<2014 体験交流セミナー②> ごちそうさまをいつまでも ~NO拘縮プロジェクトの取組み~ 厚木精華園生活2課・3課NO拘縮プロジェクト 宇井拓也 鳥海進太郎 深瀬恒 1. はじめに 中でも充実した生活を送ってきたことと思われる。しかし、 10 年程前から肺炎や尿路感染症により入退院を繰り返すう 厚木精華園(以下当園)は平成 6 年開所以来、一貫して ち、次第に身体機能が低下し、2010 年の肺炎による入院を 中高年期の知的障害者のその人らしい、豊かな暮らしを追 境に寝たきりとなり、同時に拘縮を呈した。 求してきた。知的障害者に対する支援技術や介護体制、医 A氏の身体状況であるが、肘関節は左肘がやや屈曲した 療的サポート体制の充実を図りながら、利用者一人一人に 状態、右肘が清明に屈曲した状態で拘縮を呈しており伸展 合わせた暮らしのあり方を模索しているが、開所時 52 歳で 出来ず、胸郭を圧迫している。肺の拡張が十分に出来ず、 あった当園の平均年齢は、現在は 68 歳となり、利用者の高 肺炎になり易くなっている(図①)。左手指、掌は屈曲し握り 齢化に伴い、利用者の心身の機能をいかに維持するかが こんだ状態で拘縮を呈し、伸展困難である(図①)。左手関 大きな課題となっている。 節は掌屈(手招き様に掌方向に屈曲していること)した状態 拘縮予防もそのうちのひとつである。数年前より当園の男 での拘縮を呈している。両膝も屈曲した状態で拘縮を呈し 性生活課において拘縮のある利用者が増加し始め、その ほとんど進展困難である(図②)。足関節は尖足(足裏方向 対応に苦労していたが、実際のところ専門的かつ有効な拘 に屈曲していること)の状態での拘縮を呈している。各関節 縮予防・ケアが十分に行われてはいなかった。こうした状況 部分に骨隆起が生じているため、褥瘡になり易くなっている。 に対する反省や、今後ますます拘縮のある利用者が増えて 股関節も拘縮を呈し、外転制限を有する。そのため排泄ケ いくのではないかとの危機感から、支援員有志によりNO拘 ア等の清潔保持が徹底されにくく、不衛生になりがちである 縮プロジェクトが結成された。 (図③)。円背で、背中が船底のようになっており、自力での 当プロジェクトは拘縮ゼロを目標に、主に理学療法士(以 仰臥位保持が出来ない。右手指と頭頸部以外はほとんど自 下PT)の指導を受けながら、専門知識に基づいた拘縮予 由に動かすことができない(図④)。 防・ケアの普及に努めてきた。拙稿では現在も進行中の、 このような状態であるため、更衣介助や排泄ケア等で関 当プロジェクトを中心とした当園男性課における 2 年間の拘 節を動かす際には、その都度痛みを伴う。入浴時の着脱は 縮予防・ケアの取組みについて述べる。 支援員二人掛かりで行っている。握り込んでいる左手は衛 生保持が困難なため悪臭が発生している。A氏は頻回に褥 2.拘縮予防の意義 瘡を発症し、昨年左大腿骨転子部にできた褥瘡が悪化し、 ~拘縮が進行した利用者の事例を通して~ 患部を切開して開放する治療を施され、現在も加療中。ま た、肺炎が疑われる発熱も頻回に見られている。 拘縮予防の意義、重要性について、事例を通して考察 A氏の生活状況であるが、医療機関への通院を除けば する。 外出の機会は年間1回程度しか確保できておらず、褥瘡予 A氏は当園入所中の 81 歳の男性である。視覚障害はあ 防や処置の必要から日中でも大半の時間を臥床して過ごし るが、ADLは自立しており、寮内を歩き回る、クローゼット ている。かつては会話が達者で行事の挨拶もこなしていた に上り天袋のものを取ろうとする、頻回に着替える等活動的 が、現在では会話がほとんど成立しなくなっている。独り言 な利用者であった。行事の際には支援員顔負けの挨拶を のような一方的な発語も内容(語彙)が次第に減少している。 することができていた。ラジオで野球や相撲の中継を聞くこ 生活不活病の悪循環から抜け出せずにいる。 とや外出が好きであった。施設入所という不自由な環境の 拘縮は一旦進行してしまうと改善させることは困難であ 1 <2014 体験交流セミナー②> る。 原因は入院に伴う過度な安静にあったと思われるが、それ 現在のA氏はPTによる定期的な関節可動域訓練と、後 以前から身体機能の低下は見られていた。拘縮予防の知 述する姿勢保持の対応を継続的に受けている。拘縮の進 識に基づいた専門的な対応が早くからできていたら状況は 行は認められていないが、清明な改善も見られていない。 違っていたと思われる。