モディ首相が日本に期待するもの

2015 年 3 月 10 日
モディ首相が日本に期待するもの
公益財団法人 国際通貨研究所
専務理事 倉内 宗夫
去る 1 月にモディ首相出身のグジャラート州で開催された投資誘致イベント Vibrant
Gujarat に参加した。オープニングセレモニーにスピーカーとして登壇した国連事務総長、
世銀総裁、ケリー米国務長官らのプレゼン能力の高さに思わず唸らされたが、私にとって一
番印象的だったのは、スズキの鈴木修会長のスピーチ。朴訥な語り口ながらも、インドの地
でスズキという日本の企業が 30 年前にゼロから自動車製造を開始し、多くの困難を克服し
今の成功に至ったこと、そして人材育成をはじめとしてインド社会の発展に真摯に向かい合
い努力してきたことを語られた。愚直なまでにインド人とともに汗水を流し、インド No.1
の自動車会社にまで成長させた鈴木会長の人間力に、その場に同席したモディ首相は同じア
ジア人として心底共感したはずだ。
私が生まれて初めてインドの地に足を踏み入れたのは、今から 20 年前のチェナイ。市の
名前が、昔の“マドラス”から変わったばかりのタイミングであった。 真夜中にチェナイ空
港に到着し、ホテルに向かう道すがら、車の前を牛が突然横切ったり、歩道に人が寝ていた
りという強烈な印象を今でも鮮明に覚えている。
2 年前からは日印経済委員会の常設委員会会長ポストに就いたこともあり、インド政府関
係者、各州からの投資誘致団や駐日大使をはじめとする様々なインド人との接点が増えた。
日本とインドは歴史的にも長きに亘る交流があり、様々な困難に直面した時期においても
お互いを支えあい今日に至っている。今では毎年両国のトップが交互に歴訪を重ねており、
政治面では世界のどの国よりも緊密な関係にあるといえよう。
とりわけモディ首相は前職のグジャラート州首相時代から我が国との繋がりは深く、直接
1
投資のみならず我が国の文化・ガバナンスや効率の良さにも大いに惹かれるものがあったと
聞く。昨年 9 月の首相就任後初の訪問国に日本を選び、東京で 2,000 人に近い聴衆に向かい、
“3 回目の来日で、もう他の国に行く必要のないくらい素晴らしい国だと再認識した”とま
で我が国を褒めちぎったのは印象的であった。最近のフィナンシャルタイムスに“Mr. Abe is
Modi’s best friend”という表記がされるくらいの良好な関係が構築されている。
なぜそれまでにインドはそしてモディ首相は日本に好意的なのか?なにがそんなに日本を
ひきつけるのか?
いまインドはモディ新政権下、これまでの旧態依然とした社会を大きく変えようと舵を切
った。そうしたなかインドが経済面で高い技術を有する日本からの投資を期待しているのは
間違いないし、また我が国としても 13 億人の巨大成長市場は大変重要かつ魅力的である。
しかしそれ以上の期待が日本に対してあるのではないか。ダイバーシティという言葉がぴっ
たり当てはまる 13 億人の民の中に綿々と流れる多様性の良い点は残しつつも、社会の発展
に阻害となる壁を低くするには、モディ首相は日本に見習うことが一番の近道であると感じ
たのではないか。
日本に期待しているであろうとは書いたが、付き合えば付き合うほど日本とインドは余り
にも違うことを痛感する。日本とインドは真逆(両極端に位置する)の世界に位置している
のではないか。その典型例をあげると次の二つに行き着く。
①
時間に対する観念
② 衛生(清潔)面に関する観念
この二つは日本人が世界中のどの国、どの人に対しても大いに誇れる我が社会の強靭さの
源だ。一朝一夕に他国が真似できるようなものではない。むしろ日本が世界標準からすると
例外的なのかもしれない。いずれにせよ真逆な国だからこそ、モディ首相は日本から精神的
なものも含めて多くを学びたいと思ったのではないか。
一点目であるが、実は時間に関して私はインド人がルーズだとは思わない。時間に関する
認識が異なるだけである。輪廻とか来世という哲学的な話をするつもりはないが、卑近な例
で言えばパーティなど 10−20 分程度遅れて参加するのが当たり前で、それが正しいとまでい
う人もいる。勿論時間に正確なインド人も多い一方で、会議で開始予定時間になってもなか
なかスピーカーが揃わないことはしばしば経験している。しかし、そうした時間に対する観
