よく回るプロジェクト

さらば
教科書アジャイル
特 集
さらば教科書アジャイル よく回るプロジェクト
NIKKEI SYSTEMS 2015.9
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よく回る
プロジェクト
特集
「アジャイルで開発してほしい」。
変化に強くスピーディーなシステム開発が求められる今、
ユーザーがアジャイルを望むようになってきた。
だが、いざアジャイルを導入しようとしても、
すんなりプロジェクトが回らないのが現実だ。
実際には、日本の商習慣や体制、適用分野などを考慮し
「教科書アジャイル」の拡張が不可欠である。
事例や専門家の知見から、アジャイルを拡張し
“よく回るプロジェクト” を実現する方法を明らかにする。
(池上 俊也)
特 集
さらば教科書アジャイル よく回るプロジェクト
〈写真:motodan / PIXTA(ピクスタ)
〉
PART 1
アジャイルは時代の要請........................ p.26
PART 2
事例に見る教科書アジャイルからの脱却.... p.29
PART 3
教科書アジャイルの限界と突破法........... p.34
PART 4
難しい立ち上げ期、重要な3 者の役割..... p.39
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1
RT
PA
アジャイルは時代の要請
ユーザーの指定が急増
現場の導入は待ったなし
ユーザーの「アジャイル指定」が急増している。
変化に強くスピーディーな開発を強く求められているためだ。
アジャイル嫌いは通用しない。現場での導入は待ったなしである。
NTTデータは2015年7月1日、グロー
がアジャイルを指定する案件が増えて
シ ス テ ム で あ るS o E(S y s t e m o f
バルデリバリー統括部内にアジャイル
いる。それも経営者から。変化に強い
Engagement)への対応が不可欠」と、
の専門組織を立ち上げた。同社では1
開発が求められている証拠だ。IT現
組織発足の理由を述べる。
特 集
年前からアジャイルの研究開発組織を
場でもこうした時代の要請に応えなけ
富士通では、こうした攻めのシステ
立ち上げ、準備してきた。今回の組織
ればならない」と説明する。
ム開発を「イノベ案件(イノベーショ
さらば教科書アジャイル よく回るプロジェクト
では、実際にユーザー側でアジャイル
によるシステム開発を支援する(図1)
。
ン案件)
」と呼ぶ。このイノベ案件は
アジャイルの体制を強化
要求が曖昧で変動するため、従来の
注目したいのは、その陣容だ。社内
同じような動きが、大手ベンダーを
ウォーターフォールモデルでは対応し
でITアーキテクトとして活躍する約80
中心に広がっている。富士通も2015
にくい。そこで、アジャイルに大きく
人が集結。研究開発組織と合わせ、
年6月22日、アジャイルの専門組織「ア
舵を切ったわけだ。
100人に上るアジャイル専門組織とな
ジャイル実践センター」を設立した。
実際、ユーザーの間でも、こうした
る。年度内には倍増の200人に増やす。
人員は約20人。同組織を推進する瀬川
イノベ案件が急増している(図2)
。
「最
NTTデータでアジャイル事業を推
哲郎氏(SI技術本部 技術戦略統括部
近のシステム開発の対象は、非定型業
進する柴山洋徳氏(基盤システム事業
アジャイル実践センター マネー
務のほうがむしろ多い。システムを作
本部 グローバルソフトウェア開発事業
ジャー)は「今、変化に対応できるシ
りながら要求を考える必要があり、事
部 グローバルデリバリー統括部 ア
ステムであるSoR(System of Record)
前に要求を固めるウォーターフォール
ジャイル開発推進担当)は「ユーザー
や、最先端のテクノロジーを活用する
モデルでは対応できない」
。こう強調
するのは、カスミの山本 慎一郎氏(常
研究開発
約
(2014年7月設立)
20人
ビジネス開発
約
(2015年7月設立)
務取締役 上席執行役員 ロジスティッ
80人
ク本部マネジャー)だ。同社では最近、
約60億件もの売上データを分析する店
舗向けシステムをアジャイルで開発。
「不確実性が高い案件なだけに、アジャ
技術支援
イルを指定して開発に臨んだ」
(山本
導入支援
氏)と振り返る。
アジャイルは、もはや時代の要請と
NTTデータ内で、
アジャイル
の適用分野、
プロセス拡張、
ツールなどを研究開発
ユーザー企業側でアーキテク
チャー設計・実装、
アジャイル
適用を支援
ユーザー企業
(顧客)
1 NTTデータが設立したアジャイル専門組織
図