利用者一人一人のその人らしい豊 PTによると左手の握りこみがやや和らぎ伸展し易くなったと かな老後を支援する上で、拘縮予防の視点ないし実践は のことであるが、不自由で不快な、著しく人間の尊厳が損な 必要不可欠であるといえる。 われた状態であることには違いない。A氏が拘縮を呈した 図① 図② 図③ 図④ 3.NO拘縮プロジェクトの取り組み を実施することはなかった。当時当園男性課には、PTと支 援員との仲介役を担い指導された内容を周知するPT担当 続いて当プロジェクトを中心とした当園男性課の具体的な 者が設定されていなかった。PT来園日にPTの対応につ 取り組みについて、事例とともに述べる。 いた職員が指導助言を受け記録を残していたが、指導助 当園では6年前よりPTを非常勤職員として雇用している。 言されたことの積み重ねがチームとして出来ておらず、PT 最初は支援員のスキルアップのための助言者という位置付 を活用できていなかった。そこでまず当プロジェクトメンバ けで、月2~3回、1時間程度の関わりで、PTが直接訓練等 ーが支援員を代表してPTと関わり、PTから指導助言され 2 <2014 体験交流セミナー②> た内容を支援員に周知する役割を担った。 防・ケアを模索し、ポジショニング、座位保持と離床、日常 生活の中でできる関節可動域訓練等の取り組みを行うよう (1) 運動プログラム になった。 最初に運動プログラムの作成をPTに依頼し、出来上が った運動プログラムを写真に説明を添えた形で提示し、支 (2) ポジショニング(姿勢保持) 援員が手の空いた時に実施できるようにした。 D氏は当園入所中の78歳の男性である。ADLは自立し B氏は当園入所中の71歳の男性で、ADLは概ね自立し ていた。外出が好きでドライブによく参加していた。寮内で ており、拘縮こそ呈していないものの数年前より筋力低下に はテレビで時代劇やプロ野球中継を観たり、支援員との会 より転倒を繰り返すようになり、衣類の着脱などについても 話を楽しんだりしていた。3年前、転倒により頭部に重傷を 少しずつ困難になり、職員に介助を求める機会が増えてき 負い入院、二か月で退院できたが右半身麻痺の後遺症が た。そうしたB氏の身体状況を踏まえ、PTが運動プログラム 残りほぼ寝たきり状態になった。同時に全身、特に右半身 を作成した。 に著明な拘縮を呈した。両肘・膝・股関節が屈曲した状態で、 横歩き・足を側方に挙げる、アキレス腱を伸ばす運動に 右手関節は掌屈した状態で拘縮を呈し、伸展が困難である。 加え、顔の部位を触る、身体を捻って後方を向く運動である。 右手指は伸展した状態からの屈曲が困難である(図⑦)。体 これらは効果的に筋肉や関節を動かし、身体機能の維持が 幹が右傾している。足関節は尖足を呈している(図⑧)。そ 見込めるものであった。このプログラムを写真に説明を添え れでも左手でスプーンやコップを持ち、飲食をすることはで たファイルにして掲示し、支援員に実施を促した(図⑤)。B きた。放置すれば拘縮が進行することが容易に予想される 氏に喫煙や飲酒の嗜好があり、またパチンコを愛好してお D氏に対し、PTの指導を受けポジショニングや座位保持に り。それらを楽しむために元気でいなくてはならない、とい よる離床の推進、残存機能の活用を促す取り組みを始め う意識がB氏にはあり、B氏は意欲的に運動プログラムを行 た。 うことができた。その後慢性気管支炎悪化のため医師の指 D氏のポジショニングのイメージは、身体とベッドの間に 示で禁煙となったが、飲酒とパチンコを楽しむ生活は続け できる空間にクッションやタオルなどを挿入し、身体を広範 ることができている。 囲な面で支持できるように配慮したものである(図⑨)。これ C氏は当園入所中の 66 歳の男性である。ADLは概ね自 により余計な筋肉の緊張をほぐし、リラックスできるよう配慮 立しているが、数年前より爪先立ちで歩く様子が見られ、転 したものである。PTの指導によれば、継続的な筋肉の緊張 倒を繰り返すようになった。PTによると股関節・膝関節・足 が拘縮の原因となるとのことである。臥床直後のI氏は全身 関節にやや屈曲した状態での拘縮を呈しているとのことで を強張らせていても、ポジショニングを施して時間が経過す あった。そうしたC氏の身体状況を踏まえ、PTが椅子から ると、下肢が伸展し頭頸部が後屈して、リラックスされている の立ち上がり運動、踵を床に密着させて爪先を挙げる運動 様子が見られた。 を取り入れたプログラムを作成した(図⑥)。 