小学校算数における関数の考えの育成に関する研究

小学校算数における関数の考えの育成に関する研究
新潟大学大学院教育学研究科
教科教育専攻 数学教育専修
平成22年度入学 越村 尚貴
1.はじめに
小学校算数では,関数そのものよりも関数の考えを育成することに重点が置かれている。しかし,関
数の考えの育成の重要性は認識されているものの,その具体的な育成の道筋は明らかになっていないと
考える。なぜなら,関数の考えについて様々な研究が行われているが,研究者によって関数の考えをど
のような側面を育成するかに違いがみられるため,育成上の研究課題が明確になっていないからである。
そこで,本研究では,理論的研究から関数の考えをどのように捉えればよいのかを明らかにし,関数の
考えを育成する上での課題を特定し,その課題解決のための授業実践を行うことで,関数の考えを育成
するための授業のあり方を検討することにした。
2.関数の考えの基礎的考察
本研究における関数の考えの捉え方は,三輪(1974)の関数の考えの捉え方をもとに,“依存関係に
ある2つの数量について,その変化と対応を数量全体で捉える考え方”とした。このように関数の考え
を捉えた理由は,小学校算数における関数の考えの指導で,変化と対応の見方が個別的に扱われている
と考えるからである。具体的には,小学校算数における関数の考えでは,変化の見方に着目することは
できるが,対応の見方にはなかなか着目できないことが多く指摘されている(例えば,日野(1996),
大谷ら(2004))
。三輪(1974)は,関数の考えの変化と対応の関係について“不即不離,分かつべか
らざるもの”であると説明しているが,このような対応の見方の弱さは,変化と対応の見方が個別的に
扱われていることに他ならない。関数の考えを変化と対応の見方を数量全体で捉える考え方とすると,
この関数の考えを育成するためには,変化の見方と対応の見方が授業の中でどのように現れ,それらが
相互に作用していくかという,変化と対応の関係を明らかにしていく必要がある。
本研究では,変化と対応の関係を明らかにするために,学習内容を変化を前提とした文脈と対応を前
提とした文脈の2つに分けて考察し,関数の考えを育成する上での課題を指摘することにした。変化を
前提とした文脈とは,比例や反比例などの変化することが前提となっている文脈である。対応を前提と
した文脈とは,一方の量をもとにもう一方の量を考えるような対応が前提となっている文脈である。2
つの文脈タイプを設定したことで,関数の考えを育成する学習がどのような流れで展開されるのかを,
変化中心,対応中心という2つの視点から想定することができた。
3.2つ文脈タイプの具体的考察
2つの文脈タイプから学習内容を考察することで,関数の考えを育成する上での課題を2つ指摘した。
1つは,2つの文脈タイプについて,変化の見方と対応の見方が,授業の中でどのように現れていくの
かが明らかでないということである。もう1つは,変化を前提とした文脈は,小学校算数でも多く扱わ
れているが,対応を前提とした文脈はほとんど扱われていないということである。これらの課題に対し
て,本研究では,2つの文脈タイプにおける変化と対応の見方を想定した「仮設的な変化と対応の関係
1
図」を設定した。文脈の中で明らかになっていない変化と対応の見方を仮設的に想定したのである。変
化を前提とした文脈では,変化から対応の流れで学習が進むことが想定され(図1),対応を前提とし
た文脈では,対応から変化の流れで学習が進むことが想定される。
(図2)
本研究では,対応の見方の弱さを考慮し,2つの文脈タイプのうち,対応を前提とした文脈を対象に
して,この関係図をもとに授業を行うことにした。
4.対応を前提とした文脈の授業分析
対応を前提とした文脈における「仮設的な変化と対応の関係図」をもとに,5年「単位量当たりの大
きさ」の授業を構想し,授業実践から児童の関数の考えの様相を明らかにした。児童の関数の考えの様
相から,対応を前提とした文脈では,対応の見方を主要な見方として想定していたが,実際児童らは変
化の見方で問題を解決しようとすることが明らかになった。そして,対応の見方へ着目させるためには,
複数の対応の組を分類する活動や,1つの対応の組から構成した様々な対応の組の共通性を検討する活
