ストーリーとしての競争戦略 内容

ストーリーとしての競争戦略 ~優れた戦略の条件~ 楠木建
27.11.16
棚田
光亮
この本のメッセージを一言でいえば、優れた戦略とは思わず人に話したくなるような面
白いストーリーだ、ということです。
近年、戦略が「項目別アクションリスト」として放置される傾向がますます強まってい
るように思います。これでは戦略をつくるという仕事がつまらなくなるのは当たり前です。
自分で面白いと思えなければ、社内外の利害関係者が聞いて面白いわけがありません。顧
客が食いつくはずがありません。その戦略にかかわる社内外の人々を面白がらせ、興奮さ
せ、彼らを突き動かす力を持っていること、これは戦略が成功するための絶対の条件です。
戦略とは、必要に迫られて、難しい顔をしながら仕方なくつくらされるものではなく、誰
かに話したくてたまらなくなるような、面白いストーリーであるべきです。昔から「儲け
話」というように、戦略とは面白い「お話」をつくるということなのです。
私の経験した範囲でいっても、
「話がとにかく面白い」ということが優れたリーダーに共
通の特徴であるように思います。何よりも話している本人が面白がって話をしているので
す。ストーリーという戦略の本質を考えると、「話の面白さ」はリーダーシップの最重要な
条件の一つです。
戦略ストーリーは社内の人々を突き動かす最強のエンジンです。人々を興奮させるよう
なストーリーを語り、見せてあげることが、戦略の実効性を確保するうえでとても大切で
す。リーダーが自ら面白いストーリーを語り、ストーリーで人々を突き動かし、現場の日
常のコミュニケーションでストーリーが飛び交い、全員が一つのストーリーを共有し、「共
犯意識」を持っている。これが私の思い浮かべる理想的な組織のイメージです。
戦略ストーリーにとって一番大切なこと、それはストーリーの根底に抜き差しならない
切実なものがあるということです。戦略ストーリーにとって切実なものとは何か。煎じ詰
めれば、それは「自分以外の誰かのためになる」ということだと思います。直接的には顧
客への価値の提供ですが、その向こうにはもっと大きな社会に対する「構え」なり「志」
のようなものがあるはずです。切実なものとは、結局のところ「世のため人のため」なの
です。本当にそうなるかは別にして、少なくとも自分では「世のため人のため」と信じら
れることでなくては、10年、20年続く仕事としてもたないのではないでしょうか。「世
のため人のため」はつまるところ「自分のため」ですし、本当に「自分のため」になるこ
とをしようとすれば、自然に「世のため人のため」になります。
優れた戦略ストーリーを読解していると、必ずといってよいほど、その根底には、自分
以外の誰かを喜ばせたい、人々の問題を解決したい、人々の役に立ちたいという切実なも
のが流れていることに気づかされます。世の中は捨てたものじゃないないな、とつくづく
思うものです。
ストーリーという戦略思考はとりわけ日本企業にとって重要な意味を持っています。日
本では「私はマーケティングのスペシャリストです」というよりも、
「私はオーディオ製品
をやっています。オーディオ屋です」というように、その組織が外部の顧客に提供する製
品なりサービスで自分の仕事や組織での存在理由を定義する傾向が強いように思います。
従って、他の人々の仕事とどのようにかみ合って、ストーリーの動きとどのようにつなが
り、そのストーリーの文脈でどのように自分の仕事が最終的なアウトプットに貢献してい
るのか。人々がアウトプットの価値にコミットメントを感じている組織では、その種の「全
体についての実感」がなければ、モチベーションも湧きあがってこないでしょう。
「数字よりも筋」
「ストーリーで戦略の実行にかかわる人々を鼓舞する」という話は、日
本企業により当てはまると思います。日本の会社こそ、戦略ストーリーを必要としている
と私が考えるゆえんです。
優れた戦略思考を身につけるために最も大切なこと、それは戦略をつくるという仕事を
面白いと思えるかどうかです。ストーリーという視点は、戦略をつくるという仕事が本来
的に持っている面白さを取り戻そうとするものなのです。
