27期独楽 研究会年間報告

独楽研究会報告書
1 はじめに
福岡県飯塚市にある「日本の独楽資料館」では、両手を合わせて一回ひねるだけで 14 分以
上(最長 20 分)回る大名独楽について、長時間回すためにはどのような回し方が良いのか、長時
間回り続ける独楽はどのような構造が良いのかについて研究を行ってきた。昨年、独楽についてよ
り深く研究を行うために、筑豊ゼミ内に独楽研究会を立ち上げ、近畿大学産業理工学部と連携
し、大名独楽について研究を行っている。
これまでの独楽研究会の研究成果として、大名独楽の回転時間は独楽自身の特性に大きく
依存をしているが、それ以外にも空気の流れや回し方が影響しているということがわかっていた。今
年度は、独楽の回転方向や外部の空気の流れが独楽の回転に与える影響について研究を行
った。また、さらに大名独楽が回転している時のバランスによって生じる起き上がり現象について研
究を行い、この起き上がり現象が長時間回る際の大きな要因になっていることについて確認した。
2 大名独楽
大名独楽とは、江戸時代の大名の道楽の一つである大名勝負独楽で用いられた独楽である。
大名勝負独楽では、天盤に向かい合って独楽を回し合い、長く回った方が勝ちという勝負であっ
た。この大名勝負のために、各大名は競い合って各流派の独楽師を高禄にて召し抱えたとのこと
である。大名独楽勝負の模様を書き留めた古文書に「独楽は一刻半回り続けた」とあることから、
その時代の独楽は 2 時間以上回り続けたと考えられるが、現在ではどのような独楽であったのかと
いう記録は残っていない。
日本の独楽資料館の花元克巳館長は、15 年前より大名独楽を研究し始め、当初は 3~4 分
回る独楽であったが、次は 6 分回る独楽となり、次第に 8 分、12 分、15 分と回る独楽ができ、現
在の最新の独楽は 20 分近く回る独楽となった。(図 1~図 6)
図 1 大名独楽 初代
図 2 大名独楽 二代目
図 3 大名独楽 三代目
図 4 大名独楽 四代目
図 5 大名独楽 五代目
図 6 大名独楽 五代目
表 1 大名独楽の世代とタイムの変遷
世代
年代
最長タイム
特徴
初代
1996
3 分 20 秒
木の一刀彫り
二代目
1998
5 分 20 秒
ボールペンの芯
三代目
2002
9 分 00 秒
木の中心材を利用
四代目
2012
15 分 00 秒
集成材を利用、重りを外周に入れた
五代目
2013
20 分 20 秒
厚さを薄く (13mm)、重さを 150g にした
現在作成している大名独楽は、木製で直径 10cm、重量 150g 程度である。そして、長さ約 10cm
の心棒が独楽の中心に通してある。この独楽を両手で 1 回のひねりだけで回すことによって、20 分
近く回すことができる。大名独楽は、軸先がボールペンであるため、強度の関係上ガラス板の上
で回転させている。また、一つ一つ職人が手作業で製作しているため、完全に同一のものは作る
ことはできず、独楽によって僅かな差があるのが特徴である。
3 大名独楽の回転特性
大名独楽は、ガラス板の上で両手を合わせひねるように回すと容易に 10 分以上回転する。ま
た、一般的な独楽では、独楽の軸(心棒)が歳差運動を始めるが、大名独楽はバランスが取れ
ており、ほとんど歳差運動を生じない。さらに、回転開始時に独楽の軸がふらついていた場合でも、
時間がたつにつれ回転が安定する現象が確認できる。
この大名独楽の回転特性を観測することで図 7 の回転特性を導き、運動の法則について検
討をおこなった。図 7 の回転特性は、これまでの経験で得られた大名独楽の回転現象および昨
年度測定した独楽の回転低下傾向とも一致することが確認できた。なお、この回転開始当初の
速度低下が大きくなる回転傾向は、回転数が高いほど空気抵抗を受けるため、回転数の低下
が大きくなるためであると考えている。
図7 大名独楽の回転特性
大名独楽の回転時の様子を観測していると、大名独楽でもある程度回転速度が落ちてくるに
つれて、歳差運動を始めてふらつき始める。しかしながら、大名独楽では、歳差運動でふらつきを
