BSSJ Newsletter No.03

日本蝶類科学学会
The Butterfly Science Society of Japan
www.butterflysociety-jp.org
バタフライ・サイエンス
ニュースレター
2015年7月1日
Butterfly Science
NEWSLETTER
No.3
今日は午前中に森林浴へ出掛けた。昨日午後は全く見られなかったウラナミアカシジミが多数見られた。新鮮な個体があまり飛ぶことなく静かに
とまっていた。(2015 年 5 月 28 日群馬県にて 池沢隆一撮影)
2015 年バタフライズ・フォーラムのご案内
今号の内容
2015 年バタフライズ・フォーラムの開催が決定しました。講演のプログラムなどは、追っ
てお知らせいたします。
1
バタフライズ・フォーラムのご案内
2
アメリカン・バタフライズ
3
新刊案内
4
北條篤史さんを悼む
午後1時~5時 (懇親会は 5 時 30 分~7時 30 分)
5
鱗翅目和名あれこれ
場 所:東京工業大学 東工大蔵前会館
「イナズマチョウ」
ロイアルブルーホール
「ヨナグニサン」
6
千夜一蝶物語
懇親会:同会館内 ロイアルブルーホール精養軒
7
ネットニュース
日 時:2015 年 11 月 15 日(日)
(東急大井町線・目黒線 大岡山駅前:東急東横線の自由が丘で乗り換え2駅目)
ア メ リ カ ン ・ バ タ フ ラ イ ズ
第3回
カシの葉の上でテリトリーを張るカリフォルニアイチモンジ(カリフォルニア州)
カリフォルニアイチモンジ ~橙色紋は警戒色?~
白岩康二郎
ア
メリカ西部のワシントン州南部からメキシコの
があるのではないであろうか。アメリカイチモンジは
バハカリフォルニア州まで広く分布するイチ
メキシコに普通に産するというが、普通種が故にあま
モンジチョウの仲間に、カリフォルニアイチモンジ
り注目されなかったのかもしれない。
Adelpha californica がいる。食樹のカシがある森に行け
A. bredowii には、アリゾナ州とその周辺からメキシ
ば、イチモンジチョウ類らしい滑空をしながらテリト
コ南部まで生息するもう一つの亜種、アリゾナイチモ
リーを張っている姿を見る事ができる。春から発生し
ンジ eulalia がいるが、本種も Prudic らによって独立種
ているが、秋の方が圧倒的に多くの個体数を見る事が
とされた。メキシコの分布域で両種が同所・同時期に
できる。
見つかったのだ。本種はカリフォルニアイチモンジに
ア メ リ カ の 蝶 に あ る 程 度 詳 し い 人 な ら、Adelpha
よく似ており、この2種を区別できない人も多い。カ
bredowii として覚えている方も多いであろう。実は、
リフォルニアイチモンジの標本を横に並べれば、その
長い間 A. bredowii の亜種として知られていた本種は、
違いが分かりやすいが、採集をしない人は気づきにく
Prudic ら(2008)によって別種である事が確認された
いかもしれない。一番分かりやすい違いは裏面後翅中
ので、今は A. californica となっている。
室にある橙色の帯の数である。一本あるのがアリゾナ
メ キ シ コ の ア メ リ カ イ チ モ ン ジ Adelpha bredowii
イチモンジ、二本あるのがカリフォルニアイチモンジ
bredowii とカリフォルニアイチモンジとの比較写真を
となる。もっとも生息地が分かれているので、その場
見たら、「全然違う種じゃないか」と感じる方も多いと
所にどちらの種が生息しているか把握していれば、同
思う。今までこの違いに気づかれなかったのは、アメ
定に困ることはない。
リカイチモンジを見る機会があまりなかった事に原因
2 | BUTTERFLY SCIENCE NEWSLETTER No.3 | JUL 2015
アリゾナイチモンジが A. bredowii でない事は明らか
だが、カリフォルニアイチモンジとアリゾナイチモン
