第3次ロボットブームで期待される 「民生用ロボット」の市場化

「ロボット産業」の成長ポテンシャル
特集
第3次ロボットブームで期待される
「民生用ロボット」の市場化
終息した第1次、第2次ブームとは何が違うのか
サイコム・ブレインズ㈱監査役
つくば市政策アドバイザー
石原 昇
日本人にとって馴染みのあるロボットが身近に
なってきた。従来から導入が進んでいる製造現場
のみならず、介護・医療や接客サービスなど幅広
い分野で、続々と次世代ロボットが登場し、今や
第3次ロボットブームとなっている。M&Aや実
証実験、政府の新戦略の発表などロボットに関連
したニュースは連日のように報じられている。産
学官の諸機関や一般市民も巻き込んでロボット新
産業への期待は大きい。ただ 80 年代の産業用ロ
ボットが離陸した第1次ブーム、2000 年前後の
AIBO や ASIMO の夢に沸いた第 2 次ブームと比
べて、今回は何が違うのか。産業界にとってのビ
ジネスチャンスはどこにあり、課題はどのような
ものがあるのか。本稿ではそのヒントを提示した
い。
伺ロボットを巡る最近の動向
まずは図1をご覧いただきたい。最近のロボッ
トに関するビッグニュースで目立つのは、米国の
IT企業の雄である Google が、
多くの布石を打っ
ていることである。ロボットのベンチャーをはじ
め、AI(人工知能)やドローンの関連企業を矢
継ぎ早に買収している。ロボカーともいわれる自
動運転の実験や医療ロボットの技術提携にも及ん
で い る。 こ う し た な か で も、 ソ フ ト バ ン ク の
Pepper の 販 売 や 筑 波 大 学 発 ベ ン チ ャ ー の
CYBERDYNE の株式上場、ロボットの大手であ
る川崎重工業やパナソニックの医療分野への展開
など、日本企業も健闘している。さらにわが国主
導の生活支援ロボットの国際安全規格の発効や政
府によるロボット新戦略の発表など制度面での後
押しが特筆される。
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図1:ロボットを巡る最近の動向
(出所)筆者作成
伺今ロボットが注目される理由
今なぜロボットが注目されるのか。改めてマクロ
の視点からみると、以下の4つが挙げられよう。
⑴ 少子高齢化社会や安全・安心社会への対応
日本が今直面している最大の課題は、人手不足
や要介護など少子高齢化を背景としたものであり、
また地震などの自然災害、老朽化したインフラ、
悪化する治安、さらには原発事故など安全・安心
社会への対応であろう。これらの課題に対して、
ロボットは有効な解決策となりうる。大上段に構
えれば、ロボットは、課題先進国・日本を救う救
世主になることが期待されている。こうしたニー
ズから、介護ロボットや見守りロボット、社会イ
ンフラ保全ロボット、災害対応ロボットなどが
続々と開発されている。今年4月には、福島第一
原発 1 号機の格納容器内部の損傷を調べるために
廃炉作業ロボットが初めて投入された。廃炉には
石原 昇/第3次ロボットブームで期待される「民生用ロボット」の市場化
少なくとも、40 年の歳月、2.1 兆円の費用がかか
る見通しであり、福島で災害ロボット開発のプロ
ジェクトも始動している。
⑵ 技術の成熟タイミングの到来
機械技術やIT技術の進歩がロボットを進化さ
せてきた。駆動系では、二足歩行や人間の腕の動
きを模したアームが開発され、
多軸化が進み、
様々
な動作が可能となっている。頭脳としてのCPU
は、大量の情報処理能力の拡大をもたらし、価格
も劇的に低下した。視覚や触覚などのセンサーも
進化し、GPS や IC タグ、無線技術も活用できる
ようになっている。
空間・環境を含めてリアルワー
ルドの情報をリアルタイムで取得し、ロボットを
実環境下で動かせるようになってきた。今後は、
モノのインターネットである IoT や人工知能の
AI がロボットに組み込まれることが最先端の研
究テーマとなっている。
⑶ 産業立国再生の切り札としての期待
