,大気境界層を含む対流圏下部にお
1960 年代初頭から大気観測に応用された比較的古い歴
いては混合層に代表されるように日変化や局地性が支
史を持つレーザの応用分野である 1)。2000 年 7 月には
配的なのに対し,その上の自由対流圏においてはより
隔年で開催されているレーザレーダ国際会議の第 20
大きな時空間スケールでの大気の動きによって変動す
回がフランス,ビシー市で行われた。最近の傾向とし
ると考えられる。さらに上層の成層圏のエアロゾルに
て,気候変動への関心を反映して,雲およびエアロゾ
ついては,火山性エアロゾルの動きにみられるような
ル関係の発表が増えてきている。大気科学分野におい
1 年を単位とした季節変化に代表される 5)。したがっ
て,現在ではライダーというアクティブ・リモートセ
て,本稿ではよりグローバルな観点から,自由対流圏
ンシングがある一定の評価と認識を得られているので
のエアロゾルの動態について述べることが的確と思わ
はないだろうか。近年のレーザや計測エレクトロニク
れる。
スおよびライダーの定量的解析手法の進歩・発展に
東アジア域での代表的な自由対流圏のエアロゾルの
伴って,ライダーを用いた対流圏エアロゾルの光学特
一つとして中国大陸の砂漠域を起源とする黄砂があ
2, 3)。
る。黄砂のライダーによる研究は Iwasaka ら 6)が早く
最近のエアロゾル観測は,航空機観測,地上(海上)
から精力的に研究を行っており,偏光を用いたライ
観測,衛星観測などの多種類の測器によるいわゆるク
ダー観測が黄砂観測に有用であることは以前から示さ
ロージャ観測が主流になってきているが 4),エアロゾ
れてきた。現在,東アジアの急激な経済発展に伴う人
ルの鉛直分布を高い時空間分解能(たとえば,数分数
工起源エアロゾルの増加に伴う気候変動影響が懸念さ
メートル程度)で得るリモートセンシング手法として
れ,その放射強制力への影響予測のため,Asia-Pacific
はライダー以外にはなく,その果たす役割は大きいと
Regional Aerosol Characterization Experiment(ACE-Asia)
いえる。また,ライダーをネットワーク化した時のエ
に代表されるような大規模な国際共同観測が展開され
アロゾルの挙動を立体的に得られる有用性は容易に想
つつある。黄砂は自然起源エアロゾルであるが,中国
像することができる。ライダーによる大気エアロゾル
西部開発に伴う砂漠化現象の進行によってこの 2 ∼ 3
の観測は,大気境界層から成層圏まで多くの研究がな
年,黄砂の発生回数が増えていると伝えられており,
性や微物理量の詳細な議論も可能になってきた
人為的な側面も無視できない。後方ミー散乱光の偏光
特性を得られるようにしたライダーをここでは偏光ラ
平成 13 年 2 月 21 日受理
* 東京商船大学商船学部
(〒 135-8533 東京都江東区越中島 2-1-6)
* Faculty of Mercantile Marine Science, Tokyo University of Mercantile
Marine
2-1-6 Etchujima, Koto-ku, Tokyo 135-8533
Vol. 16
No. 2 (2001)
イダー(図 1 に構成の一例を示す 7))と呼ぶことにす
るが,構成が簡単な割に,偏光解消度(図 1 説明)か
らエアロゾルの種類の推定が可能(たとえば,人工起
源エアロゾルは微小なので偏光解消度は小さいが,黄
(17)
111
Polarization
PIN
photo-diode
/2 plate
Beam expander
SchmidtCassegrain
telescope
Nd: YAG laser
+ SHG
Mirror
I. F. Filter
Iris diaphragm
PBS
Collimating
lenses
PMT (P)
PMT (S)
H. V. PS
D.S.O.
GPIB I/F
PC
Ext.