日本の蝶類からかけ離れた種類かというと、そうで
ジの関係はどうなのであろうか。分布が重ならないと
もなく、意外と共通点がある。カリフォルニアイチモ
なると、同じ種類の2亜種となりそうだが、mtDNA に
ンジを飼育した事があるので、ここに幼生期の写真を
3.7% とアメリカイチモンジとアリゾナイチモンジ以上
紹介する。イチモンジチョウの幼生期に大変よく似て
の差が確認されているので、これらも別種として間違
いる事が分かるであろう。実は、カリフォルニアイチ
いなさそうだ。
モンジの幼生期は、他のアメリカイチモンジの仲間よ
アメリカイチモンジ属 Adelpha は中南米を中心に発
展しているタテハチョウの大属で、種類数は 85 種にも
りも、より日本のイチモンジチョウの幼生期に似てい
る。
のぼる。アンデスでは一箇所で 35 種類ものアメリカイ
ところで、以前から思っていたのだが、他のイチモ
チモンジが採れる場所があるという。どれもよく似た
ンジチョウ類に見られないアメリカイチモンジ類特有
種類が多いためか、人気の方はイマイチのようだ。
の前翅にある大きな橙色紋は、なにか意味があるので
アジアに生息するイチモンジチョウ類と比べると、
はないであろうか。Prudic (2002) によると、カリフォ
形 態 的 に ア メ リ カ イ チ モ ン ジ 属 に 一 番 近 縁 な の は、
ルニアイチモンジを鳥に与えると、一度食べた後は食
ムラサキイチモンジやザライチモンジになるという
べなくなるという。そして、カリフォルニアイチモン
(Willmott, 2003)
。確かにザイライチモンジは、成虫の
ジの様に前翅先を橙色にしているツマアカイチモンジ
姿がアメリカイチモンジの様に前翅の帯が橙色になる
というのが面白い。
Adelpha bredowii 三姉妹。上からカリフォルニアイチモンジ A.
californica(アメリカ・カリフォルニア州)、アリゾナイチモンジ A.
eulalia(アメリカ・アリゾナ州)、アメリカイチモンジ A. bredowii
(メキシコ・ハリスコ州)
カリフォルニアイチモンジの幼生期(カリフォルニア州)
JUL 2015 | BUTTERFLY SCIENCE NEWSLETTER No.3 | 3
Limenitis lorquini は、カリフォルニアイチモンジに擬態
参考文献
しているのだという。南米にはアメリカイチモンジ類
Bae, Narkhyun, Lin Li, Martin Lödl, and Gert Lubeca,
にそっくりなコムラサキやシジミタテハもいる。とな
2012. Peptide toxin glacontryphan-M is present
ると、アメリカイチモンジは毒蝶(もしくは不味い蝶)
in the wings of the butterfly Hebomoia glaucippe
で、あの橙色紋は警告色としてとらえていいのかもし
(Linnaeus, 1758) (Lepidoptera: Pieridae). Proc Natl
れない。そうすると、ツマキチョウ類の橙色紋も警告
Acad Sci U S A. 109 (44): 17920–17924.
色である可能性がある。ツマベニチョウも翅に毒が含
Prudic, Kathleen L., Arthur M. Shapiro and Nicola
まれる事が最近分かっているので(Bae, 2012)、前翅
S. Clayton, 2002. Evaluating a putative mimetic
の橙色紋は蝶全般で見られる警告色なのかもしれない。
relationship between two butterflyies, Adelpha
その一方で、アメリカイチモンジの中には橙色紋を欠
bredowii and Linenitis lorquini. Ecological Entomology
いていたり、他の毒蝶に擬態する種類もいるので、想
27, 68-75.