念も変わる兆しが見られる。モディ首相は規律を守ることに高い優先順位をつけ、その一例
として政府役人は定時での業務開始を義務付けたと聞く。次回インド訪問時に是非政府関係
者に実態を確認してみたい。
2
二番目の衛生観念については、この 20 年間で状況が大きく改善されたというと印象は余
りない。直近 2 回のインド出張で 5 つの主要都市を回ったが、相変わらず道の端にゴミ袋が
捨てられており、それらを牛、犬などが漁っている姿もしばしば目にした。床にゴミが落ち
ていても掃除をするのは自分の仕事ではない、という例えは相変わらず今回も聞かされた。
それでも日本に駐在経験のあるインド人の皆さんは一様に、
“日本の生活に慣れるとやはりき
れいに清掃してあるほうが良いね”と本音を言ってくれるので、これも意識の問題だ。勿論
こうした衛生観念をインド社会に根付かせるには、社会のリーダーそして家庭では親がまさ
に率先垂範することが不可欠。モディ首相は「メーク・イン・インディア」に続き「スワッ
チ・バーラト(クリーン・インディア)
」と題したキャンペーンを新たにスタートさせた。今
後 5 年で 1.96 兆ルピー(約 3 兆 5,000 億円)を投資し、1 億以上の家庭に専用トイレを設置
し、また学校のトイレや公衆トイレなどを整備するとともに、衛生に関する啓蒙活動も展開
すると公言している。昨年 11 月のデリー出張時、街のあちらこちらにトイレ設置を促すポ
スターが張られているのが目に付いた。また現地の新聞には、
“日本の学校では放課後に生徒
自らが教室やトイレの掃除を行っておりインドの学校も見習うべきだ”という内容の記事を
写真付きで掲載していた。モディ首相も自ら箒を持ち、主要閣僚やスポーツ選手や映画スタ
ーなどのセレブとともに掃除するパフォーマンスを披露している。まさに日本に習い、国を
あげて「クリーン・インディア」を目指そうというものだ。
有難いことにインドの人はモディ首相をはじめとして、実に親日家が多い。熱い期待に我々
は如何に応えてゆくか。それにはビジネス・社会・文化といったあらゆる面で交流を増やし、
日本人らしい真面目で地道な努力・協力を惜しまないことに尽きる。それがインド社会の発
展に必ず寄与すると確信している。
(IIMA メールマガジンへの寄稿)
当資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、何らかの行動を勧誘するものではありません。ご利
用に関しては、すべて御客様御自身でご判断下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。当資料は信頼できる
と思われる情報に基づいて作成されていますが、その正確性を保証するものではありません。内容は予告なしに
変更することがありますので、予めご了承下さい。また、当資料は著作物であり、著作権法により保護されてお
ります。全文または一部を転載する場合は出所を明記してください。
Copyright 2015 Institute for International Monetary Affairs(公益財団法人 国際通貨研究所)
All rights reserved. Except for brief quotations embodied in articles and reviews, no part of this publication may be
reproduced in any form or by any means, including photocopy, without permission from the Institute for International
Monetary Affairs.
Address: 3-2, Nihombashi Hongokucho 1-chome, Chuo-ku, Tokyo 103-0021, Japan
Telephone: 81-3-3245-6934, Facsimile: 81-3-3231-5422
〒103-0021 東京都中央区日本橋本石町 1-3-2
電話:03-3245-6934(代)ファックス:03-3231-5422
e-mail: [email protected]
URL: http://www.iima.or.jp
3