溶融塩 Flibe システムの研究(熱流動)

溶融塩 Flibe システムの研究(熱流動)
京都大学大学院工学研究科
功刀
資彰
2.使用施設・装置と実験方法
1.はじめに
2001 年度から開始された JUPITER-Ⅱ計画で
JUPITER-Ⅱ計画では、当初 UCLA に設置さ
は、ブランケット冷却材候補として溶融塩
れていた Fli-Hy ループが自由界面流実験用で
Flibe が検討されている。溶融塩 Flibe は電気伝
あったため、これを作動流体として水と KOH
導率が小さく、核融合炉の強磁場下でも磁場の
水溶液が循環可能な管径 88mm で管長 7m の閉
影響(ローレンツ力で管内圧損が増大する効
ループ流動実験装置に改造しました(Fig.1 参
果)を受けにくい利点があるが、高プラントル
照)。本実験装置は流動計測実験と伝熱実験の
流体(粘性が大きく、温度伝導率が小さい)で
両方が可能なハイブリッドタイプとなってい
あるため、熱輸送特性はあまり優れていない。
る。
このため、高プラントル数流体では乱流による
Fli-Hy閉ループ試験部円管内の流体中に懸
流体攪拌が熱輸送能力改善の鍵となっている。
濁したトレーサ粒子パターンの画像相関法
しかし、電気伝導率が小さくても強磁場の影響
(PIV: Particle Image Velocimetry)によって、
を受けて乱流が層流化する可能性があるため、
流速分布や乱流の乱れ強度分布を計測してお
強磁場下の高プラントル流体の乱流伝熱流動
り、試験部配管をテープヒータで被覆し、壁面
特性を実験および数値シミュレーションによ
からの一様熱流束条件で加熱し、管壁に取り付
って明らかにし、伝熱促進方法について検討す
けた熱電対による温度測定から管内熱伝達率
ることが本研究の目的である。
を測定している。この試験部に取り付ける2T
上記の研究目的を達成するため、高プラント
の磁場発生装置の製作準備中である。
ル流体の管内伝熱流動特性把握および有効な
伝熱促進体を開発するためカリフォルニア大
学ロサンゼルス校(UCLA)に設置されている
Fli-Hy (Flibe-simulant Hydraulic)ループを用い
Flibe擬似流体である水およびKOH水溶液によ
る熱流動実験を実施している。現在までに、非
磁場下のFlibe擬似流体の伝熱流動特性につい
て基礎データを取得し、数値シミュレーション
の結果と良く一致することを確かめました。現
在、同ループに2T程度の磁場発生装置を設置
中であり、今後、磁場環境下における高プラン
Fig.1 Bird-view of Fli-Hy closed loop at UCLA
トル数流体の伝熱流動特性を明らかにし、伝熱
促進方法の検討を進める計画です。
3.これまでに得られた主な成果
2001 年度から開始された JUPITER-Ⅱ計画の
- 11 -
前半期(2001 年度~2003 年度)における主な研
PIV により計測する(非磁場環境)
。加熱試験
究成果を以下に列記する。
ではステンレス管にテープ型ヒータを巻き付
(1)UCLA の Fli-Hy ループを改造し、Flibe 模擬
けて一様熱流束下での実験を実施し、流れの相
流体(水および KOH)を用いた伝熱流動実験用
似パラメータであるレイノルズ数(Re)および
closed loop を完成した。
流体の熱特性を表すプラントル数(Pr)を操作変
(2)伝熱促進用ぺブルを試験円管内に充填し、
数として発達した乱流状態での管内熱伝達特
管内の複雑な流れを可視化し、流動場の基礎的
性を把握する実験を行っている。
今後は、強磁場発生用のマグネットが試験部
な知見が得られた。
(3)非加熱の流動実験を行い、円管内乱流速度
に導入され、磁場下での熱流動試験を計画して
場および乱流統計量を PIV 法で計測し、別途
いる。
実施した直接シミュレーション(DNS)結果と
PIV test section Heat transfer test section
極めて良い一致を得ました。これにより、ここ
で用いた PIV による流速計測の精度が確認で
きた。
Mixing
(4)加熱実験を行い、発達した円管内乱流の熱
Tank
伝達率の計測値が従来の実験相関式と±6%以
Duct jacket
Flow direction
Honeycomb
Bypass line
Bug filter
内で一致することを確認した。
Dump Tank
(5)電磁流体(MHD)乱流の DNS を行い、磁場印
Flow meter
加から定常状態に達するまでの助走区間を割
り出し、MHD 流実験装置の設計を完了した。
PUMP
以下に個別の成果について紹介する。
3.1
Heat exchanger
Flow control valve
Fig.2 Schematic view of Fli-Hy closed loop
Fli-Hy ループの改造
3.2
ベブル充填管による伝熱促進技術開発
図 2 は UCLA に設置されている改造した
溶融塩 Flibe は高 Pr 流体であるため、核融合
Fli-Hy 閉ループを表している。実験ループは
磁場環境への適用を考えた場合には何らかの
Flibe の擬似流体である KOH 水溶液だけでな