C氏は職員との関わりを楽しむことができ、運動の促しに (3) 座位保持と離床の推進 積極的に応じることができた。T氏は現在もADL面での自 次に座位保持と離床の推進に努めた。離床し良好な姿 立とウォーカータイプの歩行器を使用し歩く生活を続けて 勢で座位をとって過ごすことは、臥床時と比較して全身の おり、作業や外出などの活動に積極的に参加している。 筋力が維持される。生活空間が広がり、QOLの向上や精 こうした運動プログラムの実施は本来1日1回以上行わな 神賦活に繋がる。股関節や足関節の拘縮予防にも有効で ければならないものであるが、プロジェクトのメンバーが模 ある。なお良好な座位姿勢とは、骨盤が起きていること、身 範を示し、繰り返し援員に声をかけ実施を促したが、支援員 体の歪みや傾きがないこと、足底が床に接地していること、 の負担感や業務における余裕のなさから十分な頻度では 大腿後面が座面に密着していることである。退院直後のD 実施されず、このことをPTに相談したところ、時間を作って 氏は寄贈品の車椅子を使用していたが、サイズが合ってい 訓練を行うという考えは誤りで、日常的に行っている支援に なかったため、足裏がフットレストに接地できず、尖足、足 理学療法の知識を取り入れることが重要であるとの助言を 関節が下方向に曲がる拘縮が懸念された。そこでフットレス 受けた。そこで普段行っている支援の中でできる拘縮予 トと足裏の間にクッションを施した(図⑩)。また毎食後や午 3 <2014 体験交流セミナー②> 前中を離床の時間と設定し、なるべく椅子やソファーに移 を確保している。浴槽に入っている間は座位保持訓練にも 乗して過ごせるように配慮した。D氏は座位では上体が右 なる。浮力があるため、少ない負担で座位保持が行うことが 側に傾くため、ソファーや椅子に移乗する際には、筒状に できる。 したバスタオル等を背もたれと身体の間、右肩甲骨の下側 食事の際には<いただきます><ごちそうさま>の合掌 に挿入して状態の傾きを修正した(図⑪)。D氏は円背で股 を促している(図⑭)。この動作には手指や掌を伸ばす、手 関節にも拘縮があるため、骨盤を起こして座ることが困難な 関節を伸ばす関節可動域訓練が含まれている。先ほどのD ため、椅子やソファーと腰の間の空間にクッションを挿入し 氏は、左上肢を動かすことができる。そこで食事の際には て<面で支える>工夫をした。両腕をクッションで支え、肩 左手でスプーンを持って食事を摂る、左手で湯呑を持って の力を抜けるような配慮もした。これによりサロンでテレビを 茶を飲む動作を促す様に努めた。また、D氏は帽子に関心 観たり音楽を聴いたり、他者と関わる機会を確保できた。 があるため、離床の際に左手で帽子を持ち、自分で帽子を D氏は頭部外傷の後遺症から眠気が強く、居眠りをして 被る動作を促した。更衣介助の際にも左腕、左足を曲げた いることが多いが、それでも離床中はテレビを熱心に観て り伸ばしたりする協力動作を促している。左上肢の機能は いる様子が観られた。プロ野球中継が観たい、漫画が観た 現時点でも維持されている。 い等の要望も聞かれるようになった。離床時間の確保が生 E氏は車椅子を自走しての生活を送っているが、トイレに 活意欲を引き出し、生活不活発病の悪循環から抜け出す足 座って排泄する生活が維持できている。E 氏の下肢には股 掛かりになった。 関節、膝関節、足関節に軽度の拘縮を呈している。E 氏に D氏に限らず、肢体不自由である利用者の車椅子座位 は入浴時の立位保持や更衣時における協力動作の促しの 姿勢の崩れた様子が、当園男性課でよく見られた。座位姿 他、生活動線の一部、食堂入口から食席までの間を伝い歩 勢の崩れは疲労や苦痛に繋がり、それらのストレスが拘縮 きにすることで、下肢の筋力維持と拘縮進行を予防してい を進行させる。座位姿勢について注意を促す発信を会議 る(図⑮)。日常生活の中で可能な運動プログラムの一例と や現場で繰り返し行うことで、このような崩れた座位姿勢を いえる。 見かける機会が減少した。 F氏は84男性の男性入所者である。下肢の各関節に拘 当園男性課にはオーダーメイドではない既製品の車椅 縮が見られ、車椅子を使用している。上肢の関節可動域は 子を使用している利用者が数人いる。車椅子は体格や身体 下肢に比べ維持されている。働き者のF氏は今でも日中活 の状態に合わせた、オーダーメイドで製作して使用するべ 動の作業に通っている。寮内においても手伝いをしたい、 きであるが、製作には一定の時間を要する。