同窓会だより - 虎の門病院

同窓会だより
「虎の門病院発、神経病院行」
昭和55年 内科レジデント
東京都立神経病院 院長
磯﨑英治
虎の門病院は、35年前に私が医師として初めて仕事を開始した病院である。初勤務後
一か月ほどした頃、カンファランスの最中に医師国試合格の速報を知らせる電話がか
かってきたことなどは、いまだに記憶に残っている。このたび、こうした懐かしい病院から
「同窓会だより」の執筆依頼を受けたので、二つ返事でお引き受けすることにした。以下、
前半は虎の門病院時代の思い出、後半は現在私が勤めている東京都立神経病院のこと
について書こうと思う。
1980年、私は群馬大学医学部を卒業するにあたり、多くの教職員や先輩、同期生がいる
母校に残るべきか、生家のある東京に戻るべきか悩んでいた。当時は、インターン制度は
廃止されて久しいものの、卒後の臨床研修は必修ではなく、まだ努力目標とされていた時
代であり、もちろんマッチング制度もなかった。何のつても持たず、ただ漠然と神経内科に
進もうとだけは考えていたことから、当時神経内科の講義を担当されていた平井俊策教授
にご相談した。その結果、レジデント制度がしっかりしている都立駒込病院と虎の門病院
の二つの病院の名前を挙げられ、受けてみたらとのアドバイスを頂いた。何となく虎の門
病院の方が名前が強そうだったため、そちらに決め、以後レジデントクオーターにお世話
になることになった。種々な診療科を三か月ずつ回ったが、たった一学年しか違わないす
ぐ上のレジデントの先生が、実に頼もしく、かつ立派に見えた。短期間ながら麻酔科を回っ
たことは、その後内科医として救命処置を行うに当たり大変役に立った。内分泌代謝科で
は、IDDM患者における血糖値の乱高下に翻弄されながらも、糖尿病患者における瞳孔異
常についての論文をまとめることができた。生理学科では、各診療科から依頼された様々
な疾患・病態における脳波の判読をほぼ三か月間毎日行った。判読の判定は、神経内科
の矢島一枝先生、野沢胤美先生(前・昭和大学神経内科学部門客員教授)、脳神経外科
の関要次郎先生(現・東京共済病院 脳神経外科部長・脳神経センター長)、山田正三先
生(現・虎の門病院副院長)から受けたが、しばらくするとそれぞれの先生方により判読に
特徴があることがわかり、そのことも貴重な経験となった。この時に習った脳波報告書の
書き方は、30年以上たった今でも踏襲しており、まさに雀百まで踊り忘れず、である。
6年間のうちの後半は、もっぱら神経内科を回るようになり、分院においては田邊等先生
(前・東京都立神経病院院長)、内潟雅信先生(現・蒲田リハビリテーション病院総院長)、
高木昭夫先生(前・財務省診療所長)から診察の仕方から検査手技まで教えていただき、
また当時同じ医局を共有していた脳神経外科の石川誠先生(現・船橋市立リハビリテー
ション病院理事長)からは医学よりもむしろ医療についての薫陶を受けた。一方、本院で
は塩沢瞭一先生(現・関川病院)、水谷智彦先生(前・日本大学医学部内科学系神経内科
学分野教授)、野沢胤美先生から神経内科学の手ほどきを受けた。時々ではあったが、安
芸基雄先生がカンファランスに参加され、患者さんの手を優しく握りながら、主治医が聞き
漏らした病歴を聴き直し、同時に神経学的所見をとっていく様は忘れることができない。
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そうした充実した6年間のレジデント生活が終了するのを機に、その直前に都立神経病院
に異動されていた田邊等先生よりお誘いを受け、1986年に神経病院に移った。以来、コロ
ンビア大学へ留学した一年間を除き、今日までずっと神経病院に勤めており、昨年中野今
治先生の後を継いで院長に着任した。東京都と言う巨大な組織の中にいることの煩わしさ
はあるものの、時にはそれに護られていることも感じつつ、今日に至っている。
神経病院の創設は、原因不明で難治性の疾患に対する治療および研究を行う病院の建
設を、難病患者団体が東京都に要請したことに端を発している。加えて、その当時の背景
として昭和35年頃を中心に全国で発生した原因不明の奇病(緑色尿・便、緑毛舌、亜急性
進行性の痙性対麻痺、視力障害、深部感覚優位の末梢神経障害)に対し、国が医療費補
助の施策を行ったことも追い風となっている。この奇病こそ、のちにキノホルムによる薬害
であることが判明したSMONであり、新潟大学の椿忠雄教授(後に東京都立神経病院初代
院長に就任)による綿密な疫学調査により、原因を突き止めることができた疾患である。そ
の後の難病対策の歩みは遅かったが、今回およそ40年ぶりに難病医療政策が見直され、
「難病の患者に対する医療等に関する法律」が2015年から施行されるに至った。この難病
医療法は、単に医療費助成対象疾患の数を拡大しただけでなく、難病患者の就労など福
祉政策とも連動している点に特徴がある。なお、SMONは、今回の対象疾患から除外され
たが、これはもはや難病の定義に当てはまらないことから当然のことではあるが、前述した
ように我が国の難病対策のきっかけとなった疾患であったことは歴史上意義深い。
いわゆる2025年問題を背景に、地域完結型在宅医療が促進され、今年度から始まった
病床機能報告制度をもとに7対1病床の絞り込みが進み、地域包括ケアシステムの構築へ
と医療政策がシフトしている。東京都は、昨年12月に長期ビジョンを公表したが、その中で
神経病院および多摩総合医療センター、小児総合医療センター、がん検診センター、府中
療育センターなどが存在する多摩メディカルキャンパス(東京都府中市)が、その集積メリッ
トを生かしながら専門性の高い医療を構築していくことで基本方針が決定しており、すでに
神経病院においては、将来の新病院建設に向けた基本構想の検討が始まっている。
虎の門病院発の列車は、いつの間にか未来の新・神経病院行の列車となった。「あらゆ
る神経疾患、あらゆる年齢、あらゆる病期(ステージ)に対応できる神経専門病院」を目指
す神経病院に関心のある方は、当院のホームページをご覧いただき、
チケット購入をご検討いただきたい。
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