伝熱促進技術が必要不可欠である。その促進技
く水の流動実験も可能な装置となっている。試
術の一つとして金属球を管内に充填したペブ
験部は伝熱試験部(ステンレス円管)および流
ル充填管を提案している。その熱伝達性能はペ
動計測部(アクリル円管)から構成されており、
ブルの充填構造や熱伝導性、内部の流動状態に
流動実験と伝熱実験が可能なハイブリッドタ
強く依存する。特に、流動場に関しては管内部
イプの実験ループとなっている。試験配管の内
の可視化が困難であるため、内部複雑流動場が
径は 88mm であり、全長は約 7m である。また、
熱伝達へ与える影響は明らかになっていない。
作動流体である KOH 水溶液は強アルカリであ
そこで、Fli-Hy 閉ループを用いてペブル充填管
るため、装置には防 KOH 用のカーテンを設置
内部の流動可視化実験を実施した。充填管内部
し、万全の安全対策が施している。
の流動場を可視化するため、作動流体である
非加熱の流動試験では、流れが十分に発達し
たと思われる管断面内の速度分布、乱流量を
KOH 水溶液の濃度と温度を調整することでペ
ブル球(アクリル製)との屈折率を一致させ、
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ズ数に依存し、最良な計測画像を得るためには、
内部流動場の可視化を行っている。
Fig.3 は可視化試験部におけるアクリル球の
これらのパラメータの最適化が必要となる。
充填状態を示しており Fig.4 はペブル球と管壁
本研究では、2種類のレイノルズ数における
面との間の流れ場の様子を示している。但し、
DNS データベース[1,2]と比較することにより、
写真は作動流体として水を使用した実験結果。
最適なトレーサ粒子径、濃度、レーザパルス間
隔を見出した。トレーサ粒子は、当初円管全体
を対象とした可視化測定を行ったため、大きな
粒子径を用いていたが、画像の輝度値と2時刻
の相関から粒径 5µm が最適であることが分か
り、さらに、粒子濃度を調整して画像が飽和し
ないよう工夫した。また、円管の平均流速から
見積もられる乱流のタイムスケールと得られ
た PIV 画像のピクセル移動速度を考慮してレ
ーザパルス間隔を設定した。
計測領域は、平均流速と管径に基づくバルク
Fig. 3 Acrylic pebbles packed in the test section
流体のレイノルズ数:Reb=5300 の場合には、
3 領域に分けて粒子分布画像を撮影し、Reb=
Wall
Pebble
11300 の場合には 2 領域に分けて撮影すること
で、可視化計測の解像度を確保した。さらに、
Pebble
流量計は誤差が大きいため、McEligot による壁
面摩擦速度の算出方法[3]を用い、可視化計測
の画像から得た速度を壁面へ外挿する形で壁
面摩擦速度を決定した。これにより、従来の流
Fig.4 Velocity vectors between pebbles by PIV
量計でのブラジウスの式による壁面摩擦速度
今後は KOH 水溶液とアクリル球の屈折率調
整を行い、球周辺および流れ場全体の 3 次元構
の算出に基づく誤差を無くし、DNS データと
の良好な一致を得た。
造が明らかになり、流れ場が熱伝達や圧力損失
に与える影響や、最適な充填構造への設計指針
Umean(DNS)
Umean(PIV)
20
3.3
円管内乱流の PIV 計測と DNS の比較
磁場が印加されていない円管乱流実験は、今
u+
が明らかになると期待している。
10
後行われる KOH を用いた印加磁場計測のため
の参照データになるだけでなく、印加磁場計測
時の PIV 計測の実験パラメータを見出すため
に重要である。PIV 計測においては、計測用粒
子の濃度、粒子径、計測領域、管径やレイノル
- 13 -
0
100
101
y+
Re=5300
2
10
Fig.5 Mean velocity distribution at Reb=5300
タ、点が PIV 計測結果である。
1
Re=5300
なお、紙面の都合上割愛するが、PIV データ
uv(DNS)
uv(PIV)
0.8
uv/uτ2
から再現した瞬時場の速度ベクトルは、DNS
の瞬時速度ベクトルと酷似しており FliHy 閉
0.6
ループで十分に発達した乱流場が実現してい
0.4
ることを示した。
0.2
00
50
100
150
y+
Fig.6 Reynolds shear stress distribution at Reb=
3.4
熱伝達率測定実験
Flibe は高 Pr 流体であるためその低い熱伝達
性能を改善し、且つ強磁場効果による乱れの層
流化の影響を検討する必要がある。
5300
前項で述べたように Fli-Hy 閉ループでの流
動特性評価の結果、本ループで発達した乱流が
Umean(DNS)
Umean(PIV)
20
形成されていることが確認できたので、作動流
u+
体として水を用いた場合の熱伝達率測定実験
を行った。
10
実験は、Fli-Hy 閉ループの伝熱試験部(ス
テンレス円管)の試験部管表面に 1mm 径で幅
1.3cm のニクロム線テープヒータを試験部に
Re=11300