始めても、何度かふらつきが落ち着く現象(起き上がり現象)が現れる。この起き上がり現象が発
生することによって、回転時間が長くなっている。この起き上がり現象は、同じ大名独楽でも回し方
によっては生じない。また、複数製作した大名独楽でも起き上がり現象が生じる独楽と生じない独
楽がある。このことから、大名独楽の回転時のバランスと独楽の軸のふらつきの相関によって生じ
ているのではないかと考えている。今年度の独楽研究会では、独楽の回転時のバランスとふらつ
きについても研究を行った。
図 8 おきあがりの様子
3.1 回転方向の違いによる回転時間の比較
大名独楽の回転において、右回転と左回転での回転方向の違いが回転時間にどう影響する
のかを比較、検証を行った。右回転、左回転ともに初期回転を 720 [rpm]にあわせ、それぞれ 5 回
分の回転を測定し、結果の平均をとったものをグラフ化した。実験では、タコメータを用いて、独楽
の回転速度を測定している。図 9 に独楽の回転方向による回転傾向の違いを示す。その結果、
回転数の落ち方の傾向、回転時間ともにほぼ変化がないことから、回転方向では回転傾向の
違いは出ない結果となった。
回転数[rpm]
時間[min]
図 9 独楽の回転方向による回転傾向の違い
3.2 独楽のふらつきと回転特性
大名独楽の回転特性を検討するために、同じ独楽について、回転開始時に軸のふらつきが
生じていない場合と、軸がふらついている場合の回転傾向について実験を行った(図 10)。なお、
本実験では初期回転数をほぼ一致するように回転させている。実験の結果、回転途中まではほ
ぼ差が生じていないが、6 分 30 秒を過ぎた時点から、回転初期にふらついていない場合の方が、
回転数の減少率が低くなっており、より長く回転していることがわかった。
回転数[rpm]
800
700
回転初期にふらついていない
600
回転初期にふらついている
500
400
300
200
100
0
0:00
2:00
4:00
6:00
時間[min]
8:00
図 10 時間経過による独楽の回転速度の変化
10:00
3.3 カバーをかぶせた場合における回転時間の比較
これまで、独楽を回していてエアコンの空気の流れなど、独楽を回転させる外部の環境が回転
時間に影響を与えているのではないかと経験的に考えられていた点について、実際に環境を変え
ることで、確認を行った。
実験では、まず普通に独楽を回し、その後すぐ独楽とガラス板を覆うように図 11 のプラスチック
製のカバーを全体に被せることで、外からの風の影響を遮断した状態で測定を行った。図 12 にカ
バーを被せた場合における回転時間の比較を示す。
図 11 独楽にかぶせたカバー
図 12 カバーの有無による独楽の回転速度の変化
実験の結果、カバーを被せて測定した初期回転 1600[rpm]の独楽が、カバーを被せなかった
初期回転 1800[rpm]の独楽より、1 分ほど長く回転していることがグラフより読み取ることができる。さ
らに、同じ初期回転 1600[rpm]でカバーを被せなかった場合の独楽より、カバーを被せた場合の
独楽の方が 40 秒ほど長く回転していることも読み取ることができる。これらのことから、大名独楽を
回す際は、なるべく外からの空気抵抗を与えないようにすると、何もしなかった場合に比べ長時間
回転することがわかった。
3.4 独楽を回す人による回転傾向の違いについて
独楽を回す人によって、独楽の回転傾向がどこまで変化するかを確認するために、花元館長
が回した際のデータと吉田君が回した際のデータ(左回転、右回転の二種類)を比較した。図 13
に、回す人によって回転傾向がどのように異なるのかを示す。なお、このグラフでは、タコメータの
出力をそのままグラフ化しているので、縦軸は電圧で表示している。
0.14
(V)
左回転
右回転
花元館長
0.12
薄めの独楽
0.1
0.08
0.06
0.04
0.02
0
0:00:00
0:02:00
0:04:00
0:06:00
0:08:00
0:10:00
(分)
図 13 回す人による回転傾向の比較(回転数は電圧で測定)
