高すべり係数アルミ溶射添板の開発 - 一般財団法人日本建築総合試験

技術報告
高すべり係数アルミ溶射添板の開発
Development of Aluminum Sprayed Splice Plates with High-Friction Coefficient
熊井 隆*1、大坪 文明*2、松尾真太朗*3、遠藤 千尋*4、安井 信行*5
1. はじめに
用し、すべり試験を実施したのは文献5)が最初であ
高力ボルトは、梁継手やブレース(あるいはダンパー)
る。この試験では0.7程度の高いすべり係数が得られ、
継手のような摩擦接合部に多用されている(図-1)。高力
すべり発生後のすべり係数も変動が小さく安定している
ボルト摩擦継手では、被接合材の断面積が大きくなると
ことが確認されている。その後、文献6)、7)の研究
ボルト本数が増え、継手の長さが部材の領域を大きく占
において添板の摩擦面にアルミを溶射することで高いす
めるようになる。このボルト本数を削減してコンパクト
べり係数が安定して得られることが実験的に確認され、
な接合部を実現するためには、ボルトの強度を高めるこ
2012年3月に(一財)日本建築総合試験所の建築技術性
と、あるいは添板の摩擦係数を上げることの2つの手段
能証明(以下、技術証明と記す)を取得して実用に供さ
がある。
れるようになった。
高力ボルトに関しては、一般に用いられていたF10T
本稿では、アルミ溶射添板のすべり係数を設定するた
級に比べて1.5倍という高耐力化を実現したF14T級の超
めの技術的背景であるすべり試験結果を解説し、アルミ溶
高力ボルト
1)
が開発され(1999年に建設大臣の一般認
定取得)、すでに大規模な構造物で多用されている。
射添板の摩擦面の製作上の条件、およびこの添板を用い
た高力ボルト摩擦接合部の設計指針について記述する。
他方、高力ボルト摩擦継手の摩擦面処理に関しては、
赤錆やブラストが慣用的な方法として用いられていて、
これに対して0.45の設計用すべり係数(摩擦係数との違
いについては次章参照)が設定されている2)。一方で、
鋼材間の摩擦面に異種金属を溶射する方法や添板表面に
特殊な加工を施す処理技術等によって高いすべり係数が
得られることも確認されていた。
文献3)では、鋼材間の摩擦面にアルミナを溶射したす
べり試験が実施され、その結果0.7前後の高いすべり係数
値が得られている。文献4)では、添板表面を波形に機
図-1 高力ボルト摩擦継手の例
械加工して焼入れすることで、0.9以上というすべり係数
を実現しているが、広く普及するには至っていない。
アルミ溶射技術を高力ボルト摩擦接合部の摩擦面に適
2. 高力ボルト摩擦接合のしくみ
軸方向力を受ける板と板を接合する典型的な高力ボル
*1 KUMAI Takashi:吉川工業株式会社 表面処理事業部 技術研究所 所長
*2 OTSUBO Fumiaki:吉川工業株式会社 常務取締役
*3 MATSUO Shintaro:九州大学大学院 人間環境学研究院 都市建築学部門 准教授、博士(工学)
*4 ENDO Chihiro:(一財)日本建築総合試験所 試験研究センター 構造部 構造試験室
*5 YASUI Nobuyuki:(一財)日本建築総合試験所 試験研究センター 構造部 部長、博士(工学)
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GBRC Vol.40 No.3 2015.7
ト2面摩擦接合部を図-2に示す。これは2枚の添板を被接
を確保するための処理が必要となる。一般に、圧延鋼材
合材(母材という)の両側に配置し、高力ボルトで締め
の表面には黒皮という厚さ数十μm(1m mは1000μ
付けたものである。高力ボルトには専用の締付けツール
m)の酸化皮膜が固着していて、黒皮のままでは0.2~
を用いて所定の張力(初期導入張力)が導入される。そ
0.3程度の摩擦係数しか期待できない。したがってこの
の結果、母材と添板の間には大きな材間圧縮力が作用し
黒皮を除去し、さらに摩擦係数を高めるために摩擦面の
ている。摩擦接合はこの材間圧縮力を利用し、材間に生
浮き錆を除去して赤錆状態にするか、あるいはブラスト
じる摩擦によって高力ボルトの軸と直交方向の力を伝達
処理することが指定されている2)。現状の設計では、こ
する接合形式である。したがって摩擦接合部では、所定
のような処理を前提として μs = 0.45が用いられている。