像以上に複雑な擬態関係が出来上がっているようだ。
Prudic, Kathleen L., Andrew D. Warren and Jorge
アメリカイチモンジ属とそれに似ているタテハチョウ。左上から下へ、記載ないものはペルー産。Adelpha lycorias lara , Adelpha ethelda
ethelda(エクアドル), Adelpha erotia erotia f. erotia , Doxocopa linda f. linda(コムラサキの仲間), Adelpha mesentina , Adelpha
alala , Adelpha melona leucocoma(ブラジル), Doxocopa linda f.selina(コムラサキの仲間), Adelpha epione, Adelpha thoasa
manilia, Adelpha cytherea daguana , Adelpha irmina tumida , Limenitis lorquini powelli(ツマアカイチモンジ カリフォルニア州)。
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Molecular and
Willmott, Keith R, 2003. Cladistic analysis of the
morphological evidence reveals three species
Neotropical butterfly genus Adelpha (Lepidoptera:
within the California sister butterfly, Adelpha bredowii
Nymphalidae), with comments on the subtribal
(Lepidoptera: Nymphalidae: Limenitidinae). Zootaxa
classification of Limenitidini. Systematic Entomology
1819: 1-24.
(2003) 28, 279–322.
Llorente-Bousquets, 2008.
ムラサキイチモンジ Parasarpa dudu とザイライチモンジ Parasarpa zayla
新刊案内
私たちは今でも進化しているのか?
マーリーン・ズック著 文芸春秋
定価 1,800 円(税込) 2015 年 1 月刊行
著者はミネソタ大学教授で進化生物学者である。自身でもハワイ諸島において寄生バエの攻撃を避けるため、わずか 5 年で鳴
かないように急速に進化した新種のコオロギを発見している。目次は、
序 文 早い進化と遅い進化
第1章 マンションに住む原始人
第2章 農業は呪いか、祝福か
第3章 私たちの眼前で生じる進化
第4章 ミルクは人間にとって害毒か
第5章 原始人の食卓
以下第10章の私たちは今でも進化しているのか、まで実際に進化の実例をあげて述
べていてたいへん面白い。
「ミルクは人間にとって害毒か」の章では、成長してからもミルクを飲む哺乳類は人
間しかいない。人間も地上の過半数の人たちは幼児期を過ぎればミルクや乳製品を摂
取しない。ミルクにはラクトース(乳糖)という不消化物質があり、それを消化する
ためにはラクターゼという酵素が必要であり、それを持つ民族が乳製品を消化する能
力を持っている。著者の友人の研究者はヨーロッパやアフリカの人の古い骨から DNA
を取り出して調べている。ラクトースに対する耐性は遺伝的な性質であり、それをコ
ントロールする一つの遺伝子があれば乳製品を消化できる。そのような人は世界で 35
パーセントしかいなく、古くは北ヨーロッパ、アフリカ、中東の一部に限られていた。
それが近年になってラクターゼを持った人が自然選択によって増えてきた。
