信頼性表示機能を有する Shear Wave Measurementの開発

技術レポート
信頼性表示機能を有する
Shear Wave Measurementの開発
Development of Shear Wave Measurement with a Reliability Index
園山 輝幸 Teruyuki Sonoyama
村山 直之 Naoyuki Murayama
井上 敬章 Noriaki Inoue
日立アロカメディカル株式会社 第二メディカルシステム技術本部
超音波による弾性イメージング機能はStrain elastographyによる乳腺の硬さ診断から始まり、近年ではせん断波の伝播速度を
検出するShear wave elastographyが肝臓領域において盛んに用いられるようになった。このたび当社ではShear wave elastographyとして信頼性表示機能を特長とするShear Wave Measurement
(SWM)
を開発した。SWMでは、計測ごとに信頼性指標を
算出するため、計測結果の妥当性を定量的に判断することが可能となり、診断能の向上に寄与できると考えられる。本稿では
SWMと信頼性指標の原理について説明し、ファントムでの精度評価について報告する。
Ultrasound elastography starts from tumorous lesions in breast region using Strain elastography. In recent years,
Shear wave elastography which detects the propagation of the shear wave velocity is widely used in chronic liver disease.
We recently developed Shear Wave Measurement(SWM)which has a reliability index of the velocity measurement.
Since SWM calculates the reliability index along with the shear wave velocity in every single measurement, it is possible
to determine the appropriate measurement quantitatively. This function could contribute the improvement of the diagnostic performance. The purpose of this report is to describe a principle of SWM and reliability index, also show the elasticity phantom evaluation.
Key Words: Shear Wave Elastography, Reliability Index, Liver Phantom, Measurement
1.はじめに
超音波で組織の硬さを測ることができる弾性イメージング
している 1)。もう1つは外部からの加振によって励振された組
は、組織性状を見る新たな超音波診断として臨床的有用性が
織の横波の移動速度
(せん断波伝播速度)
からせん断弾性率
期待されている。現在、各社から製品化されている弾性イ
を推定して表示するShear wave imagingであり、励振方法
メージングの手法を大別すると2 種類に分類できる。1つは用
として音響放射圧
(ARFI:Acoustic Radiation Force Im-
手的に組織を圧迫して組織の変位から相対的なひずみ分布を
pulse)
によるものとプローブを機械的に加振するものがある。
表示するStrain imagingであり、当社が 2003 年にReal-time
このたび当社では、肝臓を対象とした ARFIによるShear
Tissue Elastography ※1
(RTE)
として世界に先駆けて製品化
wave imagingの1つとして、コンベックスプローブを用いた
40 〈MEDIX VOL.63〉
Shear Wave Measurement
(SWM)
機能を新たに開発し、超
せてせん断波を発生させるためのPushパルスと、励振によっ
音波診断装置 HI VISION Ascendus※2 に搭載した。表 1に日
て発生したせん断波の伝播を検出するための Trackパルスを
本超音波医学会
( JSUM:The Japan Society of Ultrasonics
用いることが一般的である 4)5)。SWMでの送受信のシーケン
in Medicine)
とWFUMB
(World Federation for Ultrasound
スを図1に示す。Pushパルスを1 方向へ送信してせん断波を
in Medicine and Biology)
のガイドライン
に掲載されてい
発生させ、Trackパルスを 2 方向に交互に送受信することで
るエラストグラフィの分類に基づいて、当社のRTEとSWM
伝播するせん断波を検出している。この Push-Trackのシー
の位置づけを示す。
ケンスを自動的に繰り返すことで、せん断波の伝播速度を短
2)
3)
SWM機能の開発によって、1 つの装置で Strain imaging
とShear wave imagingが行えるようになった。Strain imagingと Shear wave imagingはそれぞれにメリットがあり、