の摩擦係数(すべり係数)を確保するための摩擦面の処
(1)式から、すべり耐力を確保したままボルト本数
理も必要である。
を減らすためには、2つの方法があることがわかる。1
図-2の2面摩擦接合部における高力ボルト1本当りのす
べり耐力qsは次式で与えられる。
qs  2s  N 0 つは高力ボルトの強度を上げてN 0を増大させることで
あり、もう一方は添板と母材のすべり係数 μs を大きくす
(1)
ることである。
本稿で対象としているアルミ溶射は、後者のすべり係
ここで μ s はすべり係数、N 0は高力ボルトの初期導入
数 μ s を大きくする技術である。アルミ溶射添板を用い
張力(設計ボルト張力)である。右辺の数字2は摩擦面の
た高力ボルト2面摩擦接合部が、高いすべり係数を確実
数を表している。
に発揮できる条件を得るためには、多くの条件をパラメ
ここで、「摩擦係数」と「すべり係数」の違いについ
ータに設定して、すべり試験を実施する必要がある。
て記しておく。図-2のように、引張を受ける摩擦接合部
にすべりが発生するときのボルト張力は、ポアソン比の
3. アルミ溶射の概要
影響で母材と添板が板厚方向に縮むため、初期導入張力
ここで対象とするアルミ溶射は、線状のアルミ材料を
に比べて幾分低下している。摩擦係数はすべり発生時の
アークで溶融状態とし、圧縮空気によって被覆対象物表
ボルト張力ですべり荷重を除したものである。他方、す
面に吹き付けて皮膜を形成するコーティング技術の一種
べり係数はすべり荷重を初期導入張力N 0で除したもの
であり、鋼材の防食方法として用いられている。溶融粒
と定義される。したがって、すべり係数は摩擦係数より
子径は約70~80μmといわれている。
若干小さい。一般にすべり試験でボルト張力の変動を測
アルミ溶射皮膜の一例を図-3に示す。溶射皮膜厚は
定することは困難であるため、すべり係数という概念が
200μm(0.2mm)であり、気孔が散在していてポーラ
導入されて設計に用いられている。
スな組織となっている。
アルミ溶射
皮膜
200µm
基材
図-2 高力ボルト2面摩擦接合部
図-3 アルミ溶射皮膜写真
実際の施工で導入されるボルト張力は、上記設計ボル
ト張力の1.1倍が目標値となっていて、この値を標準ボ
4. 高力ボルト2面摩擦接合部のすべり試験
ルト張力(N i)という。N iは、高力ボルトの引張強さ
文献5)の研究により、アルミ溶射は摩擦面の高すべり
の約70%を目標としている。例えば、F10T M20のNiは
係数化に有効な技術であるという知見は得られていた。
182kN、F14T M20の場合は266kNである。ボルト1本
ただし、この技術を摩擦接合部に適用するための方法や
当り、この大きさの力が材間圧縮力として存在する。他
すべり係数を定量化するための条件が検討・解明すべき
方、摩擦面に関しては、上記のように所定のすべり耐力
課題として残されていた。そこで、まず梁フランジ継手
9
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として一般的な添板による2面摩擦接合(図-2)を想定
ピッチが70mm、はしあきが50mmである。
し、アルミ溶射した添板(以下、アルミ溶射添板)とブ
図-4、図-5中の●印は添板と母材の相対変位(すべ
ラストで黒皮を除去した梁フランジ材(以下、母材)の
り)を測定した位置を表す。ボルト列数が3列以上の場
摩擦面処理に関わる諸因子がすべり係数に及ぼす影響を
合には、図-5に示すように2箇所(計測点1、計測点2)
検討した。
ですべりを測定した場合もある。
アルミ溶射添板を用いた高力ボルト2面摩擦接合部の
(3)試験体摩擦面の検査結果
すべり試験は、大きくは次の2段階に分けて実施してい
添板は溶射後の表面粗度および溶射皮膜厚を、母材は
る。第1段階は2012年に取得した技術証明を目的とする
ブラスト、赤錆発生後の表面粗度を測定した。結果を表
ものである。引き続いて2015年の技術証明の改定を目
-1にまとめて示す。溶射皮膜厚は、各目標値を精度良く
的に、第2段階の試験および数値解析を実施している。
達成できている。最大高さは指定しなかったものの50
以下、試験結果を要約して順に記す。
μmRz(すべり係数0.45を確保するために必要とされ
4.1 第1段階のすべり試験(シリーズⅠ)
ているブラスト面の条件)を十分に上回っている。
