高校生における「居場所」感が 心理的適応と学校適応に与える影響 上越教育大学大学院学校教育専攻臨床心理学コース (秋田県立男鹿海洋高等学校 教諭) 工藤 卓哉 問題と目的 文部科学省(2014)によれば,国・公・私立高等学校にお ける不登校生徒数は55,657人で,在籍者に占める割合は 1.67%である。 不登校の生徒の指導の結果状況として,登校するまたは登 校できるようになった生徒は19,056人と,34.2%であった。 その一方,中途退学者数は59,742人で,在籍者数に占める 中途退学者数の割合は1.7%であった。中途退学の理由(主 たる理由を一つ選択)は,学校生活・学業不適応が36.4%, 進路変更が32.9%,学業不振が8.1%などとなっている。 このような不適応の問題と関連して取り上げられる概念と して「居場所」が挙げられる。近年,メンタルヘルスにつ いて論じる際に,「こころの居場所」といった言葉や, 「居場所がない」といった表現が用いられることが多い。 居場所問題の発端である教育の分野では,文部省(1992) は,居場所を「児童生徒が存在感を実感することができ, 精神的に安心していることのできる場所」と定義している。 本来,「居場所」という言葉は物理的な場所という意味合 いの強いものだった。しかし,不登校問題で用いられるよ うになって以降,心理的なもので用いられたり,心理的と 物理的なものの両面を表すものとして用いられたりするよ うになってきている(石本,2010a)。 本研究では,石本(2010b)の研究をもとに,その研究で は扱っていない高校生を対象として,「居場所」感と心理 的適応,学校適応について調査を行うこととする。 一般の高校生の「居場所」感と自己肯定意識および学校生 活享受感との関連を調べることで,高校生の不登校や中途 退学にどのような予防策や介入方法を考えることも意義の あることと思われる。 調査方法 調査時期・対象者 ・2014年11月にA県内の県立高校2校に在籍する生徒を対象 ・717名から回答を得て,615名(男子295名,女子320名; 1年生190名,2年生204名,3年生221名)を分析対象 とした(有効回答率85.8%)。 質問紙の構成 ①フェースシート ②居場所感尺度 ③自己肯定意識尺度 ④学校生活享受感尺度 結果と考察 1)居場所感尺度の結果から得られた仮説の検討 居場所感尺度を男女別に検討すると,「クラス自己有用感」 「恋人自己有用感」「家族本来感」「友人本来感」「クラス本 来感」「恋人本来感」の6つの下位尺度について,男子の方が女 子よりも有意に高い結果となった。 ※自己有用感→役に立っていると思える ※本来感→ありのままでいられると思える 「好かれていたい,嫌われないように気を遣うなどの付き合い 方や,いつも決まった仲間と行動する,相手に尽くすなどにみ られる互いの個別性についての自覚が薄いべったりとくっつい た関係」を形成するのが女子の大きな特徴といえる。 次に,本研究の居場所感尺度の各尺度の得点について,高 校生を対象とした本研究と,中学生・大学生を対象とした 石本(2010b)の研究を参考に比較を行った。 その結果,高校生の「居場所」感は家族と学校生活がバラ ンス良くなっており,「家族」「クラス」「友人」につい ては,平均点はほぼ同じ値であり,「恋人」については, 大学生と比較して平均値は大学生よりは低い数値となった。 クラス自己有用感やクラス本来感が中学生よりは高い結果 が出ており,友人関係において深い関係を構築するのでは なく,高校生は一体感の確認を特徴とするchum-groupから, 互いに尊重し合うpeer-groupへ移行するためではないかと 考えられる(e.g.,石本ら(2009))。 2)居場所感が自己肯定意識および学校生活享受感に与える 影響 石本(2010b)の先行研究にならい,居場所感全体と各下位尺度 が自己肯定意識および学校生活享受感に与える影響について重回 帰分析(ステップワイズ法)を行った。 自己肯定意識の対自己領域では,充実感の女子を除き家族本来感 が一貫して影響を与えていた。高校生でも中学生同様,家族関係 の「居場所」感が影響を与えるものと考えられる。 自己閉鎖性・人間不信において女子が友人自己有用感および友人 本来感に影響を与えていた。女子の友人関係が途切れると女子の 自己閉鎖性や人間不信が強まり,自己否定に陥り不登校や中途退 学につながりやすいことが考えられる。 学校生活享受感に対しては,男子ではクラス自己有用感が 影響していたのは,石本(2010b)の中学生男女と同じ結 果となった。クラスにとって自分が必要な存在であること が学校適応で必要であるといえる。 家族本来感では男子では学校適応において影響を与える傾 向であり,中学生男子と同様に家庭生活を注視する必要が あることがいえる。 女子では友人自己有用感が影響していた。友人にとって自 分が必要な存在であることが学校適応において影響を与え ており,ここからも友人関係が心理的適応と同様に重要な 要素であるといえる。 3)各尺度の学年差についての考察 自己肯定意識尺度では,「自己受容」と「自己実現的態度」で1 年が2年より有意に高く,「自己実現的態度」では3年が2年より 有意に高かった。「自己閉鎖性・人間不信」で2年が1年より有 意に高かった。 このことから, 1年生は自分の個性を大切にしたり,個性を素直に受け入れ る傾向にあると考えられる。 3年生は進学や就職を目の前にし,自分の夢の実現に向けて動く 傾向にあることがこの尺度から読み取れる。 2年生は高校への慣れが出たり,具体的な進路目標を考えるまで 至らず,自分を見いだすことができていないと考えられ, 有意差のある得点になったといえる。 学校生活享受感では1年が2年より有意に高かった。自己肯 定意識と同様,2年生が学校への慣れや目標が設定に至っ ていないため意欲が低く,学校適応に影響が出たと考えら れる。 しかし,居場所感尺度において学年での有意差が出なかっ たため,「居場所」感が心理的適応と学校適応に与える影 響について学年間の検討は行わなかった。 本研究の限界と今後の課題 本研究では,高校生を対象として居場所の調査を行った。 調査校の選定により結果が異なると予想されることから, さまざまな高校から調査を行うことが望ましいと考えられ るが,限られた時間での調査研究には限界があるといえる。 また,今回は高校生の健常群の一般的傾向を捉えるにとど まっているが,高校生への心理的,学校不適応への対応が 整っていない現状を考えると,臨床群への調査を行うこと は困難であるといえる。 先行研究(石本,2010b)の指摘のとおり,「居場所」感 が心理的適応や学校適応に影響することについては示すこ とができたが,「居場所」感を高める要因については明ら かになっていない。また,「居場所」感の下位尺度による 影響の相違がどのように生じるのかについても明らかに なっていない。 今後は「居場所」感の背景にある要因を検討するとともに, 適切な介入方法や居場所づくりの方法について明らかにし ていくことが必要とされる。 ご清聴ありがとうございました。
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