地域防災力の向上にむけて -討論型演習を活用した

地域防災力の向上にむけて
-討論型演習を活用した試み藤井隆一1 ・
伊藤雪穂2
1流域情報事業部
2 流域情報事業部
部長
副参事
近年、集中豪雨や局地的な大雨などによる水災害が増加しているなか、自分たちの地域を守るために必
要な自助・共助・公助が見直されている。
本稿では、地域防災力の向上を図る方策のひとつとして、討論型演習に着目し、国土交通省江戸川河川
事務所が沿川自治体と行った討論型演習の取り組みを事例にその効果を提示する。また討論型演習を通し
て明らかとなった地方自治体の抱える課題を整理し、今後の水防災施策の方向性を示す。
KeyWord : 河川,水害,地域防災力,地方自治体,討論型演習
1. はじめに
の再構築に対する支援が進められているところで
ある。
本稿では、地域防災力の向上を図るための方策
として討論型演習に着目し、その効果を述べたい。
~背景と目的
近年は、各地で局所的な集中豪雨による中小河
川の洪水・土砂災害の発生が増加しており、迅速
な警戒避難体制の確立が急務となっている。また、
既存の記録を超える降雨量・潮位・波高が観測さ
れていることから、自然の外力が施設能力を超え
る可能性があり、堤防決壊等による人命・財産の
損失等への対策が訴求されている。
今までは主として河川管理者等の関係者による
水防活動により対処してきたが、昨今の想定外の
洪水には行政機関による公助だけでは対応できな
いケースがみられるようになってきている。その
ため、市民や企業、団体、地方自治体、国の各構
成員がお互いの役割を認識しながら、各自が地域
防災力向上のために取り組んでいくことが必要と
なっている。
水害については、平成 12 年の東海水害や平成
16 年の新潟・福島豪雨、福井豪雨、台風 24 号に
よる円山川出水を契機に、ハザードマップの整備
や災害時要援護者対策を念頭にした避難準備情報、
氾濫区域の洪水予報などが水防法等の改正により
実施されることとなった。
それにあわせて平成 17 年度には、国土交通省・
内閣府・総務省ほかによる「避難勧告等の判断・
伝達マニュアル作成ガイドライン」1)が都道府県
に要請され、国土交通省においても「総合的な豪
雨災害対策の推進について」2)の提言により、市
町村等に対する情報及び体制支援や、地域防災力
2. 水害における地域防災力
平成 7 年の阪神・淡路大震災を契機に、地域が
保有する自助・共助・公助の力が見直され、地域
防災力の重要性が広く認識されるようになった。
「地域防災力」は、
・ 地域において防災により、どれだけ多くのい
のち、くらし、まちを守ることができるかと
いう力
・ それでも生じる被害に応急的に対応する力
・ 災害被害からたくましく復興する力
のようにまとめることができるが、これらは、地
域の総合力を結集して初めて発揮できる能力であ
る。それを以下のとおりイメージ化した。
1
図-1 地域防災力の成り立ち
自治体とともに検討会を設置し、今後の地域防災
力向上に対する協議を進めることとなった。その
取り組みについて、次に紹介する。
(1)河川管理者に求められる動き
地域防災力を担う自助・共助・公助のうち、公
助の一端を担う河川管理者は、自治体や自主防災
組織等と連携し、流域内で自助・共助・公助の仕
組みを作っていくこと、及び迅速で確実な避難が
実施されるための支援が求められている。
3. 仮想体験による地域防災力の見直し
~討論型演習の試み~
前述の提言「総合的な豪雨災害対策の推進につ
いて」で示されている河川管理者の役割を整理す
ると、以下のとおりとなる。
(1)江戸川・中川・綾瀬川流域地域防災力検討会の
開催
江戸川・中川・綾瀬川流域において地域防災力
の向上に資することを目的に、「江戸川・中川・
綾瀬川流域地域防災力検討会」が設置された。こ
れは、国土交通省江戸川河川事務所を事務局とし
て、関係 18 自治体で構成されるもので、地域の
自治体と連携し、自治体や自主防災組織などの現
状や課題、ニーズを把握し、今後の施策について
検討していくものである。
検討会を通じて、関係自治体の地域防災計画に
は水害について記載しているものの、江戸川の氾
濫に対する危機感が薄いことなどが分かってき
た。そのことから、各自治体職員が自らの管轄区
域の水害状況について、独自に考える機会創出の
必要性を感じ、討論型演習を採用することとした。
(緊急時の防災情報)
・中小河川等における洪水予測等の充実
・市町村長が的確に避難勧告等の発令をする
ための情報の充実
・市町村等への支援体制の確立 など
(平常時の防災情報)
・浸水想定区域等の対象区域の拡大
・ハザードマップの全国的緊急配備 など
(地域防災力の再構築)
・水防体制等の充実強化
・防災教育等の推進への支援 など
(2)地方自治体に求められる取り組み
