電流プローブ向け薄膜ホール素子の低ノイズ化

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電流プローブ向け薄膜ホール素子の低ノイズ化
電流プローブ向け薄膜ホール素子の低ノイズ化
野村 淳士*1
要 旨
クランプオンプローブ3273-50,3276はオシロスコープを用いた電流波形観測を目的とした,直流からMHzまで
の広帯域を1台で測定できるクランプ式電流プローブである.今回,市場のさらなる低電流測定ニーズに対応する
ため,電流プローブのキーデバイスである薄膜ホール素子の低ノイズ化を実現した.ここに薄膜ホール素子に要
求される性能と新たに開発した薄膜ホール素子の特性について解説する.
1. はじめに
クランプオンプローブ 3273-50,3276 はオシロスコ
ープによる電流波形観測を目的としたクランプ式の
電流プローブである.最大の特長は直流から 50
MHz(-3 dB,3273-50)または 100 MHz(-3 dB,3276)
までの交流を 1 台で測定できる広帯域な周波数特性
であり,高速のスイッチング波形や過渡応答波形を
図1
電流プローブの構成
はじめとしてさまざまな用途で活用されている.1)
電流プローブでは,磁気コアを通る磁束を検出す
るために自社生産した薄膜ホール素子を採用してい
る(図 1).薄膜ホール素子を用いることで,磁気コア
の空隙部を最小限にとどめることを可能にし,S/N 比
を向上させている.1)
近年,より微小な電流を測定したいという要望が増
加しており,それに伴って薄膜ホール素子のさらなる
高感度化が求められていた.このような市場ニーズ
に対応するため,従来品と比較して 1/f ノイズを 1/10
に低減した薄膜ホール素子を開発した.
図 2 10 Hz におけるノイズ強度
2. 要求項目
(2) 抵抗値と 1/f ノイズの関係
以下に電流プローブ向け薄膜ホール素子におけ
る素子特性および生産上の要求項目を示す.
1/f ノイズは周波数が低くなるにつれて増加する傾
向にある.今回は 10 Hz におけるノイズ強度を用いて
1/f ノイズを評価した.
2.1 素子特性の要求項目
図 2 に薄膜ホール素子の 10 Hz における規格化ノ
イズを抵抗値でプロットしたグラフを示す.規格化ノイ
(1) 電子移動度と素子特性の関係
薄膜ホール素子の性能を表す電子移動度 μは式
(1)のように抵抗値 R の逆数と積感度 KH の積として記
述できる.A は素子形状などに起因する定数である.
μ = A⋅
KH
[m2/Vs] ..................................... (1)
R
ズとは薄膜ホール素子間での比較を行うために素子
の個体差の影響を取り除いて規格化処理をしたノイ
ズ強度である.
図 2 より,薄膜ホール素子の抵抗値が小さくなると
ノイズ強度も低減することがわかる.
式(1)が示すとおり,抵抗値が小さいほど,また積
感度が大きいほど電子移動度は大きくなるため,薄
*1 技術部 技術6課
膜ホール素子の S/N 比が大きくなる.
日 置 技 報 VOL.36 2015 NO.1
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電流プローブ向け薄膜ホール素子の低ノイズ化
2.2 生産上の要求項目
2.1 項で示した低ノイズ薄膜ホール素子を成膜す
る一般的な方法として分子線エピタキシー法が挙げ
られるが,非常に高額な設備であり,電流プローブ
向け薄膜ホール素子生産設備として採用するには
導入コストと生産能力が釣り合わない問題があった.
また,当社は電流プローブ向け薄膜ホール素子を
成膜するための三温度法真空蒸着装置を保有して
おり,この装置を用いた成膜および処理方法を構築
する方が生産上合理的であった.
図3
薄膜ホール素子のノイズ特性
以上に示した素子特性および生産上の要求項目
を満たし,かつ安定して薄膜ホール素子を生産でき
るプロセスを構築した.
3. 特性例
以下に電流プローブ 3273-50 および 3276 で使用
している薄膜ホール素子(以下:従来薄膜ホール素
子)と今回新たに開発した薄膜ホール素子(以下:新
開発薄膜ホール素子)との特性比較を示す.
図4
規格化ノイズを用いた特性比較
3.1 抵抗値および積感度による比較
従来薄膜ホール素子は抵抗値 800 Ω,積感度 1. 5
V/A・T が標準的な特性である.新開発薄膜ホール
素子は抵抗値 100 Ω,積感度 1.0 V/A・T であった.
このように,新開発薄膜ホール素子は 1/f ノイズを
大幅に低減し S/N 比が向上したため,微小電流測定
に対応した電流プローブに十分使用可能である.
素子の組成が同じ場合,抵抗値が 1/2 になると積
感度も 1/2 になるが,新開発薄膜ホール素子では
1/f ノイズ要因である抵抗値を大幅に低減させた.
一方で,積感度の低下を抑制することに成功した.
3.2 ノイズ強度による比較
4. おわりに
これまで電流プローブの高感度化においてボトル
ネックとされていた薄膜ホール素子の高感度化を素
子の大幅な低ノイズ化により実現できた.今回開発し
図 3 に従来薄膜ホール素子と新開発薄膜ホール
た薄膜ホール素子を用いて,微小電流を測定可能
素子の 500 Hz までの低周波域におけるノイズ強度を,
な電流プローブという市場ニーズに応えた製品を開
図 4 に図 3 の結果を規格化ノイズに換算して比較し
発する予定である.
たものを示す.
図 3 に示したとおり,新開発薄膜ホール素子のノイ
本研究に関して技術的指導していただいた故・大
ズ強度は 10 Hz 未満の領域において測定器のバック
浦秀男氏(元株式会社東栄科学産業技術部)にこの
グラウンドノイズとほぼ等しくなった.これは新開発薄
膜ホール素子の 1/f ノイズが大幅に低減していること
を意味する.また,図 4 に示したように規格化してノイ
ズ強度を比較したところ,新開発薄膜ホール素子は
従来薄膜ホール素子の 1/10 のノイズ強度であった.
図 3 および図 4 では 100 Hz 以上の高周波におい
場を借りて深く御礼申しあげます.
平林 明彦*2
参考文献
1) 平林明彦 : 3276 クランプオンプローブ,日置技
報,VOL.25,2004,NO.1 47/64(2004)
てノイズ成分が増加しているが,これは後段の回路
系により発生するノイズであり,薄膜ホール素子に起
因するものではない.
*2 技術部 技術6課
日 置 技 報 VOL.36 2015 NO.1