[第1回]かぜ薬

こどもの薬【第 1 回】
かぜ薬
かぜ薬ってなに?
子どもがかぜをひいて医療機関を受診すると、
「かぜ薬を出しておきますね。」とい
われて薬が処方されることが多いです(当院ではこのように言うことはほとんどあり
ませんが……)。また、巷の薬局ではかぜ薬というものが並べられており販売されて
います。では、かぜ薬ってどんな薬なのでしょうか?「かぜ薬っていうからにはかぜ
に効く薬でしょう。」というような答えがかえってくるでしょう。確かにその通りで
す。ここである疑問が出てきます。“あれ?かぜっていったいなんだろう?”
かぜ薬に関して開設する前に、一般に言われる“かぜ”とはいったいどんな病気
なのかを考えてみましょう。
“かぜ”を定義すると「かぜは一過性の軽い感染症の総称」と言えるでしょう。一
般的には“かぜ症候群”と呼ばれます。咳・鼻・のどの呼吸器系の感染症を呼ぶこ
とが一般的ですが、おなかの症状を伴う場合にも使います。では、かぜの原因は何な
のでしょうか?一般の人は、かぜというと細菌による感染症と思っていて、抗生物質
が効くと思っています。しかし、実際のかぜの原因の 9 割はウイルスで、残りの 1 割
が細菌やほかの病原体です。ウイルスに抗生物質は効きません。そして、ウイルスを
やっつける薬は、インフルエンザや水ぼうそうなどごく限られたウイルスに対するも
のしか存在せず、その他のほとんどのウイルスに効く薬はまだ開発されていません。
“一般的なかぜ全体を治す薬”が発明されたら、きっとノーベル賞が獲れるでしょう。
では、よく使われる“かぜ薬”の正体は何なのでしょう?実は様々な症状を和らげ
る対症療法薬のことを“かぜ薬”と呼んでいます。対症療法薬とは次のような薬です。
l 咳がつらければ咳止め
l 鼻水が止まらなければ鼻水止め
l 熱が高くつらければ解熱剤
l 等・・・・・・
この様な成分を複数混ぜて作られているのが市販のかぜ薬(=総合感冒薬)です。で
は、市販のかぜ薬と医療機関で処方されるかぜ薬はどこが違うのでしょうか?どちら
も基本的には同じ対症療法薬ですが、医療機関で処方されるかぜ薬は症状に合わせる
ので無駄な成分は省かれ、不必要な薬は入っていません。
ここで一つ重要な疑問が出てきます。かぜをひくと咳や鼻水、熱、嘔吐、下痢など
様々な症状が出ます。これらの症状は必要のないものなのでしょうか?薬を使うこと
で安易に止める、あるいは軽減させてもよいのでしょうか?かぜの時に出現する様々
な症状はいずれも病気を治そうとする身体の反応(生体防御反応)です。例えば、発
熱は、免疫機能を賦活化しウイルスに打ち勝とうとする反応です。鼻水・鼻づまりは、
鼻孔からの病原体の侵入を制限し、新たな感染症の発生を防いでいます。咳は、気管
支の病原体の喀出を行って気道をクリーニングし、呼吸機能を維持しています。本当
につらい場合につらいところから脱するために使うというスタンスでかぜ薬(必要な
対症療法薬)を使い、薬の副作用も考慮したうえで、最善の方法をとることが重要で
す。
まとめると、
“かぜ薬”とはかぜの根本原因であるウイルスを退治する薬ではなく、
つらい症状を和らげて自分の免疫力で治るのを待つというレベルの薬なのです。
もう一度言っておきます。かぜの原因の 9 割はウイルスなので多くのかぜに
抗生物質は効きません。「かぜ薬=抗生物質」ではありません。
<参考>OTC 薬(Over The Counter 薬)
市販のかぜ薬は OTC 薬とも呼ばれ、カウンター越しに薬剤師と相談して購入
する薬を指します。
法律的には、医師が医療機関で処方する「医療用医薬品」に対して「一般用
医療品」に分類されます。
効果と安全性が確立され、一般の人が使用可能な薬効成分が使われています。
かぜ薬の成分の有効性・安全性
かぜの時は対症療法薬として様々な成分を使用します。それらの成分の有効性につ
いて最近の知見と海外での使用状況・考え方を簡単にではありますが解説します。
(詳
しい解説は次回以降順次行います。)
① 鎮咳剤(咳止め)
かぜ症候群に対しても中枢性鎮咳剤と呼ばれる咳中枢を抑制して咳を出ないよう
にする薬が処方されることが多いですが、小児の急性咳嗽に対して効果はないとされ
ています。咳は気道をクリーニングし肺炎を予防するための防御反応なので、安易に
止めることは決して良いとは思われません。しかも、乳幼児では薬の副作用で呼吸抑
制から無呼吸、そして突然死に至るケースがあると報告されています。ちなみにアメ
リカ小児科学会から、乳幼児への鎮咳剤は投与しないようにとの勧告が出ています。
② 抗ヒスタミン薬(鼻水止め)
かぜ症候群に対する抗ヒスタミン薬単独の効果は小児・成人ともにないとされてい