2015年7月の組織変更によって、約100人に及ぶアジャイル専門組織を設立。研究開発組織とビジネス開発
組織が両輪となり、市場のニーズに応える
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いっていい。非定型業務の拡大だけで
なく、利用部門の「変革」へのプレッ
シャーも強まっている。
経営層や市場のスピードに対する要
求も無視できない。
「開発中に対象
ユーザーやニーズが変わることもあ
さらば教科書アジャイル
よく回るプロジェクト
り、最初から発注時にはアジャイル以
外のプロセスは考えられなかった」と、
ユーザー
非定型業務の
拡大
ID管理サービスをアジャイルで開発し
刻々と変わる
ニーズ
たKDDIの藤井彰人氏(ソリューショ
ン事業企画本部 クラウドサービス企画
部長)は話す。
「変革」への
プレッシャー
「アジャイル」
を指定
未経験の
製品・技術
入社25年目にして初体験
ITエンジニアの中には、アジャイル
とは関係ないと思う人がいるかもしれ
ない。もちろん、業務改善やコスト削
としたプロジェクトの場合、アジャイ
を確実に固めていくウォーターフォー
スクラム/XP
現場の知恵・工夫
開発チーム
2 ユーザーによる「アジャイル指定」が急増
図
さらば教科書アジャイル よく回るプロジェクト
ルに挑戦する必要はない。むしろ要求
拡張アジャイル
特 集
減といった守りのシステム開発を対象
教科書
アジャイル
ITでビジネスを変革する機運が高まる中、
ユーザーによる
「アジャイル指定」が急増。IT現場では
「教科書アジャ
イル」に、独自の拡張を加えて対応する必要がある
ルモデルのほうが、品質と進捗を安定
イルの大きな特徴の一つである。
させられる可能性が高い。
ムが出来上がらなかった。2週間単位
しかし、攻めのシステム開発が増え
で走り続けるため、メンバーが疲弊し
る今、“アジャイル嫌い” は通用しない
てしまった」と打ち明ける。
のも事実だ。例えば入社して25年目に
さらに国内でのアジャイルの導入を
つまり、教科書的にアジャイルを導
して、初めてアジャイルに挑戦した
難しくしているのが、契約形態とプロ
入しても、現在のシステム開発ではう
シーイーシーの森山健一氏(システム
ジェクト体制だ。国内では現在、ユー
まくいかない。それだけに、アジャイ
インテグレーションBG ビジネスクラ
ザー企業からベンダーに対して請負契
ルを否定したり、“アジャイル嫌い” に
ウド事業部 第二サービス部 グループ
約でシステム開発を委託するケースが
なったりする人が出る。とりわけ請負
マネジャー)もその一人。森山氏は、
多い。この場合、事前にスコープ(開
契約のままでは、ベンダーにとってリ
ある大学のSNSサービスを構築する
発範囲)を決める必要があり、アジャ
スクが大きい。ベンダー側の上層部も
際、アジャイルの採用を決めた。
「少
イルの導入には適さない。
それを分かっており、仮に現場がア
しずつ作ってユーザーに確認してもら
理想は準委任契約によって、実績工
ジャイルをやりたいと言ってもなかな
うアジャイルでなければ、手戻りのリ
数をベースに契約する方法だ。しかし
かGOサインを出しにくい。
さらば教科書アジャイル
「現在、アジャイル案件の3分の1が準
では、こうした壁を乗り越え、攻め
アジャイルの導入は待ったなしだ。
委任契約。以前に比べれば増えてきた
のシステム開発という新たな領域に踏
しかし、いざアジャイルを適用しても、
が、まだまだ少ない」
(前出・NTTデー
み出すにはどうしたらよいのか。それ
失敗するケースは少なくない。
タの柴山氏)のが実情である。
にはまず、教科書的なアジャイルを見
事実、自社ツールの開発でアジャイ
体制の問題もある。アジャイルでは
直すことが大切だろう。
ルの代表格であるスクラムを導入した
ユーザー側が頻繁にレビューしたり、
もっとも、本特集では教科書的なア
NTTコムウェアの下瀬浩一氏(品質
要求を柔軟に変更したりする。そのた
ジャイルをすべて否定しているわけで
生産技術本部 技術SE部 AP開発支援
めユーザー側の積極的な参画が不可欠
はない(教科書アジャイルについては
部門 スペシャリスト)もそうだった。
だ。丸投げに近い従来の発注スタイル
次ページの別掲記事を参照)
。アジャ
下瀬氏は「最初のうちはスプリント(反
では、アジャイルは成功しない。ユー
イルのベースはもちろん取り入れる必
復)を実施しても、なかなかプログラ
ザー責任を強く問われるのも、アジャ
要がある。大事なのは、アジャイルの
スクがあった」と説明する。
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