アルミ溶射層-鋼間のすべり係数に与える各種パラメ
ータの影響を把握するために、高力ボルト2面摩擦接合
890
部のすべり試験を実施した。
475
120
100
100
採用した実験パラメータは以下のとおりである。
200
4. 1. 1 実験計画
(1)実験パラメータ
・アルミ溶射施工条件:アーク溶射、ガスフレーム溶射
母材(治具側)
390
母材(試験側)
・アルミ溶射皮膜厚:100、200、300、400μm
試験側
治具側
添板(PL16)
25
22
・添板の板厚:12、16、22mm
410
ボルト孔径24mm
・ボルトの種類:F14T(SHTB)M22、S10T M22の2
250
種類、いずれもトルシア形高力ボルト
75
75
75
50 60 50
250
図-4 すべり試験体(2列)とすべり測定位置(●印)
・ボルト本数(列×行):1~4列×1、2行
・母材側摩擦面処理:黒皮除去程度のブラスト、めがね
擦り、自動グラインダー + 赤錆の有無
885
475
・すべり耐力比:母材正味断面の降伏耐力と母材が弾性
ルト張力が減少するためすべり耐力が低下する。)
120
240
405
・肌すき
・摩擦面の水濡れ、傷、油汚れの影響
試験側
240
試験体数は、パラメータ毎に2ないし3体を用意した。
なお、アルミ溶射する添板の下地処理もブラストであ
計測点2
母材(PL36)
240
治具側
35
計測点1
添板(PL22)
36
・リラクセーション特性の把握
母材(治具側)
80
母材の降伏がすべりに先行し、母材の細りによってボ
160
を維持するときのすべり耐力の比。(これが小さいと、
400
ボルト孔径24mm
80
母材(試験側)
50
70
70
50 50 60 50
240
図-5 すべり試験体(3列)とすべり測定位置(●印)
るが、仕様は母材の場合と異なって除錆度(JIS Z 0313)
を基準とする評価としている。
表-1 摩擦面の検査結果
(2)試験体形状
図-4にボルト本数が2本(2列)の場合の代表的な試験
部材
体を、図-5にはボルト本数が3本(3列)の試験体を示
す。ボルトが2本または3本の方が試験側であり、すべ
り耐力比が小さい試験体を除いて母材が降伏する以前に
すべりが発生するよう設計している。図-4のボルト配置
は、ピッチ、はしあきともに75mmであるが、図-5では
10
添板
アーク
ガスフレーム
ブラスト
母材
めがね擦り赤錆
表面粗度
溶射皮膜厚
算術平均粗さ 十点平均粗さ 最大高さ (目標皮膜厚)
25.6
20.4〜27.6
24.6〜24.7
29.4
12.4
6.4〜8.3
5.5
177
391
101(100)
171〜213
253〜321 194〜208(200)
171〜219
213〜325 290〜318(300)
122
298
391〜428(400)
103
116
209 (200)
54.8〜65.5 69.6〜84.3
−
47.2
65.7
−
単位:μm
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(4)試験方法
すべり試験は、まず試験体を組み立ててボルトに張力
を導入する。 初期導入張力は、標準ボルト張力の±5%
に収まるように導入する。F14T M22の場合、313~
345kN、S10T M22の場合、215~237kNである。
ボルト張力は、ボルト軸部に貼付した歪ゲージの軸歪
から換算する。歪ゲージを貼付したボルトは、予めキャ
リブレーションを実施して、ボルト張力と軸歪の関係が
求められている。
すべり試験は、万能試験機による単調引張載荷とし
図-7 荷重 F -すべり u 関係
た。載荷は、摩擦面に十分なすべり(2m m程度とす
る)が発生するか、あるいはボルトが支圧状態に達する
まで継続するものとした。
すべり試験時の測定項目は、荷重、ボルト張力、すべ
り量である。
4. 1. 2 すべり試験結果
(1)すべり係数の算出
すべり係数は、0.2mmすべり時とピーク荷重時の2種
類が考えられるが、ここではピーク荷重時を用いる。ピ
ーク荷重時のすべり係数を採用する理由は以下のとおり
である。
1)文献2)によれば、すべり量が接合部および構造物
図-8 ボルト張力 Nb -すべり u 関係
全体に与える影響を適切に評価する場合は、0.2mm
を超えるすべり量に対する荷重をすべり荷重に採用
(2)すべり試験結果