戦略の目的は、長期利益の実現です。利益が持続的に生み出されていれば、他の大切な
ことはだいたいなんとかなる、もしくは利益を追求する過程ですでになんとかなっている。
だから企業は利益の最大化をゴールとしてねらうべきだ。こういう論理です。
「衣食足りて礼節を知る」
「貧すれば鈍する」という傾向があります。社会貢献や社会に
対する責任、最近の言葉でいうと CSR ですが、「CSR に優れた企業ランキング」の上位に
いるのはほどんどがきちんと利益を出している会社です。
企業が一義的に追及するべきゴールが利益だとすれば、次に押さえておきたいのは、利
益はどこから生まれるのかという「利益の源泉」についての理解です。第一の利益の源泉
が、
「業界の競争構造」です。製薬業界は儲かりやすい業界で PC 業界は儲かりにくい業界
です。第二の利益の源泉が「戦略」です。儲かりにくい PC 業界でありながら、デルは長期
利益を実現してきました。第一の利益の源泉である業界の競争構造がそれほど魅力的でな
くても、第二の利益の源泉である戦略で勝負できれば、持続的な利益を獲得しうるという
ことです。
競争戦略の第一の本質は「他社との違いをつくること」です。違いの作り方には二つの
方法があります。SP の戦略と OC の戦略です。
SP の戦略とは「何をやり、何をやらないか」を決めることです。デルは SP を突き詰め
た戦略をとっています。デルといえば「ダイレクト・モデル」が有名です。
「コスト競争力」
「受注生産」
「直接販売」といった要素からなっています。しかし、こうしたことをより正
確にいえば、
「最先端の技術を追いかけず、コモディティになった製品分野しか手を出さな
い」「見込み生産をしない」「外部のチャネルを使わない」というように、デルは何をしな
いかをはっきり決めているわけです。
SP が「他社と違ったことをする」のに対して、OC は「他社と違ったものを持つ」とい
う考え方です。他社がそう簡単にはまねできない経営資源とは何でしょうか。組織に定着
している「ルーティン」だというのが結論です。ルーティンとは、あっさりいえば「物事
のやり方」です。たとえば、トヨタ生産方式(TPS)です。TPS を構成している要素とし
ては、JIT(just in time)やそのためのサプライヤーとの関係づくり、カンバン方式、平準
化生産、人偏のついた自働化による改善、「なぜ」を五回繰り返す問題解決などが広く知ら
れています。これらはいずれもトヨタに定着している「物事のやり方」、つまりルーティン
です。TPS はまさに OC の塊です。容易にはまねできないルーティンを構築したことがト
ヨタの競争優位を構築しました。
戦略を構成する要素は競合他社とのさまざまな違いです。SP に基づく違いもあれば、OC
に基づく違いもあります。こうしたいくつもの違いを因果論理で結びつけ、そこに流れと
動きをつくっていくのがストーリーの戦略論です。今日の企業を取り巻く競争環境を考え
ると、特定の SP や OC の違いだけでは持続的な利益を創出しにくくなっています。持続的
な競争優位の切り札は戦略ストーリーにあります。
ストーリーとしての競争戦略は、流れを持った動画です。しかし、いきなり複雑な動画
を始めから終わりまでその細部までいちどきに構想できるというものでもありません。思
考の順番、つまり「終わりから考える」ことが大切です。
どんな戦略ストーリーでも、エンディングは決まっています。
それは「持続的な利益創出」というハッピーエンドです。
次に大切なのがコンセプトです。コンセプトとはその製品(サービス)の「本質的な顧
客価値の定義」を意味しています。本質的な顧客価値を定義するとは、「本当のところ、誰
に何を売っているのか」という問いに答えることです。
筋の良いコンセプトを構想するために最も大切なことは「コンセプトは人間の本性を捉
えるものでなくてはならない」ということです。今も昔もビジネスはしょせん人間が人間
に対してやっていることです。人間の本性はそう簡単には変わりません。
なぜそれにお金を払うのか、なぜ自分がそれに価値を感じるのか。「なぜ」を考えること
を習慣にする。回り道のように見えて、これがコンセプトを構想するための最上にして最