図 1 偏光ライダーの構成例
文献 7)中の図を修正・加筆。PBS, PMT は偏光ビームスプリッタおよび光電子増倍管を表し,
偏光解消度 D は後方散乱光の P 偏光成分(出射レーザ光と同じ偏光状態とする)とそれと直
交する S 偏光成分の強度を IP, IS とすると,一般に D = IS / IP で定義されることが多い。
砂は大粒径かつ不規則形状であるので偏光解消度は大
観測から日本上空での黄砂の高度分布はいくつかのパ
きい)であり情報量が格段に増える 8)。本稿では,東
ターンに分けられそうなことがわかってきた 11)。黄砂
京商船大学,国立環境研究所,名古屋大学など国内外
の輸送の描像を掴むためには,黄砂現象の出現時から
の大学・研究所が共同で,1997 年から春季に定期的に
消失時までの時系列変化を捉えることが肝要である。
行ってきた黄砂のライダーネットワーク観測 9 ∼ 11)の
その意味では,天候に左右されずに自動的に観測の行
結果と今後のライダーによるエアロゾル観測の方向性
えるライダーが望ましい。そのようなライダーとして
について述べたい。
国立環境研究所の小型ミー散乱ライダーがある 9)。
黄砂の出現高度にもいくつかの場合があり,自由対
2.ライダーによる黄砂の観測
ル
流圏に忽然として出現する一つの典型的なパターンと
昨今の衛星によるエアロゾル観測や,大気輸送モデ
して,図 2 に例を示す。この例では,一地点で黄砂の
12) によるエアロゾル分布予測には目覚ましい発展
鉛直分布を時系列で表すと上空から吹き出したような
がみられている。したがって,地上で定点観測する者,
右下がりの角型のイメージとなる。この図だけからあ
特に特定な事象を待って観測する者にとっては,その
る特定の時刻に,黄砂がどのように空間的に分布して
ような情報が Web ページを通じて実時間で得られる
いたかを推定するのは難しいが,粒子の沈降速度が小
ようになってきたことは観測の効率を上げる上で,非
さいとすれば,ちょうど時間軸方向に反転させたイ
常に有用である。また,電子メールを通じての中国,
メージのように分布して黄砂がやってきたとみること
韓国の共同研究者からの黄砂報告は,当然ながら,現
ができる。とすると,この場合上空の方が早く黄砂が
象が西方から発生するため,風下にあたる日本にとっ
やってきたということになる。これは発生源において,
ては大変ありがたい確実な情報となる。黄砂はその物
前線付近で生じた砂塵嵐によって上空高く巻き上げら
理的・光学的特徴が比較的はっきりしているので,衛
れたダストがこの時期の卓越した偏西風によって輸送
星観測 9, 11)や地上放射観測 13)でも識別が可能である。
されることから(一般に上層の方が風速が速い),上
広域観測を得意とする衛星観測と特定地点での鉛直分
空の方に先に黄砂が到達すると解釈できる。このよう
布の時系列測定を得意とするライダー(さらにその
な黄砂の輸送パターンはシミュレーションでは予想さ
ネットワーク化)は相補的な関係にあるといえるであ
れていたものの 15),実際に詳細に観測されたのは初め
ろう。また,Aerosol Robotic Network(AERONET)14)
てであろう。また,黄砂の発生源にあたるゴビ砂漠,
に代表されるような地上のサンフォトメータやスカイ
黄土高原,タクラマカン砂漠は標高がほとんど 1 km
ラジオメータによる観測とライダーもそれぞれ気柱積
以上と高く,砂塵嵐によってダストが容易に自由対流
分量と鉛直分布量を得るといった観点から相補的な関
圏に巻き上げられ長距離輸送されることも黄砂の特徴
係にあり,併用が望ましい。
である(他方,人工起源エアロゾルの輸送高度はおも
2.1
に対流圏下部を輸送されているようにみえる)。
出現高度と時系列変化のパターン
過去 4 期(1997 年∼ 2000 年)にわたる黄砂の集中
112
この例のように,おもに自由対流圏を通って黄砂が
(18)
エアロゾル研究
輸送されてきた場合,大気境界層との混合はその間の
黄砂の東京での観測例である。4 月 8 日午前 11 時過ぎ
逆転層と深い関係があるように思われる。混合層が十
(JST)に,地上から 2 km くらいまで偏光解消度が急
分に発達した段階で,地上での光学式パーティクルカ
増しており,濃度の高い黄砂が前線のように地表を
ウンタ(OPC)による大粒子濃度の増加が認められ,
這って到達したことがわかる(後方散乱強度(図 3(a))