ます。逆に、気道からの粘液分泌を抑え喀痰の排出を困難にしてしまいます。そのた
め、かぜ症候群の合併症である中耳炎や副鼻腔炎の治癒を遅らせる危険性があると指
摘されています。けいれんを誘発する危険性があることが指摘されています。鼻水を
止める薬を飲むと眠くなることが多いのは皆さんもご存知でしょう。これは中枢神経
の抑制作用があるためで、この作用のため呼吸停止に至る副作用の報告もあり、アメ
リカでは乳幼児での使用は禁止されています。
③ 去痰薬
肺炎患者に対し抗生物質と併用した場合に、症状の改善が早まるという効果を示す
論文や、小規模の臨床試験で効果が確認されたとする論文もあります。ただし、有益
性を示す根拠としては不十分と評価されています。ただ、気道の粘液分泌を増加させ、
痰を出しやすくする作用があるといわれているので、この効果が十分にあるとすると
病気の治癒を早める効果が期待はできるでしょう。
④ 気管支拡張剤
かぜ症候群に対する有効性を示すデータは少ないとされています。気管を広げる薬
なので、鼻やのどなどの上気道の炎症が病気の主体であるかぜ症候群に対しては無効
と考えられています。頻脈(脈が速くなる)や震戦(手の震え)などの副作用もある
ことからかぜ症候群に安易に使用することは慎むべきと指摘されています。よく“咳
がひどい時に使いなさい”といわれて処方される貼る薬もこの薬です。咳を止める薬
ではないので注意してください。
⑤ 解熱鎮痛剤
発熱は生体防御反応であることはだれもが知っています。体温を上げて免疫能(抵
抗力)を上げて病原体を退治しようとする反応です。人為的に感染を作った動物を二
つのグループに分け一つのグループには積極的に解熱鎮痛剤を与えるともう一つの
グループに比べ死亡率が上昇したとの報告もあります。安易に投与することは勧めら
れません。ただ、発熱時の痛み軽減のために使用するという意義はあると思われます。
⑥ 抗生物質
原因の 9 割がウイルスであることを考えると、ほとんどの場合不要です。Hib ワク
チンと肺炎球菌ワクチンの普及によって、重症細菌感染症はさらに減少すると思われ、
抗生物質が必要な場合はさらに減少すると思われます。
余談ですが、中耳炎や副鼻腔炎は細菌によるものが大多数なので、治療には抗生物
質が必要です。
かぜに処方される薬剤の乳幼児に対する主なエビデンス(科学的証拠)
各薬剤(成分)に関して使用するメリットがデメリットを上回るときに使用しますが、
メリットがデメリットを上回ることは乳幼児におけるかぜ症候群では少ないとされ
ています。必要な成分だけを必要な量使用することが大切です。
OTC 小児用かぜ薬
薬局で買える一般に「小児用総合感冒薬」といわれるもので、解熱鎮痛剤・鎮咳去
痰薬・抗ヒスタミン剤などを複合した医薬品のことです。色々な効果の薬剤が混合さ
れているため、投与すると対症療法として必要のない成分(その時にない症状を軽減
するための薬剤)も含まれてしまいます。その際は、その成分に関してのメリットは
なく、デメリットのみが身体に与えられることになります。解熱鎮痛剤が主成分の薬
も多く、薬を飲んでいれば熱が下がって治ったように誤解されたり、本当の病気の状
態がわからなくなって症状が重症化したり、長引いたりすることもあります。
また、初期にかぜ症状を呈する疾患は、アレルギー疾患、自己免疫疾患、消化器疾
患、泌尿器疾患のほか、化膿性髄膜炎や菌血症などの重篤な細菌感染症も挙げられま
すが、安易にかぜ症候群と診断してかぜ薬で症状を抑えてしまうと、上記のようなほ
かの疾患の治療を遅らせ、重篤化させる危険性もあります。
残念なことですが、医療機関でも、抗ヒスタミン剤や鎮咳去痰薬をセット処方し、
かぜ薬としている施設があります。また、OTC かぜ薬と同じように元々様々な成分
が混ざった総合感冒薬(医療機関で処方される薬にもこういう薬があります)を処方
する医療機関もあります。これでは OTC 小児用かぜ薬と変わりありません。私たち
医師も薬の適正使用のために薬について勉強しなおす必要がありますね…(反省)
。
OTC 小児用かぜ薬をめぐる諸外国の対応
日本の OTC 小児用かぜ薬の各成分の含有量は諸外国の製剤に比べ少量なので、大き
な副作用報告は少ないという理由で注意喚起にとどまっていますが、諸外国の対応を
踏まえて、適正使用を心がける必要があります。
お願い
乳幼児は、自分の症状や苦痛を的確に訴えることができません。大人に比べ、薬の
デメリットが強く出る傾向もあります。安易に OTC 小児用かぜ薬を使用するのでな
く、医療機関を受診して適切な薬を処方してもらってください。
行徳総合病院 小児科 佐藤俊彦