することができる。
2)ピーク荷重時のすべり量の大部分は0.4mm以下に分
すべり係数に関するすべての試験結果をまとめて図-9
布し、ほとんどが0.5mm以下である(図-6)。した
に示す。まず、アーク溶射が他の溶射法に比べて高めの
がって、ピーク荷重時のすべり量が接合部および構
すべり係数を示したことと、コスト的にはガスフレーム
造物全体に与える影響は小さいと考えられる。
溶射と大差がないことを考慮して、アーク溶射のみを検
荷重-すべり関係およびボルト張力-すべり関係の例
討対象とした。その他の試験パラメータに対する試験結
をそれぞれ図-7、図-8に示す。これは、添板厚16mm、
果は、以下のようにまとめられる。
アルミ溶射皮膜厚400μm、ボルトF14Tの試験結果であ
1)溶 射 皮 膜 厚 が 大 き い ほ ど す べ り 係 数 は 大 き い 。
る。
300μm以上の溶射皮膜厚を確保すれば0.8以上のす
べり係数が得られる。
15
2)添板の板厚が大きいほどすべり係数は大きい。ただ
個数
計測点 1
計測点 2
10
し、添板厚が12mmの場合はすべり係数0.8に達して
いない。
3)ボルトの強度(S10TとF14T)、ひいては初期導入
5
〜
〜
〜
〜
〜
〜
0.20 0.20 0.25 0.30 0.35 0.40 0.45 0.50 0.55 us(mm)
以上
未満
0.25 0.30 0.35 0.40 0.45 0.50 0.55
〜
0
張力が大きいとすべり係数はやや低下傾向にある。
図-6 ピーク荷重時すべり量の度数分布
これは、摩擦面接触圧の増大によってすべり係数が
減少する効果8)であると考えられる。
4)すべり係数に及ぼすボルト列数、行数の影響は小さ
い。
11
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1.1
µs
µm
mm
1
0.9
1 2
0.8
200
300
200
389
2 3
+
+
25 28 32 36
(
)
0.4
)
32mm,SHTB
36mm,SHTB
(
0.5
1 2 3
+
め
が
ね
mm
32mm,F10T
36mm,F10T
12 16 22
200
300
100
200
300
389
400
0.6
200
300
400
0.7
mm
1 2 3 4
各グループに対応するその他のパラメータ (1)ボルト本数(列×行) (2)溶射法 (3)溶射皮膜厚µm (4)母材摩擦面処理 (5)添板厚mm (6)ボルト種類
1 1
1 1
2 1
(1)
2 1
3 1
1 1
アーク
アーク
(2)
200
300
(3)
200
389
300
300
ブラスト
ブラスト
(4)
16
16
16
(5)
12
16
16~22
16~22
28
SHTB M22
(6)
S10T M22
S10T M22
2 1
1 1
389
16
SHTB M22
図-9 すべり試験結果のまとめ(シリーズⅠのすべり係数)
5)母材の摩擦面処理に関しては、ブラスト、自動グラ
材降伏・肌すき除く)」の場合、最もバラツキが小さ
インダーいずれも所要のすべり係数確保に適した手
く、概ね0.8以上のすべり係数を示している。「ボルト1
段といえる。また、赤錆の有無もすべり係数に影響
列」と「ボルト2列以上」を比較すると、平均的には同
しない。ただし、めがね擦り+発錆という慣習的な
等のすべり係数(0.84)を示しているが、バラツキは
方法では、0.8以上の値を確保することは難しい。
「ボルト2列以上」の方が小さいことがわかる。
6)母材降伏が先行する場合のすべり係数は0.72~0.74
で、0.8を下まわっている。ただしこの試験体は2列
100
ボルトであり、母材降伏によるすべり耐力の低下が
99
顕著に現れる場合を対象とした結果である。
7)肌すきがあれば明らかにすべり係数は低下する。た
だし、肌すき1m m、ボルトS10Tで3列、添板厚
28mm、溶射厚300μmの条件下で0.73~0.75のすべ
り係数が得られている。
8)1ヶ月間のリラクセーション測定により、ボルト張
力の低下が2%程度に収まることを確認した(図
-10)。これは、従来摩擦面(赤錆)のリラクセーシ
ョン特性と変わらない結果であり、アルミ溶射によ
るリラクセーション特性への影響が現れなかったこ
とを示している。また、1ヶ月経過してもすべり係
数が低下することはなかった。