このとき初めて地上に黄砂が降下したことがわかる
だけからでは,粗大粒子は散乱効率が低いので都市部
(図 2(c))。同様な自由対流圏のダストの混合は,
では判別が難しい)。このとき,これより先に上空に
1998 年 4 月に起こった大規模な黄砂現象時,アメリカ
は浮いたダスト層が到達していることが確認される。
の北西部でも観測されている(このときの黄砂は太平
このダスト前線の通過後,約 2 日間にわたり同様な黄
洋を渡った)16)。
砂状態が続いたのであるが,衛星画像(GMS5)と比
別なパターンとして,より高い高度を輸送され,まっ
較するとダストを含むこの気団は前線の背後の高気圧
たく地表には降下しないことがある。このとき,次節
と共にやってきており非常に乾燥していたことがわ
で述べるように巻雲(氷晶雲)と混在する場合が多々
かった。同時に取得した地上での OPC による微小粒
みられる。他に,次に述べるような対流圏下部を前線
子と粗大粒子の数濃度の時系列変化を図 3(c)に示す。
のように地表付近を這って進むような黄砂がある。ま
ライダーによる偏光解消度の上昇と OPC による粗大
た,同時に複数の多層構造をもって現れることも多い。
粒子(ダスト)の増加が一致していること,微小粒子
図 3 は 2000 年 4 月 6 日にゴビ砂漠周辺で起きた大規
はダストが増加すると減少していることがわかる。そ
模な砂塵嵐(そのため北京空港は閉鎖された)による
の理由としては,気団の急激な入れ替わりや黄砂エア
(a.u.)
Altitude (km)
0.3
5
Altitude (km)
(a)
8
(km−1)
4
0.2
3
2
0.1
20
6
15
4
10
2
5
1
0
(%)
5
Altitude (km)
15
3
10
2
0
18
P.C.>5 m (Counts/l)
10
6
4
2
2
10
6
4
2
1
2.0
図3
黄砂時の典型的な時系列変化
1999 年 3 月 1 日∼ 2 日(JST)における東京商船大学
(E139 ˚ 47',N35 ˚ 40')での 532 nm 偏光ライダー観測
(1 時間ごとの代表値を示す)
。(a)消散係数,
(b)偏光解
消度,
(c)地上での OPC 観測。
(19)
30
20
4
10
0
8
10
12
14
16
18
20
800×103
0.3-0.5 m
>5 m
600
600
400
400
200
200
0
2.5
Date (JST)
No. 2 (2001)
20
(%)
6
2-5 m
>5 m
2
3
Counts/l
16
(c)
800
6
4
Vol. 16
14
6
2.5
(c)
104
図2
12
0
0
2.0
10
2
5
1
8
(b)
8
25
20
4
10
0
6
2.5
(b)
6
Altitude (km)
0
0.0
2.0
25
6
8
10
12
14
JST
16
18
P.C.0.3-5 m (Counts/l)
(a)
6
20
ダスト前線の偏光ライダーと OPC による観測
2000 年 4 月 8 日(JST),東京商船大学にて。(a)距離 2
乗補正した後方散乱強度,(b)偏光解消度,(c)地上で
の OPC 観測。
113
ロゾル表面への微小粒子の凝集が考えられる 13)。
のような一例を示す 17)。このとき,広く自由対流圏に
ここでおもに述べたようなエアロゾルの鉛直分布の
黄砂が分布しており,上端は対流圏界面まで達してい
相違は,その光学的な厚さが同じであったとしても,
た。図中,高度 7 km を中心に後方散乱強度が大きく
衛星観測へ与える影響は異なってくることが考えら
かつ偏光解消度も大きい領域は,巻雲(氷晶が平板な
れ,衛星データの地上検証としてのライダーの役割も
場合,鉛直上方のライダー観測の場合,鏡面反射によ
大きい。
り偏光解消度が小さくなることがある 8))による散乱
2.2
である。この巻雲は完全に黄砂層内にあることがわか
黄砂と巻雲の相互作用
黄砂が上部対流圏にまで及ぶことがある。図 4 にそ
る。また,このときの黄砂は 2 km 付近の水雲にも影
(a)
(b)
12
Altitude (km)
10
8
6
4
2
0
23.00
23.25
Date in March 2000 (JST)
23.00
23.25
Date in March 2000 (JST)
0
5
10
15
20
Range-corrected backscatter intensity (a.u.)
