1 槍ヶ岳、読売新道(赤牛岳)、水晶岳、黒部五郎岳、奥大日岳 時期

槍ヶ岳、読売新道(赤牛岳)、水晶岳、黒部五郎岳、奥大日岳
時期:2015.8.4~8.16
参加者:槍ヶ岳:カト、その他 2(家族)
読売新道(赤牛岳)
、水晶岳、黒部五郎岳、奥大日岳:カト
行程:
(1 日目、8/4(火)晴後雨)
新宿 7:00-松本―新島々-11:30 上高地 12:00…15:00 横尾(幕営)
(2 日目、8/5(水)晴)
横尾 4:30…大曲…12:30 槍ヶ岳山荘テン場 13:00…13:30 槍ヶ岳 14:00…14:30 槍ヶ岳
山荘テン場 (幕営)
(3 日目、8/6(木)晴)
槍ヶ岳山荘テン場 6:30…13:00 横尾…14:00 徳澤(幕営)
(4 日目、8/7(金)晴)
徳澤 7:00…7:50 明神 9:00…9:40 上高地-松本-信濃大町(旅館泊)
※家族は松本から帰京
(5 日目、8/8(土)晴)
休養、食糧調達のため終日信濃大町(旅館泊)
(6 日目、8/9(日)晴)
信濃大町 5:30(バス)6:05 扇沢 7:30(トロリーバス)7:46 黒部ダム 8:00(3:40)
11:40 平ノ小屋、平ノ渡し渡船 12:;00(2:10)14:10 奥黒部ヒュッテ(幕営)CT6:
10
(7 日目、8/10(月)晴後雨)
奥黒部ヒュッテ 3:00(6:30)9:30 赤牛岳 10:00(3:20)13:20 水晶岳 13:30(0:
30)14:00 水晶小屋 14:30(1:50)16:20 三俣山荘(幕営)CT13:20
(8 日目、8/11(火)晴)
三俣山荘 4:00(2:20)6:20 黒部五郎小舎 6:30(2:40)9:10 黒部五郎岳 9:15(3:
35)12:50 北ノ俣岳(1:10)14:00 太郎平小屋(0:20)14:20 薬師平CT10:20
(9 日目、8/12(水)晴)
薬師平 3:40(0:20)4:00 太郎平小屋(2:50)6:50 折立(バス 1:05)有峰口駅 9:
44-9:58 立山 10:20-10:27 美女平 11:10-12:00 室堂(2:00)14:00 剣沢(幕営)
CT2:00 合宿組と合流
(10 日目、8/13(木)雨)
停滞
(11 日目、8/14(金)雨)
停滞
(12 日目、8/15(土)晴)
剱沢 4:50(3:40)8:30 奥大日岳(3:30)12:00 剱沢 CT7:10
(13 日目、8/16(日)晴)
1
剱沢 6:00(3:00)9:00 みくりや池温泉 10:00(0:10)11:10 室堂 11:40-13:10
富山 14:44-16:40 大宮 17:05-17:30 北赤羽
記録:
(1 日目 8/4(火)晴後雨後曇)
7:00 新宿発あずさに乗る。今回は指定をとっていたので朝が楽だ。終点の松本まで行っ
て松本電気鉄道線で新島々に行き、バスに乗り換えて上高地に 11:30 頃着く。12:00 出
発、徳澤を過ぎたあたりから激しい雨に降られる。雨が靴に浸透して中がぐしょぐしょ。こ
の靴は 9 年も履いているのでそろそろ新しい靴を新調しなければ。帰ったらゴローに行こ
う。15:00 頃横尾、雨あがる。今日はここで幕営。
(2 日目 8/5(水)晴後雨)
4:30 頃出発。日が上がると暑い。熱中症にならないように水分を多くとる。夏の槍沢を
歩くのは初めて。馬場平では新しいトイレを建設中。大曲からヒュッテ大槍下までの急登が
厳しい。暑くて眩暈がする。肩までは岩を渡り歩く。12:30 頃肩ノ小屋に着く。テントを
張り時間があるので 13:00 槍のピークを目指すことにする。13:30 頂上に立つ。大変す
いていて順調に登れた。渋滞などしていると周りに気が散って注意散漫になるので長男夫