一方、地方自治体に対しては、水防法の改正に
より、市町村の地域防災計画に高齢者等が利用す
る施設への洪水予報等の伝達方法の規定が定めら
れ、それを契機として「避難勧告等の判断・伝達
マニュアル作成ガイドライン」が作成された。以
下にその要点を整理した。
(2)討論型演習の特徴
一般的に演習は、講義や訓練とは違い、一定の
状況想定の下での対応について関係者一同で検討
したり、策定した計画やマニュアルの有効性を評
価・検証することを目的としている。
演習には、大きく討論型演習とロールプレーイ
ング演習(対応型演習ともいう)とがあり、演習
の目的に応じて使い分けることができる。
ロールプレーイング演習は、想定した状況下で
関係する複数機関あるいは部署の参加者により、
時間経過の中で示される状況付与などを元に、状
況を予測しながら自らの対応を決定する。討論型
演習が議論することに主眼が置かれるのに比して、
時間的な制約がかけられた動的な状態で判断や対
応が求められる形で進行する。
演習は、統括するコントローラーとプレーヤー
とに分かれて実施し、時間経過とともに変化する
災害状況を同じ状況下で情報のハンドリングや処
理を行う。経過する時間のなかで、どれだけ迅速
にプレーヤーが判断し動けるかを訓練し、危機対
応能力の向上を図る手法である。
しかし、この演習は、変化する限られた時間内
で情報処理などにあたるため、あらかじめ参加者
にある程度の対応能力が備わっていないと十分な
・ 「避難準備(災害時要援護者避難)情報」
の位置づけ
・ 災害緊急時の状況ごとに、各対象区域の避
難勧告等発令を判断する基準等のマニュ
アル化
・ 災害の状況及び地域の実情に応じ、伝達手
段を複合的に活用すること
・ 早期自主避難の重要性について周知する
こと
・ 同一の水系を有する上下流の市町村間で、
相互に避難勧告等の情報が共有できるよ
う連絡体制を整備すること
しかし現状では、市町村の置かれた状況により、
水害への意識や対策の進捗度合いは異なるため、
足並みを揃えた整備とはいかない状況である。
そこで、国土交通省江戸川河川事務所では、平
成 19 年に江戸川・中川・綾瀬川流域に関連する
2
演習は以下のような手順で行った。
演習の効果は望めない。
その点、討論型演習は時間的制約を設けず、進
行役のもと参加者同士の自由度の高い討論を行う
ものであり、一定の能力を養うための演習として
役立つものである。また、異なる立場の参加者が
討議することで、問題の検証だけでなく調整や今
後の方向性を固める手段としても有効である。
そのため、複数の関係自治体が主体性を持って
課題に臨むには適当な手法であることから、今後
の地域防災力向上施策を検討するために、本検討
会に討論型演習を取り入れることとした。
・ 班内において、避難勧告・指示の発令判断を
するうえでどんな情報が必要かを協議。
・ 必要情報を入手し、各自治体の状況を踏まえ
各自治体で対応を想定。
・ 実際に避難勧告・避難指示の伝達文章を作成。
・ その理由とその際留意すべき事項をまとめる。
・ 発表
演習を進めるうえで、事務局はファシリテーター
役を務め、必要に応じて討議のプロセスに助言し、
積極的かつ建設的な意見を引き出すために、話し合
いの方向を軌道修正したり、発言の整理を行い、参
加者主導の自由度の高い討議を目指すものとした。
b)グループ構成
近隣自治体と協働しながら情報を入手したり、避
難判断に関する相談やその際の懸念事項などが浮
き彫りとなることを期待し、破堤した場合の氾濫形
態を考慮した班員構成とした。
(3)討論型演習を実施するうえでの留意点
演習の狙いは、①江戸川の堤防が決壊する可能
性があることを自治体職員に意識してもらうこ
と、②非常時に必要な情報の共有をすることとし
た。そこで、プログラムを検討するにあたっては、
講義と演習の2部構成とし、まず講義を通して江
戸川の堤防決壊の可能性や避難勧告等の発令に
必要な基礎知識を共有してもらい、そのうえで演
習を行うものとした。
演習課題の設定にあたっては、①自治体が最も
関心が有り、悩む事が想定されること、②河川管
理者に対して情報提供を依頼する項目が多くな
る事が想定されること、③課題が明確なことを念
頭に検討し、避難勧告・避難指示発令のために、
必要な情報について協議し、必要資料を河川管理
者に要望・入手しながら、各自治体の判断を固め
ていく形をとった。
演習プログラムを作成するにあたっては、まず
参加自治体全てが避難勧告・指示を発令する状況
にするために、各自治体の立場に立ち、市区町毎
の被災状況の確認・想定を行い、江戸川での出水
状況の条件設定を行った。また、必要情報の取捨
選択について、自治体間で相談し、情報の共有が
できるグループ制での演習体制を採用するものと
した。
a)討論型演習の手法
