<解説> 理事会の決議について

1
<解説> 理事会の決議について
(公財)公益法人協会
専務理事
鈴木勝治
1.はじめに
理事会の決議については、一般法人法第 95 条において、後記2のように割合
シンプルに規定されています。
そのためもあってか、各法人の定款においては、内閣府のモデル定款のよう
に法律の規定どうりに規定するものがある一方、公益法人協会(以下「公法協」
といいます。)のように他の法令等を参考にしてその他の条項を加えたもの等が
あるところです。うち後者について、公法協のホームペイジのフォーラム等を
通じて各種問い合わせがあります。
本稿はそれらの問い合わせに対し、筆者が当時の起案担当者であったことも
あり、そのすべてにたいしてではありませんが、個人的意見として回答を行う
ものです。
(あくまで個人的意見ですので、公法協の公式見解ではないことをお
断りしておきます。)
また、本稿は理事会の決議に関するものですが、評議員会や社員総会の場合
は、それぞれ特別の配慮が必要となるときがあります。それらに言及すること
は、本稿の範囲を超えますので、理事会に限定していますが、公表された文書
の引用においては、「理事(会)(評議員(会))」としている場合は、そのまま
としておりますので、ご承知おきください。
2.理事会の議決に関する法規制について
(1)おさらいとなりますが、一般法人法§95 では、
「①理事会の決議は、議決
に加わることができる理事の過半数 ※1)が出席し、その過半数 ※2)を
もって行う。②前項の決議について特別の利害関係を有する理事は、議決
に加わることができない。」と規定されています。
第 1 項において過半数のところに※印を付けておきましたが、※1)※2)
いずれの場合も定款で定めることにより、割合は高めることができる旨の
( )書きがありますが、これは理事会が定款で定めれば、自由に議決要件
を高めることができることを意味しています。このことは理事会の議決要件
は、基本的には定款で定めれば自由に決められることを意味します。もっと
も自由に定めることができるのは要件を高める場合のみであり、要件を下げ
ることはできませんが。
2
(2) 一般法の母法となっている会社法でもそれは同じことであり、会社法§
369 に同様の規定があります。この§369 は旧会社法(旧商法の会社編)の
§260 の 2 と略同一の規定であり、旧法では「但シ定款ヲ以テ此ノ要件ヲ加
重スルコトヲ妨ゲズ」 と端的に要件を加重できる旨を規定しています。
(因
みに旧民法では理事会が法定されていないこともあり、議決要件について
は「理事数人ある場合に過半数で決する」旨の規定があるのみです―旧民
法§52②)
(3)その他の立法例をみてますと、
A.憲法§56(両議院の定足数と表決)では①で定足数(1/3 以上の出席)
を定めるとともに、②で議事は「この憲法に特別の規定のある場合を除いて
は、出席議員の過半数でこれを決し、可否同表のときは議長の決するところ
による。」と規定しています。そして最初の議決においては、議長は議決権
を行使しない扱い(慣例)です。
国会法でも委員会の決議について、同様の規定が置かれています(国会法
§49、§50))。
B.他方、地方自治法においては§116 で①地方議会の議事は、出席議員の
過半数で決し、可否同数のときは議長の決するところにとると規定するとと
もに、②前項の場合においては、議長は議員として議決に加わる権利を有し
ていないと規定しています。ここで注目すべきは、後の議長の議決権の議論
と関係しますが、改正前の地方自治法では、第 1 項のみであり、しかも議長
は可否同数のときの採決権の他に最初の議決に参加する権利を保有するこ
とができると解釈されていたことです。これは帝国議会の扱い(慣例)であ
る議長は最初の議決権を持たないとするものとは異なるものであり、二つの
慣行ないしは考え方があったことになります。しかし戦後は前述の新憲法の
国会と同じ扱い(帝国議会時代の扱いと変更なし)に合わせるべく、法律を
改正し、第 2 項を加えその疑問の余地をなくしたといわれています。
このような規定の仕方は、組合関係の法律にもよくみられるようです(中小
企業等協同組合法§52③、農業協同組合法§45③等)。
(以上については、宮沢俊義著「日本国憲法(コンメンタール)」日本評論
新社 1955 年刊 420~421 頁を参照しました。)。
C.私立学校法では、理事会について理事の過半数の出席を定足数とし、寄
附行為に別段の定める場合を除いて出席した理事の過半数で決し、可否同数
3
のときは、議長の決するところによると規定しています(同法§36)。
以上A~Cは可否同数の場合の規定のある法例ですが、その他に単に過半
数により決定する旨の規定も数は調べたことはありませんが、多く見受けら
れるかと思います。
3.可否同数の場合の議決において
(1)上記2.において煩をいとわず、一般法・会社法その他法例を述べました
が、要は各種の考え方や取扱いがあるということです。ただ可否同数の取
扱いの規定のある法律の場合は、議長が決するという規定により、その取
扱いはある意味で明確であろうかと思います。
(もっともこの場合でも最初
の議決において議長が議決権を行使できるかどうか明文上は必ずしも明確
でない場合がありますが(※)、新憲法においては明治憲法時代の解釈を引
き継いで、明文の規定はありませんが、議長は最初の議決権は行使しない
とされています。また上記2の(3)の B に記した通り、議長が最初の評決
に参加できないと明記する立法例も多数みられるところです。)
※ 例えば上記2の(3)の C に記した私立学校法の例等です。
(2)それでは、このような規定が法律上ない一般法人法(その母法である会社
法)ではどう考えるべきでしょうか?
