日本版CCRC=生涯活躍の まち構想とは - プラチナ社会研究会

イ ン タ ビ ュ ー
日本版CCRC=生涯活躍の
まち構想とは
株式会社三菱総合研究所 プラチナ社会研究センター
主席研究員 松田 智生
安倍政権が掲げる「地方創生」の主要施策の1つとして、「日本版
CCRC=生涯活躍のまち」構想が注目を浴びています。そもそも米国が
発祥とされるCCRCとはどのようなものなのか、日本版CCRCと米国版
の違いは何か、さらには地方移住との関連などについて、2010年から
CCRCの意義を提唱し、政府の日本版CCRC構想有識者会議委員でもあ
る、三菱総合研究所主席研究員の松田氏にお話を伺いました。
(取材・構成 本誌編集部)
――CCRCとは、そもそもどのようなものな
――米国版と日本版のCCRCの違いはなんで
のでしょうか。
すか。また、いまある老人ホーム等の高齢者向
CCRCとは、「Continuing Care Retirement
け住宅との違いはどんな点でしょうか。
Community」の略で、高齢者が健康な時から住
第一に「開放性」です。米国では防犯上から
みはじめて、介護が必要となった時、あるいは
塀に閉ざされたコミュニティですが、一部の特
終末期までを移転することなく、継続的なケア
権階級のための施設というイメージが否めませ
を受けることで安心して住み続けられるコミュ
ん。日本ではもっと地域に開かれた「街まるご
ニティのことです。米国では既に約3兆円の市
とCCRC」を目指すべきです。第二に「多世代
場規模を誇っており、全米で約2000カ所、約
視点」です。米国版では高齢者のためのコミュ
70万人もの居住者がいます。ただし我が国に
ニティですが、日本版では多世代が一緒に居住
おいては、米国版CCRCをそのまま導入するの
することで、例えばシニア層が子育てを支援し
ではなく、米国版の良さを生かしつつ、日本の
たり、若者が安価な家賃の代わりにシニアの買い
社会特性に合わせることが重要だと考えます。
物支援をすることも可能になるわけです
〔図表1〕
。
日本の既存の高齢者向け住宅は、「介護」と
〔図表1〕米国版CCRCと日本版CCRCの主な違い
米国版CCRC
日本版CCRC
地域 塀で囲まれたコミュニティ 街全体
・ (ゲーティッド・コミュニテ (地域に開かれたコミュ
接点 ィ)
ニティ)
居住者 高齢者
建物
新規で建築
出所:三菱総合研究所作成
多世代
可能な限り、既存の建物
を活用
(公共施設、学校等施設、
大型商業施設)
「居住」の機能が中心ですが、日本版CCRCで
はそれに加えて「社会参加」「地域交流」とい
う機能を重視しています。特に、居住者が従来
のような支えられる人でなく「担い手」となる
視点と、介護保険に依存した介護インセンティ
ブから、健康の維持や改善が居住者にも事業者
にも得になる健康インセンティブの視点が重要
です〔図表2〕
。
KINZAI ファイナンシャル・プラン 2016.3
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インタビュー 日本版CCRC=生涯活躍のまち構想とは
―― 現 状、 日 本 版CCRCは ど
〔図表2〕既存の高齢者向け住宅と日本版CCRとの主な違い
のような状況なのでしょうか。
従来型の高齢者向け住宅
内閣官房まち・ひと・しご
と創生本部事務局が実施した
日本版CCRC
入居時の健康状態 具合が悪くなってから
入居動機
健康なうちに
不安だから
楽しみたいから、役立ちたいから
事業収益視点
介護保険に依存
介護保険に依存しない
が日本版CCRCを推進したい
地域接点
地域との接点なし
地域に開かれたコミュニティ
世代視点
高齢者だけのコミュニティ
多世代共創型コミュニティ
と い う 意 向 を 示 し て い ま す。
居住者の位置づけ 支えられる人
担い手、共助する人
居住者の自治組織 なし
あり
調査では、200を超える自治体
実際に、全国37の自治体が地
方創生先行型交付金
※1
を活用
出所:三菱総合研究所作成
し て、 日 本 版CCRCの 構 想 策
定を始めています。
いう懸念の声も聞かれますが、全くの誤解で、
――地方創生、地方移住推進の流れのなかで、
シニアの移住によって若者流出の抑制と介護に
日本版CCRCはどのように位置づけられるの
させないことで儲ける「逆転の発想」です。
でしょうか。
日 本 版CCRCは、 市 民 =「 民 」
、自治体=
日本版CCRCは、「生涯活躍のまち」と名称
を改めて地方創生の主要施策の一つとなってい
「公」
、企業=「産」
、大学=「学」にとって、
「四方一両得」になるのです〔図表3〕
。
ます。現在の我が国が抱える高齢化問題、地方
――これから退職を控えて地方移住を検討して
における雇用の減少等のピンチをチャンスに変
いる人にとって、日本版CCRCの利点とはど
えることができる切り札となり得ます。
のようなものでしょうか。