婦にとって良い状況だった。14:00 前に下山開始。長男嫁は下りが厳しい。足を下ろす位
置を指示しながら慎重に下る。下りも混んでいないのでマイペースで下りられたのが幸い。
14:30 肩に下りる。肩ノ小屋で生ビールを堪能する。テントに帰って酒を飲んでいたら天
気が一転して雷と暴風雨。雹が降ってくる。テント下が多少窪地になっているのでそこに水
が溜まりテント底がプクプク浮いてきた。それでもテント内に浸透しないのが良かった。長
男嫁は雷で固まってしまう。1 時間ばかり降ったのだろう。外に出たら雹でテントの周りが
真っ白になっていた。テント下の水を掻い出す。明日の午後からの天気も怪しい。
(3 日目 8/6(木)晴)
6:50 出発。南岳、槍平、新穂高に下る予定だったが、天気と二人のルート不安の気配か
ら登ってきた槍沢を下り徳澤で幕営することにした。徳澤幕営は長男夫婦の希望。14:00
頃徳澤。最後の夜なので長男嫁の許しを頂いて徳澤園レストランで二人宴会をする。白ワイ
ンがうまかった。19:00 頃寝る。
(4 日目 8/7(金)晴)
7:00 出発。明神でイワナの塩焼きを食べるなどのんびりしていたら 9:00 を回ってい
た。
上高地のお風呂は 10:00 受け付け締め切りとの張り紙を長男嫁が見つけ明神から急ぐ。
35 分で上高地のホテルに着く。11:40 の新島々行のバスに乗る。松本に 13:00 着き何時
ものそば屋に入る。私は信濃大町に行くので 13:58 が間に合うので先に出る。
信濃大町の旅館竹乃家は駅から 5 分とかからない。食事の提供サービスがないので近く
のスーパーで寿司を買って夕食とする。風呂も久しぶりだ。
2
(5 日目 8/8(土)晴)
本日は食材を購入するための日。もう一度今後の食糧を点検する。出かける前に送った食
料を点検すると多すぎるようなので、余分な食糧と着替えのシャツなど家に送り返す。お店
は 10:00 開店だと言う。ダニにやられたかゆみ止めを買いに行く。その近くにスーパーが
あると言うので野菜(茄子ときゅうり)
、味噌を買う。夕食は近くの食堂を予定していたが
なぜか閉店のようだ。旅館の人に聞いたら土曜日は休みだと言う。この人は今朝この食堂が
安くてうまいのでお勧めだと私に勧めたばかりだった。仕方がないので隣のスーパーでカ
ツオのたたき、野菜サラダを買って旅館で喰う。
(6 日目 8/9(日)晴)
5:25 旅館を出る。6:15 に乗る予定だったが早く行き余裕を持って行動しようとしたら
丁度 5:30 のバスが出るところを運転手さんが待ってくれて乗ることができた。結果的に
これが良かったことになる。バスは 6:10 頃着いたが扇沢ではすでに 7:30 始発トロリー
バス黒部ダム行に乗るために長蛇の列になっている。
黒部ダムの物凄い放水を見ることができた。ダムを横切りロープエウイ駅手前左のトン
ネルを潜って登山道に出る。橋を渡り黒部ダムに沿って平の渡しまで行く。ここまでは奥多
摩の周辺をハイキングしているようだ。平の渡しに 11:40 着。12:00 の船には十分すぎ
る時間に着いた。あまりにも暑いので船の中に入ったところ上の小屋から出ろと怒られて
しまった。そりゃそうだ船長がいない船に無断で乗る方が悪い。予定の時間に船は出る。人
のよさそうな船長で先ほどの無断乗船はきつく咎められなくてほっとした。船長は船を出
すと釣り竿を湖面にたらす。中間程でニジマスを釣る。エンジンを止めてしばらくニジマス
との格闘。同船した客の網ですくい上げる。良い型で 40 ㎝ほどある。
向こう岸についてからが厳しい。急岸壁で登山道が作れず丸太で作った階段が随所にあ
り手こずった。ほとんど垂直の階段でかなりスタミナを消耗する。14:10 奥黒部ヒュッテ