9)摩擦面が曝される環境変化を想定した水濡れ・傷・
油汚れがすべり係数に及ぼす影響は小さい。
参考データとして、いくつかの条件を満足する母集団
におけるすべり係数の最大値、最小値、平均値および変
動係数を表-2に示す。「溶射皮膜厚が300μm以上(母
12
ボルト張力残存率(%)
98
97
96
No.1
No.3
No.2
No.4
95
0
5
10
15
20
25
day
図-10 リラクセーション測定結果
(ボルト張力残存率と日数の関係)
表-2 いくつかの条件を満足する母集団における
すべり係数の統計値
30
GBRC Vol.40 No.3 2015.7
4. 1. 3 アルミ溶射添板の基本条件
4.1節のすべり試験体の大半は、ピッチとはしあきを
以上の試験結果に基づいて、設計用すべり係数を0.7
75mmに固定していた。(3列1行および4列1行配置の
とするために、原則0.8以上のすべり係数が発現される
場合はピッチが70mmまたは60mm、はしあきが50mm
条件を目標とした。そのため、以下の項目を満たすこと
の場合があり、1列2行配置の場合は、はしあき90mmで
を基本条件として設定し、2012年3月に技術証明を取得
ある。)上記1)は、接触圧の影響が顕著に現れた結果
した。
と考えられる。添板厚が薄くなるとすべり係数が小さく
[1]溶射法:アーク溶射
なるのも接触圧の増大の影響といえる。
[2]溶射皮膜厚:300μm以上
摩擦面が20mm角の小型試験片を用い、接触圧をパラ
[3]添板厚:16mm以上。ただし、肌すきがある場合
は、添板厚を16mm以上、28mm以下とする。
メータとしたすべり試験8)から得られた接触圧と摩擦係
数の関係を図-12に示す。接触圧が大きくなると摩擦係
[4]母材側摩擦面処理:黒皮を除去程度のブラスト処理
数が減少している。摩擦面の観察結果によれば、摩擦面
または自動グラインダー仕上げ(赤錆発錆を許容)
の破壊はアルミ溶射部のせん断破壊である。アルミの硬
[5]添板溶射面の下地処理:ブラスト(仕様は除錆度
さ・強度は鋼の1/3程度であるから、摩擦面では鋼材で
(JIS Z 0313)に基づく評価;Sa2 1/2以上、表面
ある添板や母材は破壊せず、図-13のように溶射アルミ
粗さ50μmRz以上)
の皮膜部がせん断破壊するものと推定される。ただし、
[6]摩擦面および座金の接する面の塵あい・油・塗料等
摩擦係数と接触圧は反比例関係ではなく、例えば接触圧
は部材組立に先立ち適当な時期に取り除く。また、
が2倍になっても摩擦係数は1/2以上となっている。これ
表面傷については皮膜剥離等母材に達する傷がない
は、接触圧が大きいほどアルミが大きく塑性変形して歪
こととする。
硬化がより進展するためと想定される。
[7]肌すき:1mm以下。肌すきが1mmを超える場合
はフィラープレートを用い、ボルト列数は3列以
上、ボルト種類はF10T級以上とする。
[8]フィラープレート処理方法:片面をアルミ溶射とし、
他の面(添板と接する面)は母材表面処理と同様と
する。(フィラープレートの設置方法は図-11参照)
1.2
摩擦係数
1
0.8
0.6
0.4
0.2
フィラープレート
アルミ溶射面
添板
0
0
100
200
300
接触圧(N/mm2)
400
図-12 アルミ溶射摩擦面の摩擦係数と接触圧の関係
母材2
母材1
添板
アルミ溶射面
図-11 フィラープレートの設置
4. 2 第2段階のすべり試験(シリーズⅡ)
前節で記した技術証明の適用範囲は、添板、母材が
400N/mm2級鋼および490N/mm2級鋼に、また添板厚は
16m m以上に限定されていた。しかし、高強度鋼や
図-13 アルミ溶射摩擦面のせん断破壊
16mm以下の板厚に対する適用範囲の拡大が望まれてい
た。そこで、鋼材強度や添板の板厚に関するいくつかの
図-12によれば、0.8の摩擦係数を実現するためには、
予備試験を実施した結果、次の事項が新たに判明した。
接触圧を150N/mm2程度以下に抑える必要がある。一般
1)ボルトの配置に関して、ピッチやはしあきが小さい
に、母材と添板間に生じる接触圧はボルト孔を中心とし
とすべり係数が0.7程度に低下する。
2)鋼材強度が高いとすべり係数は大きくなる。
て軸対称に分布し、ボルト孔周壁位置で最大となり半径
方向に漸減する分布形状となる9)。そのため、ピッチや
13
はしあきが小さい場合にすべり係数が低くなる試験結果