「原始人の食卓」では初期人類は狩猟採取で生活していたので炭水化物を食べていな
い。人類は炭水化物を食べるようには進化していない。ということからパレオダイエッ
トという炭水化物を食べないことで肥満や糖尿病などの文明病をなくすという健康法
が広まっている。著者はこれについて実証的に検証して否定的な見解を述べている。
人類は形態は変化していないが、見えない部分で近年において様々な変化が起こっ
ている。それは遺伝的なものであり、それを進化と呼ぶのなら、人間もかなり早い速
度で進化しているということである。(麻生)
JUL 2015 | BUTTERFLY SCIENCE NEWSLETTER No.3 | 5
北條篤史さんを悼む 高橋真弓
昆虫」13 号(1956)などに発表されました。
北條さんは静岡市立高校に進学され、行動範囲も広
がって、南アルプスの大井川上流などへも足を延ばさ
れました。3 年生となった 1958 年、
「自然の友」とい
う生物部誌を発刊し、その創刊号に「大井川上流西俣・
椹島間の蝶類」という調査報告が掲載されました。
高校卒業後の進学先は東京の國學院大學文学部で、
彼は文学を愛し、自らも多くの作詩をされました。そ
して東京で松坂屋上野店に就職されました。
そのころベニヒカゲの研究でよく知られた木暮翠さ
んを中心にタカオという喫茶店で、単なる趣味の集ま
りではなく、アカデミックな性格をもった「タカオゼ
ミナール」という蝶類研究グループが誕生していまし
た。
先
日、
4 月 27 日の朝、
北條さんの奥様からの電話で、
篤史さんが前日に入院中の病院で亡くなられた
とのお報せをいただきました。
北條さんはそのグループに加わり、未解明な部分の
多い山梨県下の釜無川流域や、いわゆる奥秩父山地の
蝶類調査を提唱しました。その調査の成果は「駿河の
北條さんは日本蝶類科学学会の理事、そして静岡昆
昆虫」50 ~ 66 号(1965 ~ 1969)に報告されて、こ
虫同好会の第 2 代会長をつとめられ、1940 年のお生ま
れらの地域の蝶相解明の見地から今日でも高く評価さ
れ、今年 “ 後期高齢者 ” の仲間入りをされるところで
れています。
した。
数年前に腰を痛められ、さらに心臓を患われて、こ
のところ入退院をくり返しておられました。
北條さんとの出会いは 1951 年で、私は高校 2 年、北
條さんは虫好きの小学生でよく私の家へ「北條が参り
ました」と声をかけて訪ねてこられました。
その 2 年後の 1953 年、静岡昆虫同好会が 17 名の会
員で創立し、中学1年生の北條さんもそのときに入会
されました。
静岡昆虫同好会は創立当初から珍種のコレクション
ではなく、地域の昆虫相(特に蝶類)の解明を目指し
て地味な活動をしていました。その気風は創立 65 年を
迎える今日でもいささかも変わっていません。
北條さんが中学 3 年生となった 1955 年、静岡県にク
ロコノマチョウが大発生し、その傾向が数年続きまし
た。北條さんは中学生会員のリーダーとして、自転車
を利用し、この蝶が生息する社寺林をつぎつぎに調査
して大きな成果を上げたことは、今でも語り草になっ
ています。その成果は静岡昆虫同好会の会誌、
「駿河の
6 | BUTTERFLY SCIENCE NEWSLETTER No.3 | JUL 2015
高校 2 年当時の北條さん。
1957 年 7 月 25 日 静岡県裾野市の愛鷹山にて
モンシロチョウ属 Pieris は蝶の中では地味なグルー
プですが、北條さんはこのグループに強い関心を持ち、
「昆虫と自然」14 巻 7 号(1979)に「静岡市およびそ
の付近におけるモンシロチョウ属 Pieris とその食草」
今ごろ遠い世界からモンシロチョウ属の研究の発展
と日本蝶類科学学会の将来を温かく見守っておられる
に違いありません。
ここに心から哀悼の気持ちを表明いたします。
