第8回 中小企業経営者に「隠居」していただく方法

11月号
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事業承継の実践と事例
第8回 中小企業経営者に
「隠居」
していただく方法
事業承継と「黄金株」
長く経営を続けられている中小企業経営者には、
「私もそろそろ隠居して後継者に経営を任せたい」と
考えている方も決して少なくないと思われます。
しかし、会社の株式の大多数を所有している経営者が、
実際に隠居することは極めて困難です。
なぜなら、
後継者に株式を贈与しようとすれば高率の贈与税が課せられ、
後継者に株式を譲渡しようと
すれば売り側には譲渡所得税が、買い側には資金調達が必要となりますから、
税務面や資金調達面での高
い障壁があります。
そこで一つの方法として、経営者が役員を退任して後継者に代表取締役の座を譲り、
高額の退職金を受
け取って株価を下げた後に、後継者に株式を譲渡または贈与するという仕組みが考えられます。
しかし、その場合によく問題になるのが、
「支配権」
です。
多くの経営者は、後継者の能力に関係なく、
承継当初から安心して経営を任せようという気持ちにはな
らないもので、それは致し方ないことです。
そのようなケースで用いられていると思われるのが、2006年に会社法が制定された時に、一部の専門
家が鳴り物入りで宣伝していた「黄金株」です。
これは、正式には「拒否権付種類株式」と言い、極端な場合にはたった1株の株主が、他の全株主が決め
たことを覆せるという、大変に強力な権限を持った株式となっています。
例えば、隠居する前経営者が、後継者に大半の株式を贈与や譲渡で移転しながらも、
1株だけを残して、
それを「黄金株」
とすることが考えられます。
これは一見すると、前の経営者が支配権を確保したまま株価を下げ、
後継者に株式を生前移転できる仕
組みとして、大変優れているようにも見えますが、さまざまな面で「弱点」があり、あまり使用すべきでは
ないと考えられます。
まず、黄金株は種類株式の一種ですから、会社の登記簿に記載され、誰でもが簡単に見ることができる
登記事項証明書に黄金株の内容が詳細に掲載されることになり、
場合によっては
「事業承継をしても先代
が実権を握っているということは、後継者の能力に問題があるのではないか?」
といった誤解を受ける可
能性があること、
実際に代表取締役となった後継者が本当の実権を把握できないことから、
非常に経営が
進めにくいであろうことなど、実務面での弊害が考えられます。
さらに、黄金株にはとても恐ろしい落とし穴があることを知っている専門家は意外と少ないのです。
黄金株の落とし穴
ある会社で、前経営者であったAさんが、代表取締役及び取締役を辞任して、多額の退職金を受け取っ
た後に黄金株1株だけを残して他の全株式を後継者に移転し、1年ほど過ぎた後、税務当局から
「役員退
職金は否認」
という処分が下されました。
退職金が否認されると、役員賞与として課税されることとなり、Aさん個人だけではなく、会社側にも
大変な損害をもたらすことになってしまいます。そこでAさんは、取締役でもない単なる一人の株主に
なっているのに役員退職金を否認されるのは不当ということで、何とか決定を覆せないかと不服申し立
てを行いましたが、税務当局の判断は覆りませんでした。
なぜなら、税務当局は名義上や肩書上の役職や地位に関係なく、全て「実態」で判断しますので、Aさん
は取締役ではなくても実質的に会社を支配している立場であると認定されたためです。
拒否権付種類株式の規定を定めている会社法第108条第8項では、この種類株式を持つ株主は、株主総
会だけではなく、
取締役会の決議も拒否できると定められています。
この条項によって、取締役会の決定よりも黄金株の株主の意思が優先されることになり、
代表取締役よ
りも強い権限を黄金株主が持っているということになるため、
実質支配とみなされるということです。
このような点から、安易な動機で黄金株を使ってしまうことは、
大変危険な行為であると言えるでしょ
う。
黄金株に代わる方法①
「属人的株式」
黄金株に代わる方法として、
「属人的株式」
というものがあります。
これは、会社法第108条第2項において、
「株主の平等」原則の例外として定められているもので、特定
の株主が所有する株式について、配当・残余財産分配そして議決権に関して、
他の株主とは異なる取扱い
をすることが可能となっています。
誰を
「特定の株主」にするのかについては特に規制がありませんので、例えば「代表取締役である株主」
とか、極端なケースでは「Aさん」という定め方も可能です。
この属人的株式は、種類株式とは違って、株式自体に付けられている権利ではなく、株主に付けられて
いる特権ですから、その株主が「特定の株主」
ではなくなった場合には普通の株式に戻り、
また別の株主が
「特定の株主」になった場合にはその人が所有する株式が属人的株式に変わるということになります。
また、この属人的株式は、定款で定めた場合のみ効力を発揮するものであり、種類株式と違って登記が
必要ありませんので、対外的には属人的株式の存在が分からないという特徴があります。
そこで、例えば株主総会における特定の決議に関しては特定の株主に多くの議決権を認めるといった
内容の規定を定款に盛り込んでおけば、実質的な拒否権となり、黄金株を設定する必要がなくなります。
さらに属人的株式では取締役会の決議は拒否できないことから、役員退職金の否認のリスクもほぼ皆無
と考えることができます。
黄金株に代わる方法②
「株式信託」
黄金株に代わる方法として、もう一つ「株式信託」
の活用が考えられます。
民事信託に関しては、株式を信託した場合、株式の権利の中の財産権(配当請求権と残余財産分配請求
権)以外の権利、
すなわち議決権を行使する権限を持つ人の名義だけが委託者
(兼当初受益者)
から受託者
に変更され、財産権に関しては移転しませんので、一切の課税がなされないこと、契約なので解除して元
に戻すことができることなど、数々のメリットがあります。
そうした点から、例えば現経営者が「隠居」
して後継者に権限を移転させたいが、
株式自体の移転は税金
問題などで困難な場合、株式信託で議決権だけを先に後継者に移しておき、
後に株式自体の移転を考える
といった方法を取ることが可能となります。
また逆に、
株価が下がっている間に後継者に株式自体を移転
させておき、後継者の方から現経営者に株式信託して議決権だけを残しておくという「逆株式信託」も可
能です。
そして、信託では「指図権」というものを設定することができます。
これは、受託者に対して、信託財産の管理方法等についての指図をする権限を別の人に与えておけば、
受託者は指図があればその指図に従わなければならないという仕組みです。
この仕組みを利用して、現経営者が後継者に株式を信託しておき、
当初は自分自身が指図権者として議
決権行使に関する意思決定をし、後継者が育って「もう大丈夫」と思った段階で指図権の行使を止めると
いう「後継者育成型株式信託」や、あるいは指図権行使の期限を
「株主総会開催7日前」
などに決めておき、
指図権者が認知症等で指図を出せなくなったら自動的に受託者である後継者に議決権行使権限が移ると
いう「自動移行型株式信託」を作ることが可能です。
他にも議決権制限種類株式や役員選解任権付種類株式を活用することや、相続時精算課税制度や経営
承継円滑化法の贈与特例を利用するなど、中小企業経営者に「隠居」をしていただく仕組みはさまざまに
考えられ、ケースによって使い分けるべきですが、法務・税務その他の各種周辺知識、そして会社経営に
まで広く精通している専門家が少ないため、
どうしても偏った知識に基づく判断となってしまいます。
そ
の結果として黄金株の退職金否認のような事例が出てきてしまいますので、慎重かつ戦略的に
「隠居」を
考えられる必要があります。
(CRC企業再建・承継コンサルタント協同組合 組合常務理事
河合 保弘)