35
GBRC Vol.40 No.3 2015.7
p
40
は、ボルト孔周壁位置周辺以外において接触圧が高くな
B1
録に示す接触圧分布を把握するための数値解析結果を参
150
B2
300
る部分が存在することが原因と推察される。そこで、付
B2
35
考に、ボルト配置を表-3のように設定した。以下に示す
40
B1
試験体は、原則としてこの配置に従っている。
e1
表-3 ボルト配置(ボルトピッチ、はしあきおよびへりあき)
e1
10
図-14 2列×2行千鳥配置の試験体
試験結果の定性的傾向はシリーズIの場合と同じであ
り、以下に所見をまとめる。
1)鋼材強度が高いとすべり係数が大きくなる。これ
4. 2. 1 試験体と試験結果
は、鋼材強度が高ければ、ボルト締め付け時の孔周
シリーズⅠの試験と同様に、アルミ溶射施工はアーク
辺の高い接触圧に対して添板や母材の局所的な塑性
溶射、母材側摩擦面処理は黒皮除去程度のブラストであ
化が避けられ、ボルト軸力の低下も生じにくいこと
り、高力ボルトはすべてF14Tを使用している。試験パ
が原因と考えられる。
2)鋼材強度が490N/m m 2 級鋼で添板厚が12m mの場
ラメータは下記のとおりである。
・ボルト配置:2列1行、一部は2列2行(千鳥配置;
合、アルミ溶射皮膜厚を400μmにするとすべり係
図-14参照)
数は概ね0.7を上まわる。
・ボルトの呼び径: M20、 M22、 M24
3)鋼材強度が490N/m m 2 級鋼で添板厚が16m mの場
・添板厚:12 mm、16 mm、19mm
合、アルミ溶射皮膜厚を400μmにするとすべり係
・鋼材強度:490N/mm 級鋼、780N/mm 級鋼
2
数は0.8程度となる。ただし、2列2行の千鳥配置で
2
・アルミ溶射皮膜厚:300μm、400μm
M24の場合には0.74となった。
試験結果のすべり係数を試験パラメータとともに図
4)添板厚が19mmであれば、アルミ溶射皮膜厚が300
-15にまとめて示す。
μmの場合でもすべり係数は0.8を上まわる。
1.0
すべり係数 µs
0.9
0.8
0.7
0.6
本技術の適用範囲を満たす試験体
0.5
試験パラメータ
ボルト呼び径
鋼種(N/mm2級鋼)
M22
490
780
添板厚(mm)
アルミ溶射皮膜厚(µm)
ボルト配置(列×行)
ピッチ×はしあき
M24
M20
M22
16
19
400
300
2 ×1
2 ×1
65×45
60×40
M24
12
16
400
19
300
2 ×2(千鳥)
60×40 65×45 70×50 60×40 65×45 70×50 50×45
図-15 すべり試験結果のまとめ(シリーズⅡのすべり係数)
14
M22
490
16
2 ×1
M24
490
300
2×1
60×40
M22
780
400
12
300
M20
490
60×50
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表-4 肌すき(1.0㎜)の影響検討のためのすべり試験条件と結果一覧
試験片名称
鋼種
添板 溶射
はし へり
ボルト
ピッチ
厚 皮膜厚 列数 行数 等級
あき あき
(mm)
(mm) (µm)
(mm) (mm)
(呼び)
2F14M22-B-22A300G1.0(780)(60-40)
22
780
N/mm2
2F14M22-B-28A300G1.0(780)(60-40) 級鋼
25
3F14M22-B-28A300G1.0(780)(60-40)
28
2F14M22-B-25A300G1.0(780)(60-40)
28
2
300
2
1
2
60
40
3
以上のアルミ溶射添板を用いた摩擦接合部の定性的傾
平均
個値
60
0.62 , 0.63 0.62
50
0.60 , 0.65 0.63
50
0.57 , 0.55 0.56
70
0.65 , 0.65 0.65
度に基づくSa2 1/2以上(JIS Z 0313)、表面粗さ
向をまとめると、添板厚や溶射皮膜厚が厚いほどすべり
係数が大きい。添板厚が厚くなると接触圧の作用範囲が
F14T
(M22)
すべり係数µs
50μmRz以上
・母材側摩擦面処理:ブラスト処理または自動グライ
拡大して接触圧が小さくなることで説明できる。また、
ンダー仕上げにより黒皮を除去
すべり試験後の摩擦面の目視観察によれば、溶射皮膜厚