という文を寄稿しておられます。そして Pieris の分類
や歴史について卓越した見解を持たれた故日浦勇さん
の主催する座談会「Pieris の研究をめぐって」は日浦さ
ん以下北條さんを含め 9 名からなる Pieris 研究・愛好
者の座談会でしたが、ここでも北條さんが大いに活躍
しておられます(
「蝶」3 号 ,1989 年)
。
最近では 2008 年にキルギス山地に北條さんと同行す
る機会がありました。このとき北條さんの体調はあま
り良いとはいえませんでしたが、テント泊をした高地
帯でナリンスジグロチョウ Pieris narina を採集された
北條さんは本当に嬉しそうでした。
北條さんは人柄円満で敵を作らず、気配りが行き届
き、大局を見透かすリーダーとしての資質をお持ちで
した。また家庭では優しい夫、良き父親、そして三人
のお孫さんから慕われていました。
静岡昆虫同好会、相蝶会などとの合同調査会にて
前列左が北條氏、中が岩野秀俊氏、右が筆者。(伊豆高原 2012 年 8 月 24 日)
JUL 2015 | BUTTERFLY SCIENCE NEWSLETTER No.3 | 7
鱗翅目
和名
イナズマチョウ Euthalia irrubescens Grose-Smith, 1893
猪又敏男
標
た森下和彦氏によるイナズマチョウ図説 (1)-(8) では
この種に対してはイナズマチョウとイナヅマチョウの
“ ズ ” が使用されており、同誌 147 号に “ ヅ ” を用いた
2つの異なった名称(綴り違い)が宛てがわれる。前
が、すかさず “ ズ ” に訂正している。こうしてみると、
者は岡野・大蔵 (1959) の台湾産蝶類図鑑で使用されて
イナズマチョウとする方が市民権?を得ているような
おり、後者は白水 (1960) の台湾産蝶類図鑑で使用され
気もする。ちなみに、同種とは直接関係がないが同誌
ている。
127 号に掲載されている童、潛両氏の報文にイナズマ
記の種に対して近似の2つの呼称がある。前回
のアカボシゴマダラとよく似たケースである。
『広辞苑』では “ いなずま稲妻 ” という項目はあるが、
“ いなづま ” では引けない。念のため三省堂の『新小辞
さて、1987 〜 1991 年に『やどりが』誌に連載され
オオムラサキ(クロオオムラサキのこと)というのが
あり、ここでも “ ズ ” が使用されている。
林』も参照したが、
『広辞苑』と同じ結果であった。『広
辞苑』や『新小辞林』が正しく、かつ “ 稲妻 ” に由来
引用文献
する命名とすれば、“ ず ” を “ づ ” とするのには問題が
松村松年 , 1909. 蝶類の新種並に鎮種に就て . 博物之友
ある。私が使用している PC では “ ず ” をカタカナ変換
すると “ ズ ” になるので、ひらがなの “ ず ” とカタカナ
の “ ズ ” は同義と考えている。
しかし、台湾の稲妻蝶を "Sasakia fulguralis" という
国際名の新種として発表した松村 (1909) は、この種の
呼び名(和名)として “ イナヅマチョウ ” という呼称
を最初に提示している。このことが、イナヅマ説の根
拠であり、
最古の命名となることが明白である。そして、
多くの昆虫愛好家に影響を与えた『新日本千虫図解 3』
9(64): 95-98.
松村松年 , 1919. 新日本千虫図解 3. 2 + 267 + 34 + 3 + 2
pp., 27 pls. 警醒社 , 東京 . 森下和彦 , 1987-1991. イナズマチョウ図説 (1)-(8). やど
りが (130)-(147). 岡野磨瑳郎・大蔵丈三郎 , 1959. 原色台湾蝶類図譜.12
+ 65 + 16 + 12 pp., 64 pls. 谷口書店、東京.
白水隆 , 1960. 原色台湾蝶類大図鑑.481 pp., 76 pls. 保
育社、大阪.