演習は、9 月 16 日 9 時時点の状況として、以下
の設問に答える形で演習を行った。
表-1 演習の班編成
1班
2班
3班
(左岸)
(右岸上流) (右岸下流)
自治体
野田市
流山市
柏市
松戸市
市川市
三郷市
草加市
八潮市
足立区
葛飾区
江戸川区
(9 名)
五霞町
幸手市
杉戸町
春日部市
松伏町
吉川市
越谷市
(12 名)
河川
管理者
技術副所長
防災課係長
調査課長
調査課係長
防災課長
防災課係長
事務局
2名
2名
(8 名)
2名
c)状況設定
江戸川のはん濫を想定し、流域自治体が住民に対
して避難勧告・指示の発令を行う場面を設定した。
また、演習に参加する18自治体が緊迫感をもって避
難勧告・指示の発令を検討できるように、右岸堤防
3箇所、左岸堤防3箇所の計6箇所に漏水被害を設定
し、柏市を除いて24時間以内に浸水が到達するよう
にした。
「江戸川で堤防被害が発生しているなか、最新
の洪水予報、水防警報を受け取った。
このとき、あなたならどうしますか?」
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d)討論型演習の想定
試行活動時に参加自治体がどのような資料や情
報を使い、避難勧告・発令の判断を行うかについて、
以下のとおり想定した。
■設 問
「避難勧告・避難指示の発令に際し、あなたならどうしますか?」
■状況設定
・ 避難判断水位を超えて、水位が上昇中(上流~下流すべて同じ設定)
・ 江戸川堤防に漏水が発生し、水防団の対応にもかかわらず、漏水量は増大中
・ 与えられているのは、法定情報 のみ
<水 防 警 報>
・ 漏水発生の情報
・ 水防団は出動して水防工法を実施
<洪 水 予 報>
・ 避難判断水位を超過
・ 今後も水位上昇が続く見込み
■避難勧告等の発令までの流れ(想定)
河川管理者の提供資料
判断のための情報収集
・ 浸水想定区域図
・ 横断面水位グラフ
・ 水位相関資料
・ 漏水個所画像(模擬)
・ 漏水被害箇所図
・ 内水被害箇所図
・ 浸水区域時系列総括図
・ 微地形段彩図
・ 破堤した場合の氾濫区域及び
その水位
・ 浸水の到達時間
・ 河道内のピーク水位と時刻
・ 上流状況の確認
・ 堤防の状況把握
・ 近隣自治体の発令状況
判 断
演習設定状況における判断に至るまでの流れ
・ 決壊から浸水までの時間
・ 避難勧告を発令する時期
・ 要援護者への対応
・ 避難所の選定
【事務局の想定】
いつ決壊してもおかしくない状況なため、地域ごとの浸水到達時間によって、避難準備
~勧告を発令する。特に要援護者には早めの避難を呼びかける。
■判断理由
・ 避難判断水位を超過し水位上昇中
・数時間後には危険水位に迫る予測
・ 江戸川堤防で漏水発生、拡大中
■破堤後の浸水時間
・2時間以内(野田・流山・松戸・市川・五霞・幸手・吉川・三郷・葛飾)
・6時間以内(杉戸・春日部・八潮・足立・江戸川)
・12時間以内(草加)
・12時間以上(松伏・越谷)
・浸水しない(柏)
図-2 江戸川における討論型演習の想定の流れ
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(3) 演習の結果
今回の演習では、9 時時点で避難勧告・避難
指示を発令するかどうかが問われたが、発令し
た自治体は半数の 7 自治体であった。
9 時時点に避難勧告・避難指示を発令しない
自治体は「漏水状況の拡大を見て判断する」、
あるいは決壊地点から離れている自治体では
「決壊後に判断する」という回答も多かった。
また、3 自治体が避難準備を発令した。
写真-2 グループ内での討議
(4) 演習の効果
演習では、担当者が首長へ説明する時の資料
形態についての注文や近隣自治体の発令判断状
況の情報提供に対する要望など、具体的な意見
があがり、江戸川河川事務所と自治体の間で、
水害時の必要情報に関する共通認識が持てたこ
とが効果としてあげられる。
また、各自治体と江戸川河川事務所がお互い顔
の見える関係になりつつあり、また、自治体の洪
水に対する認識が底上げされたことなど、様々な
成果がみられた。
写真-1 発令判断を話し合う参加者
グループ内で討議され、今後の課題及び要望
として出された内容は、以下のとおりである。
a)現場の状況確認に関すること
・ 堤防被害の状況は、発令判断に必要な情報
であるので、随時状況変化の報告や水防活
動の状況などの情報がほしい
b)情報の集約に関すること
・ 水防警報は、沿川地域だけでなく浸水想定
区域内は全て提供する方がよい
(避難勧告・指示の発令にあたっては、堤防
の状況が非常に大きな要素であるため、浸水
区域内全自治体で分かるようにしてほしい)
・ 浸水区域内の他の自治体が避難勧告を発令
しているかどうか、判断状況を知りたい。
・ 首長と事務所長とのホットラインでの内容