短の道だというのが私の意見です。どんなに画期的なコンセプトも、発想の初めの一歩は
そうした日々の習慣の積み重ねの中から生まれるものだとわたしは思っています。
最後に大切なのが「クリティカル・コア」です。クリティカル・コアは戦略ストーリー
の優劣を決めるカギとなります。
「戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優
位の源泉となる中核的な構成要素」
、これがクリティカル・コアの定義です。クリティカル・
コアの第一の条件は「他のさまざまな構成要素と同時に多くのつながりを持っている」と
いうことです。そして第二の条件は「一見して非合理に見える」ということです。
① スターバックス
スターバックスのコンセプトは「第三の場所」です。そしてクリティカル・コアは「直
営方式による店舗運営」です。
スターバックスの競争相手のドトールは低コストにシュートを定め、長い間コーヒー一
杯を180円という価格で提供していました。これに対し、スターバックスの「第三の場
所」というコンセプトはコーヒーを売るのではなく、ゆったりとした雰囲気の中でリラッ
クスするという経験なり文化なりを売るということで、コーヒーそのものは、そのための
手段であるという考え方です。この「第三の場所」にとって最も重要な「店舗の雰囲気」
を維持するために「直営方式による店舗運営」が必要なのです。
直営方式はフランチャイズ方式と比べて間違いなく大きなコストがかかります。しかし、
フランチャイズ方式であれば、オーナーは独立した自営業者ですから、当然のことながら
利益の極大化をめざします。そのためお客さんの回転率をあげようとします。ドトールで
コーヒーを飲む人の在店時間は平均で10分以下です。ドトールはフランチャイズ方式を
広く活用しています。スターバックスでは話が大きく違ってきます。席に着いたお客さん
には、コーヒーを飲みながら、読書をしたり、お友達とおしゃべりをしたりして、できれ
ば30分ぐらいはゆっくりと過ごしてもらいたいところです。この「雰囲気」をきちんと
維持するためには直営方式でなければならないのです。そしてスターバックスではコーヒ
ーを出すときに何人かの手を渡って少しの間お客さんを待たせます。「あそこは少し待つ
よ・・」という認識がお客さんの間に行きわたれば、忙しい人は(無意識のうちに)スタ
ーバックスを避けるでしょう。スターバックスは忙しい人々にあえて嫌われようとしてい
るわけです。
このくだりで私が最も強調したかったことは、クリティカル・コアがストーリー全体に
一貫性を与えているということです。クリティカル・コアとコンセプトはストーリー全体
の一貫性を高めるうえで、車の両輪のような役割を果たします。そして重要なのがクリテ
ィカル・コアは「一見して非合理」ということです。そして時間が経過し、その一見して
非合理なことをやっていた会社が長期利益をたたき出すようになると、当然のことながら
競争他社も「非合理会社」の強みを認識し、戦略を模倣しようという動機が生まれます。
しかし、フランチャイズ方式の短期的な利益と第三の場所の雰囲気は相反するものである
ため、誰も完全にまねをすることはできないのです。
ここでポイントは「まねできなかった」のではなく、そもそも「まねしようと思わなか
った」ということです。この「意識的な模倣の忌避」がスターバックスの持続的な競争優
位をうまく説明する論理なのではないか、というのが私の考えです。
キラーパス・コレクション
② マブチモーター
キラーパスは「モーターの標準化」でした。当時はメーカーの様々なニーズに対応す
るのが業界の常識だったので標準化は「一見して非合理」でした。そのため長い間にわ
たってマブチの戦略ストーリーを模倣しようとする企業は現れませんでした。
メーカーに合わせてモーターを作ると玩具の需要が多いクリスマス前後に注文が集
中し、それ以外が手持ちぶさたになります。しかも忙しくなるとクレームも多くなり悪
循環でした。これを改善し、年中安定して操業できる乾坤一擲の打ち手がモーターの標
準化でした。
③ デル
「自社工場での組立て」がキラーパスでした。デルといえば一世を風靡した「ダイレ