一例をあげると、日本版CCRCは、元気なシ
高齢者に必要な3つの安心、カラダ・オカ
ニアの移住を促進するもので、移住後も「なる
ネ・ココロの安心が得られるというのが最大の
べく介護を要する状態にならない」ための健康
利点です。
支援プログラムを充実させています。また、健
ま ず、「 カ ラ ダ 」 の 安 心 で す が、 日 本 版
康のビッグデータ解析は今後有望なビジネスで
CCRCでは「なるべく介護にならない」ための
す。元気な高齢者向けのアクティビティの計画
健康支援プログラムが充実しています。また、
やシニア向けの資産運用相談を担うためのビジ
仮に介護になっても看取り時まで安心です。
み
と
ネスも生まれます。その結果、仕事を求めて県
次に「オカネ」の安心ですが、CCRCの理念
外へ出ていた若者の流出を抑制でき、さらに働
では要介護状態になっても原則として家賃は変
き世代が戻ってくることで、地方の高齢化・人
わりません。既存の高齢者住宅では、介護度が
口減を抑制することにつながります。つまり、
上がると介護上乗せ費用で家賃が上がります。
日本版CCRCは移住者だけではなく、現住民に
これは居住者にとっては不安要因です。収入の
も十分にメリットがある制度なのです。
「ま
大半が年金である高齢者にとっては、支出増は
ち・ひと・しごと創生会議」
※2
において提言
大きな負担で、介護度が上がったり、入院が必
された地方移住について、
「地方に姥捨て山を
要となれば、将来いくらお金が必要になるのか
つくるのか」
「移住で高齢化が進むのでは」と
予測できなくなります。なぜ日本の高齢者が数
※1 都道府県及び市区町村が実施する、他の地方公共団体の参考となる一定の要件を満たす先駆的事業に対して国から交付され
る。地方版総合戦略に関する優良施策の実施を支援するためのもの。
※2 「まち・ひと・しごと創生本部」の下で、人口急減・超高齢化への対応及び各地域の特徴を活かした自律的で持続的な社会の
創生に関する重要事項を調査、審議するために開催される。
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KINZAI ファイナンシャル・プラン 2016.3
シニアの地方移住アドバイス
千万円単位の預貯金を残して亡くなるのか、そ
――地方移住を検討している人にとって、日本
れは不安だからです。老後にお金がいくら必要
版CCRCとの関連で地方へ移住する際の留意
なのか分からないから使えない、つまり「オカ
点などについてアドバイスをお願いします。
ネ」の安心がないのです。日本版CCRCでは、
大きく分けて2つあるのですが、1つは「安
介護になっても家賃が変わらないので将来どの
易な移住はケガのもと」という点です。お試し
くらいのお金が必要になるのか予測することが
移住やプチ移住などの助走期間は重要です。ア
できます。だからどのくらい蓄えておけばよい
クティブなアウトドア派が多いのか、読書を楽
かが明確になり、それが「オカネ」の安心につ
しむインドア派が多いのかといった地域特性が、
ながります。
自身の生き方やライフスタイルに合致するのか
そ し て「 コ コ ロ 」 の 安 心 で す が、 日 本 版
どうかの見極めは大切です。
CCRCでは、社会参加ができることを重視して
また、「ハッピー別居」というのも選択肢の
います。例えば、趣味を生かした「ヴィレッ
1つです。子どもが独立した夫婦の場合であれ
ジ」を作れば、同じ趣味を楽しむ人達が集まっ
ば、ご主人が地方移住を希望される一方で、奥
て生き生きと活動することができます。そうす
様が反対するというケースをよく聞きますが、
れば共通の趣味を持つ者同士がすぐに友達にな
実際に夫は地方、妻は首都圏に居住するハッ
れますので、
「ココロ」の安心につながります。
ピー別居によって、「実は夫婦仲が良くなった」
仲間がいる「親和欲求」を満たすこと、誰かの
という話を数多く聞きます。普段は離れて暮ら
役に立っている「貢献欲求」を満たすこと、そ
している夫が、たまに妻が住む家に帰ると、さ
して「ワクワク感」がないと人は動きませんか
さいなことでもお互いに感謝し合えるようにな
ら。
るそうです。程よい距離感が良いようですね。
もう1つ、移住の最大の誤解は
「田舎暮らしありき」という点です。
〔図表3〕日本版CCRCは四方一両得
民
シニア、
学生
●知的好奇心
●老化防止
●世代間交流
●頭と体の活性化
●医療費抑制
●脱孤独・つながり
地方の中心市街地への移住も選択肢
に入ります。心理的に地方移住の
ハードルが下がるでしょう。歩いて
暮らせる中心市街地から少し足を延
学
大学
●学生増
●収益安定
●世代間交流
大学連携型
プラチナ
リタイアメント
コミュニティ
産
企業
公
自治体
境を手にすることができるのです。
地方の中心市街地への移住により生
●地域活性化
●雇用増
●税収増
●医療費減
新ビジネス創造
シニア向けカリキュラム、
E-ラーニング、