時間の間に複数回計測している。その後にプローブのクーリ
ング時間としてすべての送波を停止する期間を設けている。
超音波診断装置に対する規制としては、日本国内の医薬品
Strain imagingでは高フレームレートで分解能良く組織構造
医療機器等法
(薬機法)
やアメリカ国内の FDA 510
(k)
、ヨー
を反映した硬さ画像を得ることができ、Shear wave imaging
ロッパのCEマーキングなどがあるが、SWMでのパワー上限
ではせん断波速度を定量的に評価することが可能であり、圧
規制も通常の診断装置と同じである。SWMでのパワー測定
迫操作も不要なため、検者依存性を小さくできると考えられ
結果は表 2に示すように、各指標ともにすべて薬機法とFDA
ている。以降の章ではSWMの原理や特長機能である信頼性
の規制値以下で動作している。
表示機能について説明し、併せてファントムでの精度評価結
また、国際規格の IEC60601-2-37 では、体表用途でのプ
ローブ表面温度の上昇が 10℃以下になることを要求してい
果も示す。
る。SWMではプローブ表面温度と先に述べたパワー規制の
Isptaの要求を満たすために約 2 秒間のクーリング時間を設
2.SWMシーケンスと安全性
けている。このようにSWMにおけるシーケンスは、各種の規
ARFIを用いたShear wave imagingでは、組織を励振さ
3.SWMの信号処理とエラー検出
(ゆらぎ除去)
表 1:エラストグラフィの分類
Methods
SWMの信号処理は図 2 のようなブロック図構成で演算し
Strain imaging
Excitation
methods
Shear wave imaging
Strain elastography
Manual
compression
制を満たすことで被検者にとっての安全性を確認している。
ている。2 方向から受信した Trackパルスのエコー信号を検
波後に位相検出を行い、ノイズ低減処理を加えたのちにせん
N/A
断波のピーク位置をTrack 2 方向それぞれで検出する。検出
されたピーク位置から、ROIの深さ方向に対して複数点のせ
RTE
ん断波伝播速度
(Vs:Shear wave velocity)
を算出する。最
後に次章で述べるVsの統計演算を行い最終的なVs値を1つ
ARFI Imaging
Point shear wave speed
measurement
Acoustic radiation
force impulse
excitation
SWM
Shear wave speed imaging
Transient elastography
Controlled external
vibration
Push
Pushパルス
P
T1
ΔX
T2
Trackパルス
図 1:SWM の送受信シーケンス
T1T2 T1T2
算出する。
臨床ターゲットである肝臓実質部では、心拍による微小血
管の動きや脈管血流によってエコー信号が時間的にゆらいで
表 2:SWM のパワー測定結果
MI
TIS
TIB
Ispta
(mW/cm2)
測定値 MAX
1.56
0.88
3.43
523
規制上限
1.9
6.0
6.0
720
検波
T1 T2
クーリング時間
Time
ノイズ
除去
相関
平滑化
せん断波
検出
Vs
算出
位相
検出
Vs統計量
算出
図 2:SWM 信号処理のブロック図
〈MEDIX VOL.63〉 41
しまい、このゆらぎとARFIによるせん断波とが重なること
位相ゆらぎの検出には時間方向での位相変位の周波数解
でせん断波ピーク検出の妨げになることがある。通常は計測
析を用いている。せん断波が存在する深度に比べて、位相ゆ
ROI内に大血管などが入らないように目視で確認するが、微
らぎ領域では周期的に位相が変動しているために、特定の周
小血管や脈管血流まで入らないように計測ROIを設定するこ
波数に強度の大きいピークを持つことになるので、パワース
とは困難であることが多い。
ペクトルの強度差を利用してせん断波との識別が可能にな
そこで当社のSWMでは、血流や微小振動による位相ゆら
る。このようにして位相ゆらぎ領域を識別して除去すること
ぎを検出し、このゆらぎ領域を除去したVsを算出することで
で、図 4のようにせん断波のピークだけを用いてVsを算出で
精度の良いせん断波速度検出を実現している。
きるので精度の良い Vs計測が可能になる。
具体的なエラー除去方法として図 3 の血管ゆらぎを一例に
説明する。この図の
(a)
では縦軸が ROIの深度方向、横軸が
Trackパルスの時間方向を示しており、グレースケールの色
4.信頼性指標 VsN
が位相変化の大きさを表している。Track 1の赤線とTrack 2
Shear wave imagingの定点計測では ROI内のデータに
の青線がせん断波のピークを表しているが、どちらの Track
対して1つの Vsを表示することが一般的である 6)が、被検者
にも時間軸方向に位相変化
(グレースケール)
の激しいバンド
の息止めや体動、検査者の手振れなどによる外乱の影響で
領域が存在することが分かる
(図の例では Track 1とTrack 2
Vs値だけではその計測が妥当だったかどうかを判断するこ
では異なる深さにバンドが存在する)
。これが血管ゆらぎと呼
とが困難な場合がある。また、Vs値のほかに標準偏差を表示
んでいる位相ゆらぎである。次に、このせん断波のピーク位
した場合でも標準偏差の大小が対象の組織性状によるものな
置からVsを算出するために、図 (
3 b)