でもイナヅマが使用されている。ただ、現今の国語辞
書では前述したようにイナズマのほうが一般化してい
ることも前述したとおりである。
8 | BUTTERFLY SCIENCE NEWSLETTER No.3 | JUL 2015
写真:台湾のイナズマチョウ
ヨナグニサン
Attacus atlas (Linnaeus, 1758)
猪又敏男
類の和名について詮索するのはどうかと思うが、
蛾
に悩むことから解放されるのであるが、地域的な呼称
この蛾が地名プラス分類群名で呼ばれているこ
の場合はそうもいかない。むしろ、松村博士による意
とは容易に判断できる。このようにしてひとつの生物
図的に混乱を生じることを予期しない分類学的行為の
種の呼称が形成されることが多いようである。この名
ために現状のようになった、と理解すべきである。
称を直訳すれば、「与那国にすむマユを作るガ」という
黒澤 (1974) はこうした経緯を承知の上で、あえてヨ
ナグニサンをヨナクニサンとしたのはそれなりの配慮
ことになる。
問題なのは地名を示す語として “ ヨナクニ ” と “ ヨナ
があったからである。ちなみに、現在、日本でもっと
グニ ” の2つが見られることである。国土地理院や数
も重視されている井上寛博士ほかの『日本産蛾類大図
多くの出版社から発行された地図には、与那国を “ よ
鑑』には “ ヨナグニサン ” としてある。 なぐに ” とルビがふられ、郵便局で入手できる『郵便
本小文をまとめるにあたり、東京の杉繁郎氏からの
番号簿』にも与那国町は “ よなぐにちょう ” とある。
ご教示を得た。記して深謝の意を述べたい。 これらで明らかなように、与那国は “ よなぐに ” と濁っ
て発音するのが正しく、固有名詞に “ よなくに ” とい
引用文献
う不適切な語を冠すべきではない。
井上寛・杉繁郎・黒子浩・森内茂・川辺〇 , 1982. 日本
しかし、こうした和名(呼び名)に大きな影響を与
えたのは松村松年博士の『日本昆蟲總目録第一』の本
文 (47p.) および索引で “ ヨナクニサン ” が採用され、こ
れが最古の命名となることが明らかであることである。
もし、このような経過を学名(国際名称)と同じよう
に先取性が重視して決定されるのであれば、取捨選択
産蛾類大図鑑 .2 巻(1: 968 pp.; 2: 556 pp., 392 pls.).
講談社,東京 . 黒澤良彦,1974. 琉球列島の昆虫.自然科学と博物館
41(3): 106-110, 2 pls. 松村松年,1905. 日本昆蟲總目録第一.3 + 307 pp. 警醒社,東京.
写真:インドネシア産ヨナグニサン(池沢隆一氏撮影。標本は池沢氏が群馬県立自然史博物館へ寄贈)
JUL 2015 | BUTTERFLY SCIENCE NEWSLETTER No.3 | 9
「千夜一蝶物語」では会員の皆さんの投稿を募集しています。標本など蝶の写真と、それにまつわるお
話をお寄せください。自慢の標本のことでも結構です。会のホームページにあるアドレスか、編集担当・
麻生のアドレス([email protected])までメールでお送りください。
オオムラサキの異常型流入経緯
3
山田成明
年ほど前、「TSU-I-SO」 を発行している木曜社に大
見せてくれたのがオオムラサキ♂の異常型である。大
量のオオムラサキの異常型の標本が入荷した。か
量に採ると、1000 匹に1匹くらいは異常型が混じるよ
なりの人がそれを手にし、木曜社から流れ出たモノが
うで、周さんは異常型だけは除けて保存していた。す
インセクトフェアでも沢山並んでいたし、ネットオー
べて野外品で値段を聞くと、台湾の人に1匹2万5千
クションにも出品されていた。普通なら出るはずのな
円の値段をつけて売ったと言っていた。数匹買うだけ
い異常型を、なぜあんなに沢山入手することが出来た
ならそういうこともあろうが、チョータローは沢山買
のか、チョータローに聞いてみた。
うからと交渉した。
あの夏チョータローは二人の友達を伴って、蝶採り
そして、これなら商売になるかもしれないと思い、