・肌すき:板厚差が1mmを超える場合は、肌すきが
が厚くなると、せん断破壊の領域が拡大している。これ
1mm以下となるよう、アルミ溶射したフィラープ
は、ボルト締付の段階でポーラスな溶射アルミ層が押し
レートを挿入する。肌すきは母材およびフィラープ
つぶされる領域が拡大することに起因しているものと考
レートの公称厚さに基づいて算定する。
えられる。
・フィラープレートの厚さ:1.6mm以上
次に、肌すきを1.0mm与えた試験体とそのすべり試
表-5 適用範囲
験結果を表-4に示す。肌すきは、母材の板厚差とし、両
面肌すき0.5mm×2=1.0mmとして設定した。母材に
添板厚 ts(mm)
は、機械加工により製作した板厚31mmと32mmの鋼材
溶射皮膜厚
を用いている。
肌すきによるすべり係数の低下は、添板が曲げ変形す
鋼種
肌すき無し
ボルト
種類 1mm 以下の肌すき
ることで作用するせん断力の分だけ材間圧縮力が減少す
ねじの呼び
ることに起因している。鋼種に780N/mm2級の高強度材
を用いているが、これは上記添板のせん断力が塑性化に
よって低下しないことを意図したためである。
すべり係数は全て0.7を下まわり、最大値は3列1行の
試験体の0.65である。第一列目ボルトのすべり耐力を肌
M20
ボルト
配列
12≦ts<16 16≦ts<19 19≦ts≦28
400µm 以上
300µm 以上
400N/mm2 級以上,780N/mm2 級以下の鋼材
F8T 級以上,F14T 級以下
F10T 級以上,F14T 級以下
M20 以上,
M22 以下
−
M20 以上,M24 以下
60mm 以上
40mm 以上
65mm 以上
45mm 以上
ピッチ
はしあき
ピッチ
M22
はしあき
ピッチ
M24
はしあき
へりあき
ts>28
−
−
70mm 以上
50mm 以上
35mm 以上
第一列目ボルトのすべり耐力を 0.5 倍
すきの無い場合の0.5倍と考えると、接合部として要求
1mm 以下の肌すき
されるすべり係数は0.58(=(0.35+0.70×2)÷3)となる。
設計用のすべり係数 µs
ただし,ボルト列数 3 列以上,
ボルト種類 F10T 級以上,F14T 級以下
0.60
−
0.70
実験結果は0.65であり要求値を満足する結果となって
いる。
5. おわりに
本稿では、アルミ溶射添板の開発過程と取得した技術
4. 2. 3 技術の適用範囲
証明の内容に関して解説した。この添板の設計用すべり
以上の結果に基づいて、アルミ溶射添板を用いる高力
係数μsは0.7(添板厚12mmでは0.6)であるから、ボル
ボルト2面摩擦接合部の設計・施工にあたっては、表-5
ト本数は従来のμs = 0.45の場合に比べて2/3になる。ま
に示す適用範囲に従うものとして前述の技術証明の内容
た、超高強度ボルトF14Tと組み合わせると本数は従来
を2015年3月に改定した。適用範囲は建築構造物とし、
の1/2になり、コンパクトな継手が実現でき、コスト削
新築、耐震改修の別や建物規模には制限を設けない。そ
減も可能となる。
の他の制約条件は以下のとおりである。
また、従来の赤錆び、ブラスト処理の高力ボルト摩擦
・溶射法:アーク溶射
接合部では、すべり時に高い金属音が発生するが、アル
・添板溶射面下地処理:ブラスト処理で、仕様は除錆
ミ溶射添板を用いた摩擦接合部では、すべり時に音は発
15
GBRC Vol.40 No.3 2015.7
生しない。
付録
本工法を用いた高力ボルト2面摩擦接合継手の設計お
高力ボルト2面摩擦接合部のピッチとはしあきが接触
よび施工は、吉川工業株式会社または吉川工業株式会社
圧分布に与える影響を把握することを目的として、付図
が指定する会社が技術指導を行い、本設計・施工指針を
-1に示す解析モデルを用いた有限要素解析を行った。解
十分に理解した者が行うこととしている。また、アルミ
析は汎用有限要素解析ソフトMSC Marc 2014を用い
溶射添板の製作(ここでの製作とは鋼板への溶射のこと
た。
を指す)は、吉川工業株式会社、または吉川工業株式会
社が技術指導を行い、指定をした製作会社が行う。
解析対象は母材厚32mm、添板厚16mmの2面摩擦接
合部であり、1本ボルトの標準形状と配置の異なる2本
ボルトの全17ケースである。母材と添板はSM490材、
謝辞
本技術の開発において、新日鐵住金(株)東清三郎氏
高力ボルトはF14TのM22およびM24であり、2本ボル