は、他の自治体と情報共有したい。
c)情報提供に関すること
・ 浸水想定区域の到達時間、段階的な到達箇所、
場所ごとの被害程度を教えてほしい。
・ 上流側の水位観測所とのピーク時間・水位の
相関を知りたい。
・ 橋脚に洪水がぶつかったときの水位上昇の予
測。
・ 漏水箇所が同時に決壊したらどういう状態に
なるのか?
・ 地震と堤防決壊のダブルハザードだけでなく、
複数河川の同時決壊という想定は今後考えら
れているか?
4. 地域防災力の向上にむけた今後の方向性
今回討論型演習に参加した自治体では、避難
勧告・指示の発令訓練や、発令文章のひな形を
作成している機関は、皆無であった。そのため
本演習に参加することにより、水害前の備えの
重要性を実感し、今後の継続に対する要望が多
くみられた。
本検討会では、各自治体から出された情報共
有などの課題に対し、水防協議会等で仕組み構
築などに取り組むとともに、引き続き講習活動
を行っていくことが話し合われている。
それとともに、地域防災力を担う共助や自助
に対する取り組みを河川管理者が自治体と協力
して行っていくことにより、今後公助同士の結
びつきを一層強化させ、一層の地域防災力向上
に役立てていくことが望まれる。
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5. おわりに
謝辞:本検討にあたっては、江戸川・中川・綾瀬
川流域地域防災力向上施策検討会の委員にご協力、
ご指導を頂いた。ここに記して謝意を表します。
本稿では、江戸川河川事務所での取り組みをも
とに、地域防災力の向上を図るための方策として
討論型演習の効果を述べた。
近年頻発する水災害のなかで、地域防災計画に
おける水害対策の位置づけを強化するためにも、
関係者の意識向上が重要であり、その手法として
討論型演習が有効であると思われる。
今後さらなる地域防災力の醸成を図るために、
自助だけでなく共助の要である地域コミュニティ
の地域防災力向上方策の検討や、討論型演習を通
した情報共有の仕組みづくりが進められることを
期待する。
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参考文献
1) 国土交通省・内閣府・総務省:「避難勧告等の
判断・伝達マニュアル作成ガイドライ
ン」,2005
2)国土交通省:「総合的な豪雨災害対策の推進に
ついて」提言,2005
3 ) 吉 井 博 明, 田 中 淳 : シリ ー ズ 災 害と 社 会 3
「災害危機管理論入門」防災危機管理担当者
のための基礎講座,(株)弘文堂,2008
An Attempt for the Municipality Crisis Management.
-On a Discussion Type Exercise-
Ryuuichi FUJII, Yukiho ITO
The flood disaster caused by a local heavy rainfall, typhoon etc. is increasing. In such a situation, it is
important for each other to know the safety (danger) to the flooding of the place where oneself is present, and
evacuation area corresponding to the disaster.
To carry out evacuation and other anti-disasters activities smoothly, it is necessary for national government and
municipalities to recognaize the status with each other, and to share the river information and the hazardous
situation in the basin during disasters.
On this account, to enhance practical response ability, the authors have defined the problems of personal players
and organization. On they pointed out the solution based on a discussion type exercise for national government
and municipalities.
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