A.まず基本的な考え方として、可否同数に関する法律の規定がない以上法
律上規定されている議決要件に抵触しない限り、定款自治として機関の意思
決定方法は自由にその扱いを定めていいということかと思います。法律上も
上記2の(1)および(2)でみた通り、定款に定めることにより議決要件を
加重することを認めています。
従って可否同数の場合の扱いについて、法人が自治機関として定款に定め
ることにより、議決要件の緩和にならない限り、例えば「議長が決すること
ができる」ということは有効と考えられます。
B.問題は可否同数のときに議長が決することができる旨定款に規定した場
合に、最初の採決に議長が議決に加わることができるかどうかです。会社法
の例をみてみます。
(a)旧商法下の会社法の時代には、取締役会の決議について、定款に規定
して議長は最初の議決に加わることができるというのが通説でした(※)。
これは下記の大阪地裁判決がでてからも一貫して変更なかったと思われ
ます。
4
※ 例えば石井照久著「商法Ⅰ」1964 年勁草書房刊 439 頁
(b)しかし、大阪地裁の「法定決議要件の緩和にほかならず、認められな
い」という判決が出現して(大阪地裁昭和 28.6.19 下民 4 巻 6 号 886 頁)
、
それを受けた同旨の法務省の民事局長の回答が出て(昭和 34.4.21 民事
甲第 772 号回答)、実務上はその方向に動いたと思われます。学説にお
いても近時は同様の傾向にあるようです※。
※ 例えば江頭憲治郎著「株式会社法第 6 版」2015 年有斐閣刊 416 頁、
落合誠一編「会社法コンメンタール 8」2009 年有斐閣刊 291 頁。
(c)一般法人法は、ほぼ会社法のコピーで作られていますので、原則的に
は上記(b)と同じ考えによるべきものと思われます。
C.次に問題となるのは、最初の議決に議長は参加せず(議決権を留保し
て)、可否同数の場合議決権を行使することが可能かどうかです。
この場合議長はもともと保有している議決権を採決権として行使す
る訳であり、議決要件の緩和にはならないので基本的には問題はない
と考えられます。
具体的には①最初の議決権を行使しないことを法律上或いは定款上
明示するもの、②①のような明示はないが、実際の運用上最初の議決
権は行使しないが、可否同数の場合に議長が議決権を行使することが
できると法律或いは定款に規定してあるもの、③過半数により決定す
ることの他何の明示もないが、運用上議長は最初の議決権は行使せず、
可否同数の場合議長が採決権を行使するもの等があろうかと思います。
会社法の場合どのようなケースが多いのか分かりませんが、③のケ
ースについては有効であるというのが通説であり(※1)、一般法人法
の解釈としても、上記③の扱いが有効であることがFAQ問 1-3-⑪
の 6 理事会に示されています(※2)。
※1 前掲落合「会社法コンメンタール 8」291 頁
※2「なお、可否同数の場合について特に定款に定めていなくても、
採決に当って、議長である理事(評議員)が自らの議決権の行使を
一旦留保した上で、可否同数のときにその議決権を行使することは、
基本的に問題はないと考えられます。」
5
(3)一般法人法における扱い
A.当局の考え方
この問題について、内閣府においては、次のような見解を出しています。具
体的には上記FAQ問Ⅰ-3-⑪(定款の変更案の作成)の(別紙)6 理事会
の下りですが、必要な部分のみを取り上げれば下記の通りです。
『一般社団・財団法人においては、特定の理事(評議員)にのみ2個の議決
権を与えることとなるような定款の定めは無効と解され、また、仮に、当初の
議決に議長が加わらないこととしている場合であっても、当初の議決において、
議長たる理事(評議員)を除く出席理事(出席評議員)の過半数の賛成で議決
が成立する旨を定めた場合には、一般社団・財団法人法に定められている決議
要件を緩和するものとなり、無効であると考えられます。』
ここで注目すべき点は、
① 特定の理事(評議員)にのみ2個の議決権を与えることとなる定款の定め
は無効
② 当初の議決に議長が加わらないこととしている場合でも、議長たる理事(評