をさせようということで中国に赴いた。大連には日本
オオムラサキの異常型を 100 匹くらい買ってきた。通
語も話せる王さんというチョータローの友達がいて、
常ではこのような異常型が複数出回ることは有り得な
その人と一緒に遼寧省へも行ったのだ。実は、中国へ
い。持ち帰ったが1匹1匹売るのは面倒なので、まと
採集に行った他の人から遼寧省には標本商がいるとい
めて買ってくれる人を優先し、5匹~ 10 匹ずつくら
うことを聞いていて、雑蝶があれば買うつもりで訪ね
いまとめて知り合いに買ってもらった。翌年も出かけ
て行ったのだ。二人の友達には蝶の採集をさせておい
て行って、やはり 100 匹くらい買ってきて、売れ残っ
て、標本商の周さんに会った。訪れた南雑木鎮は、オ
たものはプレゼントに使った。こうして、とても珍し
オムラサキなどの蝶が渦を巻くほど飛んでいて、二人
い野外品オオムラサキの異常型が一時市場にかなり出
は大喜びで蝶採りを楽しんでいた。
回ったのである。もちろん自然の産物であるので、す
周さんは中国の国内向けに標本を大量に商っていた。
ごいグレードのモノはほんの一部だったとのこと。あ
多分学校の教材として需要があるのだろう、オオムラ
んなに沢山あった三角紙も、すでに木曜社には1匹も
サキの♂だけを毎年 20 万~ 50 万匹扱っているという。
在庫はない。
ともかく、とてつもなく蝶の多いところなのだ。何か
かなりの量を手に入れた小林禎彦さんによると、沢
面白いものがあるかと思っていたら、いいのがあると
山の異常型の中には大して異常ではないものもあるが、
オオムラサキ♂異常型 中国遼寧省雑木鎮(山田成明コレクション)
10 | BUTTERFLY SCIENCE NEWSLETTER No.3 | JUL 2015
それらを含めて沢山並べて見ると、どの斑紋が重要で
変化をするのかを垣間見ることが出来て面白いとのこ
とだ。
過去に見たこともないようなオオムラサキの異常型
が、一時に市場にあふれた。こういうことはもう二度
と起こらないかも知れない、言ってみれば異常な事態
だったような気がする。
前頁写真は筆者が購入した、まるでアグリアスのよ
うなオオムラサキである。このような逸品を手に入れ
られたのは、山田が木曜社で働いているからである。
オオムラサキ♂ 色々な異常型 中国遼寧省南雑木鎮(小林禎彦
コレクション)
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送は白黒になります。メール配信を希望される会員は、bssj@
butterflysociety-jp.org まで送信希望のメールアドレスをお知らせ
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インターネットに掲載されている、蝶や昆虫の関連ニュースを集めてみました。
■石垣市自然環境保全条例に基づき指定された希少野生動植物 103 種が、5 月 1 日より石垣島全域で捕獲・採取禁止となっ
た。蝶ではアサヒナキマダラセセリとコノハチョウが対象。
(八重山毎日新聞 5 月 1 日)
■東南アジア最大規模のチョウ類保護施設バンテアイ・スレイ・蝶類センターが、減少続く希少なチョウ類の飼育法をカンボ
ジア地元住民に指導。住民は協力することによってピーク時月最高 150 ドル稼ぐことができるという。
(AFPBB NEWS, 5 月
1 日)
■栃木県大田原・福原小は市ふれあいの丘自然観察館と連携し、オオムラサキの飼育をはじめ、ふれあいの丘で放蝶する予
定。
(下野新聞 5 月 11 日)
■大分県のオオルリシジミの過剰な採集を懸念。
「罰則はないが、絶滅危惧種であり、採取は控えてもらいたい」
(県生活環
境企画課)
(大分合同新聞 5 月 18 日)
■アメリカのホワイトハウスは、オオカバマダラや蜂を保護するため、メキシコからミネソタ州まで伸びる高速道路 I-35 を
Pollinator Highway
(受粉者のハイウェイ)として指定する計画を発表。道路の脇にオオカバマダラの食草などを植える予定。