のテン場に到着。ここまで 6:10 を要した。随分長く歩いたようだがCT通りだった。
雨を心配してなるべく高いところ、また、ダニを心配して草むらでないところを選んだが、
西日が強くて日陰になっている低いところに移動。隣は若い女性の単独の方、聞くと早月尾
根から焼岳への縦走を計画しているとのこと。3 泊目の前夜は五色ヶ原に幕営とのことだっ
た。小屋主に明日は長いので水をいっぱい持っていくように言われる。ウイスキーは売って
なく缶ビール 2 本を買ってカレーを作って食す。早寝をする。
(7 日目 8/10(月)晴後雨)
奥黒部ヒュッテを 3:00 に出る。暗い夜道を黙々と歩く。時々道が折れている所で先を
探す。私の隣テントの単独男性は私が出発するときはテントが畳まれていたのですでに私
より先に行っているものと思っていたら、明るくなったところで私を追い抜いて行った。私
は一番手でスタートしたのだった。登山道は明瞭だが大きな根が張っている所を跨いだり
ぬったり、また、岩場を登ったりで結構歩きにくい道である。
読売新道は読売新聞社が 1961 年北陸支社を開設した際の記念に登山道を作ったのでこ
の名前を付けているとのこと。また。奥黒部ヒュッテを 0 ポイント、赤牛岳を 8 ポイント
3
として 8/0 から 8/8 までの標識があるが等間隔で 8 等分されているわけではないとのこと。
いわゆる一つの目安なのだろう。赤牛岳手前の 8/7 からはザレた尾根で見るからに歩きにく
そうだが実際はそうでもない。
単独の女性は 2/8 あたりでビバークしたと後で聞いた。女性にとって読売新道の上りはか
なり厳しいと思う。
日が昇ってから暑い。熱中症が心配で3Lの水はかなり消化した。それときゅうりをかじ
りながら体を冷やす。
赤牛岳 9:30 着。6:30 かかった。CT7:00 だからまあまあだ。水晶岳は見た目ではき
れいな稜線を描いているが実際はいくつものピークを巻く道が厳しい。特に水晶岳直下の
二つのピークをまく道は岩場の急登で参った。13:20 やっと水晶岳だ。3:50 かかったが
赤牛岳の休憩 30 分を入れると 4:20 かかったことになる。CTは 3:00 だから如何にばて
ていたかだ。水晶岳から笹田、ハギ、ミナト、かおりの諸氏にメールを送る。メールをして
下山にかかるとすぐに雨。かなり激しい雨で水晶小屋に飛び込む。腹が減ったのでラーメン
を注文して食べるが全部食べきれない。疲れて食えないのだ。泊まろうかと思ったが客が一
杯であまり寝られないと思い時間はまだ 14:00 過ぎなのでゆっくり歩いても予定の三俣に
は明るいうちに着くだろうと思い雨の中を出発する。ワリモ岳、鷲羽岳を巻き分岐を左に折
れて黒部川源流に向かう。途中で濡れた岩に滑ってストックを折ってしまう。おそらく修理
不能だろうと思うが残骸を持っていく。1 本のストックで黒部川源流標識からのだらだら登
りをしっかり歩く。16:20 三俣山荘。テン場は一杯、雨の中、何とか狭いスペースに廻り
の方の了解を得て設営する。小屋までが遠く濡れ鼠。食欲はないが飲み気はあり晩飯はビー
ル 1 本、ウイスキーミニボトル半分、つまみで済ます。ストック修理に挑戦したがやはりだ
めだ。途中で木を拾って使うしかない。
(8 日目 8/11(火)晴)
三俣 4:00 出発。この日も薬師平まで長い行程。黒部五郎への道が今一不明確で磁石を
使って方向を見定める。途中雪渓を渡る。黒部五郎小屋への下りは長い。この下りでもう 1
本のストックを折ってしまう。短くなったがまだ使える。私はダブルストックでなければ上
りは登れないのでストック代わりの木は絶対に見つけなければならない。黒部五郎小屋で
ジュースとリンゴを買って食べる。小屋を出てから適当な木があり助かった。予定通りカー