議員)を除く出席理事(出席評議員)の過半数の賛成で決議が成立する旨を
定めた場合には無効ということです。
(点線は筆者によります。)
B.公益法人協会の定款
公法協の定款(現実に使用している定款のみならず、公法協の出版物の中の
モデル定款を含む)は次のようになっています。
(決 議)
第 49 条 理事会の決議は、この定款の別段の定めがあるもののほか、議決に
加わることのできる理事の過半数が出席し、その過半数をもって行い、可
否同数のときは議長の裁決するところによる。
2 前項前段の場合において、議長は理事会の決議に、理事として議決に加
わることはできない。
これをみてみれば明らかな通り、当局の考え方の
① 特定の理事にのみ2個の議決権を与えていないことについては第2項によ
6
り明白に否定されています。
② また議長たる理事を除く出席理事の過半数の賛成で決議が成立することに
ついても、規定していません。第2項は議長たる理事が最初の議決において
議決権行使を留保していることの押念規定だからです。
以上の考え方から公益法人協会の定款の規定が当局の考え方からしても無効
ではないと考えます。(いうまでもありませんが、この定款により、当協会は公
益認定を得ています。)
C.公益法人協会の考え方
(a)上記Bの定款に至るまでには、当協会内においては、新制度への移行前
からの長い期間にわたり検討が行われました。当初は憲法第56条と同じ
く第1項のみでよいのではないかという意見も強かったのですが、単に可
否同数のときは議長の裁決するところによるというのでは議長に2票の議
決権があるようにみえることもあり、地方自治法第 116 条等と同じ規定を
第 2 項として入れたものです。
(b)勿論この背景には、議長は国会或いは地方自治体の議会と同じく、議長
は自由な討議を行うことができるように配慮することがその役割であり、
自らが賛否を表明して自己の考え方に沿うように議論をリードし、ひいて
は議事を混乱させることがないようにという配慮がまずありました。
(理
事会の場合は高々10 数名の出席ですからその恐れは少ないですが、評議
員会の場合は(当時は)30 数名の出席があるため、その恐れが高くなりま
す。)
(c)さらには、議長が最初の議決に加わらないことにより、理事の白熱した
議論を期待しておりますが(事実その通りとなっていますが)、ただその
結果、賛否が同数となった場合は、議長が決することが法人運営上好まし
いと判断したものです。仕組みが違いますので、厳密な比較はできません
が、このような規定がない場合、可否同数は否決ということになりますの
で、物事が中々決定できない恐れがあります(*)。
(最近も某社団法人の
理事会で、このような規定がない場合で可否同数となり、何度やっても可
否同数となって法人の運営上困っているケースの相談を受けたことがあ
ります。)
※上記3の B の(a)の学説の根拠は、執行の決議体としての取締役会の
7
決断は停滞を許されないのからというものでした。因みに、株主総会の
決議については株主の権利のからみもあって、議長が 2 票を保有すると
いう考え方はその学説もとっていません。
4.残された問題
理事会の議決に係る定款上の規定の問題については、上記2~3に記載した
通りですが、次のような問題が残されています。
(1)当協会の定款では、議長が最初から議決権を留保している訳ですが、それ
は決議が賛否同数の場合にはうまく機能します。
しかし例えば 10 人の理事の出席があった場合(定足数を満たしているこ
とを前提としています)、過半数は 6 人ということになりますが、この場合
次のような問題が起こる可能性があります。
最初の議決において、議長を除いた 9 人で議決した結果、賛成 5、反対 4
となった場合は過半数の 6 に達していませんので否決となります。
(ⅰ)仮
に議長が反対の意見を持っていた場合は、議長が最初から議決に加わってい
ても 5:5 となって否決となりますので問題はありません。
(ⅱ)しかし賛成
の意見を持っていた場合は、議長が最初から議決権を行使すれば 6:4 で成
立ということになります。
もともと理事の定員が少なく、例えば 4 人の場合一人一人の議決の重みが