0
10
20
30
Depolarization ratio (%)
40
図 4 自由対流圏に広がる黄砂
2000 年 3 月 22 日∼ 23 日(JST),東京商船大学の偏光ライダーによる。(a)距離 2 乗補正した後
方散乱強度,(b)偏光解消度の鉛直分布の時系列変化。黒い部分はカラースケールの最大値を
超えていることを示す。
(a)
10
Altitude (km)
8
6
4
2
0
(b)
10
Altitude (km)
8
6
4
2
0
12
14
16
18
20
22
0
2
JST on 12 April 2000
4
6
8
10
12
14
16
18
JST on 13 April 2000
図 5 黄砂現象時の巻雲
2000 年 4 月 12 日から 13 日(JST),東京商船大学の偏光ライダーによる。(a)距離 2 乗補正した
後方散乱強度,
(b)偏光解消度の鉛直分布の時系列変化。カラースケールは図 4 と同じ。
114
(20)
エアロゾル研究
響を与えているようにみえる。
レーザ光が用いられる)では,サンフォトメータによ
同様な巻雲と黄砂の混在状態を示す例を,図 5 に示
るエアロゾルの光学的厚さの測定と組み合わせ,ライ
す。4 km 以下の濃い黄砂層の他に 6 ∼ 8 km に薄い黄
ダーの解析に必要なライダー比 S1(消散係数を体積後
砂と思われる層があり,これは多層構造になっている
方散乱係数で割った値)を空間平均値として求めるか,
パターンに属する。上層のダスト層に注目すると最初
妥当な値を仮定した上で,エアロゾルによる消散係数
の巻雲の現れ方はダスト上部から下層へと発達してお
ないしは後方散乱係数を求める 19 ∼ 21)。したがって,
り,このとき目視では周辺に波状の薄い巻雲が観測さ
両者は単純なミー散乱ライダーだけからは原理的に独
れている 17)。このようなエアロゾルと巻雲の混在状態
立に求まらないのであるが,大気分子からのレーリー
は約2日間にわたって観測され,黄砂層と巻雲が同じ
散乱またはラマン散乱のみを独立に得ることができれ
高度に入れ替わり現れているようにみえる。この現象
ば,それらの後方散乱強度はエアロゾルによる減衰
は,黄砂エアロゾルが巻雲を形成する氷晶核として作
(消散)と大気密度のみに依存するのでラジオゾンデ
用していることを連想させる 8)。鉱物粒子が天然の氷
観測と合わせ,エアロゾルの後方散乱係数と消散係数
晶核の大部分を占めていることは,古くから知られて
を独立に求めることが可能である。そのようなライ
いるものの 18),高層に現れる黄砂層の影響を指摘した
ダーの例として高分解スペクトルライダー 22)やラマ
例は今までなく,偏光ライダーによる連続観測によっ
ン散乱ライダー 2, 23)がある。
て初めてみえてきたものである 9, 17)。
ここでは例として,図 4 の観測時のラマン散乱を用い
GMS5 による衛星画像と比較すると,図 5 の巻雲は
て求めた,黄砂エアロゾルの消散係数,散乱比 9),ライ
本州の中部山岳地帯で形成されたようにみえる。山岳
ダー比等を図 6 に示す。この例では,532 nm による窒
波などの大気の擾乱によって水蒸気が上空に輸送さ
素分子からのラマン散乱光を用いており 23),ラマン散
れ,鉱物ダストが氷晶核として作用したのではないか
乱効率や計測の関係から誤差が大きくなっているが,
と推察される 17)。しかし,これらはあくまでもリモー
このときの黄砂のライダー比は約 40 sr と求まる。ライ
トセンシング観測による推測であり,確証を得るため
ダー比はエアロゾルの性格を反映する一つの量として
には航空機またはバルーン観測による in-situ 観測が望
考えられ,その系統的な観測が望まれる。大陸起源の
まれる。
エアロゾルの平均的な値は 532 nm で約 50 sr といわれ
2.3
ている 20)ので,それよりやや小さいようである。ま
ライダーによるエアロゾルの光学的特性
一般に,可視光を利用したライダー(通常,
Nd:YAG レーザの第 2 高調波による 532 nm の緑色の
た,光散乱理論からいえば,非球形粒子の後方散乱は
同体積の球形粒子に比べ抑制されることが知られてお
(a)Total depolarization ratio (%)
(b)Particle depolarization ratio (%) (c)
0
10
20
30
40 0
10
20
30
40
12
Ext. (Raman)
Ext. (Fernald, S1=40)