0 0
10
101
102
巻き施工し、一様熱流束加熱条件を得た。但し、
y+
Fig.7 Mean velocity distribution at Reb=11300
本装置は管径が大きいため、自然対流の影響が
懸念されたため、混合対流域に入らない実験条
1
件を探索しながらの実施となった。
uv(DNS)
uv(PIV)
Fig.9 は、作動流体として水を用いた場合の
0.8
管軸流れ方向の無次元熱伝達率(Nu)の測定
0.6
uv
結果を示したものである。図中の実線は、従来
0.4
から良く知られている Dittus-Boelter の伝熱相
0.2
関式であり、点は本実験データである。両者は
0
0
熱電対の計測精度を考慮すれば±10%以内で
Re=11300
100
200
300
y+
Fig.8 Reynolds shear stress distribution at Reb=
一致しており、本実験装置での一様加熱条件の
達成および MHD 流実験に向けて伝熱特性評
価が可能であることを確認できた。
11300
今後、熱電対取り付け位置の改善を行い、さ
Fig.5 は Reb=5300 における平均流速分布を、
らに測定精度を向上させる予定である。また、
Fig. 6 はせん断応力分布を示しており、Fig.7 は
作動流体を KOH に替えた実験を行い、2004 年
Reb=11300 における平均流速分布を、Fig. 8 は
度後半に予定されている磁場下の伝熱実験に
せん断応力分布を示しており、実線 DNS デー
備える計画である。
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4.今後の計画と将来への発展
2004 年度~2006 年度にかけて、KOH 水溶液
を作動流体とし、大口径管(88mm)を用いて引
き続き PIV 流速計測を行い、 DNS および k-ε
型 2 方程式乱流モデルでの解析結果と比較を
行い、新たな MHD 乱流モデルを構築する予定
である。
2005 年 1 月に磁場発生装置(~2T)を Fli-Hy
閉ループに設置され、MHD 流実験の準備が進
んでおり、2005 年度初頭は磁場下の熱伝達率
Fig.9 Nusselt number distribution along the wall
測定実験を行うとともに、磁場効果による乱流
3.5
の層流化に伴う伝熱劣化特性について調べる
MHD 実験装置の設計検討
KOH を用いた実験装置の設計において印加
計画である。
2005 年度後半には、磁場下の流速分布や乱
磁場区間の長さは、マグネットの大きさを決め
流統計量について、PIV 法を MHD 流用に改良
る上で重要である。
十分発達した乱流に磁場を印加する場合、ど
し、MHD 乱流挙動を解明を目指す予定である。
れだけ下流に計測検査窓を設置すれば MHD
2005 年度後半には、小口径管を用いた更な
乱流計測が可能かの目安、つまり、助区間長さ
る高パラメータ領域における熱伝達率測定実
の見積もりについての実験的な相関式は確立
験を計画し、2006 年度には粗面、スワールテ
されていない。磁場下での発達した乱流状態の
ープ、ペブル等と用いた伝熱促進方法の検討を
摩擦速度の経験式は一応は存在するものの、流
進める計画である。
れ場が空間的にどのように下流に発達するの
かを知ることは不明である。ここでは、MHD
参考文献
円管乱流の DNS を実行し、磁場を印加してか
[1] Eggles, J. G. M. et al., J. Fluid Mech. 268 (1994) 175-209.
らの摩擦速度の時間発達分布を基にして磁場
[2] Satake, S., Kunugi, T. and Himeno, R., Lecture Notes in
印加から MHD 効果がどのくらいで効き始め、
Computer Science 1940, High Performance Computing, M. Valeno
やがて定常状態に達するかを確かめ、設計上必
et al. (Eds.), Springer-Verlag Berlin Heidelberg, 2000, pp.514-523
要な発達流までの助走区間を割り出した[4]。
[3] McEligot, D.M., Max-Planck Institut fur Stromungsforschung,
Reb=5300 の場合、ハルトマン数を Ha=5、10、
Bericht 109, Gottingen, Germany (1984)
20 の3種類設定した DNS を実施し、Ha=20 の
[4] Satake, S., Provate communication (2004)
場合には、乱流挙動が比較的早い時間に変化す
ることが摩擦速度の時系列分布により明らか
になった。また、Ha=5 および 10 においては、
乱流挙動が変化するまでの時間が長く、助走区
間が 30D ほど必要であること、すなわち、試
験部管軸方向に 30D 以上のマグネット長さが
必要であることを明らかにした。
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