新産業としてのロボットへの期待は、経済産業
省が 2004 年 5 月に発表した「新産業創造戦略」
に始まる。先端的な新産業分野として、燃料電池、
情報家電、ロボット、コンテンツの4つ、市場ニー
ズの拡がりに対応する新産業分野として、健康福祉
機器・サービス、環境・エネルギー機器・サービス、
ビジネス支援サービス3つの合計7つが挙げられた。
ロボットの新産業としての期待は 10 年にわたり、
今回の第3次ブームでは、政府の「日本再興戦略」
改訂 2014 で、2020 年のロボット市場を製造分野
で現在の2倍の 1.2 兆円、
非製造分野で 20 倍の 1.2
兆円へ育成する目標が掲げられている。 ⑷ 新しい文化とスタイルの創生
鉄腕アトムやドラえもんにみられるように、日
本人は老若男女、ロボットに親しみを持っている。
太古からの、自然やモノに魂が宿るというアニミ
ズム的感性が現代に脈づいている。製造現場では、
安全柵を取り払って、人間と産業用ロボットが同
一ラインに横並びで作業する状況が現実化し、
ワークスタイルにも影響を与え始めた。家庭や公
共の場にも民生用ロボットが普及するにつれ、ラ
イフスタイルにも変化が生じる時代がそこまでき
ている。まさにロボットの利活用が世界のショー
ケースとなり、クールジャパンを世界へ発信する
姿が想定される。軍事目的がないロボット大国・
日本こそが、新しいロボット文化を生み、教育を
含めた生活スタイルを主導していくポジションに
あるといえよう。
伺ロボットブームの変遷
今到来している第3次ロボットブームを、過去
のブームと比較してみた
(図2)
。第1次ブームは、
1980 年代に産業用ロボットが本格的に普及した
時期である。工業製品としてのロボットは、62
年に米国ユニメーション社が最初の産業用ロボッ
ト「ユニメート」を商品化し、わが国においては、
69 年に川崎重工業が同社と提携して油圧式の国
産ロボットを市場投入したことに始まる。70 年
代にかけて産業用機器メーカーの参入が続き、80
年代には、油圧式から電動サーボ・モーター式の
ロボットに切り替わり、この流れにのって日本は
世界最大のロボット生産国になり、製造現場に急
速に普及した。だが 90 年代に入ってバブルの崩
壊により、このブームは一段落した。
第2次ブームは 20 世紀の最終盤からリーマン
ショックまでとなる。主役は第1次ブームの産業
用ロボットから民生用ロボットに注目が移った。
99 年~ 2000 年に、ホンダの二足歩行の ASIMO、
ソニーの四足のペット型ロボットの AIBO の相次ぐ
発表で、社会から大きな注目を集めた。05 年の
愛知万博では 65 種類のプロトタイプロボットが
登場し、さながらロボット博覧会の様相を呈した。
家庭にロボットが普及する時代がすぐにでも到来
するかのようなバラ色のイメージとなった。しか
し、06 年に、ソニーがロボット事業から撤退し、
メディアのイメージとは裏腹に、民生用ロボット
は製品化や市場拡大に大きな壁があることが露呈
した。結局、2008 年秋に起こったリーマンショッ
クを機に一気にブームは終息した。
そして昨年頃から始まった第3次ブーム。今ま
でのブームと異なる点は、ロボットの安全規格の
発効や政府のアクションプランの公表、実用化に
向けた実証実験や予算枠の拡大など制度面の整備
が格段に充実してきたことである。またロボット
ベンチャーが株式上場を果たしたように、ビジネ
スモデルも地に足がついてきている。第1次ブー
ムが産業用ロボットを市場として確立させたのに
対し、第2次ブームは掃除ロボットのルンバと手
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「ロボット産業」の成長ポテンシャル
術用ロボットのダヴィンチの海外勢のみが市場化
を果たしたのを除き、多くは市場化には至らな
かった。今回の第3次ブームでは今度こそ民生用
ロボットの市場化が期待されている。
図2:ロボットブームの変遷
(出所)筆者作成
伺ロボット革命の実現をめざす