図 13 より、花元館長と吉田君が回した場合で、回転の減少率はほぼ同じで、回転が終了する
時に多少の違いが見られるが、全体として独楽の回転傾向はそこまで変わらないということが判
明した。これは、今回の実験では初期回転を 720 [rpm]程度で行っているため、独楽の回転時間
にそこまでの差が出ていないと考えられる。さらに、独楽を 20 分近く回そうとした場合、初期回転が
1800 [rpm]程度必要となるため、独楽の回し方によって回転時間の差が生じると考えられる。
すなわち、独楽の回し方によって差が出てくるのは、長時間回そうとして初期回転を高くした際に、
どれだけ独楽が安定して回転を開始したかという点であると考えられる。
4 大名独楽の回転軸の動きの観測
4.1 回転中の軸の動き
大名独楽のふらつきと回転時間の関係を調べるために、大名独楽をガラス板の上で回転させ、
その軸のガラス板の下から見上げる形でディジタルカメラを使い撮影し、軸の動きと回転時間の関
係について実験した。実験は、ふらついて回転を始めたもの(以下(A)とする)、ふらつかずに回転を
始めたもの(以下(B)とする)について行った。ディジタルカメラで撮影した動画から、独楽の軸の移
動状況を確認したところ、(A)、(B)ともに、それぞれ何度も円形を描きながら移動していることが確認
できた。図 15, 16 に(A)、(B)における独楽の軸の軌跡を示す。なお、軌跡に記入している数字は、
回転開始時(0)からの経過時間(分)である。
図 14 撮影の様子
図 15 (A)の軌跡
図 16 (B)の軌跡
4.2 回転軸の軌跡と移動距離について
(A)は回転開始からおおよそ 3cm、(B)は 2.5cm 動いたという測定結果から、独楽の軸の移動距
離は、(A)の方が大きく、それに加え、回転開始から 1、2 分の間にもっとも大きく移動することが図
15 の軸の軌跡(A)から読み取ることができた。また、ふらつかずに回転を始めた場合、独楽の移
動距離は独楽が倒れるまでほぼ一定であることがわかった。それに加え、独楽がふらついている
場合でも、約 1、2 分程度で、軸が真っ直ぐになって回転が安定していることが判明した。
起き上がり現象が発生しているのは、回転開始後 7 分から 9 分の間であり、その際には独楽の
軸の移動が大幅に変化していないことが、軌跡から読み取ることができる。これらのことから、回
転開始時に軸をふらつかせた場合は、ふらつきが落ち着くまで独楽の軸が移動しているが、この
ふらつきは回転速度にあまり影響を与えず、回転終了時にその影響が出ていることが判明した。
これにより、独楽を回すときはふらつかないようにすると良いのではないかと判明した。
5 おわりに
今年度の研究会では、大名独楽の回転傾向について様々な調査を行った。その結果、独楽
の左右の回転方向で回転時間に差がほとんどないこと、独楽の回転開始時にふらついていた
場合は回転時間に影響がでること、外部の空気の流れは独楽の回転に大きな影響を与えること
などが判明した。しかしながら、大名独楽の歳差運動とそのふらつきが落ち着く現象については解
明ができなかった。
来年度の研究会では、歳差運動が落ち着く現象、ガラス板の種類が独楽の回転に与える影
響、独楽のふらつきと回転時間の関係性について研究していく予定である。
(報告者 吉田 朋紘、松崎 隆哲)
27期をふり返って
独楽研究会を立ち上げて、2年目ですが至らないところも多く、皆さんにはご迷惑をおかけしたと
思いますが試行錯誤しながら、会員の皆さんに支えていただきながら無事27期を終えることが出
来感謝いたしております。
アドバイザーの松崎 隆哲先生の的確なご指導と顧問の花元 克巳館長のご協力に感謝いたし
ています、また近畿大学の吉田朋紘(学生)さんにはデータ処理、報告書等では大変お世話に
なりました。独楽研究会の皆さんのご協力有難うございました。
(記 笹原 泰史)
独楽研究会メンバー
アドバイザー 近畿大学産業理工学部 松崎 隆哲先生
顧問 花元 克巳(日本の独楽資料館館長)
研究会長 笹原 泰史、 副会長 藤木 哲雄
空閑 哲博、 坂口 英和、 中尾 勉、 安武 英剛、安永 昌司
吉田 朋紘(学生会員)