トの場合には千鳥配置も対象とした。
に多大な協力を頂いた。また、シリーズIIの試験計画の
解析モデルは母材板厚の中心を対称面と考えた2分の
策定にあたり、日鉄住金ボルテン(株)畑中清氏の助言
1モデルとし、8節点ソリッド要素を用いてモデル化し
を頂いた。付記して感謝の意を表する。
ている。母材、添板、高力ボルトは、いずれも完全弾塑
性材としている。解析は、高力ボルト軸部に引張力を加
【参考文献】
えることにより、標準ボルト張力を導入した。
1)‌宇野暢芳,他:超高力ボルトSHTB,新日鉄技報第387号,
pp.86-93, 2007
5
2)‌日本建築学会:鋼構造接合部設計指針,2012
3)‌宍戸唯一,青木博文,寺門三郎:金属系新素材・新材料の
利用技術の開発(建設省総合プロジェクト・新素材)その
21 60キロ級高性能鋼を用いた高力ボルト摩擦接合のすべ
り耐力に関する実験,日本建築学会大会学術講演梗概集,
pp.1061-1062, 1991.9
4)‌宇野暢芳,井上一朗,志村保美,脇山広三:硬さが異なる
鋼材間の摩擦係数に関する基礎的研究,日本建築学会構造
系論文集, 第494号, pp.123-128, 1997.4
5)‌小野聡子,中平和人,辻岡静雄,井上一朗:アルミ溶射摩
擦ダンパーの静的および動的履歴特性に関する実験的研
究,構造工学論文集, Vol.41B、 pp.1-8、 1995. 3
6)‌高田遼太,東清三郎,松尾真太朗,井上一朗:添板にアル
ミ溶射を施した高力ボルト接合部のすべり試験,日本建築
学会大会学術講演梗概集22324,pp.647-648,2008.9
7)‌小島一高,佐分利和宏,松尾真太朗,井上一朗:アルミ溶
射添板を用いた高力ボルト摩擦接合部のすべり係数および
リラクゼーション特性,日本建築学会大会学術講演梗概集
22486,pp.971-972,2009.8
8)‌東清三郎,松尾真太朗,井上一朗:アルミ溶射摩擦面の力
学特性に関する基礎的研究,JSSC鋼構造論文集,第21巻第
83号,pp.63-70,2014.9
9)‌一般社団法人日本鋼構造協会:高力ボルト接合技術の現状
と課題、JSSCテクニカルレポート No.96、pp.69-78,2013.3
40
75
60
40
75
16
添板
16
母材
高力ボルト (F14T、M22)
単位 mm
付図-1 解析モデルの例
(ピッチ60㎜、はしあき40㎜、へりあき75㎜)
高力ボルトに標準ボルト張力を導入した場合に、母材
と添板間に生じている接触圧分布を付図-2に示す。付図
-2の接触圧分布は付図-1に示すピッチ60mm、はしあき
40mmの場合と、ピッチを65mm、はしあきを45mmと
した場合の2種類を示している。ピッチが60mmの場合
はボルト孔間の接触圧が高く、ピッチを65mmと長くし
た場合には、ボルト間の接触圧が低下していることが確
認できる。
付図-3には、添板と接触している母材表面のボルト孔
中心間を結ぶ直線上にある節点から得た接触圧の分布を
示す。横軸は接触圧を抽出した節点の位置であり、ボル
ト孔間の中心を0としている。付図-3においても、ピッ
チが小さい場合にボルト間の接触圧が高くなることが確
16
GBRC Vol.40 No.3 2015.7
認でき、横軸が0の場合で差は約30N/mm 2となってい
【執筆者】
る。
接触圧分布を求める有限要素解析の結果から、ボルト
ピッチやはしあきの違いによるすべり係数の差を定量的
に示すことはできないが、ピッチを5mm大きくするだ
けで接触圧分布が大きく変化することを踏まえ、ピッチ
とはしあきを表-3に示す値に設定した。
*1 熊井 隆
(KUMAI Takashi)
*2 大坪 文明
(OTSUBO Fumiaki)
*3 松尾真太朗
(MATSUO Shintaro)
接触圧
(N/mm2)
250
225
200
175
150
125
100
75
50
25
0
*4 遠藤 千尋
(ENDO Chihiro)
mm
(a) ピッチ 60m
*5 安井 信行
(YASUI Nobuyuki)
(b) ピッチ 65mm
付図-2 接触圧分布
300
ピッチ 60mm
ピッチ 65mm
接触圧(N/mm2)
250
200
150
100
50
0
孔周壁位置
-30
-20
-10
0
10
20
ボルト孔間中心からの距離(mm)
-
30
+
0
付図-3 ボルト孔間の接触圧分布
17