「ロボット新戦略」
2014 年6月、政府は、
「日本再興戦略」改訂
2014 のなかで、
「ロボットによる新たな産業革命」
を盛り込んだ。そこでいうロボット革命とは、①セ
ンサーや AI などの技術進歩により、従来はロ
ボットと位置づけられてこなかった自動車、家電、
携帯電話や住居までもがロボット化し、②製造現
場から日常生活の様々な場面でロボットが活用さ
れることにより、③社会課題の解決やものづく
り・サービスの国際競争力の強化を通じて、新た
な付加価値を生み出し利便性と富をもたらす社会
を実現することと定義されている。
2015 年1月には、これを受けて開催されてき
たロボット革命実現会議の最終報告として、ロ
ボット新戦略(Japan’
s Robot Strategy)―ビジョ
ン・戦略・アクションプラン―が公表された。そ
の柱は、ロボット革命の実現に向けて、①日本を
世界のロボットイノベーション拠点とするロボッ
ト創出力の抜本強化、②世界一のロボット利活用
社会を目指し、ロボットがある日常を実現するロ
ボットショーケース化、③ロボットが相互接続し
自律的にデータを蓄積・活用できるようにする
ルールや国際標準の獲得などの世界最先端のロ
ボット IT 戦略の3つである。
2020 年までの5年間について、政府による規
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制改革などの制度環境整備を含めた多角的な政策
的呼び水を最大限活用することにより、ロボット
開発に関する民間投資の拡大を図り、1000 億円
規模のロボットプロジェクトの推進を目指すとし
ている。
この報告書のなかで、ロボットの事業機会を探
るうえで注目すべきは、技術開発や規制改革など
8つの分野横断的なアクションプランと5つに分
けたロボットごとのアクションプラン、そして巻
末に示された工程表である。とりわけ、特定5分
野(
「ものづくり」
、
「サービス」
、
「介護・医療」、
「イ
ンフラ・災害対応・建設」
、
「農林水産・食品産業」)
のアクションプランの内容は、背景、基本的考え
方、重点分野、2020 年に目指すべき定量目標、
目標達成に向けた施策の 5 項目に整理されており、
是非参考にされたい。
6月には革命実現のための産学官を巻き込んだ
推進母体となる「ロボット革命イニシアティブ協
議会」も始動し、2015 年はまさにロボット革命
元年となっている。
伺第3の波となるロボタイゼーション
ロボットのビジネスチャンスを考えるうえでヒ
ントとなるのは、ある製品の普及と進化によって
産業が波及的に拡大し、経済はもとより、政治、
社会、労働、生活、文化まで大きく変わる大きな
波である。
この波を我々は過去2回体験した。モー
タリゼーションとコンピュータリゼーションであ
る。そして今、ロボタイゼーションが始まっている。
最初にモータリゼーションを振り返ってみよう。
米国では 1920 年代ごろから始まり、日本では
1964 年 の 東 京 オ リ ン ピ ッ ク の 直 後 か ら 沸 き 起
こった。ハードとしての自動車は、1907 年に発
売されたフォードのT型モデルがドミナントデザ
インを確立した。製品の標準化、部品の規格化 、
ベルトコンベア方式の採用により安価に大量生産
が可能となり、自家用車の爆発的普及をもたらし
た。自動車産業の発展によって、部品、タイヤ、
工作機械などの産業が発達し、高速道路網などの
インフラの整備により建設土木・信号機制御など
の業界にも多大な恩恵があった。そのうえにノン
ハードの産業、車検や保険、レンタカーに始まり、
日本では 70 年代からロードサイドショップ、ファ
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ミリーレストラン、大型ショッピングセンター、
80 年代からは宅配便などの新サービスが花開いた。
次にコンピュータリゼーションである。1945
年にノイマンにより現在のコンピュータの基本原
理が発明され、51 年に最初の商用コンピュータ