身障手帳を取 との要望があり、過度にならないよう配慮しながら作業の機 得して公費で車椅子を作成するとなると1年以上の期間を 会を提供している。F氏には段ボール箱を平らにする作業 要し、その間は既製品の車椅子を使用しなければならない。 と、包帯巻きを提供している。F氏は時代劇鑑賞が好きであ 中には寄贈品を使用していた頃のD氏同様足底がフットレ り、DVDを観終わった後、リモコンのボタンを押してテレビ ストに接地せず、足部が浮いている状態の利用者がいた。 を消すことができている。 そこで足置き台を作製し足元に設置することで、足底が着 手指、掌の握り込みに対して、清潔保持や爪の食い込み 底できるように工夫した(図⑫)。車椅子の幅が体格に対し 予防のため、ハンドロールを用いることがあるが、皮膚科医 て広すぎる場合、身体の傾きなど不良姿勢の原因となる。 の助言を受け、手指、掌の握り込み拘縮がある利用者にカ 不良姿勢は疲労や痛みなどのストレスを引き起こし、拘縮を ーラーを試行してみたところ、通気性が確保され、手指、掌 進行させる。この場合、身体と車椅子との間にバスタオルを の不衛生な状態を改善することができ、悪臭が減少した(図 筒状に丸めたものを挿入して隙間を埋め、ポジショニングと ⑱)。あくまでも清潔保持が目的で、手指や掌を矯正する意 同様に<面で支える>ことで調整し、座位保持を図りつつ 図はなかったが、結果として手指、掌の握り込みが緩和さ もリラックスに繋げるようにした(図⑬)。 れた。 拘縮予防にあたっては、愛護的な対応が重要であると、 (4) 日常生活の中でできる拘縮予防・ケア PT からも常々指導されてきた。愛護的な対応とは、利用者 入浴洗身時には、本人の状態に配慮しつつ立位を促し に苦痛や不安を与えないようにすることの全てを指す。具 ている。また洗髪動作を促すことで、上肢の各関節の動き 体的には、介助の前や利用者の身体に触れる前に声をか 4 <2014 体験交流セミナー②> ける、シーツの皺や着衣の乱れ、姿勢の崩れも適宜修正す 当園男性課では、おむつ交換等の排泄ケアの際、下肢を る、肩や踵、大腿骨転子部など、骨の隆起する場所、褥瘡 持ち上げて介助する方法が当たり前に実施されていた。利 の好発部位に体圧がかからないように配慮する、定期的に 用者の身体的負担や大腿骨転子部の骨折の危険があるこ 体位交換を行い、同じ場所に体圧がかからないように配慮 の更衣をやめ、側臥位で実施するように訴え、今ではほと する、といったことである。愛護的対応を実践することで、利 んど見られなくなった。 用者の身体的なストレスを取り除き、拘縮予防に繋げている。 図⑤ 図⑥ 図⑦ 図⑧ 5 <2014 体験交流セミナー②> 図⑨ 図⑩ 図⑪ 図⑫ 図⑬ 図⑭ 6 <2014 体験交流セミナー②> 図⑯ 図⑮ 4.まとめ まとめとして、今後に向けての課題等について述べる。G 今後とも積み重ね、QOLの向上に繋げていきたいと考える 氏は84歳の男性入所者である。2 年前の転倒により頸椎を 次第である。 損傷し、日常生活全般にわたり介助が必要となった。下肢 の拘縮が強く、良好な姿勢での座位保持が困難である。本 年度からPTが関節可動域訓練やプログラム運動を行うよう になり、膝関節の関節可動域が回復し、90 度まで伸展する ことができるようになり、座位姿勢が改善した。関節可動域 訓練を継続的に実施することで、若干ではあるが、拘縮が 回復した事例である。PTによる関わりは現状週1回である が、関節可動域訓練を毎日行うことができれば更に経過が 良くなることが予想される。そのため、支援員が関節可動域 訓練や運動プログラムを行う時間をいかに確保するかが大 きな課題である。 NO拘縮プロジェクトが始動して2年が経過した。利用者 における目立った拘縮の進行や心身の機能低下は見られ ていないが、拘縮ゼロの目標達成には程遠く、課題が山積 している。愛護的な対応については、未だ出来ることが多く 残されている。拘縮は一旦進行すると改善させることは困 難である。改善に向けての取り組みには関節可動域訓練が 欠かせないが、苦痛を伴い短期的には効果が上がらない 関節可動域訓練について、知的障害者に理解を得ることは 困難なため、一般の高齢者以上に予防が重要である。その ためには、寝たきりの利用者でも出来る限り座位を促し、更 衣、食事、入浴等、日常生活上の営みの中に含まれている 動作をなるべく促すことが有効なので、そうした取り組みを 7
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