若山牧水「海の声」

若山牧水(海の声)
海哀し 山またかなし 酔ひ痴れし
恋のひとみに あめつちもなし
白鳥は 哀しからずや 空の青
海のあをにも 染まずただよふ
わがまへに 海よこたはり 日に光る
この倦みし胸 何にをののく
蒼穹の 雲はもながる わだつみの
うしほは流る われ茫と立つ
山を見よ 山に日は照る 海を見よ
海に日は照る いざ唇を君
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若山牧水(海の声)
春の雲 しづかにゆけり わがこころ
静かに泣けり 何をおもふや
悲哀よ いでわれを刺せ 汝がままに
われ刺しも得ば いで千々に刺せ
あれ行くよ 何の悲しみ 何の悔ひ
犬にあるべき 尾をふりて行く
地のうへに 生けるものみな 死にはてよ
われただ一人 日を仰ぎ見む
海の声 たえむとしては また起る
地に人は生れ また人を生む
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若山牧水(海の声)
富士よゆるせ 今宵は何の 故もなう
涙はてなし 汝を仰ぎて
死ぬ死なぬ おもひ迫る日 われと身に
はじめて知りし わが命かな
幾山河 越えさり行かば 寂しさの
終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく
浪華女に 恋すまじいぞ 旅人よ
ただ見て通れ そのながしめを
山動け 海くつがへれ 一すぢの
君がほつれ毛 ゆるがせはせじ
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若山牧水(海の声)
失継早 火の矢つがへて われを射よ
満ちて腐らむ わが胸を射よ
わが怨言 ききつつ君が 白き頬に
微笑ぞうかぶ 刺せ毒の針
あらら可笑し 君といだきて 思ふこと
いふことなきに この涙見よ
悲しきか 君泣け泣くを あざわらひ
あざわらひつつ われも泣かなむ
さらば君 いざや別れむ わかれては
またあひは見じ いざさらばさらば
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