「戦える国」 に変質 言わねば 元経済企画庁長官 田中 秀征氏

元経済企画庁長官
田中 秀征氏
た な か ・し ゅう せ い 1 9 4 0
約 の再 改 定 と いう当 然 の王
ぜ 、 憲 法 改 正 と 日米 安 保 条
史 的 な 文 書 ﹂ と自 賛 し た 。
し か し 、そ れ な らば 、な
真 に歴
新 ガ イ ド ラ イ ンを ﹁
律 を全 面 的 に見 直 す こと
閣 議 決 定 を 撤 回 し 、 こ の法
認 め な いと と も に 、昨 年 の
こそ こそ 潜 入 し た 印 象 だ 。
る の に 、わ ざ わ ざ 裏 門 か ら
治 を 今 の政 府 や 国 会 に任 せ
あ し き 流 れ に待 った を か け
学 生 な ど 多 く の有 権 者 に 、
思 い あ ま って 街 頭 に 出 た
を 期 待 さ せ る 新 し い動 き も
が 、不 可 能 では な い。そ れ
違憲 の法律 従えず
事 の始 ま り は 昨 年 七 月 の
道 を 通 ら な か った の か 。
を 目指 さ なけ れ ば な らな
い。
年生 ま れ 。 福 山 大 客 員 教 授 。 元 衆
集 団 的 自 衛 権 行 使 容 認 の閣
六 〇 年 安 保 世 代 の私 は 、
る 底 力 を 感 じ た 。 日本 の政
元 首 相 の よ う に 正 々堂 々 と
が 全 滅 し な か った の は 、 こ
の公 約 によ る も のだ ろ う 。
災 いを 転 じ て福 と な す こ と
今 回 の事 態 が 政 治 刷 新 の
ばかりだろう。
改革 の王道 を進 まな い の
が でき よ う 。
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歴 任 。近 著 に ﹁
保 守 再 生 の好 機 ﹂。
院 議 員 で 、経 済 企 画 庁 長 官 な ど を
議 決 定 だ 。 こ こか ら集 団 的
今 回 の改革 が そ れ を上 回る
て お いた ら 、劣 化 が 深 ま る
始 ま って い る 。
自 衛 権 の行 使 に 向 か う 安 保
昨 年 の総 選 挙 で 民 主 党 な
憲 に は な らな いか らだ っ
も ち ろ ん 違 憲 立 法 は 無効
安 倍 晋 三首 相 は米 議 会 で
確 か に ﹁撤 回 ﹂ は 困 難 だ
だ か ら 、 政 府 が そ れ に基 づ
の 演 説 で 、 安 保 法 制 を ﹁戦
か 。 ま る で正門 が 開 い て い
2015,9。 21
ま た と な い機 会 と な れ ば 、
い て国 民 や 自 衛 隊 に義 務 を
後 最 大 の改 革 ﹂ と 豪 語 し 、
︿
金子兜太 ﹀戦争を体 験し 、平和 の本 当 のありがた さを
知るおばあ ち ゃん は宝 だ 。 ︿いとうせ い こう ﹀人が宝 で
4
佐 々木 志菜 ︵
りだ。
人類がつながれる。
1︶ 愛知県瀬戸市 あるのは歴史を伝えてくれるか¨
平和知る日本 の宝おばあち ゃん
課 し 、 協 力 を 求 め ても 従 う
戦 後 70年
人 は少 な く な る 。
わ れ わ れ は違 憲 な法 律 を
し て 認 め る つも り は な い 。
法 制 の整 備 、 ガ イ ド ラ イ ン
﹁
戦 後 最 大 の改 革 ﹂ であ る
ど は ﹁閣 議 決 定 の撤 回 ﹂ を
私 は 今 回成 立 し た とさ れ
憲 法 違 反 の法 案 は 国 会 で可
︵日 米 防 衛 協 力 の 指 針 ︶ の
こ と に 異 議 は な い。 な ら
目 玉 の公 約 と し た 。 民 主 党
る安 全 保 障 関 連 法 を 法 律 と
決 さ れ た か ら と い って 、 合
改 定 への 異 様 な 突 進 が 始 ま
ば 、な ぜ 祖 父 であ る 岸 信 介
)
った 。
3月 12日 第3種 郵便物認可
朗治2駒 三
26169号
第
ぶ。9,21(A‐ 雛 たのB)
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