大きくなりますので、このような場合議長が最初の議決に加わらないとする
と、1 人の反対で議案が成立しなくなりますので若干の違和感が残ります。
もっともこの場合は議長が最初から議決に参加していても 3 人も賛成しな
いと(即ち 75%の賛成がないと)議案が成立しませんので、違和感が残る
のは同じかもしれません。
(2)議長が議決権を当初から留保しているのは、3の(3)の C で記している
通り議論を活発化させるためですから、以上(1)で述べたような恐れがあ
る場合(もっともそれを察知するのは難しいかもしれませんが)はより議
論を深く行い、そのような事態を避けるのが基本と思います。
(当協会の場
合、そして多くの公益法人の場合も同じかと思いますが、現実にはこのよ
うな問題は今迄発生しておりません。)
ただ上記のような問題が頻繁に発生する場合や、理事の数が極端に少なく、
一人一人の議決権の重みが大である場合は、定款上議長が議決権を留保する
ことなく、最初から議論に参加し議決権を行使する規定にしたら如何かと思
います。公法協の出版物の中のモデル定款では下記のような規定例を選択肢
8
として挙げています。
〔例〕理事会の決議は、この定款に別段の定めがあるもののほか、議決に加
わることのできる理事の過半数が出席し、その過半数をもって決する。
(3)もっとも逆に議長が最初から議論に参加したときに、賛否同数となる場合
があります。この場合は、通常で考えれば否決ということになり問題が発
生しますが、次のような解決法があるとされています。
A.会社法の最近の学説では(※)
、可否同数で否決の場合であっても、
(後
で)過半数が賛成すれば議長一任ということは可能とされています。
この考え方には、①実質的に議長に 2 票を与えているのでないかという疑
問、②もともと可否同数で決着がつかないのに過半数の要件を満たすこと
が現実的に可能かという問題はありますが、要は実質的に議決をやり直し
て過半数に達すればよいという実践的な方法であると評価することもで
きると思います。
※前掲江頭「株式会社法第6版」416 頁、落合「会社法コンメンタール 8」
291 頁
B.また定款に規定することなく、議長が最初の議決において議決権を留保
し、その議決の結果をみて、可否同数の場合後出しじゃんけん風に議決権
を行使する実務は、会社法(※1)のみならず一般法(※2)でも有効とさ
れています。
※1 前掲落合「会社法コンメンタール 8」291 頁
※2 前掲FAQ問Ⅰ-③-⑪
C.さらに進んで上記Bの(黙示的に議長が議決権を留保している)場合に、
最初の議決において過半数とならないとき、例えば(先に例示した)10
人参加し、議長が議決権を留保し、賛成 5 反対 4 となった場合に、議長は
議決権を行使し、6:4 の過半数として議案を成立させることができるで
しょうか。
平成 26 年 11 月 18 日の内閣事務局による定款変更の留意事項のパブリ
ックコメントにおいては、はっきりした回答では必ずしもありませんが、
「可否同数のときは議長の決するところによる。前項の場合に、議長は理
事として表決に加わることができない。」というように定めると「決議が
9
成立しにくくなる場合もあります。」としてそのような定めがない場合に
おいて議長の後出しじゃんけん的扱いを認めているように見えます。
D.以上B、Cの方法は定款にそのことが明確に規定されていないため、場
合によっては紛糾の素になる恐れがあります。会議体の開催にあたって、
①議長が議決権を留保するが、最終的な議決には参加することを明確にし、
②会議体の参加者全員がこのことに同意して運用するならば、プラクティ
カルな方法と言えましょう。
5.おわりに
このように、理事会の議決をめぐって上記のように様々な問題を含んでいま
すが、各法人においてどの方式を選ぶかは全く法人自治で自由と考えられます。
いずれの方式を選択するにしろ、
① 法律で定められた議決要件の緩和となることは許されないこと
② 会議体の参加者は平等であって、議長といえども複数票を保有することは
できないこと
の二点に留意することが肝要と思われます。
以上