動が有効であることが示唆された。また,対応を意識した上で変化の見方を引き出すためには,1つの
対応の組をもとに複数の対応の組を構成していく活動や,変域を設定しその変域内で対応の組を構成す
る活動が有効であることが示唆された。このような児童の関数の考えの様相から,変化と対応の見方を
想定した「仮設的な変化と対応の関係図」を補完する視点として,『活動』を関係図の中に明確に位置
づけていくことを導いた。
5.対応を前提とした文脈における関数の考えの育成
『活動』を視点に,対応を前提とした文脈における仮設的な変化と対応の関係図を補完することで,
関数の考えの変化と対応の関係を明らかにした。具体的には,対応を前提とした文脈における活動の特
徴を,比較の活動,分類の活動,構成・説明の活動の3つのまとめ,それらの活動における変化と対応
の見方を明らかにし,構造化した。そして,対応を前提とした文脈の仮設的な変化と対応の関係図を,
活動における関数の考えを参考に補完した。この補完した変化と対応の関係図を用いて授業を構想する
ことで,関数の考えの変化と対応の見方の関係を授業の中に位置づけることができ,関数の考えを育成
するための授業のあり方を明らかにすることができた。
(図3)
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図3
活動を視点として補完した変化と対応の関係図
6.研究の成果と課題
本研究の主な成果は,以下の3点である。
・関数の考えの捉え方について,理論的研究によって「変化と対応を数量全体で捉える考え方」と設
定することができた。この捉え方から,関数の考えを育成するためには,変化と対応の関係を明ら
かにすることが必要であると指摘することができた。
・変化の見方と対応の見方が,授業の中でどのように現れ,作用していくのかを2つの文脈タイプ(変
化を前提とした文脈と対応を前提とした文脈)に分けて検討したことによって,関数の考えを育成
する上での課題が,対応を前提とした文脈の授業にあることを特定することができた。
・対応を前提とした文脈における仮設的な変化と対応の関係図を設定し,5年「単位量当たりの大き
さ」を対象に授業を実践,分析したことによって,関数の考えの変化と対応の関係を明らかにする
ための視点として「活動」を導くことができた。そして,活動を視点にして仮設的な変化と対応の
関係図を見直したことで,対応を前提とした文脈における関数の考えの変化と対応の構造が明らか
になり,関数の考えを育成するための授業のあり方を明らかにすることができた。
今後の課題としては,以下の2点が挙げられる。
・本研究で設定した仮設的な変化と対応の関係図について,5年「単位量当たりの大きさ」と「割合」
の学習だけでなく,他の学習内容でもこの図で授業が構想できるのか検討する必要がある。その上
で,この図を再度評価し,修正していく必要がある。
・本研究で扱ったのは,対応を前提とした文脈である。一般的な関数を扱う学習(比例など)では,
変化を前提とした文脈が扱われている。本研究では,現状の小学校算数の指導では,対応の見方が
十分に育成されないという考えから,関数を直接扱うような学習を対象としなかった。しかし,今
後の課題として,対応を前提とした文脈で学習したことと,変化を前提とした文脈で学習したこと
がどのようにつながっていくのか,関わり合っていくのかについて,明らかにしていく必要がある。
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【参考・引用文献】
大谷実・中村雅恵(2004),
「比例の指導における数表・グラフ・式のシンボル化過程-教授実験におけ
る教師と児童の談話の質的分析-」
,
『日本数学教育学会誌』
,第 86 巻第 4 号,pp.3-13.
日野圭子(2008)
「発達の途上にある生徒の関数的見方・考え方を大切に」,『日本数学教育学会誌』第
90 巻第 9 号,pp.39-45.
三輪辰郎(1974),
「関数的思考」
,
『数学と思考,中島・大野(編)』
,pp.210-225,第一法規.
みんなと学ぶ小学校算数5年上(2010)
,学校図書
文部科学省(2008)
,
『小学校学習指導要領解説算数編』
,東洋館.
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