の UNIVAC が登場した。汎用コンピュータのド
ミナントデザインは 64 年に IBM が投入したシス
テム 360によって確立した。50 ~ 60 年代、コン
ピュータは大きく高価なものであり、研究機関や
政府、大企業のみの利用にとどまっていたが、75
年、初のパーソナルコンピュータ「アルテナ」が
制作され、翌年にアップルが誕生し、個人へと普
及していった。81 年にIBMがパソコン分野に
参入し、それ以降、キーボード、マウス、プリン
タ、スキャナ、ディスプレイなどの周辺機器、C
PU,マイコン、メモリなどの半導体、OS/ア
プリケーションなどのソフトウェアが一大産業に
発展した。そして近年のブラウザと検索エンジン
の開発、そしてネットワークの整備によって、イ
ンターネットがブレイクし、産業の規模も広がり
も増し、多くの企業が覇を競っている。
これら2つの大きな波に共通しているのは、自
動車やコンピュータといった主役の製品よりも、
周辺のソフト・サービスの市場の方が遥かに大き
く、事業機会も広がっていることである。
伺新産業のビジネスチャンスと課題
第3次ロボットブーム下、政策の支援もあるな
かで、ロボットに関連したビジネスのチャンスは
数多く出ている。まずは次世代ロボットそのもの
の製造。かつてのパソコンのようにモジュール化
図3:ロボタイゼーションの波
(出所)拙著「ロボット・イノベーション」日刊工業新聞社を加筆修正
が進めば、開発も含めた参入障壁は格段に低くな
る。それを構成する要素部品を手掛けるデバイス
メーカーにもチャンスは大きく広がろう。ロボット導
入の構築や運用を支援するシステム業者もSIer と
してますます重要となってくる。そしてロボット
に縁のなかった業界でもロボットを活用して事業
に付加価値をつけたり、人件費の削減につなげる
取り組みも出てこよう。ホテルや店舗などの接客
サービスなどはもちろん、保険やレンタルなど
様々なロボットに関連したサービス業が有望である。
こうしたビジネスチャンスの一方で課題も残る。
その要点と処方箋を想定すると 3 点ある。
第1は、リスクと便益と価格のバランス。リス
クと便益を天秤にかけた場合、自動車のように、
便益が大きければ、ハイリスクであっても社会は
受け入れる。安全性については、負の連鎖を断ち
切る仕組みが必要(安全検証センターの活用)で
あり、さらには価格に関して、中小企業や一般消
費者の支出に見合った製品開発が求められる。
第2は、大企業のジレンマ打破のための連携。ソ
ニーのロボット事業の撤退にみられるように、大企
業では年商 100 億円以上の壁がある。既存事業の毀
損リスクの問題も大きい。ベンチャー企業や大学お
よび公的機関、政府・自治体との連携が必要となる。
第3は、死の谷を越える仕掛けづくり。欧米では
軍事調達を活用してこれを乗り越えているが日本で
は難しい。公共用の市場を開拓する必要があり、そ
の場合、ロボット単体ではなく、ソリユーション化
が不可欠となる。自動車や住宅との融合も視野に入
れた大きな仕掛けも重要だろう。
ブームはやがて終息する。しかし大きな潮流であ
るロボタイゼーションはまだ始まったばかりである。
政策の支援や株式市場の注目が集まっているブーム
の間に、民生用ロボットを市場化し、開運産業を離
陸させることが何よりも求められよう。
いしはら・のぼる▪サイコム・ブレインズ㈱監査役、つくば
市政策アドバイザー。横浜市立大学大学院経営学研究科修了。
野村総合研究所でテクノロジー分野のチーフアナリストを長
年務め、東大先端科学技術研究センター研究員、世銀グルー
プコンサルタントなどを歴任。現在、国際投資コンサルタン
トとして、多くの公職、社外役員を兼務する。
主要著書▪『ロボット・イノベーション』
(日刊工業新聞社)、
『フ
ラッシュメモリビジネス最前線』
(工業調査会)、監訳書『イ
ノベーション・パラドックス』
(ファーストプレス社)など
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