P. D. R.
S.R. (Raman)
S.R. (Fernald, S1=40)
T. D. R
10
S1
Altitude (km)
8
6
4
39.8±7.3 sr
2
0
1.0
1.5
2.0
2.5
Scattering ratio
3.0 0.00
0.05
0.10
0.15
Extinction coeff. (km−1)
0.20 0
20
40
60
80
Lidar ratio, S1 (sr)
100
図 6 ライダーから求めた黄砂エアロゾルの光学的性質
東京商船大学における 2000 年 3 月 22 日 19:41 ∼ 3 月 23 日 00:01JST までの積算データから算
出。(a)散乱比,偏光解消度,(b)消散係数,粒子の偏光解消度,(c)ライダー比(S1)の鉛
直分布。図中 Fernald は,S1 = 40 sr としてミー散乱データのみを用いて Fernald の方法で解い
た解を示す 19)。
Vol. 16
No. 2 (2001)
(21)
115
り,この効果はライダー比を上げる方向に働く 24)。屈
と中国安徽省合肥市でのライダー観測を示す 9)。一方,
折率,粒径分布を仮定した鉱物ダストモデルによるミー
2000 年から 5 年計画で,気象研究所などを中心とした
散乱による計算 25)では 20 sr くらいになるので,非球
「風そうダスト」プロジェクトが立ち上がっており,
形効果の結果 40 sr に落ち着いているのかもしれない。
ゴビ砂漠,タクラマカン砂漠域など発生源付近でのラ
ライダー観測だけからエアロゾルの放射強制力に直
イダー観測による情報提供が期待される。
接,関与するその他の光学的性質(単散乱アルベドな
また,スペースシャトルによる NASA のライダー観
ど)を導くことは試みられているが 3, 26),他の地上放
測実験(Lidar In-space Technology Experiment: LITE)29)
射観測や航空機観測などと組み合わせたクロージャ観
の成功を経て,衛星搭載ライダーの計画が欧米,日本
を中心に計画が進行している。2003 年には 3 年間の運
測による検証が必要である。
用を目指して米仏共同開発による PICASSO-CENA が
3.ライダーの連続観測とネットワーク観測の可能性
打ち上げられ,本格的な衛星搭載ライダーによるグ
エアロゾルや雲のモニタリングとしてのライダーの
ローバルなエアロゾル観測の時代に入ることになるで
役割は,鉛直分布が得られる唯一の手段として重要で
あろう。
あるが,気候学的な問題にアプローチするためには,
4.お わ り に
連続あるいは定常観測と多地点化(ネットワーク化)
が鍵となる。また,その観測を生かした気象学的研究
本稿では,黄砂のライダー観測を中心に話題を提供
そのものも推進されねばならないだろう。観測に関し
してきたが,その多くは新たな問題を提起したにすぎ
ては自動の場合,レーザ光の目への安全性の確保とい
ず,自然科学としていまだ多くの究明すべき課題が残
う点も配慮しなければならない問題である 27)。現在,
されている。対流圏エアロゾルのライダー観測につい
ヨ ー ロ ッ パ で は European Aerosol Research Lidar
ては手法的には,ミー・偏光・ラマンおよびそれらの
Network(EARLINET)28) というヨーロッパ全域をカ
多波長化,観測高度に応じてチャンネルを増設すると
バーするライダーネットワーク計画が進行している。
いう程度にほぼ確立されてきている。東アジア域の国
われわれが行ってきた,黄砂ライダーネットワークも
際協調に基づいた大気科学としてのエアロゾル研究
一定の評価を受けており,4年の試行を経て,ライ
が,われわれのライダーネットワークの活動を通じて
ダーなどの地上観測・衛星データ解析・輸送モデルな
ささやかながらも進むことを願いたい。
どのグループから構成される国際的なバーチャル・コ
最後に,この場を借りて黄砂ネットワークの参加者
ミュニティーとして Asian Dust Network(AD-Net)を
各位,特に,国立環境研究所高層大気研究室の杉本伸
11)。図
7 に 1998 年 4 月の黄砂時に
夫,長崎大学環境科学部の荒生公雄,東京大学海洋研