のようにせん断波のピー
のか、計測誤差によるものなのかの区別が困難になることも
クだけを取り出したグラフを用いて、Track 1の赤線とTrack
考えられる。
2の青線の時間差ΔTと、Track間距離ΔX
(ΔXはTrack 1と
そこで SWMでは、複数回の Push-Trackシーケンスと各
Track 2の送信ビーム位置によって幾何学的に決まる。図1 参
シーケンスでのROI内深度方向の複数点 Vsから得られるVs
照)
から各深度での VsをVs=ΔX/ΔTとして図 (
3 c)
のよう
値の集合を統計的に利用して、計測の妥当性を定量的に評価
に求める。ここで位相ゆらぎを除去しないままだとこの領域
する指標を搭載した。Vs値の集合に対して3 つの条件
(後述)
においてせん断波ピークの誤検出が起こり、深度方向の平均
で棄却処理を行い、棄却後のVs集合の割合
(棄却後のVs数/
Vsを算出しても精度の良いVs値が得られないことが分かる。
棄却前の全 Vs数で定義)
をVs有効率として%表示している。
この Vs有効率のことを、純量や正味の数量を意味する英単
語である「Net」の頭文字を用いて VsNと呼称する。また、
(a)
(b)
(c)
Depth
Track1
Time
−
Vs(m/s)
0
+
棄却後 Vs集合のヒストグラムから、統計値として Vsの中央
値と四分位範囲
(Inter Quartile Range:IQR)
を算出して表
示している
(図 5)
。次に3 つの棄却条件について説明する
(図 6
の
(1)
(3)
- )
。
ΔT
Depth
Depth
Depth
Track2
計測ROI
Vs=0.2±1.5(m/s)
Time
Vsヒストグラム
図 3:ゆらぎ除去の模式図(除去前)
(a)
(b)
(c)
Depth
Track1
Time
−
Vs(m/s)
0
+
ΔT
位相ゆらぎ領域
Track2
Depth
Depth
位相ゆらぎ領域はVs算出に用いない
Time
図 4:ゆらぎ除去の模式図(除去後)
42 〈MEDIX VOL.63〉
Vs=1.3±0.2(m/s)
表示項目
単 位
内 容
Vs
m/s
せん断波の伝播速度(Vs 群の中央値)
IQR
m/s
Vs群の四分位範囲(中央値±25%の幅)
VsN
%
Depth
mm
Vs 有効率
ROI の中心深度
図 5:SWM の計測表示画面
−1
0
0.7
妥当性を定性的に判断できるように工夫した
(図 5のヒストグ
1
2
3
4
5
Vs(m/s)
ラムを参照)
。
5.SWM操作方法
(3)
Depth
SWMの操作手順を図 7に示す。SWMモードに入ると図 5
に示した計測 ROI
(縦 15mm×横 10mm)
が表示される。ROI
(1)
(2)
を動かして計測位置を決めてから操作パネルの測定ボタンを
(2)
押下することで SWM計測が開始され、自動フリーズ後に計
測結果がモニタに表示される。このとき同時にフリーズ時の
図 6:VsN 算出のための棄却条件の模式図
画像が自動保存されるようになっている。そしてクーリング
時間の約 2 秒経過後にフリーズが解除できるようになる。
このように、SWMではワンボタンで Vs計測と画像自動保
(1)
Vsがマイナスの時
せん断波の乱れなどで Pushから近い側の Trackよりも遠
い側の Trackが時間的に手前でピーク検出された場合に Vs
存が可能であるため、簡便に繰り返して計測することが可能
である。
がマイナスになる。この時はせん断波を正しく検出できてい
ないため棄却する。
6.ファントム精度評価
(2)
Vsが特定の範囲以外の時
最後にファントムを用いたSWMの精度評価について述べ
Vs値が取り得る値は、診断の対象となる臓器や組織の違い
る。硬さの違う7 種類のファントム
(1.19 ~ 3.79m/s、OST株式
によって臨床的にある程度の範囲に収まることが期待される。
会社製 特注ファントム)
を用いて、SWMでのVs計測値と力学
これを逸脱した場合はせん断波の誤検出と見なして棄却する。
試験機
(INSTRON ※ 3 Model 2519)
で測定した硬さ値
(ヤング
この範囲は診断対象ごとに異なり、現在のSWMは肝臓を
対象としているため、この範囲を0.7 ~ 4.0m/sとしている。さ
率と密度からVs値に換算)
を比較して計測精度を検証した。
プローブを治具で固定した状態でファントムとの間に水を介
らに、肝臓では 3.0m/s以下での精度を確保することが重要と
在させることで直接加圧しないようにして計測した。それぞれ
考えて、この値を元にPush-Track間隔の調整を行っている。
のファントムでプローブを固定する場所を10カ所変えて計測
Quantitative Imaging Biomarkers Alliance
(QIBA)
の報告 7)
し、その10カ所でのVs平均値、および計測再現性を表す変動
によると、肝生検 F4でのVs値分布の第 3四分位点が 3m/s程
係数
(% CV、標準偏差/平均値)
、力学試験機との差異を表す
度となっていることから4.0m/sで上限を設けることは妥当と
正確度
(ΔVs%)
を求めた。観測深さは 20、40、60mmとした。
考えている。
図(
8 a)
に SWMとINSTRONの Vs散布図を示す。計測再
現性
(% CV)
は 3 ~16%、計測の正確度
(ΔVs)
は±15%以内
(3)
特定の深度で位相ゆらぎが観測された時
3 . で詳述したように、血管・血流などによる位相ゆらぎは
せん断波とは異なるため、誤検出と見なして棄却する。
(a)
4
