幻の北京秋天～大気汚染のメカニズム～東京医科大学病院渡航者医療センター教授　濱田篤郎 Atsuo Hamada トゥーランドットの聞こえる空 2013 年秋に中国の北京を訪れた時のことだ。これほどまでに汚れてしまったのだろうか。３つの大気汚染メカニズム現地在留邦人に感染症の講義をするのが目的この町で大気汚染が進行してきたのは 1990 だったが、参加者からは大気汚染に関する質問年代のことだった。当時中国では開放政策が順がたくさん寄せられた。訪問した日はたまたま調に進み、経済発展の兆しが見えていた。そん青い秋空が広がっていたが、この町を覆う空はな状況の中、北京では人口が大きく増加し、冬いつも鉛色で、そこから降り注ぐ微粒子に人々場の石炭使用が加速する。これが大気汚染を起は戦々恐々としていた。こす第１の原因になった。大気汚染の代名詞にまでなった北京の空だこれに加えて、北京では 2000 年代に車の台が、かつては抜けるような青空が見られていた。数が急増する。03 年の北京の車両登録台数はそんな景色を洋画家・梅原龍三郎の代表作であ 200 万台だったが、これが 11 年には 500 万台る『北京秋天』に見ることができる。彼がこのにまで増加した。この結果、車の排気ガスが大作品を描いたのは 1942 年のことで、その構図気汚染の第２の原因になっていく。は北京飯店の高層階にある客室からの眺めとさそして北京にはもう１つ潜在的な大気汚染のれている。この作品を描いたきっかけを、彼は原因があった。それはこの町の西方にあるゴビ次のように語っている。砂漠の存在。偏西風のため砂漠は東の方向に延「秋の高い空に興味を持った。何だか音楽を聞いているような空だった」。彼が北京の空から連想した“音楽”とは何だっびる傾向があるが、この影響でゴビ砂漠は少しずつ北京に近づいている。そのため砂漠から吹き付ける砂嵐が、北京では年々強くなっている。たのか。今回の北京訪問中に垣間見えた青空かこの砂嵐が大気汚染の第３の原因といえるだろら、私はオペラ“トゥーランドット”に登場する『誰う。も寝てはならぬ』という曲を思い浮かべた。スケートの荒川静香選手が、トリノオリンピックで金大気汚染の健康への影響メダルを獲得した演技中に流れていた曲だ。ここうした大気汚染が健康に影響を及ぼすことのオペラはプッチーニの原作で、中世の北京が舞はある程度予想されていたが、それが明らかに台になっている。そんな格調高い青空が、なぜなるのは、11 年に北京の米国大使館が PM2.5 30 2016年3月号