キャリアアドバイザー
教 育
健康増進プログラム、機能性食品
医療・ヘルスケア 遠隔通信医療、
高齢者向けバリアフリー住宅
住 宅
環境・エネルギー リサイクル・循環システム、地域冷暖房
高齢者用エコカー、
カーシェアリング、新移動機器
交通・移動
高齢者向け資産活用相談、
リバースモーゲージ
ファイナンス
出所:三菱総合研究所作成
ばせば大自然が広がる、といった環
活コストはほぼ確実に下がります。
また、今後は単身高齢者も増加しま
すので単身者向けのCCRCも必須で
しょう。日本版CCRCは都市部のタ
ワーマンションでも近郊でも海や山
のリゾートでも、あらゆる立地で可
能なはずです。
――退職後、これから実際に日本版
CCRCに移住して生活する際の資
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インタビュー 日本版CCRC=生涯活躍のまち構想とは
金面等についてのアドバイスはありますか。
まずは、受給する公的年金や退職金のほか、
CCRC実現に向けた動きが全国各地で始まって
います。立地は地方型、近郊型、郊外型と多岐
現役時代に蓄えた金融資産が生活設計の基盤と
にわたり、住み替えモデルは近隣転居、地方移
なります。そのほかには、これまでの住まい資
住、自宅継続居住など様々なライフスタイルに
産を活用することが想定されます。例えば、戸
合せた住まい方を示しています。事業としては、
建ての家を保有しているのであれば、家一軒を
民間主導、社会福祉法人主導、市町村主導もあ
まるごと売却してしまうのはリスクが大きいの
れば、連携拠点も大学連携型、病院連携型など
で、土地を2つに分筆して一方は売却あるいは
多様なモデルが生まれつつあります。
賃貸し、もう一方は減築してハッピー別居用の
第二に「ユーザー視点のストーリー性」です。
家を建てるという方法も考えられます。つまり
シニアが移住や住み替えで気になるのは年賀状
住まい資産の活用により移住のための資金を捻
だそうです。例えば「この度、老人ホーム『た
出することができます。
そがれ園』に移住しました」というのは年賀状
日本版CCRCの推進に当たっては、移住に伴
に書きづらい。でも、例えば「この度『高知大
うマイホーム売却時や賃料収入等についての税
学龍馬ヴィレッジ』に移住しました。大好きな
制優遇施策を打つべきであり、政府の日本版
幕末の歴史を大学で学びながら、学生と一緒に
CCRC構想有識者会議でもこうした意見を伝え
農業支援をしています」といった年賀状に書き
ています。
たくなる、思わず誰かに自慢したくなるユー
あとは、これだけの低金利時代ですので難し
ザー視点のストーリー性が大切です。
いとは思いますが、比較的利回りが高くシニア
第三に「1%の視点」です。新たな市場を作
の安心が担保できるような金融商品の開発が求
るのは、1%の先駆的ユーザーです。例えば、
められます。米国のヘルスケアリートは年利回
初めてスマートフォンに変更した人、初めて
りも5∼6%程度です。2014年から日本でも上
シェアハウスに住んだ人といえば分かりやすい
場し始めたヘルスケアリートにも期待したいで
でしょう。その1%の先駆者の動きをみて、良
す。また、保険商品についても、既に一部で商
さそうであれば追随する消費者が生まれるので
品化されていますが、一定の要介護状態になる
す。約660万人いる団塊世代の1%、約7万人
と保険金の一部や給付金を受け取ることができ
が仮に1000万円を投じれば、約7000億円の市
る商品が増えてくれば、CCRCへの入居時等に
場が生まれます。2000万円であれば約1兆4000
も役立つのではないかと考えます。また、いく
億円の市場です。特に団塊世代は初めて団地に
つかの地域金融機関では、健康診断を受ければ
住み、初めて核家族を始めた新たなライフスタ
金利が通常よりも上乗せとなる商品を開発して
イルの先駆者であり有望です。
人気を博しています。
まずは1%の先駆的ユーザーがワクワクしな
――日本版CCRCが今後、普及していくため
がら居住し、年賀状に書きたくなるストーリー
にはどのようなことが必要でしょうか。
を示すことが、日本版CCRCの普及に向けた鍵
第一に「制度設計」です。減税、規制緩和、
を握っているのではないでしょうか。
補助などの政策支援が必須です。現在、日本版
まつだ ともお 1966年東京生まれ、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。専門は超高齢社会の地域活性化、アクティブシニア論。
2010年よりCCRCの有望性を提唱。政府日本版CCRC構想有識者会議委員、内閣府高齢社会フォーラム企画委員、高知県移住推進
協議会委員。共著に「シニアが輝く日本の未来」
、
「3万人調査で読み解く日本の生活者市場」などがある。
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