たか? ROI内にせん断波以外の不要成分がなかったか? と
いうことを判定しており、その結果としてのVs有効率
(VsN)
をモニタに表示している。さらに、棄却後のVs集合のヒスト
グラム
(横軸をVs、縦軸を頻度として描画)
を表示する機能も
3
1
0
1
2
3
ROI
位置決め
測定
ボタン
自動
フリーズ
40
4
0
1
INSTRON-Vs(m/s)
2
3
4
SWM-Vs(m/s)
図 8:ファントム精度評価結果
クーリング時間 約2秒
プローブ
走査
20mm
40mm
60mm
60
20
の均一度合い
(分布の広がり)
とVsNの大きさ
(分布の面積)
が分かるようになっており、ヒストグラムの形状から計測の
80
2
0
搭載している。このヒストグラムからは、ROI内でのVs分布
20mm
40mm
60mm
対角線
VsN(%)
SWM-Vs(m/s)
棄却条件
(1)
(3)
- によって、せん断波伝播を正しく検出でき
(b)
100
結果
表示
画像
保存
ユーザー操作
フリーズ
解除
合計2∼3秒
図 7:SWM 操作手順
〈MEDIX VOL.63〉 43
であった。また、深度によるVs値の顕著な差異は認められな
かった。ファントムごとの信頼性指標 VsNの平均値を図 (
8 b)
に示す。ファントムの硬さが 3m/sまでは VsNが 80%以上を
保っており、安定して計測できていることが分かる。一方で
6) Kudo M, et al. : JSUM ultrasound elastography practice guidelines: liver. Journal of Medical Ultrasonics,
40 : 325-357, 2013.
7) Cohen-Bacrie C, et al. : QIBA Technical Committee
最も硬いファントムでは VsNが 25 ~ 60%に低下しており、
for Shear Wave Speed(SWS)Measurement. RSNA
計測の信頼性が落ちていることを示している。4 .の信頼性指
98th Scientific Assembly and Annu. Meeting(Post-
標の棄却条件でも述べたように、SWMでは 4.0m/sを棄却の
er)
, 2012.
上限としているために、4.0m/sに近いファントムではΔVsの
8) Tonomura A, et al. : Development of strain histogram
低下に伴ってVsNも低下していることが分かり、VsNによっ
measurement function and clinical applications in he-
て評価の妥当性が判断できると考えている。
patic region. MEDIX, 54 : 37-41, 2011.
以上のことから、臨床現場においてもVsNを用いることで
計測の妥当性を定量的に評価することができると期待される。
7.まとめ
当社の Shear wave imagingとして初搭載となるSWMの
原理や特長機能である信頼性指標について述べた。今後
Strain imagingで ある RTE 8)と併 用 す ることで、RTEと
SWMのそれぞれのメリットを生かしながらさまざまな臨床
分野での症例を蓄積することによって、弾性イメージングの
さらなる発展が期待できる。
8.謝辞
本機能の試作から実機搭載までの開発における臨床的有用
性の評価は、近畿大学医学部 工藤 正俊先生、矢田 典久先生
との共同研究に基づいたものであり、ここに感謝いたします。
※1 Real-time Tissue Elastography、※2 HI VISION Ascendusおよび
Ascendusは株式会社日立メディコの登録商標です。
※3 INSTRON はイリノイ ツール ワークス インコーポレーテッドの登録
商標です。
参考文献
1) Matsumura T, et al. : Development of Real-time Tissue
Elastography. MEDIX, 41 : 30-35, 2004.
2) Shiina T : JSUM ultrasound elastography practice
guidelines: basics and terminology. Journal of Medical
Ultrasonics, 40 : 309-323, 2013.
3) Shiina T, et al. : WFUMB Guidelines and recommendations for clinical use of ultrasound elastography: Part
1: basic principles and terminology. Ultrasound Med.
Biol., 41 : 1126-1147, 2015.
4) Nightingale K : Acoustic Radiation Force Impulse
(ARFI) Imaging: A Review. Current Medical Imaging Reviews, 7 : 328-339, 2011.
5) Doherty J, et al. : Acoustic radiation force elasticity
imaging in diagnostic ultrasound. IEEE Trans. Ultrason. Ferroelectr. Freq. Control., 60 : 685-701, 2013.
44 〈MEDIX VOL.63〉