おける名古屋,東京,つくばでの同時ライダー観測例
究所の植松光夫,九州大学応用力学研究所の鵜野伊津
立ち上げつつある
(a)
(b)
(c)
10
Nagoya
Tokyo
Tsukuba
Altitude (km)
8
Nagoya
Tokyo
Hefei, China
14Z, 18/4/’
98
6
4
2
0
0
1
2
3
4
5
Scattering ratio
6
7
0
5
10
15
Depolarization ratio (%)
20
0.0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
−1
Extinction coeff. (km
0.6
)
図 7 黄砂減少時におけるライダーネットワーク観測例 9)
1998 年 4 月 20 日 21 時∼ 22 時における(a)名古屋,東京,つくばでの散乱比,(b)名古屋,東
京での偏光解消度,(c)中国安徽省合肥市での 1998 年 4 月 18 日 14Z(22JST)の消散係数の鉛
直分布。いずれも波長 532 nm のライダー観測による。
116
(22)
エアロゾル研究
志,東海大学開発工学部の福島甫の各氏,ならびに
K.: J. Meteorol. Soc. Jpn., 67, 267-278 (1989)
14)Dubovik, O., Smirnov, A., Holben, B. N., King, M. D., Kaufman,
Y. J., Eck, T. F. and Slutsker, I.: J. Geophys. Res., 105, 97919806 (2000)
15)村山信彦:“大気水圏の科学 黄砂”, 名古屋大学水圏科学研
究所編, pp. 20-36, 古今書院 (1991)
16)Husar, R. B., Tratt, D. M., Schichtel, B. A., Falke, S. R., Li, F.,
Jaffe, D., Gassó, S., Gill, T., Laulainen, N. S., Lu, F., Reheis, M.,
Chun, Y., Westphal, D., Hollben, B. N., Gueymard, C., McKendry,
I., Kuring, N., Foldman, G. C., McClain, C., Frouin, R. J., Merril,
J., DuBois, D., Virgnola, F., Murayama, T., Nickovic, S., Wilson,
W. E., Sassoon, K., Sugimoto, N. and Malm, W. C .: J. Geophys.
Res. (2001) (in press)
17)Murayama, T.: Proc. SPIE, 4153, 218-225 (2001)
18)Isono, K., Komabayashi, M. and Ono, A.: J. Meteorol. Soc. Jpn.,
37, 211-233 (1959)
19)Fernald, G. A.: Appl. Opt., 23, 652-653 (1984)
20)Takamura, T., Sasano, Y. and Hayasaka, T.: ibid., 33, 71327140 (1994)
21)Murayama, T., Okamoto, H., Kaneyasu, N., Kamataki, H. and
Miura, K.: J. Geophys. Res., 104, 31781-31792 (1999)
22)Liu, Z., Matsui, I. and Sugimoto, N.: Opt. Eng., 38, 1661-1670
(1999)
23)Ansmann, A., Riebesell, M., Wandinger, U., Weitkamp, C., Voss,
E., Lahmann, W. and Michaelis, W.: Appl. Phys., B55, 18-28 (1992)
24)Mishchenko, M., Travis, L. D., Kahn, R. A. and West, R. A.: J.