クトモデル」が有名です。顧客(特に法人顧客)から直接注文を受け、注文を受けてか
ら顧客の指定した仕様に合わせて即座に製品を組み立て、顧客に直接出荷しました。こ
れにより低コストを実現しました。流通業者を省くことにより販売管理費を削減できま
した。受注生産なので在庫も不要になります。他社もまねしようと組立工程をアウトソ
ーシングして追随しようとしました。しかし、受注から発送までを36時間で行うため
には、生産部門と他部門との日々の細かい調整が不可欠であり、これがデルの競争優位
をつくりました。
④ サウスウエスト航空
「ハブ空港を使わない」が強烈なキラーパスになっています。ハブ空港を使わないこ
とにより「15分ターン」という業界では考えられないシステムを実行することができ
たのです。ハブ空港での待ち時間がないため航空機の稼働率を格段にあげることができ
長期的な利益を獲得できました。大手航空会社はサウスウエストの好業績をずっと横目
に見ていたにもかかわらず、実際に模倣のアクションを移すまでにきわめて長いタイム
ラグが生じました。それほど「ハブ空港を使わない」というキラーパスは非合理きわま
りなく映ったのでした。
⑤ アマゾン
巨大な物流センターとそのための情報技術の継続的な開発がキラーパスになってい
るというのが私の見解です。新興 E コマース企業にとってネット取引の魅力はその「身
軽さ」にありました。リアルな小売業と違って、たくさんの在庫や人員を抱えないで済
みます。しかし、90年代後半のネット書店に対する最大の不満は、本がいつ届くのか
わからず、品切れなどで結局届かないことも少なくないということでした。この問題を
強力な物流センターは解決しました。アマゾンもまた「一見非合理」なキラーパスをテ
コにして、全体としてきわめて合理性の高い、秀逸な戦略ストーリーをつくっています。
⑥ アスクル
エージェントの活用がキラーパスとして効いています。多くの直販業者は中間に介在
する業者を排除する「中抜き」に強みを求めていました。アスクルのエージェントにな
るのは、街の一般文房具店です。アスクルのターゲットは従業員30人未満の小規模事
業所です。この小規模なオフィスは特定のエリアのどこに存在するか知ることがそもそ
も困難です。この顧客開拓と代金回収をエージェントに任せました。この意図的に既存
の問屋・小売業者を取り込むという一見して非合理な要素が、ストーリー全体の合理性
をつくり、競争他社に対しても重要な差別化の源泉となっています。
業界の競争構造や SP や OC で競争優位を十分に持続できていれば、ストーリーの戦
略思考は必要ありません。しかし、近年の競争環境では、この戦略で競争優位を持続さ
せることが以前よりも難しくなっているというのが私の認識です。競争優位の階層を上
がり、ストーリーの一貫性やキラーパスで勝負することがますます重要になるゆえんで
す。
現実の強い企業はかなりの長期にわたって強い。四方八方から戦略を注視され、模倣
の脅威にさらされながらも、五年、十年、十五年と競争優位を持続しています。私はこ
の問題についてずっと強い関心を持ち、持続的な競争優位の正体についていろいろと考
えてきました。
「ストーリーとしての競争戦略」という視点に立てば、これまで明示的
もしくは暗黙のうちに想定されていたものとは異なる、従来見過ごされていた論理があ
るのではないかと考えるようになりました。それは追いつこうとする企業が戦略を模倣
しようとする結果、自滅していくからではないか。これが私の言いたいことです。
このような自滅の論理は、競争優位にある企業のオリジナルな戦略ストーリーに一見
して非合理に見えるキラーパスが含まれているほど、より顕著になるといえそうです。
従って、独自の優れた戦略ストーリーを構築した企業の優位は一般に思われている以上
に持続的だといえそうです。
戦略ストーリーのキラーパスとなるクリティカル・コアはストーリーの一貫性の基盤
となり、しかも持続的な競争優位の源泉となり、文字どおり戦略の中核をなすものです。
持続的な競争優位を構築するためには、ストーリーにキラーパスを組み込むことが大切
になるというのがメッセージです。