ルコースを行く。北ノ俣岳への分岐にザックを置き空身で黒部五郎岳は 9:10 着。頂上で
お約束の 4 氏にメールする。
黒部五郎から太郎平小屋まで長く感じる。目的地が見えるのになかなかつかない。暑いの
で残ったキュウリをかじりながら体を冷やす。
コースタイムと実際(赤字)は、
三俣山荘(2:00、2:20)黒部五郎小舎休憩 0:10(2:30、2:40)黒部五郎岳休憩 0:
05(2:50、3:35)北ノ俣岳(1:30、1:10)太郎平小屋(0:20、0:20)薬師平
CT9:10、10:20
上記の歩きの実際を見ると黒部五郎から北ノ俣岳が時間を要している。やはり上りの長
い稜線歩きは暑さなどから意気が上がらずゆっくりなペースになったのだろう。
4
太郎平小屋 14:00 着。こんな遅いペースでは剱隊の若い方たちの早いペースを乱すこと
になり迷惑がかかると思い剱隊との同行を断念する。阿蘇原温泉小屋の予約キャンセルを
かおりさんに依頼する。ハギさんには本日までの緊急連絡先のお礼をメールする。
太郎平から薬師平テン場まで 20 分と長い。悪戦苦闘したがテン場に14:00過ぎに到
着すればよい方だ。ビール1本と昨日残したウイスキーを飲み、カレーを作る。明日も早起
きしなければならないので早く寝る。
(9 日目、8/12(水)晴)
薬師平 3:40 発。太郎平小屋 4:00 発。8:30 折立発のバスには十分間に合う時間だが
万が一を考えて早めの行動。急いだつもりはないのだが 6:50 に着いてしまった。トイレ
の水道で体を拭く。周辺を歩くが登山者の車の駐車台数がものすごい列をなしている。
ママさんチームの 3 人が後ろから声をかけてくれる。これから太郎平に向かうのだ。し
ばらく雑談をしたがあまり長話だとスタートを遅らせるので行ってもらう。山で仲間と会
うのは楽しいものだ。久しぶりに会話をした。
予定のバス、電車、ケーブルカー、バスに乗り 12:00 室堂に着く。途中立山駅でストッ
クを買う。9,900 円也。14:00 剱沢着。剱御前小舎までコースタイム 1:30 と思いほとん
ど休憩なしで上がってしまう。剱沢まで 2 時間は早すぎる。乗り物で体を休めたからだろ
うか。結構登れたので欅平までは行ける気がしてきた。16:00 頃剱隊が来る。ここでもま
た仲間と会えた。良いものだ。
ミナトLから明日は天気が悪いので剱岳はパスして真砂沢に下ろうとの指示が出る。私
は了承するが、ちょっと考えた方が良い気がした。明日、天候によっては剱岳に登る私のア
イデアを話そう。
(10 日目、8/13(木)雨、停滞)
朝ミーティング。私は、3 人の剱岳初挑戦者がいるので剱岳登頂を優先したらどうかと提
案するが、ミナトLはこれから真砂沢に下るとの決断をする。私はテントに帰って撤収の準
備をしているとミナトL、ちょっと待ってくれと声が掛かる。私が撤収準備をしている間に
再検討したらしい。明後日の天気が良いので剱岳への登頂を優先することに決まったらし
い。それは良い判断だと思う。激しい雨の中を 2 日間歩くのは苦しい。かおりさんが阿蘇原
温泉小屋にキャンセル、私は延泊願いの手続きをする。小屋管理人から良い判断ですねと言
われる。私は停滞用のウイスキーミニボトル 2 本を買い込む。
(11 日目、8/14(金)、停滞)
雨で何もすることはない。終日高校野球をラジオで聞いて過ごす。
(12 日目、8/15(土)晴)
素晴らしい天気。剱隊は 4:30 出発。私は明るくなってからの 5:00 近くに出発。剱御
前小舎から奥大日方面のルートを勘違いして雷鳥沢に下りてしまう。途中で気がついたが
登り返すのも時間がかかるのでそのまま下り、新室堂乗越へのルートを登る。このルートは
5
花が多く木道が整備され結果的には良いルートとなった。ロスも 20 分程度だ。奥大日に 8:
30 に着いてしまったので大日岳に行こうと思ったが、往復CT4 時間で休憩も入れて帰り
が 13:00~14:00 くらいになるので皆さん心配されるだろうと思い止める。復路は花を愛
で写真を撮りながらゆっくりと歩く。それでも 12:00 には剱沢に帰った。剱隊の 12:00
頃下山に合わせたつもりだ。
ところが 12:30 に下山した他のパーティーに聞くと剱沢を 4:00 に出たと言う。とする
と渋滞などを含め 13:30 には下山するだろうと考えた。私同様に仲間を待っている女性が
いて時間つぶしにと思い話しかけると一方的に自分のことと迎えるべくガイドだと言う彼
氏?のことしかしゃべらない。この聞き役は疲れた。
14:40 頃剱隊の姿が見える。剱隊は暑くて喉が渇いているだろうと思いジュースを用意
していたが、何人かは剣山荘で生ビールを楽しんでいたとか。どうりで遅いわけだ。それで
も大方はジュースを喜んでくれた。
最後の晩は宴会。私は自分のウイスキーと皆さんが買ってくれたウイスキーをしこたま
飲んでミナトLに担がれて自分のテントに帰った。それでも最後の晩飯を作った。パスタと
有峰口駅で買った角煮パックを温めて食す。19:00 寝る。
(13 日目、8/16(日)晴)
剱沢 6:00 出発。雷鳥沢キャンプ場で休憩を取りいよいよ最後の核心の長い階段上り。
この階段上りは気合を入れて一気呵成に登らないとかえって疲れてしまう。途中まで皆さ
んについて行ったが、このペースでは私はかえってダメになると思いペースを上げて温泉
まで行く。丁度開店の 9:00 に着く。みくりや池温泉は初めて入る。良い温泉だが人数の多
さに比べ狭い。私たちは早く入ったので洗いも入浴もスムーズだったが 5 分違いで洗い場
は長い列となった。さっぱりして下山できるのは嬉しい。
室堂からはバス、電車で富山駅まで行く。私はどうしても白エビを食べて帰りたいので皆
さんと富山駅で別れる。とすると後からケンさんとウエチャンが着いてくる。二人も私と一
緒の気持ちで嬉しかった。しかし新しくなった駅ビルの白エビ家は混んでいて 30 分くらい
待たされる。お酒 2 本と白エビ丼をたのんで堪能する。
14:44 発の新幹線に乗る。自由席だが座れた。大宮まで約 2 時間。早い。17:30 帰宅。
(最後に)
・長い期間の縦走はこれが最後かな。日々歳を感じるようでは山岳会の現役としては不適格
であり、仲間との同一行動に迷惑が掛かり、結果として単独行動にならざるを得ない。こ
れはあまり良いことではない。5 月の穂高合宿に続き考えさせられた山行であった。
・山歩きは早ければ早いほど良いと思うが、遅い歩きは悪いことではない。悔しいとは思う
が身の丈に合ったこんな考え方で処さざるを得ない。
・しかし、よたよた歩きでも南ア、中央ア、北アの主要な尾根歩きは済ませた。縦走コース
で残すは北アの表銀座だけとなった。いつかメジャールートをゆっくりと歩こう。
・今回の山行は、食糧、お金がピッタリだった。食糧は途中調達もあったが全然残らなかっ
た。また、お金も十数円が残ったのみ。心細かったので白エビ家でケンさんから 1 万円を
6
一旦借りたが大丈夫そうなのですぐ返した。みくりや池温泉入浴料立替 4,200 円が未精
算だったので結果としてこの分が残ったことになる。もっともこれが懐にあれば酒代に
化けていたので体のためにはよかったかな。
・私事で申し訳ないが、長男夫婦との山行はこれが 3 回目となる。私のようなダメ親父を頼
ってくれるのは登山だけであり、この点では北稜で勉強させていただいたお蔭であり、北
稜の仲間に感謝したい。
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