(The Washington Post, アメリカ 5 月 21 日)
■世界初 " アリ目線 " で昆虫世界にせまる、3D 映画「アリのままでいたい」が 7 月 11 日より全国ロードショー。
(ガジェット
通信 5 月 25 日)
■京都府京丹後市の琴引浜で、琴引浜鳴き砂文化館主催のアサギマダラ観察会が開催、参加者らが蝶の羽に「KOT」とマー
キングする作業を体験した。
(京都新聞 5 月 31 日)
■長野県駒ケ根市中沢永見山の住民が保護に取り組む絶滅危惧種ミヤマシジミの例年より一週間早い発生を確認。
(長野日
報 6 月 2 日)
■兵庫県丹波の森公苑にてオオムラサキの放蝶会が 7 月 4 日に行われる。羽化は例年より 1 週間から10 日早いようだという。
(丹波新聞 6 月 7 日)
■オオルリシジミの保護・回復に取り組む「北信濃の里山を保全活用する会」は、6 月 7 日長野県飯山市でオオルリシジミの
親子観察会を開いた。3 年前から試験的に放蝶している生息域外で 40 人の参加者一人平均 5 ~ 6 頭確認。
(信濃毎日新
聞 6 月 8 日)
JUL 2015 | BUTTERFLY SCIENCE NEWSLETTER No.3 | 11
日本蝶類科学学会役員・委員 【会 長】
【副会長】
伊藤建夫
【運営・編集委員】
運営委員長
朝日純一
運営副委員長
池沢隆一
編集委員長 中村英夫
朝日純一
中村英夫
編集副委員長
中西立郎 麻生紀章
山田成明
企画委員長
麻生紀章
企画副委員長
竹中一夫
財務委員長
山田成明
財務副委員長
小林真一郎
学術委員長
中谷貴壽
【理 事】
北海道
神田正五
森 一弘
東 北
室谷洋司
横倉 明
学術顧問
猪又敏男
関 東
池沢隆一
猪又敏男
IT 担当・英文指導
白岩康二郎
大床豊治
北川朝生
運営・編集委員
宮崎茂穂
三代 修
小林真一郎
寒沢正明
樋田 光
𠮷崎 孝
竹中一夫
田中和夫
大床豊治
寒沢正明
中谷貴壽
中西立郎
宮沢輝夫
樋田 光
三代 修
宮崎茂穂
宮沢輝夫
吉崎 孝
中 部
三上秀彦
近 畿
長谷 純
杠 隆史
中国・四国
中村具見
濱田 康
淀江賢一郎
九州・沖縄
村上貴文
米 国
白岩康二郎
【監 事】
長岡久人
島谷光二
田中和夫
ニュースレターはオールカラー版をメール配信してい
ます。メール配信ではオールカラー版がプリント郵送
より早くご覧いただけます。会の経費の節減にもなり
ますのでご協力をお願いします。
届け先:[email protected] 日本蝶類科学学会
事務局
山田 守
平成 27 年度の
会費納入をお願いします
檜山豊秀
本年度の会費の納入がまだの会員は納入をお願いします。
年会費 10,000 円(25 歳以下 7,000 円 18 歳以下 5,000 円)
郵便振替口座 00170-0-729645 「日本蝶類科学学会」
編集後記
ご逝去された北條篤史氏は 2011 年 3 月 6 日の当学
会総会の記念講演会で、
「極東の Pieris について」と
題して講演をしていただきました。Pieris を専門に研
究されていた北條さんの北海道と本州のエゾスジグロ
Butterfly Science NEWSLETTER No.3
発 行 日:2015 年 7 月 1 日
発
行:日本蝶類科学学会
編
集:麻生紀章
レイアウト:白岩康二郎
シロチョウについてのお話はたいへん興味深いもので
した(講演要旨はニューズレター№ 45)
。
そのあとの懇親会で北條さんに、日本のナピは1種
ですか、それとも 2 種、3 種ですか?とお聞きすると
1種です、というお答えが返ってきました。
当学会の理事を長く努められ、静岡の昆虫界の重
鎮であられた北條さんのご冥福をお祈りいたします。
(麻生)
12 | BUTTERFLY SCIENCE NEWSLETTER No.3 | JUL 2015
日本蝶類科学学会
The Butterfly Science Society of Japan
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