Geophys. Res., 102, 16831-16847 (1997)
25)Ackermann, J.: J. Atmos. Oceanic Technol., 15, 1043-1050
(1998)
26)柴田清孝:“光の気象学”, pp. 89-91, 朝倉書店 (1999)
27)Spinherne, J. D., Rall, J. A. R. and Scott, V. S.: Rev. Laser Eng.,
23, 112-118 (1995)
28)Bösenberg, J., Ansmann, A. Baldasano, J. M., Balis, D.,
Böckmann, C., Calpini, B., Chaikovsky, A., Flamant, P.,
Hågård, A., Mitev, V., Papayannis, A., Pelon, J., Resendes, D.,
Schneider, J., Spinelli, N., Trickl, T., Vaughan, G., Visconti, G.,
Wiegner, M.: Proc. 20th International Laser Radar Conference,
(2001) (in press)
29)Winker, D. M., Couch, R. H. and McCormick, M. P.: Proc.
IEEE, 84, 164-180 (1996)
レーザレーダ研究会のご協力,ご支援に改めて感謝の
意を表す。
引 用 文 献
1 )杉本伸夫,竹内延夫:応用物理, 63, 444-454 (1994)
2 )Ferrare, R. A., Melfi, S. H., Whiteman, D. N., Evans, K. D., Pollot,
M. and Kaufman, Y. J.: J. Geophys. Res., 103, 19673-19689
(1998)
3 )Müller, D., Wandinger, U. and Ansmann, A.: Appl. Opt., 38,
2346-2357 (1999)
4 )Schmid, D., Livingston, J. M., Russel, P. B., Durkee, P. A., Johsson,
H. H., Collins, D. R., Flagan, R. C., Seinfeld, J. H., Gassó, S.,
Hegg, D. A., Öström, E, Noone, K. J., Welton, E. J., Voss, K. J.,
Gordon, H. R., Formenti, P. and Andreae, M. O.: Tellus, 52B,
568-593 (2000)
5 )Uchino, O., Nagai, T., Fujimoto, T., Matthews, W. A. and
Orange, J.: Geophys. Res. Lett., 22, 57-60 (1995)
6 )Iwasaka, Y., Yamato, M., Imasu, R. and Ono, A.: Tellus, 40B,
494-503 (1988)
7 )Murayama, T., Furushima, M., Oda, A., Iwasaka, N. and Kai,
K.: J. Meteorol. Soc. Jpn., 74, 571-578 (1996)
8 )Sassen, K.:“Light Scattering by Nonspherical Particles: Theory,
Measurements, and Geophysical Applications”, Mischenko, M.
L., Hovenier, J. W. and Travis, L. D. eds., pp.393-416, Academic
Press (1999)
9 )Murayama, T., Sugimoto, N., Uno, I., Kinoshita, K., Aoki, K.,
Hagiwara, N., Liu, Z., Matsui, I., Sakai, T., Shibata, T., Arao,
K., Sohn, B. J., Won, J. G., Yoon, S. C., Li, T., Zhou, J., Hu, H.,
Abo, M., Iokibe, K., Koga, R. and Iwasaka, Y.: J. Geophys. Res.,
(2001) (in press)
10)Murayama, T., Sugimoto, N., Matsui, I., Liu, Z., Sakai, T.,
Shibata, T., Iwasaka, Y., Won, J. G., Yoon, S. C., Li, T., Zhou, J.
and Hu, H.: Proc. 20th International Laser Radar Conference,
(2001) (in press)
11)Asian Dust Network (AD-Net): http://info.nies.go.jp:8094
/kosapub/
12)Uno, I., Amano, H., Emori, S., Kinoshita, N., Matsui, I. and
Sugimoto, N.: J. Geophys. Res. (2001) (in press)
13)Tanaka, M., Shiobara, M., Nakajima, T., Yamano, M. and Arao,
Vol. 16
No. 2 (2001)
(23)
117